女勇者、二人

「……はっ!」


 目覚めた時、レインがいたのは見知らぬベッドの上だった。


 彼女の記憶は、魔王に敗北して大地にひれ伏し、悔しさと悲しさで大粒の涙をこぼし続けていた所で途切れていた。あの後、自分に何が起きたのだろうか。もしかしたらあれは夢だったのか。そう錯覚してしまうようなほど、彼女がいる小さく狭い部屋の中には、穏やかで静かな空気が流れていた。

 だが、心の中に残る忌まわしい記憶が、それらを現実であると言う事をレインに教え続けていた。そして戦いの爪痕を残すように、彼女の側には、魔王によって腐り果て消滅した剣のかけらがあった。


 一体これからどうすればいいのだろうか――不安を示すため息が、レインの口から洩れた。


 彼女を孤独に追い詰めたのは、5人の『勇者』の中に勃発した仲間割れだった。志の違いや戦闘スタイルの差など、ほんの些細なきっかけからチームワークが乱れ始め、互いに責任を押し付け合うようになり、やがて勇者たちには険悪な雰囲気が流れ始めた。それでもレインは必死に仲間たちを繋ぎとめようとしたが、それが仇となってしまった。リーダーシップを取っていた彼女に、「仲間」は責任を押しつけ、逃げ出してしまったのである。


 もし魔王を倒せたとしても、報酬をたっぷりもらっても、彼女には信頼出来る仲間はもう誰ひとりとして残されていなかった。最後まで彼女を信じ、旅を共にしていた仲間も、霧の山の中で消えてしまった。 

 いっそあの時魔王に命が奪われていれば、どんなに良かっただろうか――そんな事まで考えてしまった、その時であった。


「……あれ……?」


 物音と同時に、彼女は自分の隣にもう一つベッドがある事に気づいた。窓がなく、質素な扉のみが付いている四角い部屋に、彼女のベッドと同じ作りの物体が置いてあったのである。そして、そこから誰かが長い眠りから覚めているようだ。

 ところが、その目覚めた人物の姿を見て、レインは驚愕の表情に包まれた。


「……え!?」


「……え!?」


 相手も、全く同じ言葉を返してきた。


 隣のベッドで眠っていたのは、レイン・シュドーと全く同じ姿をしたもう一人の女性だったからである。


 

 長く黒い髪、大きく豊かな胸、健康的な色の体、そして身につけている大胆な純白のビキニ衣装――何もかも全く同じ同じ2人の女性が全く同じ動きで顔を見合わせ、無言で双方を見比べる。そんな奇妙な光景が、二つのベッドが並ぶ小さな部屋の中で繰り広げられていた。双方とも、目の前に起きている事が理解しきれていなかったのだ。

 しかし、時間が経つにつれて、目の前にもう1人の「自分」がいると言う異常事態を、ようやく彼女は頭の中にはっきりと整理し始めた。だが――。


「「貴方……誰!?いや、私!?レイン・シュドーに決まってるわよ!!」」


 ――互いにかけた声に対し、返ってきたのは全く同じ名前であった。


 そしてすぐに、レイン・シュドーの姿をした2人の女性の間で言い争いが始まってしまった。自分はこの世界に1人だけの存在、それなのに何故全く同じ事を言う人物が目の前にいるのだろうか。その疑問への答えとして、双方とも目の前の『レイン・シュドー』は本物の姿を模した偽者だ、と結論付けたのである。


「私が本物よ!」

「ふざけないで、私が本物よ!」


 彼女は互いに強気の態度を示し、一歩も引く様子を見せなかった。魔王に負けたと言う屈辱をぬぐい去ろうとするかのように、目の前の「自分」に向けて怒鳴り続けた。


「私よ!」

「私だって!」


 そして、とうとう2人のレイン・シュドーは互いに至近距離で向かい合い、怒りの目線を衝突させるまでに至った。少しでも動けば彼女の豊かな胸が服越しに当たりそうなほどの近さだった。

 本当はここで自慢の剣を振るい、目の前の偽物を一撃で粉砕したかった。だが、この狭い部屋では自分にも被害が及んでしまう事をレインは分かっていた。というか、そもそも現在の彼女は自慢の剣を消され、完全なる丸腰の様相である。決着をつけるのは、自らの体しか無かった。


「いい加減、正体を現しなさい……!」

「あんたこそ……!」


 掌を互いに押し付け合い、2人のレインは相手を根負けさせようと力を振り絞った。だが、相手も全く同じ力を返してくる。その様子は、まるで鏡に映った自分の像を押し合うようだった。


 再び互いの顔を見つめ、火花を散らそうとしたその時だった。突然、部屋にあったドアが開いた。

 そして、そこに現れた存在を見た途端、2人のレインの力は驚きのあまり一気に弱まった。そのせいで互いに同じ方向に倒れ、肌や服が触れあってしまうも彼女たちは何とか態勢を立て直し、同じ視線を新たな人物へと向けた。

 その視線は、敵意に満ちたものだった。何故なら――。


「よく眠れたか、『2人』とも」


 ――部屋にやって来たのは、レインがずっと探し求め、そして敗北を喫した存在――無表情の銀色の仮面をつけた漆黒の存在、『魔王』そのものだったからである……。

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