女勇者、収穫
一切身動きもせず、緑の葉を茂らせ、綺麗な花を咲かせ続けるだけに見える植物。一見ひ弱そうに見える彼らだが、その場から動く事ができないと言う弱点を補うかのように、途轍もない生命力を備えている。枝の一本を土に植えさせすれば、そこから根が生え、葉っぱが芽生え、やがて新しい一本の植物になるのだ。種類によっては、たった一枚の葉からも新しい植物が誕生してしまうほどの凄まじい再生の力を持つものも存在すると言う。
生き永らえたい、新しい生命を残したい。その飽くなき執念が、植物にこのような力をもたらしたのかもしれない。
だが、そんな植物の持つ力を、自らの野望を実現するために存分に利用しようとする者たちがいた。
地下の奥深くに広がる巨大な根城で野望を煮えたぎらせる魔王と、それに従うかつての勇者、レイン・シュドーである。
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争いも無ければ憎しみも悲しみも無い、真の平和な世界をもたらすべく、それを支えるだけの力を身につけるため、そして魔王と対峙するために、レイン・シュドーは毎日鍛錬を続けていた。自らの得意な剣術の腕が日を追うごとにどんどん上がる一方、魔術も日々の努力が実り、こちらもどんどん実力を上げていった。
そしてレインの数も、日増しにどんどん多くなり続けた。魔王によって創造されていくのに加え、彼女自身も自らの魔術を活かして毎日次々に新しい自分自身を生み出し続け、今や純白のビキニ姿の美女、レイン・シュドーの数は2000人にまで膨れ上がっていた。
そんなある日、2000人の彼女は、遥か頭上を見上げながら、2000個の同じ驚きの顔を覗かせていた。
「こ、これは……」「す、凄い……」「うわぁ……」
「な、何これ……」「こんなのが……」「地下の奥深くにあるなんて……」
魔王に呼ばれてやって来た巨大な地下空間にあったのは、文字通りの巨木であった。
何千、いや何万人が入ろうとまだまだ余裕がありそうなほどの場所に聳え立っていたその木は、地面に無数の太い根を伸ばし、遥か天井に届きそうなほどの巨大な背丈を有していた。そしてその幹からは無数の枝が伸び、さらにそれを覆う無数の緑の葉がレインたちを包み込んでいた。
それはまさに、巨大な緑の傘であった。
一体この木は何なのか、何故自分たちはここに呼ばれたのか、彼女は魔王に問いただした。剣術や魔術の鍛錬を打ち切らせてまでここに呼び出したにも関わらず、まだ魔王はその理由を言っていなかったのである。とは言え、この木に何か重要な事柄があるというのは間違いない、と言うのはレインも把握しているようだった。
そして、彼女の疑問を聞いた魔王は、無言で地面を指差した。そこには、あの巨大な緑の傘から伸びる巨大な枝が、今にも地面につきそうなほどに垂れ下がっていた。その理由は、枝と言う枝に実る、たくさんの『実』にあった。人間の背丈ほどもある不気味なほど大きな『実』の近くに寄った数人のレインたちは、その中身を見てさらに驚いた。
「……こ、これって……」「ど、どういう……」
「どうもこうもない。見れば分かるだろう、『レイン・シュドー』だ」
巨大に膨れ上がった実は、どれもその純白の外皮がまるでガラスのよう透けており、中に入っているものが外からもすぐに分かるようになっていた。だが、その内部に眠っていたのはこの巨大な木の実でもなく、美味しそうな果実でもなかった。透明な液体の中でうずくまりながら眠り続ける1人の人間――それも女性だったのである。
そう、その髪はポニーテール状に結われ、肌は健康的な色合いを見せ、背中には大きな剣を背負い、まるで果実のようにたわわな胸や整った腰回りは、純白のビキニのみで包まれている――まさにそれは、レイン・シュドーそのものだったのだ。
しかも、彼女が眠る実の数は1つや2つだけでは無かった。レインの背丈ほどに巨大化し、樹木から垂れ下がった実の中は、どれも全く同じように外皮が透け、中で眠るレイン・シュドーの体が見えるようになっていたのである。その数は、丁度1000個であった。
「ねえ、魔王……?」「一体……どういう事?」「あれって……」「私だよね……」
これまで様々な手段で自分が増えるという状況を目にしていたレインだが、流石に『自分』が実る大木と言うのを見るのは初めてであった。唖然とする2000人のレインの前で、魔王は語った。今後はこの巨大な樹木――『レイン・ツリー』から、新しいレイン・シュドーが創造される事になる、と。
「元はこの樹木から魔物を生み出すために育てていたのだが、丁度良い具合にお前が訪れたからな」
「そうか……それで、この木を使って……」「でも、どうしてこの木を使うの?」「どうして、これで私を創る事にしたの?」
