女勇者、真実

 たった1人だけで魔王に挑み、完全なる敗北を喫した、剣術を得意とする女勇者『レイン・シュドー』。彼女はそのまま魔王の軍門に下り、巨大な地下の根城の中で幽閉され続けてきた。

 だが、ある時魔王は彼女の願いを聞き入れ、レインを地上の世界に一時的に帰還させた。非常に耐えがたいものになっているだろう、という忠告と共に。


 結果的に、魔王の言葉は全て正しかった。勇者のリーダー格であったレインと仲間割れを起こし、一団から去った3人の仲間は、どういう理由か魔王を倒した『勇者』として讃えられ、たくさんの名誉と贅沢な生活を得ているようだった。

 だが、彼らやレインと共に戦いの旅を続けていた5人目の仲間、光のオーラで魔物を浄化させる力を持つ少女『ライラ・ハリーナ』は、レインとはぐれた末に命を落とし、大きく豪華な墓の中で押しつぶされるように眠っていた。形だけの『祝福』が行われた後、戦線を離脱した悲劇の勇者の墓碑には誰も訪れず、たった1人の家族を失った彼女の母が、一人寂しく佇むだけであった。


 地上にはもう、レインの居場所も名誉も、全てが消失していた。もはやそこは、魔物の巣窟に等しい所になってしまったのだ。


「どうした、練習しないのか?」

「「「「「「「「「「「「「「「もういい……」」」」」」」」」」」」」」」



 今までずっとレインは、地下の根城の中で必死に剣の腕を磨き続けていた。自分をより強くするためだけではなく、地上の現実を忘れるためという目的もあったであろう。だが今、120人のレインたちは、悲しそうな目をしながら座り込むばかりであった。

 地上で見た『記憶』が魔王によって他の119人の自分に分配すると言う事を、それを直に見てしまったレインはやはり躊躇していた。しかし、彼女以外のレインがそれを知らず、ただやみくもに明るくしていると言う光景を想像してしまうと、そちらの方がさらに嫌だと考えるようになった。皆が真実を知らずにのうのうと暮らしていると言うのは、外に広がる『魔物の巣窟』と全く同じ事である。

 ただ、その決意を固め、魔王によって記憶を分配された結果が、力なく座り込み続ける120人の純白ビキニの女性の大群であった。


「忠告したはずだ、必ず後悔するとな」

「本当よね……」「あんなのを見ちゃったし……」「あれが『外の世界』なんだよね……」


 実質的に魔王征伐に失敗した身である自分や、5人目の仲間であるライラは人々の記憶から薄れ、人々は成功者だけを崇めている。それは仕方ない事かも知れないが、その成功自体が完全に捏造である、と誰ひとりとして疑わず、無邪気な信仰を続けている。


