女勇者、飛翔

 今日もレイン・シュドーは、小さな部屋のベッドで目を覚ました。


 「んっ……」「ふわぁ……」

 

 窓も無ければインテリアも椅子も何も無く、あるのは自分が寝る場所と、外に通じる扉だけ。牢獄のような場所だが、レインにとってはまさに常世の楽園であった。眠りに就く間も、この部屋にいる時間も、彼女は自分の目標としている未来、桃色の世界を創造し続ける事が出来たのからである。

 その理由は、たった1つ――。


「おはよう♪」

「あ、おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」「おはよう♪」


 ――彼女の左右にいる、全く同じ姿形を持つ女性たち――5人のレイン・シュドーであった。


~~~~~~~~~~


 比較的大きめの部屋とは言え、ベッドが隣り合わせにあるだけの場所に6人もの女性がぎっしりと一緒に眠りに就くと言うのは、普通の人間なら狭苦しく、耐え難いものがある。ましてや彼女たちの場合、その服装は眩いほどの純白のビキニ衣装一枚で、そこから大胆に覗く健康的な肌が常時触れ合うと言う、傍目から見ても艶かしいと言うより暑苦しそうな状態であった。


 だが、6人のレインはこの状況を喜んでいた。むしろ、こうなる事を望んでいたのかもしれない。自分の事を何の隔たりも無く受け入れてくれ、自分と全く同じ姿形、そして同じ考えを持つ人物が、日を追うごとに次々に増えて行くと言う事が、とても嬉しかったのかもしれない。


 この場所で寝泊りを始めた頃、レイン・シュドーはこの世界にたった1人だけだった。それが今や――。


「おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」……


 ――9000人もの大集団に変貌していたのである。


 数千もの寝室の扉が一斉に開かれると同時に、大量の同じ姿の女性たちが外に溢れだした。全員とも、長い髪をポニーテール状に結い、健康的な肌は純白のビキニ衣装でのみに包まれている。そして背中には、彼女の武器である銀色に輝くお揃いの剣が鞘に入った状態で背負われている。どの彼女も、寸分違わぬ姿形だなのだ。


 今日もまた、世界平和を目指すためのレイン・シュドーの鍛錬が始まった。今回も普段通り、二手に分かれて『魔術』と『剣術』の鍛錬である。



「はっ!」はっ!」ほっ!」えいっ!」ほっ!」ほっ!」たあっ!」ふんっ!」ふんっ!」ほっ!」はっ!」ほっ!」ほっ!」ふんっ!」ふんっ!」ふんっ!」ふんっ!」はっ!」えいっ!」ほっ!」ほっ!」たあっ!」ふんっ!」ふんっ!」ほっ!」はっ!」ほっ!」ほっ!」ふんっ!」ふんっ!」ふんっ!」ふんっ!」……


 元から得意としていた剣の技をさらに磨く事にした4500人のレインは、純白のビキニに包まれた大きな胸を大きく揺らしながら、自らの自慢の剣の素振りを早速始めていた。闘技場の中は、あっという間に大量の女性の声と、うっすらと汗を流す美しい体で覆われた。

 彼女にとっては既に慣れた作業だが、しっかりとした目標がある現在の彼女は、準備運動の時点で既に真剣さが伴っていた。基礎がなっていなければ、どんな鍛錬も無駄になるという、レイン・シュドーの持つ真面目な性格らしい行動なのかもしれない。


 そして、準備を終えたレインたちは、今回のメインである集団での戦闘訓練に入る事にした。


「今日は確か……」「あれだよあれ」「あ、そうか、あれか♪」

「そーそー、せっかくだもんね」「うんうん♪」「せっかく出来るようになったんだし」

 

 互いに笑顔で確認しあった直後、レインたちの体に変化が現れた。茶色の靴から頭の頂上、指先、そして大きな胸の先端に至るまで、全ての彼女たちの全身が、薄らと黒ずんだオーラに覆われ始めたのである。そして、そのままレインたちの体は、一斉に空中に浮かび始めた。あっという間に、この闘技場から上の空間は4500人ものレイン・シュドーの体に埋め尽くされてしまったのである。


 これこそ、彼女が身につけた新たな『魔術』、自らの体を漆黒のオーラに包む事で、体を宙に浮かべる事ができるというものであった。かつての彼女の仲間も似たような事をしていたが、魔王曰く、そのようなちんけな技とは比べ物にならないほどに難易度も応用度も高いようだ。

 その証拠に、魔術のセンスも持ち合わせている事が証明されているはずのレインたちでも自分の体の制御が上手くできず、早速あちこちで衝突や激突事故が多発し始めた。


「いでっ……!」

「だ、大丈夫!?」「ち、地下だからね……」「明るいから勘違いしちゃうけど……」

「ごめん、大丈夫だよ……」


 自らの位置を調整できず、そのまま地下空間の天井に頭をぶつけてしまうレインがいる一方で、避けきれずに別の自分自身と衝突するレインもいた。


「あぁんっ……ごめんごめん♪」

「もう、気をつけてね、レイン♪」

「分かったわ、レイン♪」


 互いに正面衝突してしまった2人のレインは、何故か嬉しそうな顔をしていたが。


 とは言え、今回はそのような呑気な馴れ合いの時間を過ごすために空を飛ぶ訳ではない。いくら魔術のセンスがあるとは言え、このような高度な魔術をいきなり完璧にこなすというのは困難である。しかも要領を覚えたのはつい最近、まだまだ経験を積んで体を慣れさせる必要があるのだ。

 そこで彼女が思いついたのは、『剣術』の鍛錬と併せるという方法であった。


「レイン、準備はいい……?」

「いいよ」「いつでも大丈夫……」「落ちないように注意しないとね」「落ちたときの対応もね」

「……うん!」


 剣を取り出し、近くの自分に向けて構え始めたレインは、互いに最終確認をした。自らの得意分野と合わせれば、どんな苦手な事でも上達速度が良くなるかもしれない。今までのレイン自身の経験によって、この方法を編み出したのである。

 そして、一斉にうなづいた直後、あっという間に闘技場のある地下空間は、あらゆる方向で4500人もの純白のビキニ衣装の女性たちが戦う大乱闘の場へと早変わりした。


「はあっ!!」「おっと!下から!?」「その通りよ、レイン!」

「あらゆる方向から来るよ、レイン!」「心配なく!」「レインの方も自分の身を心配しなさい!」

「おぉっと!」「こっちよ!」「甘い!」


 ある時は脚にオーラを集中して下から来る剣を蹴り返し、ある時は上に剣を構えて空から落下するレインを受け止め、そしてある時は蹴りと併せて剣を横に構え、前後双方の攻撃に対して一気に防御、反撃を行う――360度、あらゆる方向、上下左右前後から襲い掛かる4499人のレイン・シュドーに対し、レインはまさに縦横無尽とも言える立ち回りをしていた。

 無我夢中で大量の攻撃を食い止め、反撃をしている状態なのだが、それが功を奏したかのように、彼女たちはどんどん空を飛ぶ自分の体の制御を上手くこなすようになり始めていた。その純白のビキニ衣装は、何者もその体に傷をつけることができないと言う彼女の凄腕の表れ、それを汚すような事は、もう二度としたくない。それが彼女をますます強くする思いの1つであった。


 だが、それでもここまで大量にいると、一瞬の判断の遅れも生まれてしまう。


「はあっ!」

「しまっ……きゃあああああ!!」


 不意を突かれたレインがバランスを崩し、地面に落ちようとしていた。物凄い勢いで上空から叩きつけられば、普通の人間なら命が持たないだろう。だが、レイン・シュドーはこういう場合に備えての魔術の鍛錬も怠っていなかった。背中に意識を集中させ、大量の漆黒のオーラを柔らかく実体化させることで、地面と激突する際の衝撃をなくし、そのまますぐに立ち上がるようにしていたのである。

 相手から技を受けてしまったときにどうやって体勢を持ち直し、反撃する事が出来るのか。凄腕の持ち主の剣の勇者レイン・シュドーは、そのような事もしっかりと頭の中に入れているのだ。


「おぉっと!」「はっ!」

「流石ね、レイン!」「当然、私はレイン・シュドーよ!」


 地上で待ち構えていた別の自分を相手に、レインは早速反撃を始めた。背後から襲おうとした3人目のレインも、自慢の剣術で相手にしながら。

 魔術は自らの分野ではない、と思い込んでいたかつての彼女の姿はそこにはなかった。光り輝く剣と、漆黒に包まれたオーラ、2つの力を融合させながら、レインはさらに自らの力を高めていったのである。