「いちいちこちら側から出すのはもう面倒。それだけの事だ」
何せ、今やレインの数は2000人にも達している。剣の腕を磨くため、魔術の腕を高めるため、そして日常生活を楽しむため――あらゆる理由でどんどん増え続ける純白のビキニ衣装の美女の数をさらに増産させるには、魔王が自ら手を出すよりも、何らかの方法で恒常的に増え続けるための仕組みが必要な段階に達していたのである。
そして、改めて魔王はレインに問いただした。彼女たちは自分に敗北し、その支配下に置かれている哀れな勇者である事を忘れてはいないか、と。ただ、幸いにもレインはその事をしっかりと把握し、自ら納得していた。このまま魔王にばかり頼っていると、それこそいつ裏切られるかも分からない、と言う皮肉めいた言葉も交えて。
「でも、正直言うと感謝してるわ」「こうやって、私がどんどん増えるんだもん」「そうそう、こんな凄いのを用意してくれていたなんて……」
その言葉を魔王はどう受け取ったのかは、仮面の中に隠れてレインたちには分からなかった。だが、そのまま魔王は冷静な口調でレインたちに、『実』の中で眠る自分を呼び起こさせるように命令した。
方法は実に簡単、何百人ものレイン・シュドーが周りを囲んでも足りないほどの超巨大な樹木の幹に、手を当てるだけでよいと言う。当然彼女たちもその呆気なさに驚いたのだが、理由を聞いて納得した。この巨大な樹木に手をかざす事で、内部に眠っていたレイン・シュドーになる女性の体に、本物のレインが持つ記憶や能力を複写させ、目覚めさせるのである。
2000人の中から代表して、数十人のレインがその役割を担う事になった。
そして、木の幹に手が触れた瞬間――。
「……!?」
――彼女たちの体は、まるで電流が走ったような感触に包まれた。ただ、それはほんの一瞬の出来事であり、本当にこれでよかったのか、と魔王に心配して問いただすほどであった。
だが、それに対して魔王は何も応えなかった。その理由はすぐに分かった。彼女が手を触れた直後から、巨大な1000個の実に変化が起き始めていたからである。内部に満ちていた透明な液体が、まるで蒸発するかのように姿を消し、それに応じるかのように中で眠り、うずくまっていた新しいレイン・シュドーが、実の中で立ち上がり始めた。
2000人のレインが外から見守る中、とうとう巨大で透明な実に亀裂が入り始めた。それは卵のような割れ方ではなく、まるで巨大な紙が気持ちよく破れていくかのような光景であった。
そして、完全に実が二つに裂けた時――。
「……ん?」
――ずっと眠りに就いていた、純白のビキニ衣装のみが全身を包む1人の女性が静かに目を覚ました。そして、すぐに周りを見て困惑した表情になった。
「ど、どうしたの……?」「大丈夫……?」
「あ、あれ……なんで私、ここに……?」
だが、新たにこの世に生まれた1人の女性――巨大な『レイン・ツリー』から生まれた最初のレイン・シュドーの困惑の理由はすぐに分かった。あの時、数十人のレインは一斉に全く同じ記憶や能力を、1000個の実の中に眠る自分自身に送り込んだ。つまり、内部に眠っていたレインの最も新しい記憶は、樹木の幹に一斉に手を触れた事になる。次の瞬間にいきなり全く違う場所にいれば、困惑するのは当たり前だろう。
だが、一度その理由が分かってしまえば、残るは新しい自分が生まれた事、そして新しい自分になって生まれた事への幸福感だった。
「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「あはは、レイン♪」「うふふ、レイン♪」……
新しく生まれたレイン・シュドーはあっという間に自分以外のレインの大群に巻き込まれ、すぐに見分けがつかなくなった。だが、それが彼女にとって最良の選択であった。自分と同じ考えを持ち、自分と同じ姿形で、自分と同じ能力を持つ存在がこんなにたくさんいる、なんて幸せな光景なのだろうか、と。
やがて、他の999個の実の中からも次々に新たな彼女が生まれ始めた。やはり全員とも最初は驚いてしまったがすぐに状況を把握し、周りに居る自分たちと戯れ始めた。
「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはははは!」 あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」あはははは!」……
こうして、巨大な『レイン・ツリー』の傘の下で、3000人の純白のビキニ衣装の美女たちによる酒池肉林の祭りが続いた。
そしてその日から、レイン・シュドーの数は前よりもさらに増え続ける事になった……。
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