女勇者と盗賊団
ここは、暗く寂しい鬱蒼とした森の中。
かつてはたくさんの魔物が闊歩する危険地帯だったこの場所も、『勇者』の活躍により平和が戻り、静かで平穏な自然溢れる場所に戻っていた。そして、動物たちも人間の及ばない場所で、いつも通りの暮らしが出来るようになっていた。
だが、とある一角――大きな岩山の傍にあるやたら大きな一軒の豪邸だけは、別だった。
「……」
やたら真新しい壁の白い色を、森の緑の中で眩しく目立たせ続けるその巨大な建物を、1人の女性が遠くからじっと見つめていた。茶色がかった長い髪が風に揺れる事も気にせず、真剣な眼差しを当て続けていたのである。いや、その不自然な物体を嘲り笑い見下す冷たい視線かもしれない。
そして、女性は口元で静かに何かを呟いた。その瞬間、彼女の姿は突然その場所から消え、例の建物の門の傍に現れた。これこそ、高度な魔術を自在に操る事ができる彼女が得意とし、これまで幾多もの魔物を翻弄してきた『瞬間移動』である。
「入るぞ」
その言葉と共に、彼女はこの巨大な豪邸に足を踏み入れた。
「よぉ、姉ちゃぁん」
「待ってたぜー♪」
大きな門を魔術で開いた彼女を待っていたのは、むさくるしい体毛に包まれた筋肉の塊と、その大きな唇から発せられる下品な挨拶だった。正直、彼女にとってはそれらは全て自分の心を悪い意味でかき乱す不快材料である。だが、それだけで怒りに駆られてしまうような世間一般の人々とは違い、彼女には冷静さがあった。いくら相手の欲求を飲み続けているにしても、今の彼らの立場を築き上げ、そして維持しているのは自分たちである、と言う事をしっかりと認識していたのだ。
あの時――かつての自らの仲間を裏切った証を全て消し去るべく、この男たちと手を組んだ時からずっと。
彼女の名前は『キリカ・シューダリア』。世間一般の人々から、『魔術の勇者』として崇められている存在である。
~~~~~~~~~~
「お前たちの望みのものは、これか?」
キリカ・シューダリアが掌をかざした瞬間、何も無いはずの場所に山盛りのご馳走や酒樽、そして様々な破廉恥な絵画の数々が現れた。ただ単に魔術を使ってこの場所に出しただけではなく、食べ物や飲み物には口に入れない限り永遠に腐らないように魔術を用いた加工が行われている。例え憎たらしい相手でも、自らの有利さ、相手との信頼を保つためにはどんな努力も怠らない――それが、冷静沈着な彼女の考えであった。
かつて、4人の仲間と共に魔物を征伐する旅を続けていた頃から、それはずっと変わっていなかった。だが、その冷静沈着な判断力が導いたのは、魔物を征伐する旅から離脱し、ここにいる男たちと手を組むというものであった。
「キリカちゅわ~ん♪」「いつも俺たちのためにありがとな~♪」
「……ふん」
自分たちと対立していた時代から、彼ら『盗賊団』は全然変わらないままであった。食って寝て遊んで、自分たちの思い通りにならなければ全て潰し、欲しいものは力づくで奪い取る。多くの人々を恐怖に陥れるその行動は、まさに魔物と同じようなものだった。当然、勇者としても彼らの悪行を黙って見過ごすわけには行かず、何度も戦いを繰り広げたのである。
だが、次第にキリカら一部の勇者たちは、自らの旅に疑問を持ち始めていた。確かに『魔王を倒す』と言う崇高な目標を目指すのも大事かもしれない。しかし、その後に自分を待ち受ける運命は、薔薇色とは限らないのではないか、と。いくら凄い事を成し遂げても、人々から祝福されないかもしれないし、苦労に見合った報酬も貰えないかもしれない。自分たちは勇者である以前に、『人間』だ。そう彼女は考えたのである。
そして、彼女と共に勇者一行を裏切り、敵前逃亡を行った仲間たちは、敵対関係にあるはずの『盗賊団』と手を組む事にしたのだ。英雄となるであろう自分たちの願いを聞き入れてもらう代わりに、これからの生活の全てを保障する、と。
「キリカたちのお陰だぜ~、こんな豪華なところで過ごせるなんてな~」
「食べ物も良いし、酒もうめえし♪」
「後は女の子がいれば、なぁ?」
そういいながら見つめる男たちの嫌らしい視線から、キリカは目を背けた。そしてその後に聞こえた男たちの嘲り笑う声に対しては、魔術を使って自らの耳に栓をした。
