女勇者、疑問
『魔王』の住む巨大な地下空間に、女勇者『レイン・シュドー』が囚われの身となってから、また少しの月日が経った。
「ん、んっ……」
あらゆる物を創り出す全能の魔力で創り出されたと言う飾り気のない質素な部屋が、彼女の過ごす場所になっていた。
だが、レインはその状況に不満や恐怖の心を漏らす事は無かった。正直な所、『魔王』からのこう言った待遇は、人間世界では有り得ない事だったのだ。囚われの身となった敵対する存在が、悪い環境の中で強制労働させられ、耐えられずに息絶える様子を、彼女は何度か目にしてしまっていたからである。
倒すべき存在のはずの『魔王』に、彼女の心は惹かれていたのである。
「おはよう……」
右側のベッドから、彼女が眠そうな目で挨拶をすると、左側のベッドからも――。
「あ、おはよう」
――女勇者レイン・シュドーが起き上がり、同じ声で返事をした。
長いポニーテールの黒髪に、健康的に焼けた褐色の肌、そして豊かな胸や整った体を包み込む朱色のビキニ風の衣装。
あらゆる所が全く同じもう1人の自分の姿を見る事が、レインにとっては何よりの幸せだった。思い出したくもない仲間割れ、そして裏切り――美しい自分の姿は、そんな忌まわしい思い出を忘れさせてくれたのである。
そして、『レイン』の数は2人だけでは無かった。
彼女たちが部屋を出ると同時に、その両隣り、向かい側――大量の『牢獄』の扉が開き、その全てから二人一組の女性の姿が現れた。
それらは全員、お揃いの褐色の肌と黒いポニーテール、そして朱色のビキニ衣装を身につけていた。
「おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」おはよう!」
『魔王』の持つ魔力の力でレイン・シュドーの数は更に増し、この世界にたった1人しかいなかったはずの彼女は『40人』になっていたのである。
だが、普通の人間にとっては異様なこの空間も、純白のビキニ衣装の美女にとってはまさに天国のような世界であった。
「いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」いただきまーす!」…
熱い心と真面目さを併せ持つ勇者――いや、正確には勇者であった女性『レイン・シュドー』は、ご飯を食べる時の感謝の言葉も忘れなかった。
巨大な空間、建物、さらには仮初の命まで創造してしまう魔王の力は、40人前のご飯を無から創り出す事も簡単であった。
ここでの暮らしを始めた頃はまだこの中に毒物でも含まれているのではないかと不安がぬぐえなかったレインだが、今は何の抵抗も無く、魔王が創り出した朝食を美味しそうに食べている。「囚人」の扱い方を、魔王は熟知しているようだった。
そして、魔王は普段と変わらぬ黒と紫の衣装を全身にまとい、大胆に肌を露出している40人の女戦士を無機質な仮面の中からじっと眺めていた。
~~~~~~~~~~
「ねえ、『魔王』」「聞きたい事があるんだけど」
「何だ?」
そんな中、今日も『闘技場』での特訓を終え、額や体の汗をぬぐったレインが、その様子を見に訪ねてきた魔王に聞いた。
確かに、自分たちがこういう扱いを受けているのは悪い気分ではなかった。どんな願いも聞き入れ、自分の数まで増やしてしまう……『魔王』には、沢山の恩が生まれてしまった。
一体何故、そこまでして自分に良い扱いを続けるのだろうか。
「言っちゃ悪いけど……」「何か、企んでいるの?」
レインの心の片隅には、魔王はいつか倒すべき相手であると言う事がしっかりと刻まれ続けていた。
無様な敗北から月日が経つ中で、次第に過去に向き合う勇気を取り戻していた彼女は、初めて剣を魔物に振りかざした時の事を思い出していた。魔王を倒し、「平和」を取り戻す……。
だからこそ、彼女は自分がまだ『勇者』の心を失っていない事を、魔王に質問の形で訴えたのかもしれない。
「……ふん、知るか」
その決意に対し、魔王は挑戦状をたたきつけるかのようにあやふやな返事をした。
「お前たちには、この仮面の裏を覗く力はまだ備わっていない」
「……それは、分かっている」「あんたを倒すには『光のオーラ』が必要なんでしょ?」
「そうだ。ただ、その力は『魔術』を使う者にしか与えられない」
魔術では無く、自慢の剣一つで立ち向かい続けていた彼女には、まだ無縁の世界であった。
しかし、魔王はそんなレインに告げた。
いつか自分に抗えるだけの力を身に付けた時、真実を明かすが良い、と。
「……分かったわ」「いつか絶対、貴方を倒してみせるから」
その時まで、宜しく頼む。
あれほど憎んでいたはずの相手が、今や彼女たちに『理解者』になっていた。無表情の仮面も、何故か優しげなものに見え始めていた。どのレイン・シュドーも、その不可思議な感情を否定する事はなかった……。
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