勇者征服計画 ~女勇者が世界を支配するまで~

腹筋崩壊参謀

第1章:勇者が『勇者』を捨てるまで

女勇者、敗北

 『魔物』と呼ばれる恐ろしい存在がこの世界に現れたのは、ずっと前の事だった。


 土塊、石、水、枯れ木と言った命を持たない物体に仮初の魂が宿った時、それらは狂暴な魔物に変貌し、世界に牙をむいた。街を襲い、畑を荒らし、そして人々を混乱と絶望に陥れ続けた。

 やがて、大量に現れ続ける魔物たちの裏に『魔王』と言う存在がいる事が明らかになり始めた。どんな力を持つ人間たちでも敵わないほどの凄まじい魔術を駆使し、魔王は次々に仮初の魂を作り出し、命を持たない物体に授けては配下である魔物を増やし続けた。時は町を闇で覆い、農作物を全滅させ、そして魔物に抵抗する人間の軍勢を一瞬にして消し去ってしまった。


 もはや誰も『魔王』と手下の魔物たちの勢いを止める事は出来ない――誰もが絶望に打ちひしがれたとき、勇敢にも立ち上がった者たちが現れた。


 たった5人と言うちっぽけな軍勢だったが、次々に魔王の配下の魔物たちを蹴散らす彼らの活躍は、次第に各地で評判と共感を呼び、そして多くの人々に勇気の心を芽吹かせた。彼らに協力する者もいれば、彼らに憧れて魔物へ戦いに挑む者も現れ始めた。

 やがてこの5人は『勇者』と人々から呼ばれるようになり、この世界を救う事が出来るただ一つ存在として、人々から尊敬の念を向けられるようになった。



 そして、月日が流れた。



 命の気配を一切感じない、人間の暮らしが及ばない『世界の果て』に無限に広がる荒れ果てた大地。

 乾ききった地面と灰色の空が見守る中、とうとう『勇者』と『魔王』の最後の戦いが始まろうとしていた。


「魔王、覚悟しなさい!」


 太陽の光を思わせる輝きを見せる剣を構え、『勇者』――いや、1人の女性は堂々とした口調で魔王に宣戦布告をした。

 

 彼女の名前はレイン・シュドー。

 健康的な色をした肌に美しい黒い髪を1つに束ね、大きく豊かな胸や引き締まった体を持ち、そしてその肉体は、大胆かつ破廉恥にも、純白の僅かな服――「ビキニ」、または「ビキニアーマー」と呼ばれる衣装のみで覆われていた。


 持ち前の根性と剣の腕、そして魔物や魔王の横暴に人々が苦しめられるのを見過ごす事が出来ないと言う熱い正義の心を武器に、彼女は『勇者』の一員――剣を体の一部のように操る女剣士として次々に魔物を蹴散らし続けた。どんなに強力な魔物でも、彼女が相手ならその心に恐れを抱き、中には戦わずして逃げ出してしまうとまで言われるほどであった。

 レインの着用している、防御を全く意識していないかのような大胆なビキニ衣装、そして傷一つ付いていないその体が、彼女の剣の腕の凄まじさ、そしてこれまでの戦いの成果を伝えているのかもしれない。


 眩いの白い光に包まれているかのような彼女に対し、目の前にいる存在は、文字通り漆黒の闇に取り囲まれているようだった。


 勇者レイン・シュドーと対峙する『魔王』の姿は、まるで人間に似た姿であった。だがその衣装はレインと相反するかのように、全身を濃い紫、そして夜の闇のような黒が包んでいたのである。そして、『勇者』との決戦を前にした魔王がどのような表情を見せているのか、レインは知る事が出来なかった。じっと彼女を見つめ続ける瞳を除いて、その顔の全ては銀色の仮面で覆われていたからのだ。

 しかし、魔物の頂点に立つ魔王に、勇者に対する一切の怯えや恐怖が無い事は、その声ではっきりと分かった。


「……ほう、その剣でこの『魔王』を斬る気か?」


 ならば、やってみるが良い――魔王の挑発に応じるかのように勇者『レイン・シュドー』は無表情の仮面を睨みつけ、決着を付けるべく一気に斬りかかった。


 だが、その一打が魔王の体に届く事は無かった。いや、正確には魔王の指先にまでは届いていたのだが、魔王の人差し指一本に受け止められた剣を、彼女はそれより前方に動かす事が出来なかったのである。

 ただ、魔物との戦いを続けてきたレインには想定の範囲内だった。目の前にいるのは大量の魔物の命を司り、凄まじい魔力を誇る恐るべき存在、これくらいの強さがあるのは当然だろう、と。すぐさま態勢を立て直し、脇腹に見つけた僅かな隙を狙って剣を突き刺そうと動き出した。しかし、その動きは魔王よりも一歩遅かった。


「ふん」

「くっ……!」


 今度は左腕によって彼女の攻撃は防がれてしまった。腕を包み込む黒いオーラが、魔王の腕を固く変形させている事を示していた。


 それでも諦めることなく、レインは果敢に攻め続けた。鍛えた剣の腕を駆使し、魔王の隙を見つけて攻撃を続けたのだ。だが、それらは魔王の体に一切の切り傷も与えなかった。漆黒に包まれた闇の存在は一歩もその場から動く事なく、指先や掌、腕のみで勇者の剣を受け止め続けたのである。


