女勇者、分裂

 人間たちが住む場所から遠く離れた、荒れ果てた大地。地面はひび割れ、当たりの草木は枯れ果て、そこには一切の命すら見えなかった。人間たちはそこを『世界の果て』と呼び、決して近づこうとしなかった。魔王がそこに本拠地を構えたという情報が流れるようになってからはなおさらであった。


 だが、それはあくまで人間たちの中の常識であった。

 何一つ命が無いように見える、無限に続く荒野の下では、いくつもの『命』が活発に行動していたのである――。


「はあっ!」「はっ!」



 ――古代の闘技場を思わせる、石造りの空間で互いに自らの剣の腕を競い合っていた、2人の女性のように。


 片方の名前は『レイン・シュドー』。褐色の肌に長く黒い髪を束ね、ふくよかな胸やその体は朱色のビキニ風の衣装のみで包み込まれている。しかし、そのような大胆な外見とは裏腹に、彼女の剣の腕は抜群だった。この荒野にたどり着くまで、彼女に襲いかかった魔物たちは次々に切り裂かれ、仮初の命が消え去ったのだ。そんな彼女の右手には、その戦いを支え続けた銀色に輝く剣があった。名前も銘柄もないごく普通の剣であったが、レインの類稀な力により、天下無双の剣へと変わっていたのである。


 そして、レインと対峙するもう片方の女性――『レイン・シュドー』も、全く同じ剣を右手に握っていた。

 褐色の肌に長く黒い髪を束ね、ふくよかな胸やそれを包む僅かな布の衣装、こちらのレインも全く同じような外見だった。それどころか、先程から続く戦いは双方とも全く同じタイミングでの攻撃が連発し、剣についた傷や額に流れ出る汗、そして滲み出た汗で透けたビキニの位置まで、あらゆる所が全て同一だったのである。


「はあっ!」

「ふんっ!」


「ほっ!」

「はっ!」


 何度も何度も剣を重ね、互いに一歩も引かない動きを見せ続けていた時、2人の戦いの終了の合図を示すように、杖を鳴らすような音が聞こえてきた。それを聞いた2人のレインは剣を背中にしまい込み、互いの健闘を祝うかのように抱き合った。2人の間には一切の敵対関係は無かった。むしろ、抱き合った時の胸や肌の感触を、2人で楽しむかのような笑顔と頬の赤らめを見せている程だった。

