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と、六反田先輩が言ったところで、残り時間ゼロになった。う~ん? こ、こいつ、時間切れ直前で、別の話を持ち出してきやがったな! なんて姑息な! ……新堂、答え切れなかったじゃん。ちょっと、まずい気が……どうしよう。何とかカバーしないと。

 作戦タイムを挟んで、いよいよ最終弁論だ。まずは、向こうチーム。部長の和南城翔太が口を開く。

 「やっぱ、日本みたいに人口が多くてでかい国は、スイスなんかと違いますよー。ネット投票もすぐには無理だし?」

 ちょっと背を曲げ、こちらを斜めにスカした感じで見る和南城先輩。お前はまず姿勢を正せ。団藤先輩を見習えよ。あの人、五月人形みてぇだよ?

 「それから最近、政治とか興味ない人ばっかっすよね。投票所にだって人来なくて困ってんのに。話し合いになんか誰が来るんすか? やったって、ダンマリになるんじゃないすか? 『現代日本』ってくくりで考えたら、直接民主制とかマジないっすわ」

 ぐ……。話し方はくそチャラいのに。話の中身は鋭い。腐ってもうちの生徒、それから部長ってことか。このままだったら、向こう優勢という印象が残ってしまう。

 こっちチームの最終弁論は、団藤先輩の予定だった。が、さっき先輩は人の出番をかっさらってくれたので、代わりに俺様がやる。さきほど、相手チームに反論しきれなかった点を、重点的に答えていこう。最後に、流れをこっちに引き寄せなければ。

 「……話し合いの手間がかかるってのは、さっき言ったように、小さい規模で集まれば解決できる。それから、政治に興味ねー奴ばっかだっていうけどさ。そうだとしたら、そもそも民主主義自体がなりたたねーだろうが。いや、とっくに崩壊してんじゃねーか、そんなもん?」

 正直、話の中身自体はどうでもいい。ぜんぶ律花の受け売りだし。

 俺様たちの居場所は、ぜったいに潰させない。ただそれだけで、俺様はしゃべっている。

 たくさんで群れてりゃえらいと勘違いしている、この連中を、今この場で思い切りぶっ叩いてやろう。でなきゃ、つながる希望だってつながらないのだ。

 「――だとしたら、直接話し合うってことにすれば、ノンポリな国民どもだって少しは自覚するようになんだろ。だったら、『現代日本』ってくくりでも、直接民主制のほうがまだマシじゃねーか。話は以上だ!」

 言ってやった……! 向こうの三年生たちは、みんな「ぐぬぬ……」って顔をしていた。はっはっは! 思い知ったか!

 

 数分間、弁護士の大宮先生は何か紙にいろいろ書いていた。

 『部』の三年生たちは、みんな妙に不安そうにしたり、そのせいか友達とがやがや話したりしている。少しくらい黙れないのか。

 団藤先輩は、「負かしたら殺す」みたいな視線を先生に送っている。新堂は、膝の上に物理の参考書を開いていた。相変わらずだな……。

 この2人はともかくとして……俺様は、余裕の目線で先生を眺めていた。とりあえず、これだけ議論ができたのだ。必ず、俺様たちの居場所は存続させられる。と思った。

 唐突に、大宮先生は顔を上げる。そして、

 「結論から言いますと……ちょっと微妙だったんですけど、今回のディベートは否定派――つまり、法律研究『部』さんの勝ちかな、と考えます」

 と、無慈悲な言葉がつむがれた。その瞬間、向こうのチームはざわざわと嬉しそうな声につつまれる。

 がたん! と、俺様の隣ですごい音がした。団藤先輩が立ち上がっている。

 「ふざけるな、このモグリが! 妾たちのほうが、よほど緻密に議論を展開していたはずよ! そのような暴挙、けっして許せんんぐぅっ!?」

 「こ、こいつは無視していいんで! 続けちゃって!」

 俺様は、団藤先輩を後ろから羽交い絞めにした。口を手のひらでふさぐ。場合が場合なら、わいせつ行為ととられてもおかしくない。密着してるので、先輩のなめらかな髪が鼻先をそよいだ。あぁ、この肌触り、この匂い! 良い機会だから、思い切り嗅いでおこう。……って、そんなこと考えている場合じゃねぇ。負けだぞ負け。

