女勇者、再起
「「ま、魔王……!?」」
予想だにしない来訪者を、レイン・シュドーとレイン・シュドー、全く同じ姿形を持つ2人の女性は、敵意に満ちた眼つきで睨みつけた。先程まで自分が本物のレインで相手が偽者である事を知らしめるべく争っていた2人であったが、この恐ろしい相手がやってきた以上、仲間割れをしている場合では無い事を双方ともしっかり察知していた。
目の前にいるのは、長い間ずっと彼女が探し求め、そして屈辱的な敗北を喫した相手――無機質な仮面で顔を隠した、世界を脅かす恐るべき存在である『魔王』本人だったからである。
だが、すぐに魔王の言葉で、一切の抵抗が出来ないと言う事実に2人は改めて気付かされた。
今のレインには、武器となる剣は存在しない。あの時の戦いで、魔王の手によって光り輝く勇者の剣は僅かな欠片を残して消え去ってしまっている。
「その状態で、どうやってこの『魔王』を倒すつもりだ?」
縄で縛られたり道具で拘束されずとも、2人に増えた女勇者は、魔王の掌の中で身動きが取れないのと同然であった。
「「……一体、なんのつもり?」」
互いの口から出た言葉が重なった事で、一瞬だけ2人のレインの目線が重なり合った。だが、先程のように互いの目から憎しみの火花が飛び散る事は無かった。それどころか、彼女達の心には、目線が合い、声が重なったのを心地良いと言う感情が湧きあがってしまったのだ。自分の気持ちに従い、全く同じ行動をした存在がいることに、嬉しさすら感じかけたのである。
それを否定するかのよう赤らめた顔をそらした2人を前に、『魔王』は彼女が今どうなっているかを説明した。
現在、2人のレインと魔王がいるのは、最終決戦の舞台となった荒野の地下に広がる空間の中である。魔王が自らの本拠地とするべくその魔力を駆使して創り上げた、言わば魔物たちの『城』のような場所だ。そして、この部屋もまたその城の一部である。
窓も無く、白い外壁と質素なベッドが2つあるだけの空間に、敗北した勇者であるレイン・シュドーは閉じ込められた、と言う訳である。
「「そう……そうよね……」」
何度も自分が敗北したと言う気持ちを味わっていたレインには、既に諦めの心が生まれていた。長年探し求めていた魔王に敗れ、仲間も全て彼女の元を離れ、そして愛用の武器も防具も使い物にならなくなった今、彼女には何も残されていなかった。
煮るも焼くも好きにして欲しい、2人の彼女は口を揃えて言った。
今の丸腰の『勇者』の状況なら、魔王は何の抵抗も無く、自らに刃向った愚かな存在を永遠に葬り去る事が出来るはずであった。 だが、その魔王が取った行動を、2人のレインは理解する事が出来なかった。突然こちらの方に歩み寄り、怯んだ2人の肩に、『魔王』は静かに掌を乗せたのだ。
不思議な事に、その手の感触は柔らかく、そして暖かかった。あれほど恐ろしく憎むべき存在のはずなのに、『魔王』の掌からは優しさと言う感情すら伝わってくるような気がしたのだ。
「「……!」」
だが、その無表情の仮面に目が行った瞬間、慌てて正気に戻った2人は魔王の掌を慌てたように突き離した。その動きには、双方とも一寸の狂いも無かった。
全く予想だにしない行動をとった魔王、そして隣にいる偽者――いや、もう1人の自分。
異様な存在に囲まれながら沈黙の時間がしばらく続いた後、レイン・シュドーは2人同時に魔王に尋ねた。何故、自分を生かし、そして『2人』に増やしたのか、と。
「「……私を利用するの?」」
その問いに対しての魔王からの返事は――。
「……今の貴様らは、『人間』を信じる事が出来るか?」
――レイン・シュドーへの新たな問いだった。
正直に言って、今の彼女には信頼できる相手は存在しなかった。『勇者』の一員として彼女と共に魔物を倒し続け、魔王征伐に突き進んでいたはずの仲間は彼女の元を去り、その行方は一切分からなかった。
彼女が助け続けた村や町など住民たちも、既に彼女を含めた『勇者』一行を普通の人間として見る事が無くなっていた。彼らは『勇者』たちを、神様に向けるものと同じ視線で見つめていたのだ。いくら神が孤独を訴えようとも、崇める人々は勝手に解釈し、その悲しみを受け止めてくれる者は最早どこにも存在しなかったのである。
だが、今のレイン・シュドーには、自分の心の中を打ち明けられる存在がいる。
目の前にいる魔王の口から出た言葉に、2人の彼女ははっとした。
「「……!!」」
