2

 

 「私は、恵美里・ヨクスオールです。よろしくね」

 優しそうな声音の三年女子。

 「和南城翔太(わなじょうしょうた)。俺が部長な?」

 金髪で、ノリの軽い三年男子。

 「僕は、六反田拓海(ろくたんだたくみ)」

 メガネをかけ、いかにも頭がキレそうな三年男子。

 ずらっと――というほどでもない。たった3人だし。けど、その法律研究「部」の面々は、みんな堂々として、10人くらい並んでるみたいな迫力があった。最上位リア充特有の、自信に満ちたオーラというやつだろうか。気が弱いやつだったら、「ははーっ!」と土下座しちゃいそうだ。

 教頭の錦田先生を介して、「部」のほうと話し合いの場を設けてもらった。場所は、俺様たちの部室。

 「――事情は、いま説明した通りだ。俺様たちの同好会はつぶして、そっちに合流しろってんだけど」

 「ふーん。でも、我妻くんだっけ? そりゃーしょうがないんじゃない? だって、俺らの部活のほうが、先にあったんだしさ。いいよ、うちに入んな。それで呼んだんだろ?」

 金髪の部長が、腕時計をチャラチャラ言わせながら告げた。見学のときも思ったが、相変わらずいけすかない野郎だ。

 「ちがわい! 話し合いのために来てもらったんだよ」

 「……話し合いね。まさか君、うちの『部』のほうにつぶれろとか言わないよな?」

 こっちの、六反田という先輩は、見学のとき発表をしていた奴だ。メガネと黒い短髪。という地味な見た目に反して、言葉がハキハキし、意思の強そうなご様子。

 「そうは言ってないが……ひとつ提案がある。せっかく、部活でいつも議論してるだろ? だったら、ここは議論で決着つけないか? どっちをつぶすか、ディベートで決めるんだ」

 「ディベート? ……でも、そっちは会員4人しかいないんでしょ? こっちは24人もいるし、すごく不利なんじゃない?」

 ヨ……なんとかと言う先輩が、人の良さそうな笑みを浮かべながら言った。

 「不利でもともとだ。黙って潰されるよりはいい。そんなに自信あるなら、受けてくれてもいいんじゃないか?」

 彼らはちょっと相談した。やがて首を縦にふる。

 「ありがとよ」

 「じゃあ……10日の火曜日でどうかな。その日さ、ここのOBの、弁護士の先生が来てくれる予定だったんだ。見てもらって、判定してもらえばいいじゃん。ちょうどよくね?」

 金髪の部長が言った。

 「10日ね。いいぞ。じゃあ、その日、どっちがつぶれるか分からんけど……どうやって統合するかってのも、もう話し合っちゃおうぜ。早く普通の活動に戻りたいだろ? あと、その弁護士とこっちは全然面識ないんだ。不公平だし、そいつの連絡先も教えてくれ」

 彼らは了承した。その弁護士と、部長と、その場にいた教頭の錦田先生の連絡先を教えてもらう。肝心の議題は、今日中に決めることにして、解散した。

 「うえ~、ディベートかー。4人vs24人って、圧迫感チョーすごそうじゃない? ほんとに大丈夫なの?」

 さっきから一言もしゃべらず、ぼんやり石像になっていた律花が言った。

 「なんとかなる。とりあえず、今日はいろいろ根回しをするから、少し忙しくなるけどな。まぁ、お前は何も心配するな。当日、参加してくれればいい」

 「うん、オッケー! 頑張ろうねお兄ちゃん!」

 