 「えぇっと、いいですか? じゃあ……話し合いや投票の手間という点では、肯定派がよく反論できていました。が、やっぱり、今の日本国民の意識からみて、直接民主制っていうのはちょっと早いというか、無理があるかなーという印象が最後までぬぐえませんでした。その点を、もう少し掘り下げて、反論してほしかったですね」

 負けが確定した瞬間だった。『部』の連中はほくそ笑む。無様に騒ぎを起こす俺様たちを、あざけるように見ている。とくに一番前のやつら。チッ、いい気になりやがって……。

 「くっ……しかたねぇな。じゃあ、お前らの勝ちってことで。同好会は、大人しくお前らの部活に吸収されることにするよ」

「んぐっ……ぷぁっ……! ふ、ふざけるな、我妻! なぜ自分から負けを認めるの!? この、ノータリンの、阿呆漢の、こんこんちきの、我妻法人が!」

 「おい、俺様の名前は罵倒語じゃねぇ! 落ち着けよ、先輩。まだ話は終わっちゃいない。いいか!? みんなよく聞け。勝負は終わった! 負けは認める! けどな。まだ話し合いは残ってんだ。なに忘れたみたいなマヌケ面してんだ、えぇ!?」

 「え……なんだ、話し合いって?」

 ぽかんとしている和南城先輩に対し、俺様はニヤリと笑った。

 ここからが、本当の勝負だ。

 「こないだ、あんたにちゃんと言っただろ? 勝負のあと、俺様たちがどうやって統合するか、それも、もう話し合っちゃおうってさ」

 「え? あぁ……そういえば、言ってた……かな。うん。ディベートするってのに気ぃとられて、忘れてたわ」

 「じゃ、部長の許可をもらったとこで、言わせてもらう。そもそも、俺様たちが、同好会作ったのはなんでだか、分かるか? 俺様たちだってな、バカじゃねえんだぞ? 同じような活動内容で、なんの理由もなしに、別の同好会なんか作るかよ。いいか? 教えてやる――それはな、あんた達の活動のしかたじゃ、納得いかねぇからだよ」

 ざわっと、二十名あまりの部員たちに動揺が走る。「どういうこと?」とか囁いていた。

 「あのさ。あんたら、けっこう人数いるけど。ぶっちゃけ、普段からいっぱい発言したり、目立ってる奴って、ごくごく一部だろ? たとえば……そうだな。今日のディベートで、しっかり議論なさってた、一番前の三人とか?」

 恵美里・ヨクスオール、六反田拓海、和南城翔太が、いちようにビクっと顔を上げた。

 「――今日のディベート見れば、一目瞭然だけどさ。二十人以上いて、発言したのは三人だけだろうが」

 「おい待て、一年坊主! ディベートは時間が限られてるんだ。そう何人も発言できるわけないだろう! 三人でもおかしくはない!」

 六反田先輩が吠えた。

 「そうかい? 俺様にはさ、みーんな、その三人にまかせっきりにしてるように見えたけど。ほかの奴は、はなっから発言する気もないし。そもそも、話を聞いてすらいなかったんじゃね? 携帯とかいじってたじゃん。それで本当に、全員が活動してるって言えんの? むしろ、活動してたのはあんたら三人だけじゃねーの?」