自分が何を考えているか、何を悩んでいるか。それを打ち明ける事が出来るのは、もはや自分自身しかいない。そして今、その自身――『レイン・シュドー』そのものが、隣に存在するではないか。
「「わ、私が……」」
魔王に促されるかのように、改めて2人のレインは互いの顔を見比べた。
そこにあるのは、何度も鏡の前でしか会う事の出来なかった自分の顔、そして自分の姿。どこを見ても、魔物でも偽者でも何でもなく、れっきとした自分自身がそこにあった。長く黒い髪、褐色の健康的な体、そして豊かな胸、何もかもが全く同じ、もう1人の『レイン・シュドー』が、彼女の傍らにいる――次第に、2人の彼女の中から、もう一人の自分に対する敵意が抜け始めた。
互いの視線がぶつかり合っても、そこに現れるのは争いの火花では無く、互いの顔を赤らめさせる一種の恥ずかしさ、そして嬉しさである。
少しづつ2人のレインの間に笑顔が見え始めるのを、『魔王』は無表情の仮面の中から静かに眺めていた。
「……そうか、あなたも私……レイン・シュドーだったんだね」
「……あなたこそ、レインだったんだ」
「そうよね……ははははは!」
「本当だね、あはははは!」
2人の彼女の間には、一切の区別も無くなっていた。純白のビキニ衣装に包み込まれた胸の大きさも含め、あらゆる部位が全く同じ外見である事に加え、心も全く同じである事を、レインたちは実感し始めたのだ。。
そして、同時に『彼女』の中からもう一つ、消え始めていた思いがあった。あれほど敵意を抱き、この手で倒そうとしていた魔王への憎しみの感情が、レインの心の中から少しづつ薄れていたのである。孤独だった自分を文字通り2人に増やしてくれた恩返しなのか、それとも諦めから生まれた感情なのか、彼女には分からなかった。だが、仲間を失っていた彼女にとって、自分以外にこの場にいる存在もまた、信頼できる相手になっていたのである。
「……とりあえず、礼を言うわ」「私も、礼を言うわ」
「ほう、急に仲が良くなったな」
「だって相手は私、レインだからね」「そう、相手はレインだもん」
一瞬だけ魔王が、2人が和解した事に安心したように見えた。
だが、それでもなお彼女たちは漆黒の存在の全てを信じる事はしなかった。あくまでも相手は『魔王』、今は何の武器も存在せず、そして倒す手段も一切無い状態であり、それ故に手を出す事は無いと考えていたからである。それに、所詮魔王の無表情の仮面から、本当の心など読み取れるはずがなかったからだ。
だが少しづつ、レインの心には持ち前の強い意志が戻り始めていた。まるで長い冬が終わりを告げるかのように。
そんな2人の彼女に向けて、魔王は自分についてくるように告げた。見せたいものがあると言うのだ。無理に逆らうよりも、ここは素直に従った方が身のためである事を、レインは既に承知していた。
「今の状態のお前たちなら、危害を加える事は無いだろうな」
「……どういう事?」「……どういう意味?」
魔王に囚われの身になっている『勇者』は、目の前にいるもう1人の自分を拒絶せず、別の自分として受け入れる事が出来ている。だからこそ連れていく事にした、と魔王は告げた。
その言葉の意味を、案内された地下の大広間で2人のレインは知る事になった。
「……これって……!」「……うん……!」
貴様らで、丁度10人目だ――傍らで聞いた言葉の意味を二人のレインはしっかりと噛みしめ、そして嬉しそうな表情を見せ始めた。
魔王が何故このような事をしたのかは、まだこの段階では2人の彼女には理解できなかった。だが、確かな事が1つだけあった。あらゆる魔物を生み出すその魔力を持ってすれば、たった1人の人間を2人、いや何人にも分裂、増殖させるなどた魔王にとっては容易い事であったのだ。
大広間で彼女を待ち受けていたのは――。
「やっほー!」
「やっほー!」
「やっほー!」
「やっほー!」
「やっほー!」
「やっほー!」
「やっほー!」
「やっほー!」
――長髪、褐色の体、大きな胸、そして体を包み込む僅かばかりの純白のビキニ衣装――レイン・シュドーと全く同じ姿形をした、8人のレイン・シュドーであった。
やがて、この『10人』から始まったビキニ姿の美女たちが、果てしなく腐り続けるこの世界を根元から変える事になるなど、この時の彼女たちは知る由もなかった……。
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