 状況は、勇者『レイン・シュドー』の方に不利となっていた。


 ここで一気に決着を付けるしかない。

 真正面から一気に魔王に斬りかかり、その仮面ごと真っ二つにしようとレインが動いたまさにその時、隙だらけだった彼女の体が宙に舞い、荒れ果てた大地の上に落ちた。


「うわあああっ!!」


 魔王の掌には、勇者に向けて放たれた禍々しい『漆黒のオーラ』の跡が残っていた。この世界のどんな魔術師でも使う事が出来ないといわれている、禁じられた力を、魔王は易々とレインに向けて放ったのだ。

 体中に痛みが走り、腹や腕、そして太ももには無数の擦り傷が現れていた。それでも彼女は何とか立ち上がり、剣を構えた。ここで魔王を倒せば魔物たちからかりそめの命は消え、人々や世界をに平和を取り戻す事が出来る、そう信じ続けていたのだ。だが、そんな彼女を前に、魔王は信じられない内容を口にした。


 自分を消し去る事ができるのは、『光のオーラ』である、と。


「……!?」


 魔王を包み込む漆黒の闇――まるでどんな命も受け付けないような凄まじく恐ろしい力を抑え込む事が出来るのは、清く純粋な心を持ち、持ち前の魔力を使って『光のオーラ』を放つ事が出来る者だけだ――自らの弱点を、魔王は勇者の前に堂々と曝け出したのである。

 だが、その言葉を聞いた途端、レインの心を包み込んだのは、先程の魔王の攻撃よりも遥かに強く重い衝撃だった。


「そういえば、貴様の仲間に、その力を持つ者が『いた』な」


 そう、レインはずっと仲間たちと共に旅を続けていた。

 魔王を倒し、世界に平和を取り戻す、と言う彼女の志に、最初は誰もが無茶だと告げ、人によっては愚かだと笑った。だが、彼女の熱意に応える仲間たちが少しづつ揃っていった。ある者は魔法を武器に邪悪な存在を蹴散らし、ある者は怪力でなぎ払い、そしてある者は「光」のオーラの力で魔物を浄化し続けた。


 だが、今のレインの傍には、誰一人として共に戦う者はいなかった。


「何故仲間を連れて来なかった?」

「う……うるさい!」


 挑発するような魔王の言葉に、レインは大声で叫んだ。たった1人だけでも、おまえを倒して見せる、と。

 彼女は何とか自分の心に強さを保ちたかった。誰も信頼出来ない孤独な戦いを強いられてもなお、レインは自らの強い信念を捨てる事が出来なかった。魔王を倒せば世界は平和になる、と言う。だが、それを打ち砕くかのように、再び魔王の攻撃が彼女の体に炸裂した。


「この攻撃も、『魔力』を操る者ならば跳ね返す事が出来る。違うか?」

「くっ……!!」


 純白のビキニ衣装と言う衣装が持つ致命的な弱点を晒すかのように、彼女の体には大量の傷が生まれていた。

 一切の決定打が見いだせない状況に、自分が完全に魔王に舐められている事を、彼女は嫌でも察知していた。光り輝く連を武器に戦い続けた彼女だが、その代わりに一切の魔法を使う事が出来なかったのである。そのため、今までの戦いでは仲間たちの助けを借り、自らの剣で魔物に止めを刺し続けていた。

 だが、もう彼女の攻撃を援護する者は、誰も存在しなかった。


 そして魔王の口から出た言葉が、『勇者』の不屈の心をへし折った。


 本当に倒すべきなのは魔物では無く、レインの元を去り、彼女を裏切った『人間』ではないか、と。


「……うるさい、うるさい、うるさぁぁぁい!!」


 涙を流しながら、レインは魔王に向けて最後の一打を振りかざそうとした。彼女に残された全ての気合を込めた攻撃だった。




 その結果、彼女は魔王に対する全ての攻撃手段を失った。

 がっしりと魔王の右手で握られた剣はまるで腐り果てるかのように溶け、僅かな欠片を残して消え去ってしまったのである。


 そして彼女の体もまた、崩れ落ちるかのように地面に倒れ込んだ。


「……う、う、うわああああああ!!!」


 その瞳からは大粒の涙が、その口からは大きな泣き声が途切れることなく流れ続けた。


 彼女の心を包み込んでいたのは、魔王を倒せなかった悔しさだけでは無かった。誰も自分の味方がいない、完全に孤独な存在となった事を否応なしに突きつけられたのだ。魔王を倒しても、そこには真に祝福してくれる者は誰もいない。彼女を見捨てた仲間たちは、二度と帰ってくる事は無い――。



「……」


 ――そんな哀れな敗北者の姿を、魔王はじっと見つめていた。無表情の仮面からの視線がレインから離れる事は決して無かった。




 こうして、全ての終わり、同時に始まりの日、純白のビキニ衣装のみを身にまとう勇猛果敢な女勇者であったレイン・シュドーは、魔王の前に完全なる敗北を喫したのである……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る