第3章:勇者が世界に宣戦するまで
女勇者、事実
久しぶりに汚れた地上に降り立ち、魔王から渡された『薬』の力で、絶望に沈んでいたかつての協力者を、レイン・シュドーが自らの手で救ってから、再び月日が経った。
相変わらず地上の人々は偽りの平和をむさぼり続け、彼女を裏切り、協力者に絶望を植え付けた3人の勇者は英雄としてもてはやされ続けている。毎日変わらない日々が続く一方、そこから遠く離れた荒野の下に広がる地下空間では、レイン・シュドーが毎日のように鍛錬を重ね、日々強くなり続けている。純白のビキニ衣装から覗く健康的な色の肌は、その努力の証を示すかのように汗で包まれているのだ。だが、レインたちはそれでも構わなかった。例え息を切らしても、筋肉が鍛錬で痛み出しても、自分たちが高みを目指し、そして日々それに近づいている事を楽しんでいたのだ。
そして、レインにはもう一つ、日々の楽しみがあった。
「ふう、今日もお疲れ♪」
得意の剣術を今日も磨き上げたレイン・シュドーは、大きな胸を揺らしながら彼女の隣にいる――。
「お疲れ、レイン♪」
――もう1人のレイン・シュドーに声をかけた。そのレインの横でも、また別のレインが別のレインに声をかけ、そこに5人目のレインも労いの挨拶をし、6人目、7人目、8人目のレインは笑顔を見せ、9人目、10人目、20人目、50人目――。
「うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」……
――あっという間に辺り一面、一つに結った黒い髪と背中に背負った剣、健康的な肌とたわわな胸、魅惑の腰つきに綺麗な尻、そして純白のビキニ衣装のみで包まれたレイン・シュドーで埋め尽くされる。最早彼女たちにとって、それは当たり前の日常となっていた。
剣術の鍛錬を終えたレインと、別の場所で魔術の鍛錬を続けているであろうレイン。双方の合わせた現在の総数は、今や15000人にもなっていた。彼女の協力者である『魔王』が育てている『レイン・ツリー』から毎日新しい彼女が生まれ続けたり、レイン自身が魔術の鍛錬の一環で新しい自分を想像し続けたり、そして時には魔王の気まぐれで新しいレインが現れたり、様々な形で彼女は増殖を重ね続けていたのである。
彼女にとって、それはまさに何よりの喜びであった。いや、そこに喜びを見出すほか、彼女に残された道は無かったのかもしれない。仲間たちに裏切られ、地上の人間たちからも過去の遺物として忘れ去られようとしている今、レイン・シュドーの寂しさを理解してくれるのは、最大の協力者である『魔王』を除けば、自分自身――レイン・シュドーしかいないのだから。
彼女をそのような状態に追い込むきっかけを作った存在の一部を、葬り去ることが出来る。
そのような事を魔王から告げられたのは、その日の夜の事だった。
「「「「「「そ、それって……!」」」」」」
「「「「「「魔王、どういう事!?」」」」」」
突然の発表に驚き、口々に質問を投げかけるレインだが、魔王はそれを一蹴した上であっさりと理由を述べた。地上へ侵略するための第一歩を刻む時が来ただけだ、と。驚くレインに、魔王は問いただした。地上で平和を謳歌するレイン・シュドーの『仇』を、はっきりと覚えているか。自分自身に溺れすぎて忘れやしていないか、と。
「な、何を今更……」「そりゃまあ……」「忘れられないよ……」「絶対に無理……」
15000人の彼女は、一斉に現在の地上の様子を思い出していた。あの時――魔王によって送り込まれ、平和が訪れた地上の世界の様子をまざまざと見せ付けられた時のことを。そこでは、今のレインたちにとってもっとも憎むべき存在、忌まわしき存在が、人々によって英雄として祭り上げられていた。『剣の勇者』と『浄化の勇者』を見限り、全ての手柄や功績を奪い取った挙句、誰からも尊敬されて悠々自適な暮らしをしていたのである。
屈強な肉体を武器にした『力の勇者』。
ありとあらゆる魔術――魔王には到底及ばないが――を使いこなしていた美しき『魔術の勇者』。
そして、レインを見限った3人の中心にいた、剣を操る『技の勇者』。
レイン・シュドーにとって、最早この3人は仲間でも何でもなかった。世界を平和にするために殲滅させる目標になっていたのだ。
しかし、この3人に加えて、彼女にはもう1つ、忘れようにも忘れられない、憎むべき相手がいた。
レインに最後まで付き添いながらも行方を晦まし、彼女の敗北の決定的な要因になった『浄化の勇者』ライラ・ハリーナ。彼女が何故姿を消したのか、その真実を知る事になったのは、魔王と共に暮らし始め、自分の数を増やし始めてすぐの頃だった。魔物が襲った国々を狙い、火事場泥棒を繰り返し、人々に更なる危害を加える、『盗賊団』と呼ばれる人間の集団が、直接的な犯人だったのだ。霧の立ち込める山の中であどけない少女を襲い、何も言わぬ肉塊へと変えてしまった――二度と見たくない、凄惨かつ屈辱的な光景だった。
しかし、彼らがそのような行為に至った裏には、よりによってあの3人――レイン・シュドーを見限った『勇者』がいた。彼女とライラ、2人の勇者の力を賞賛した上で、魔王を倒して帰還するであろう彼女たちを襲わせるように依頼を行ったのだ。人々を苦しめ続けた、魔物と同等の存在を味方につけるなんて、信じられない。自分の事を棚に上げながらも、レインはその非道さにより強い怒りを心に秘めていた。
ここまでが、15000人のレイン・シュドー全員が共に有している記憶であった。
「……だが、この事は貴様らでも知らないだろうな」
突然の魔王の発言にレインが驚いた瞬間、彼女たち全員の頭の中に、何かの光景が流れ始めた。魔王の凄まじい魔術によって、言葉に出さぬとも説明したい事が直接伝達される仕組みである。だが、頭の中にその光景が流れ続けるにつれ、レインの表情は一斉に変わり始めた。唖然、衝撃、呆然、そして憤怒――白いビキニ衣装の美女は、全く同じ感情を露にし、全く同じ音程の歯軋りで怒りをこらえていた。
このような状態になったのは、当然かもしれない。魔王が見せた光景は、人々を脅かし、勇者たちと何度も対立した挙句、ライラの尊い命をも奪った『盗賊団』の男たちの現在の様子だったからだ。それも、山盛りの肉や野菜、魚、そして酒を貪りながら、山奥の豪邸で悠々自適な暮らしをしていると言う……。
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