女勇者、衝撃
「本当に、魔王の言った通りね……」
沢山の人が行き交う町の中心地に、1人の女性の姿があった。背中に剣を背負うビキニ衣装の美女、レイン・シュドーである。
今、彼女は完全にこの街に溶け込んでいった。かつて魔物に襲われ続け、恐怖のどん底に陥っていた町の面影はすっかりと消え去っていた。しかし、そのような場所を歩く彼女が、魔物や魔王を倒すために立ち上がった『勇者』の一人であるレインである事に気づく人はいなかった。
囚われの身となった彼女が外の世界へ戻る事に対し、魔王は二つの制限をかけた。彼女の気付かない所で魔王自身が常に監視している事と、彼女が「勇者」であると言う事実を、誰も認識させないようにする事である。
レインが囚われの身となってから、魔王は一切の魔物の製造を行っていなかった。仮初の命を与えられて暴れ狂っていた魔物たちも、今や全くその面影を残さず、元の石や砂、川のせせらぎに戻っていた。町には元の平和が戻っていたのである。だが、これもまた、魔王が創りだした「仮初」の平和である事を、レインは知っていた。
いまは大人しく自分の願いを叶え続けているように見えるが、無表情な仮面の下には何を考えているのか掴めない。もし魔王が再び動き出す時がきたら、町の人たちは一体どうするのだろうか。『勇者』たちは、もう一度現れるのだろうか。そして、自分はどうすれば良いのか――そう思った時だった。町の中にとある肖像が刻まれているのを目にしたのは。
そこには懐かしく、そして思い出したくない顔が3つ並んでいた。彼女と長い間冒険を繰り広げた、『勇者』の仲間である男性たちであった。だが、そこには年下の少女――魔王を倒す事ができると言う『光のオーラ』を用いる事が出来る、清き心を持つ少女の姿は無かった。そして、彼らを率いて立ち上がったはずの、レイン・シュドーと言う女性の名前も。
ただ、彼女が一番目を疑ったのは、その下に刻まれている文字であった。
―― 魔 王 征 伐 記 念 ――
「……え……!?」
レインの記憶で彼らを最後に見たのは、魔王のいる暗闇に入る直前、3人が彼女と喧嘩の末に反対側の道を歩み、魔王の征伐から身を引いた姿であった。それなのに、これは一体どういう事なのだろうか。
彼女の心の中に、冷たい感情がのしかかってきた。
詳細を知るために、レインはこの町にある食事店を訪れた。
『勇者』として活動していた時、彼女とかつての仲間たちは魔物の征伐のために何度もこの町を訪れ、そしてここに行きつけになっていた。
あの時も、恐るべき存在に悩まされる日々を解消するかのようにこの場所だけはいつも明るく、賑やかな空気に包まれていた。その様子は今も変わらず、むしろ昔よりも様々な人々が訪れているのを、レインはそのビキニ衣装から覗く健康的な肌にしっかりと感じとっていた。人々が「平和」を謳歌しているのがはっきりと分かった。
だが、過去と違うのは、彼女は1人ぼっちだった事である。
注文した軽めのご飯を食べ終えた時、彼女の耳に客の言葉が入って来た。
「いやー、それにしても本当にこの町は平和になったよなー!」
「全くだぜ、『勇者』がこの世界を救ってくれたおかげで、俺たちは昼間から酒が飲み放題!」
「なあ、本当にありがたいぜ!」
彼女はじっと、その言葉に耳を傾け続けた。
確かに彼らは『勇者』を知っている。だが、世界を救っ「た」と、彼らの口から出たのは過去形の言葉だったのである。
そして、彼女の心は次第にぞっとした感情に包まれ始めた。
「あの『3人』が、魔王を一刀両断!」
「『3人』の連携が世界を救ったんだよなー」
「国王もすげえ喜んでたぜ!」
違う。そんなはずはない。レインは心の中で必死に唱えた。
彼らは、5人組だった勇者のうち、『3人』の男たちの連携によって魔王の野望は打ち砕かれ、この世界に平和が戻ったと語っていたのだ。
だが、そのような事実が無い事は、「魔王」とずっと共に過ごしてきたレインが一番よく知っている。魔物が現れなくなったのは、単に魔王がそれを出さなかったからである。
それに、男たちは最後の決戦地に辿りつくずっと前に、レインの元を去って行ったはずである。
世界を救う事に愛想を尽かした彼らは、レインとの喧嘩の末にその場を別れてしまったのだ。つまり、それ以後彼らは一切の戦いを経験していなかったはずである。それなのに、どうして――。
まさか、と言う感情は、次に客が出した言葉で確信へと変わってしまった。
「それにしてもなぁ、残りの『2人』が死んじまったなんて……」
「守りきれなかったって凄い嘆いてたもんな……」
「分かるぜ、あの勇者ちゃんたち、2人とも可愛かったもんなー」
――私が、死んだ!?
「あ、あの!」
急に話に割り込んできた事にその男性客一同は驚いたものの、それが女性だった事ですぐに警戒心は解かれた。
一体どういう過程で、5人の勇者のうち「2人」が死んでいったのだろうか、と言う質問にも、男たちは素直に応えてくれた。
「レイン・シュドーさんは……確か、崖から落ちたかなんかだったっけ」
「ああ、急いで向かったが行方が分からなくなったって」
「そ、そうですか……」
目の前にその『レイン・シュドー』がいる、と本当は伝えたかった。だが、それは不可能であると言う契約を魔王と彼女は交わしていた。
本当は、朝日が昇る前に彼女を残し、彼らは捨て台詞と共に山を降りて消え去ったのである。
「あと、ライラ・ハリーナは、魔物に襲われて息絶えたって言ってたな」
「ああ、小さかったのに勇敢に戦って行ったって……」
「可哀想にな……」
「はぁ……」
そして、この『ライラ・ハリーナ』と言う名の少女だけが、レインにつき従い、魔王の討伐に向かい続けたのである。
だが、彼女もまた霧が濃い山の中でその行方を晦ましてしまった。いくら探しても、一切の手がかりは掴めなかった。
「魔王討伐の報告をする時に『3人』が言ったんだよな……」
「ライラちゃんとレインさんの犠牲があってこそだって」
「あぁ、切ないもんだぜ……」
レインは確信した。
あの3人が、自分自身を置き去りにして、手柄を完全に自分のものにしたと言う事を。
「ところで姉ちゃん」
「な、何ですか……?」
「随分セクシーな体してるじゃねえか♪」
「……!?」
いくら正体を隠したとしても、純白のビキニ衣装と言う大胆な格好からの色気を覆い隠すまでには至らなかった。性的な目を向けようとした男たちに気付き、慌てて勘定を払って彼女は食事店を飛びだした。
そして、彼女は町を後にするべく歩きだした。
彼女の最後の仲間であった、『ライラ・ハリーナ』がどうしているか、それを探りに行くために……。
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