 そして、一戦を終えた2人のレインを待っていたのは――。


「お疲れ様ー!」お疲れ様ー!」お疲れ様ー!」お疲れ様ー!」お疲れ様ー!」お疲れ様ー!」お疲れ様ー!」お疲れ様ー!」

「「ありがとう、みんな」」


 ――彼女と全く同じ姿形をした8人の女性たちであった。

 髪の長さも、胸の大きさも、肌の色も、そしてビキニ衣装に出来たしわまで、全てが同一の存在。汗をぬぐった2人のレインも、やがてその集団に溶け込んでいった。


~~~~~~~~~~


 荒野の下に眠る『魔王』の本拠地で、10人のレイン・シュドーが過ごすようになってから、しばらくの月日が流れていた。


 自分の最大の理解者である「自分」が増えた事は嬉しかったが、やはり最初の頃はどのレインもこの場所でどう過ごせばよいか分からず、戸惑いを隠せなかった。しかし、仲間も失い、魔王に「敗北」している今となっては元の人間世界に変えることなど不可能な事も承知していた。だからこそ、彼女はこの場所で剣の腕を磨き、そして自分自身との交流を深める決意を固めたのだ。


 不思議な事に、彼女と対立する立場にあるはずの『魔王』は、彼女の提案に対して何故か好意的に動いていた。


 『魔王』の魔力は、人間世界の常識を遥かに凌ぐ力を持っていた。

 そもそも石や枯れ木と言った命の無い物に仮初の魂を授け、魔物として扱うと言う事自体、人間世界では非常に難しく、そもそも倫理問題も関わってタブー視されていた。だが、そのような事は『魔王』にはお構いなし、次々に手下を増やし続けていた過去がある。


 その圧倒的な力は、レインを受け入れた後も衰えていなかった。


「……この空間も、『魔王』が作ったんだよね」

「そうだよね」そうだよね」そうだよね」そうだよね」そうだよね」そうだよね」そうだよね」そうだよね」そうだよね」


 石造りの闘技場の休憩室で、10人のビキニ姿の女剣士は改めて魔王の力の凄まじさを感じとっていた。


 この巨大な建物を一瞬で創り上げるだけでは無く、地下の遥か深くにあるはずなのに、地上と全く同じように一昼夜が再現されているからである。そのにある荒野はいつも灰色の雲に包まれているにも関わらず。


 全知全能、そのような言葉すら頭に思い浮かぶほどの力の前では、いくら10人に増えたとしても勝ち目は一切無い事は、レインも承知していた。


 そんな会話が続く彼女たちの憩いの場に、来訪者がやってきた。まるで噂に誘われるかのように。


「どうだ、『鍛錬』は順調に進んでいるか?」


 大胆に露出しているレインとは正反対、全身を包む黒系の服装に覆われた、同じくらいの背丈の人間の女性の姿をした存在……『魔王』である。


 一応、この場にいる10人のレインからは魔王に対する敵意はほぼ無くなっていた。現在の自分は魔王の支配下に置かれているためと言うのも理由の一つだが、それ以上に彼女が自分の提案をほぼ受け入れ、そして凄まじい魔力でそれらを次々に叶えて言った事もあった。

 今までこんな経験をレインはした事が無かった。長い冒険の中で、次第に「仲間」は意見を苛立ち交じりにぶつけあうようになり、彼女の意見を通す暇すら与えられなかったのであった。


 ただ、礼を言いつつもレインははっきりと言った。


「私は、いつか貴方を倒す」

「だって、そのために私はこの場所に来たんだからね」

「その通りよ」その通りよ」その通りよ」その通りよ」その通りよ」その通りよ」その通りよ」その通りよ」


 ビキニ衣装の眩い純白と同じようなに澄んだ心が、レインの中には蘇っていた。



 さて、そんな彼女たちの元に魔王が訪れたのは、先程の噂を聞くためでは無かった。

 レインが以前頼んでいた事を、実行に移すためであった。


 

 先程の闘技場の広い空間に、10人のレインが並び立った。ビキニ衣装のみに身を包んだ褐色の美人がずらりと揃う様子は、一種の爽快感すら感じさせる程だった。


 そんな彼女たちを見ながら、『魔王』は掌に意識を集中させ、そして黒い球体のオーラを創り出した。彼女の得意とする「魔術」の象徴でもある色だ。

 それを天高く掲げた時、黒いオーラは10個の小さな球に分裂し、そのまま10人のレインの元へと降り、そして彼女の肌に触れた途端にその中へと入り込んでいった。


 一体彼女に何をしたのか、その答えはすぐに分かった。

 突然、10人のレインの体は一斉にオーラに包まれた。やがてそのオーラはそれぞれ前後二つに分裂していった。


 そして、20個になったオーラが鈍い輝きを解いた時、そこにいたのは……


「わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」

「わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」わぁ!」


 褐色の肌に長い髪、ふくよかな胸、澄みきった純白のビキニ衣装、何もかもが全て同じ、20人のレインの姿であった。


 10人だけでは寂しい、もっと『私』の数を増やして欲しい。

 彼女の願いに応える形で、魔王はレインを分裂増殖させる魔術を、本人を材料として披露したのである。


 倍の数に増えたレインたちは互いに抱きつき会い、新たな自分の誕生を体全体で喜びあっていた。大きな胸が震え、体に当たっては弾み、そして揺れ動くさまを見つつ、彼女は頬を真っ赤に染めながら嬉しさを笑い声で存分に表していた。


 そしてその様子を、無表情の仮面から魔王はじっと眺めていた……。

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