 あのような世界を自分は守ろうとしたのか。

 ずっと抱き続けていた彼女の信念の答えは、とても残酷なものだった。


 大広間の中で、全く同じ姿を持つ純白のビキニ衣装の女性が、一様に同じ顔で塞ぎこむ。そんな異様な光景を、魔王はじっと見つめていた。


~~~~~~~~~~


 それから、数日が経った。


 あれからずっと、レイン・シュドーの時間は止まったままであった。朝起きても食欲は無く、自分同士の会話も減り、毎日塞ぎこむ生活になってしまっていた。


 そんな彼女に、魔王が意外な言葉を投げかけてきた。もう一度、地上で起きた真実を見ないか、と。


 当然、レインは拒否の反応を示した。あれだけ酷い状況になっていると言うのを見せつけられたと言うのに、もう一度その様子を見させられて再び苦しみたいなどと思う訳が無いだろう。だが、そのような態度を取るレインに対して魔王はある事を告げた。


「ライラ・ハリーナがどういう最期を迎えたか、貴様らは本当に知っているのか?」


「魔物じゃなくて、人間に止めを刺されたんでしょ?」「ライラのお母さんもそう言っていたし……」


 だが、それは単に彼女の推測だけで、一切真実かどうかの判別が出来ないのではないか。

 魔王が責める言葉が、120人のレインの頭に電流のように流れた。


 もしライラの母の推測通りに『人間』によって命を奪われるという結末を迎えたとしても、一体どういう訳で命を落とす事になったのか、彼女は一切知らない。そして、直接話を聞いたレインでさえも。何が起きたか分からない以上、『魔王』自身が巧妙な罠を巡らせていることだって考えられるのだ。

 しかし、このままずっと過去に閉じこもってばかりでは、ライラの最期は見えてこない。そして、レインは決意した。



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……真実を見せて」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



 その言葉を受けた魔王に従い、ビキニ衣装のみに身を包んだ120人の美女がやって来たのは、世界を闇に包まんとする魔王の住む場所には不似合いの、青く輝く巨大な泉の前であった。魔王の話では、自らの持つ『魔術』を駆使する事で、この泉の水面にあらゆる「真実」を映し出す事が可能なのだと言う。


 後悔しないか、と改めて問いかけた魔王に対し、レインは既に覚悟を決めている事を伝えた。立ち止まるよりは、はっきりと真実を見極めたい、はっきりとそう言ったのである。


 彼女たちの頭の中で『何か』の決意が揺らぎ、そして新たな『何か』が芽生え始めていた。


「行くぞ」


 そう言うと、魔王は掌を青く輝く泉の水面へと向けた。大量のレインが見守る中、そこに何かの景色が映り始めた。


「「「「「「「「「「……!」」」」」」」」」」」


 静かに水面に浮かび始めた景色に、彼女は見覚えがあった。『魔王』が待つ死の荒野へ向かうためにくぐり抜けなくてはならない最後の難関、延々と濃い霧がかかり続けている山だ。

 そして、そこに連なる道を歩く5人こそ、魔物を何度も打ち倒し続けていた、レインたち『勇者』であった。


 だが、泉の中に映る勇者の一団は、互いに目を合わさず、一切の言葉も言わないまま、ただ黙々と歩き続けていた。

 その理由を、水面を見つめる120人のレインははっきりと知っていた。意見の相違から始まった不和は日増しに酷くなり、勇者の一団はこの時点で崩壊寸前の状態に陥っていたのである。

 そして、この景色から、それが現実になろうとしていた事をレインは察知した。この山道の途中で休憩した次の日、レインの元から3人の仲間が去っていったのである。


 しかし、続いて魔王が泉に見せた景色は、現在のレインでも知らないものだった。


「これは……」「夜?」「私が寝ている間の……」

「貴様にしては察しが早いな。だが、『レイン・シュドー』の隣を見ろ」


 レイン・シュドーとライラ・ハリーナ――朝日が昇って以降、たった2人で魔王の元に進む事になった勇者たちは、そんな事も知らずにぐっすりと眠っていた。

 旅のストレスや疲れで、完全に意識を失っているも同然の状態のようだった。


 そして、その横で『3人』の勇者が、何かを語り合っていた。

 その言葉が聞こえた時、120人のレインの表情はこわばった。


『……ったく、あいつは本当に……』

『理想ばかり見て、現実を一切見ていないよな』

『私も同感だ』


 彼らは口々に、レインやライラに対する非難を言い続けていたのだ。

 1人だけ正義面して、他の面々の事を全然考えていない。高い目標だけを見続けて、それからどうなるかを一切考慮しない。今まで溜まりに溜まった鬱憤を愚痴として晴らし続けている様子に、泉から見守る120人のレインは耳を塞ぎたくなるほどだった。しかし、彼女は真実を見るため、そしてこのような情景を敢えて見せつけている魔王への対抗心のために、何とか耐え続けた。

 そして、暗い気持ちが流れる3人の会話の中、ふと1人の男――レインと並ぶ、もう1人の剣士――がある事を言った。


『そこまでいい子ぶっているならさー、あいつらに「魔王」を倒させればいいんじゃね?』

『……どういう事だ?』

『何だって?』


 

 そして、次に出た言葉を聞いて120人のレインは耳を疑った。


 レインの目には、ずっとこの3人は魔王をどうすれば倒せばよいのか、恐れを成しているように見せていた。だが、既に1人は魔王の倒し方を彼女に隠して察知していたのだ。しかも、あの最終決戦の時に『魔王』直々に言っていた事そのままだった。


『ライラのオーラで……』

『なるほど、魔王は無力化出来ると言う訳か』


「そんな……」「知っていたなんて……」

 続きを言いかけたレインが、その後の彼らの話に耳を傾けた時、その心に重く冷たいものが走った。


『あいつらに全部任せて……』

『私たちはその手柄を……』

『全て奪う、か♪』


 生意気なレインと、布巾着なライラ。そいつらに魔王退治を任せれば、万事上手く行くかもしれない。

 あの時の仲間割れは、偶然の行為では無かった。2人を陥れるための、3人の策略だったのだ! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る