女勇者、再会

 ライラ・ハリーナ。


 魔王を倒すために立ち上がった五人の勇者の中で最年少の、あどけない顔をした少女であった。しかし、緑の大地や人々の生活を荒らす「魔物」たちからお花畑や綺麗な風景を守るため、勇敢にも立ち上がり、『勇者』の一員に加わった。

 

 その優しげな顔が示す通り、彼女の能力は魔物を「狩る」ためでは無く、魔物から大事な物を『守る』と言う「純粋」な心であった。ライラの放つ『光のオーラ』の柔らかく暖かい光によって、仮初の命で暴れ散らしていた魔物たちは浄化され、そして元の石や水へと戻って行ったのである。

 彼女の奮闘に、勇者のリーダー格であったレイン・シュドーも感化されていった。確かに自分たちは魔物の征伐と魔王の打倒が目標である。だが、誰かを「守る」事こそ勇者の誇りであり使命である、そう考えるようになっていたのだ。


 だが、そんな優しい日々は、長くは続かなかった。



 勇者として、魔物や魔王にどう立ち向かうか。悪を全て倒した時、自分たちはどうすれば良いのか。


 3人の勇者たちレインの間に生まれた意見の相違は、やがて互いへのいら立ちへと変わって行った。何かある度に喧嘩を繰り返すようになる中、ライラは一人悲しそうな表情で彼らを見つめていた。

 喧嘩は止めてください。その訴えには、両者とも拳を下ろさざるを得なかった。


 だが、ついに彼女の訴えが届かない日がやってきた。


 いい加減にしろ、1人だけいい子ぶりやがって。


 その言葉に衝撃を受け、泣き叫んだライラを、レインは他の『仲間』から守るようにしっかりと抱きしめ続けた。

 そしてその翌日、3人の勇者はレインとライラの元から姿を消したのである。


「ライラ……」


 思い出を踏みしめるかのように、彼女は町はずれにある一軒の家の前に辿りついた。


 5人目の勇者、ライラ・ハリーナが生まれた家であった。


 とは言え、今の彼女は『レイン・シュドー』では無く、それによく似た赤の他人。うかつに声をかける事は出来ない。家から離れた彼女は、そのまま周りの様子を見まわした。すると、家の近くに生えた鬱蒼とした草むらの中に、1人の女性が静かにうずくまっているのを見た。


「……!」


 その姿に、彼女は見覚えがあった。女一つでライラを育て上げ、魔物が来襲する情勢の中でも諦めることなく、肝っ玉を武器に抗戦をつづけていたライラのお母さんである。

 だが、草原の中でうずくまるその姿には、あの時の「肝っ玉」は一切感じられなかった。世界がつかの間の平和を取り戻していたのとは、まるで正反対の様子であった。


 彼女に近づき、うずくまっている訳を尋ねようとした時。


「……え……」


 その理由を、レインは知ってしまった。



 ライラの母の目の前には、大きな石が佇んでいた。まるで、その地下に眠るものを、外部の敵から守るかのように、冷たい表面を晒し続けていた。

 そして、そこには1つの名前が刻まれていた。5人目の勇者、『ライラ・ハリーナ』の名前が。



「……そんな……」


 つい声が出てしまい、彼女はライラの母と目が合ってしまった。


「す、すいません……」


「いいえ。

 貴方、ライラのお友達だったのですか?」


 今の自分が『レイン・シュドー』では無い事が、こんなに辛い事だと言う事を、レインは身に染みて感じていた。

 しかし何とかその気持ちを抑えながら、彼女はライラの母に聞いた。ライラはどのような最期を迎えたのか、もしよければ教えて欲しい、と。



「……」

「ご、ごめんなさい、突然変な事を聞いてしまって……」

「……いえ、大丈夫です。貴方になら、伝える事が出来ますから」


 命が消えたライラの体が見つかったのは、霧の経ちこめる山の中だった。その顔や体は痣だらけで、服にはたくさんの血が付いていたと言う。そして、顔には助けが欲しい、と言う苦痛の表情が浮かんでいた。




「……魔物の仕業……ですよね……」

「ええ、確かにあの3人の勇者の人たちはそう言っていました。でも私には、それが信じられないんです」

「……え?」


 ライラの清らかな心は、どんなに恐ろしい魔物でも癒してしまうほどのものだった。しかし、その『心』が通用しない相手がいる、母親たる彼女はそれを知っていた。


「……どんなに白いオーラを持っていても、『人間』を癒す事は出来ません」

「人間……ですか?」

「……私は、今の平和を味わう事は出来ません。人間の業は、魔物たちよりも大きい……」


 そう言いながら、再び母親は無言で娘が眠る場所に座り込んでしまった。ありがとうございましたと言う言葉を残して静かに去ることしか、レインには出来なかった。

 そして、ライラの眠る場所が見えなくなった時、彼女の瞳から、涙がこぼれ落ち始めた。

 

「……ライラ……ごめん、ライラ……!」


 どうしてあの時、霧の濃い場所で自分はあどけない少女を見失ってしまったのか。どうして自分は無理やり彼女を最終決戦の地まで連れて行こうとしたのだろうか。

 忘れようとしていた後悔が、次々に胸の中に込み上げてきた。



 静かに彼女の前に現れた魔王の前で、レインは泣き叫び続けた。レインもライラも、そしてライラの母も、皆『ひとりぼっち』だった……。

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