~~~~~~~~~~


「お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」お疲れ、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」……


 真剣な戦いの場では、自分同士ですら一切手を抜かなかったレイン・シュドーだが、戦いを終えて休憩室に入れば、あっと言う間に自分と同じ姿形の、純白のビキニ衣装の美女と言う酒池肉林に溺れる存在にはや代わりするのが日課であった。

 毎日のようにその数を増し続ける彼女たちのせいで、この闘技場の休憩室もだいぶぎゅう詰めになってきた。少し動けば別の自分の肌と触れ合いそうな暑苦しい状態だが、むしろ彼女たちにとってはより自分と触れ合い続ける方が幸福だったのである。


 とは言え、このまま汗を放置しておくと不都合が起こりやすい。互いに自分といちゃつきながら汗をぬぐい、今日の成果を味わい続けていた4500人のレインたちだが、ふと聞こえた声を聞いた途端、一斉に静まり返った。彼女の最大の協力者であり、この鍛錬の成果を見せ付ける予定の存在――魔王の声だ。


「準備が出来たらすぐに大広間に来い。重要なものを見せる」


 この言葉が出た時は、大概レインにとって重要かつ幸福な事柄が待っていた。数日くらい前も、毎日1000人も自分を増やしてくれる『レイン・ツリー』を紹介されたばかりだ。今回は一体何なのだろうか。もしかしたら、さらに大掛かりなものを用意しているのかもしれない。


 期待半分不安半分、様々な思いを要り混ぜながら4500人のレイン・シュドーは準備を追え、足早に闘技場を後にした。魔術の鍛錬を終えているはずの、別の4500人の自分が待つ場所へ……。

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