 「そ、それは……!」

 「あ、ひょっとしたらさ。ディベートの下調べしたのだって、あんたら三人だけだったりして! どうよ?」

 六反田先輩は、完全に沈黙した。くやしそうに、制服の袖を握っている。図星らしい。

 「――俺様は、『部』を見学したから実情を知ってんだよ。それからこいつもそうだ」

 俺様は、新堂の肩をひっぱって、立たせた。背中をばんばん叩く。お鉢を回されて、目を白黒させてる新堂に、みんなの視線が集まる。

 「こいつはさ、こないだお前らのとこに仮入部したんだって。だけど、こいつ口下手だし、法律とかよく知らんから、ぜんぜん発言できなかったっていうぞ? 議論はしたかったのに。だから、俺様たちのほうに来たんだと。けっきょくな、何十人も固まって議論してたら、一部の目立ちたがりだけ目立っちまうんだよ」

 「目立ちたがりって……。私達は、みんなのためになるような議論をしようと、毎回頑張ってるだけなのよ? それを……」

 「『ため』ってなんだよ。あんた達三人は、教科書かなんかなの? だったら、本物の教科書でも買って、プレゼントしてやれば? あのさ、議論をする部活なんだから、全員がそれなりに発言できなくっちゃ、意味ねぇだろ。一部の奴が、他の奴に施しを与える場じゃないだろ? 部活はあんたらの私物じゃないんだ。学校から費用と場所をもらってやってんだから、パブリックなもんじゃなきゃおかしいんだよ。違うか?」

 恵美里先輩もまた、下を向いて沈黙した。さすがに、笑顔が泣き顔になっている。 

 「結論を言うぞ。お前らんとこへ合流してもいいよ。だがな……もっと、少人数どうしで話し合えて、全員が活躍できる形にしてくれなきゃ、納得がいかん。なぁ、そう思うよな? ……大宮先生?」

 全員が――新堂も含めて、ほんとうに全員が――顔を上げた。大宮先生は、その視線ににこやかに答える。

 「うん、私は、我妻くんの言うことがよく分かりますよ。大人数になればなるほど、他人任せで責任が曖昧になっていくものだから。なかなか、自分から率先して話そうなんて、そんな気にはなれないもんです。今の我妻くんみたいに、堂々と話せる人ばかりじゃないからね。それで、さっきの議論じゃないですけど……」

 弁護士、というのはもっとお堅い人たちなのかと思っていた。が、大宮先生の破顔は、むしろいたずらっぽい子どもそのまま。弁護士への偏見を砕くには、じゅうぶんだった。

 「ここにいる子たち、あわせても30人いかないから。どう? こんな少人数だったら、じゅうぶん直接民主制でいけると思いませんか?」

 その言葉で、部室の空気が一挙に、新鮮なものへ変わったような心地がした。

 

 『部』の全員が、じぶんの意見を表明していく。それは、すこし驚きの光景だったらしい。

 見た目が派手でもない。弁が立つわけでもない。とくべつ頭がいいわけでもない。

 今まで発言したことなどなかったやつまで、これでもかと自分の意見を述べていく。部の最前列にいた例の三人は、ほかの部員の本音を――というか、「ほかの部員たちがこんなにしゃべるんだ」ということさえも知らなかったようだ。目をむいて、耳をそばだてていた。まったく、バカにしていやがる。

 そして、その上での多数決。

 それが、勝負のほんとうの決め手となった。

 「法律研究部は、これまでのように活動すべきか、それとも活動方針を変えるべきか」

 結果は、8vs19。

 かなりの差をつけて、「変革」派が勝利した。

 部員の中にも、今までの『部』のあり方に不満をもってた奴が多かったんだろうな。それが、俺様の大演説で目が覚めた。って、かんじか。

 「保守」派に投票した8人が誰だったとか、そんなこまっしゃくれたことは、いちいち誰かに言うことじゃないだろう。だから、黙っておく。きっと「秘密選挙」とは、そういうことを言うのだろうから。

……でもバラしちゃう。和南城先輩と六反田先輩は、往生際が悪く保守派に投票していた。やーい、ばーかばーか!

 

 《2016年5月15日 日曜日》

 その日は、律花が受けた司法試験の最終日だった。

 試験中は、試験会場まで、父が律花を車で送迎していた。が、今日の迎えはいらないと言ってある。なぜって、律花も含め、みんなで打ち上げでもしようと思っていたからだ。

 ところが、

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