女勇者、決心

「着いたぞ、2人」


 魔王の腕に掴まりながら、レイン・シュドーが自分たちの根城である地下の巨大空間へと帰還した。行きは1人だった彼女の数は、帰りには2人に増殖していた。


「「ねえ、魔王」」


 この部屋で待っているであろう他のレインと出会うために道を進む中で、レインは魔王の左右から同時に尋ねた。今回魔王が彼女に渡したあの『薬』の創り方を、ぜひ伝授させて欲しい、と。他人に飲ませれば、どんな存在でも朱色のビキニに身を包んだ女剣士『レイン・シュドー』に変貌してしまうと言う白い球体を、レインは欲しがろうとしていたのである。当然だろう、彼女にとっては自分が増え続けると言う状況こそが幸せであり、目指すべき世界のあるべき姿なのだから。


「お前たちに言われなくとも、そのうち成分を伝授するつもりだったがな」

「え、本当!?」「ありがとう、魔王!」


 例を言うのは早い、と釘を刺す魔王であるが、レインたちにはどこか嬉しそうに聞こえた。日々彼女が進歩していく様子を心待ちにしていたかのように。一瞬だけだが、レインは魔王の心の中が見えたような気がした。とは言え、あくまでそれは彼女の中の妄想であり、あの無表情の仮面の中を見るには程遠いものであったが。


 そして、大広間についた2人のレインと魔王の目に飛び込んで来たのは――。


「おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」……


 ――大広間の床はおろか、その上に広がる空間まで覆い尽く参加の勢いで彼女たちに笑顔で挨拶を交わす、レイン・シュドーの大群であった。お揃いのビキニ姿で胸を大きくふるわせ、腰や太ももを見せつけながら、自分たちの帰還を待ち望んでいた事を体を張って示し続けていた。

 その中で、地下で待っていたレインたちは、目の前にいる新たなレインたちに疑問を投げかけた。行きは「一人」だけだったはずなのに、どうして「二人」だけだったのか、と。それを説明しようとした二人のレインを制止し、魔王は全体に向けて呼び掛けた。今日は早めに『記憶の統一』作業を行う、と。


「そうした方が手間が省ける」

「そうだよねー」「うんうん」「口に出さなくてもいいもんね」「私の頭の中に勝手に入るから」「ねー」


 2人のレインもその自分の大群へ入り込み、完全に区別が無くなった所で、魔王は掌を目の前にいるビキニ姿の女性の大群へと向けた。

 その瞬間、ここにいる合計10000人のレインから、外見は勿論、中身にも一切の区別が無くなった。全員の脳内には、外で見た記憶――件の錠剤の真相、ライラの母の最期、そして自分自身に向けた決意が刻み込まれていた。それと同時に、レインたちの脳内でもう一つの疑問が解決した。


「そうか、だから今回実った『私』の数が」「999人だったのね……」


「きりが良い方が管理も楽だ。そうは思わんか」


 意外に現実的な理由で、魔王が『レイン・ツリー』に実った新しいレインの数に調整を入れたようであった。


 とは言え、これでレインの数はとうとう万単位で数えられるまでに達した。改めてその嬉しさに心躍らせる反面、外で見たライラの母の絶望に満ちた表情がどうしても頭の中に残ってしまっていた。あそこまで汚れた世界は、自分たちの手で『浄化』させないといけない。掌に出した自らの漆黒のオーラを握りながら、真剣な顔になったレインは決意を新たにした。

 しかし、レインのはやる気持ちは魔王には既に見抜かれている様子であった。


「物事には順序がある。あまり調子に乗るな」


「あ、はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」はーい……」……


 そして、そのまま1万人のレインは、自らの力で創造した自らの夕食を思いっきり食べた。

 以前のような上へ下への大騒ぎと言う雰囲気とは違った喧騒がそこにはあった。新たな目標に向けての気合を込めたような、『剣士』の食卓があった。



~~~~~~~~~~



「……」


 1万人のレインが、寝室をぎっしりと埋め尽くしながら眠りに就いた頃、地下空間に広がる巨大な泉の前に、魔王は静かに佇んでいた。


 静かに手をかざすと、そこには3人の屈強な男たちが山道を進み続けている様子が映し出された。この泉には、魔王の力によって思い通りの光景が湖面に浮かび上がると言う効能があったのである。

 そして魔王は無言で、3人の男が切りの立ちこめる山道を進み続けているのを見ながら、水面を通して響く彼らの言葉をじっと聞き続けていた。


『ったく、あいつには散々酷い目に遭わされたからな……』

『ぐへへ、たっぷりお礼をしてやろうじゃねえか』

『全くだぜ、がはは』


 下品な笑い声を立てる3人がこの後一体何をする事になるのか、魔王は嫌と言うほど理解していた。彼らの手によって、ライラ・ハリーナは志半ばで命を落とす事になった事も含めて。


「……ふん」


 魔王が再び泉に手をかざすと、水面は水色に輝く元の状態になった。


 仮面の中で、魔王が何を考えているかは外からはつかめない。だが、まるで汚らわしい物を見たかのようにその眼がしっかりと閉じている事は、仮面の外からでもはっきりと確認できる状態だった。彼らは魔王の操る魔族のおこぼれを狙い、数々の人々を陥れた卑怯な盗賊団の連中である。金魚のフンのように付きまとう愚かな人間たちを、魔王は憎んでいたのかもしれない。


 そして、何かを決意したかのように魔王は一人で静かに頷き、その場を後にした。

 

 残されていたのは、青く輝く『泉』だけだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る