あの時――月も星も無い夜空の下で行った秘密の会議の中で、彼女たちは『盗賊団』の男たちが意外と聞き分けが良い事を知った。彼らがこのだだっ広い豪邸の中だけで生活する事になるのを告げた際も、あっさりと了承してくれた。平和な町や村を彼らがうろつけば、すぐさま逮捕されて重罪にかけられ、生活どころか命の保障すら無い、と言うのを理解していたようだ。だが、それでもやはり完全に打ち解けるような事はしなかった。相手は強欲に満ちた連中、一度思い通りになれば最後だ、そう彼女は考えていたのである。
そして、改めてその考えは正しいと言う事を、破廉恥な絵画を見て興奮する男達を眺めたキリカは痛感していた。
「それじゃ、私はここで去るぞ」
茶色がかった長い髪をたなびかせ、彼女は一礼をしてその場を後にした。『瞬間移動』の魔術を用いたので、まるでつむじ風のようにあっという間に豪邸の中から姿を消してしまった。
その様子をじっと見ていた『盗賊団』の男達の表情が、次第に不満や憎悪へと変わり始めた。キリカが彼らに密かに向けていた感情と、全く同じものである。
「あいつ……調子に乗りやがって!」
「魔術さえ使ってなかったらコテンパンにしたんだがねぇ!」
「ほんとだぜ!あの真っ平ら野郎!」
「ムネナシ!」
「貧乳!!」
だが、怒りを放出させ続ける面々を止める者がいた。ここの連中の中でも比較的頭がよく働く男が、自分たちの立場の方が上かもしれない、と彼らに告げたのだ。
「考えてみろ、あいつは嫌でも俺たちを養わなければならねぇ。すっげええええ嫌でも、な?」
『勇者』たるもの、約束は守らなければならない。特に一般市民に危険が及ぶかもしれないと言う自分たちをこの豪邸の中に閉じ込めるためには、美味しい食べ物や飲み物、破廉恥な書物などなど自らの要求に応える必要があると言う訳だ。例え猛烈にそれを嫌がっても、自分たちが年老いて死なない限りはずっと続ける必要がある――。
「……な!要は俺たちのほうが……!」
「なるへそ!俺たちのほうが偉いんだ!」
「そうだそうだ!勇者が何だ!英雄がなんだ!」
考え方を少し変えればあっという間に自分たちの立場の方が上である事を理解した男達は、今度は喜びの雄たけびをあげ始めた。そして彼らは、そのまま一気に宴会に突入する事にした。何せ彼らの目の前には、一日だけでは消化しきれないほどの大量のご馳走や酒が山のように積みあがっていたのだ。
~~~~~~~~~~
「それにしてもぉ、ありきぃぃぃっ」
「どうした、えぇ?」
酒の飲みすぎで呂律が回らない盗賊団の1人が、先輩格の男にさり気なく疑問を投げかけた。ライラは自分たちがたっぷりと痛めつけてやったからいいが、もう1人の勇者――やたらセクシーな衣装のレイン・シュドーとか言う奴は、今頃どうしてるだろうか、と。
ここにいる連中がその疑問を抱かなかったか、と言うと嘘になる。あの霧が立ち込める山の中、見つけたのは道に迷ったであろうライラだけであり、もう1人のレイン・シュドーに関しては、幾ら探しても見つからなかったのだ。ただ、その事を依頼主である3人の勇者に正直に話したところ、それは仕方の無い事だ、と彼ら盗賊団を労う言葉が戻ってきた。あの場に居なかった事は、間違いなく魔王を倒したものの、自らの身を犠牲にすると言うやり方だったのだろう、と。もし違っても、そういえば世間一般は納得してくれる。彼らはそういいながら密かにほくそ笑んだのだ。
実際の所、ライラをズタズタの肉塊にした後でもう1人をいちいち探すのが面倒臭くそのまま帰ってきてしまったというのが真相なのはここだけの話だが。
「あいつぅ、きっと天国で悔しがってるぜ~♪」
「そーそー、オイラたちがこーんなに楽しいのにー♪」
「あいつだけ1人で地獄送りー♪」
「マジでざまぁみろっすよね~!」
辛酸を飲まされ続けた彼らにとっては、まさに今の状況はいくつ腹を抱えて笑っても足りないようなものだった。
憎たらしいくそ真面目なビキニ野郎は命を落とし、代わりに自分たちはこうやって贅沢三昧。これほど楽しいものは無い、と。
こうして、『盗賊団』の宴は延々と続いたのだった――。
「「「「「……なにこれ」」」」」
――その様子が、15000人の『レイン・シュドー』本人から丸見えであった事も知らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます