女勇者、帰還
朝起きて、80人の自分たちに挨拶をする。
魔王の用意してくれた食べ物を口に入れる。
自らの剣術を磨くために、自分同士での特訓を重ねる。
魔王の本拠地で、レイン・シュドーはずっと同じ日々を過ごし続けていた。
周りにいるのは、仮面で表情を隠し続ける黒づくめの女性を除いて、全員とも自分と全く同じ人物。1つに結った長い黒髪に健康的な肌、大きな胸を包み込む純白のビキニ衣装――彼女にとっては、その姿を見続ける毎日は天に昇る心地であった。
ただ、そう言った同じ暮らしを続けていると、つい「別」の暮らしを望んでしまうものである。レインは元々、外部の世界から『魔王』を倒すためにこの場所へやってきた過去がある。だからこそ、彼女の心にはどうしてもこの場所とは違う、別の世界が残っていたのだ。
だが、その事を彼女本人の口から聞いた魔王からは、それを疑問視する声が出た。
「今の立場を分かっているのか?」
『勇者』であったレインはこうやって敗北し、『魔王』の支配下に置かれている。その状況にもかかわらず、外の世界をもう一度見てみたいと願ったレインの言葉に、魔王が呆れるのも無理は無いかもしれない。だが、それ以上に彼女は、「外の世界」でレインがどのような経緯を辿り、たった1人で自分の所まで辿りついたか、既に把握していたのだ。
――お前と一緒にいるのはもうご免だ。
――私たちは私たちのやり方で、魔王を倒しに行く。
――こんな生活、やっていられない。
あの時、ずっと仲間だと信じ続けていた存在たちは彼女を見限り、どこかへと去ってしまった。
そして、彼女を信頼し続けていた最後の1人もまた、その行方を晦ましてしまっていた。
「……貴様は元の世界に帰っても、孤独のままだ」
そんな状況で帰ってしまうなど、正気の沙汰ではない。
人間世界を脅かし続けていたはずの『魔王』の口からそのような言葉が出るほどであった。
だが、レインはそんな彼女の言葉に、異口同音で返した。
「「「「「でも私、もう『正気』じゃないと思う……」」」」」
「……ほう?」
自分と同じ存在が大量にいると言う状況、普通の人間なら恐れおののき、恐怖で混乱してしまうだろう。初めてもう一人の自分と向き合った時のレインも、全く同じ心を持っていた。だが、彼女の場合はそこから違う道を歩み始めた。目の前にいる存在――仲間に裏切られ、見捨てられ、たった一人になった自分を理解してくれる存在として認め、交友を深めていったのである。それどころか、今や彼女は誰が本物で誰が偽者か、一切の区別を放棄している。何十人もいる彼女全員が、女勇者『レイン・シュドー』なのだ。
「「「……でも、知ってる」」」
「「「「無理なんだよね、もう」」」」
それでも、彼女は自分のこの訴えが無茶である事を百も承知していた。何せ自分は魔王の囚われの身、そうやすやすと地上へ帰すはずがない、と。
ところが、その直後に出た魔王の言葉に――。
「……誰がそう言った?」
「「「「「「「……え!?」」」」」」」
――レインは全員揃って耳を疑った。
唖然とした表情の彼女に対し、魔王はさらに付け加えた。
囚われの者は全員、一生牢獄の中に閉じ込められていると言う訳ではない。
時には「外」の世界に晒す事もある、と。
~~~~~~~~~~
「もう一度聞く。本当に、外の世界を見る覚悟があるのか?」
荒野から遠く離れた、うっそうとした森に囲まれている賑やかな町の外れに、『勇者』と『魔王』は佇んでいた。魔王の持つ高度な魔力のお陰で、彼女たちの姿は動物にも一切関知されず、こうやって秘密裏に話を進める事が出来るようになっている。
魔王と向き合うレインは、数十人の中から代表して向かう事になった一人であった。外見が同じなら頭の中も同じ彼女たちは、多人数で行くよりも一人に集約した方が良い、と言う事をしっかりと認識していた。彼女が見たり聞いたりした事は、後で『魔王』の力で他のレインにも分配される事になっている。
そう、あくまでこれは、限定的な「帰還」であった。
「貴様の言葉をもう一度繰り返す。正気ではない、だから外の世界を見ても平気だ、とな」
だがきっと、後悔する事になる。そして、強い悲しみに包まれるかもしれない。
それでも良いかと言う魔王の問いに、レインは静かに頷いた。
「「「「やっぱり、『仲間』の事は気になるから……」」」」
「貴様を裏切った存在でも、か。甘すぎるな」
「「それは否定できない……でも、それ以外にも……」」
「「私をずっと信じていたあの子がどうなっているか……」」
もしあの子が最終決戦の地まで着いてきていたとしたら、きっと自分は魔王に勝つ事が出来たかもしれない。光のオーラを操る事が出来るのは、清き心を持つ彼女だけだったからだ――彼女は最後にそう言った。
そして、魔王によってずっと隠されていたレインの姿は、町の中に実体化した。
きっと、自分の元に泣きつく事になると言う、魔王の言葉を背に受けながら。
そして、これが『レイン』の保っていた最後の『正気』――彼女が人間を救い続けるビキニ衣装の女勇者であるであると言う誇りを、完全に崩れさせる要因になった……。
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