 帰りの電車に揺られながら、話し合いの結果をシャベッターに投稿しておいた。そしたら、団藤先輩のアカウントから返信があった。とりあえず会話してみる。

 『@_L_S_C_ 勝算はあるのでしょうね』

 「勝ち負けをすぐさま聞いてくるって、団藤先輩らしいな……」

 俺様は、ぼやきながら返信する。

 『@M_YB_DD もちろん。律花がいれば大丈夫。やつらが何十人束になろうと問題ない』

 『@_L_S_C_ なぜそこまで言える? 彼らは、ほとんど三年生でしょう。我妻さんはまだ一年よ』

 『@M_YB_DD だって律花って、中三で司法試験の予備試験受かるぐらいの天才だぜ? 今年だって、もう司法試験受けるんだよ? あんなやつらワンパンっしょ卍卍』

 その投稿を見て満足したのだろうか。先輩からの返信は止んだ。

 「先輩と何、返信とばしあってたの?」

 「いや。お前がちょー頭いいから、勝てるに決まってるって話」

 「あ、そうなんだ。そうだよねー、私がいれば大丈夫だよ!」

 その時、突然、スマホが着信音を奏でた。ここ電車の中なのに……。ま、空いてるからいいか、と通話を開始する。

 「あーっと、もしもしー?」

 何気なく耳にスマホを当てる。そしたら、急にでっかい怒鳴り声が聞こえた。鼓膜が破れるかと思った。

 『今のはどういうこと!? 我妻! そなた、なぜ肝心なことを今まで黙っていたの!? 泣かせるわよ!?』

 「開口一番なに言ってんだあんたは! こっちは電車の中だぞ!? 静かにしゃべれ!」

 『妾だって、電車の中よ! 中三で、あの超難関の予備試験を合格だと? ……ありえないわ! 直ちに説明なさい! どういうことなの!?』

 おいおい。むこうの電車、先輩のキレ声でものすごい騒音公害じゃねーか。うるせーなー……。

「……おい律花。先輩が、お前の頭の出来のこと知りたいらしいんだけど、言っていい?」

 「んー? いいよー別にー」

 律花は、手鏡と櫛で髪を整えていた。軽いなオイ……。まぁ、いいならいいや。

 「じゃあ教えるけど……先輩。知っての通り、律花は法律すごくできるだろ? それから英語とか国語とか、普通の科目もめちゃめちゃできるんだけど。なんか、生まれつき記憶力がものすごいらしいんだよな。一回本を読んだだけで、一言一句覚えちゃうんだってさ」

 『まさか……!? では……我妻さんは、文字通り天才……ということかしら!?』

 「んー。昔、病院で調べたみたいだけどな。なんか、脳の動き方が常人と違うらしいぞ。もう何千冊、本を丸暗記してんだか、わかんないよ? ただ、その反動なのか知らないけど、律花ってさ、計算がぜんぜんできないんだ。たぶん小学一年生より劣ってるな。せいぜい、1+1とか、2-1くらいらしいぜ。できるのは」

 『で、では……数学の成績は……?』 

 「もう、ひでぇもんだ。滅亡状態だよ。ほとんど0点ばっかだな」

 『それで、よく当高校に入学できたわね……』

 「英語と国語は、100点満点とってたしな。数学が0点でも受かったんだよ。むしろ合計点は、平均より高かったくらいだ。あ、あとな、計算できないから、一人で買い物もできないんだ。いつも、俺様が一緒についてってやってんだぜ?」

 『……』

 団藤先輩は絶句しているようだった。

 「まだあるぞ。医者が言うには、律花って『空間把握』がぜんぜんできないんだと。だからさ、基本、誰かが一緒についてないと、自由に歩けないんだ。すぐ迷っちゃうから」

 『なっ……!? ど、どういうこと……?!』

 「だからー。基本的に、視界に入るくらい近い場所じゃないと、律花は自力でたどり着けないんだ。たとえばさー、部室出て、トイレ行って戻ってくるとするだろ? それだって、もう途中に曲がり角とかあるじゃん? だから、独りじゃ行けないんだぜ? すごいだろ」

 『悪い意味ですごいわね……。てっきり、そなたは妹をいやらしい目で見ているから、終始行動を共にしていると思っていたのだけれど』

 「いやらしいって何だよ、人聞きの悪い! 俺様は、シスコンなだけだぞ! シスターを愛してるから、迷わないように、常に助けてやってるだけなんだからな!」

 言い切った……!

 すさまじい満足感。電車の乗客の、白い目が突き刺さる。けれど、会話を聞きつけた律花が、嬉しがって俺様の首っ玉にかじりついた。他人の目線など気にならなかった。

 電話をもってないほうのほっぺたが、やわらかいほっぺたですりすりとこすられる。その愛情表現は、犬そっくりだった。

 『シスターコンプレックス、のほうが、帰って人聞きは悪いのではないかしら。まぁ……そんなことはどうでもいいの。それよりも、我妻さんは、司法試験を受験するんですって!? 高校一年生の分際で……!』

 「なんだよ分際って。別にいいだろうが。……5月11日から、15日までだな。その間は、学校休む予定だったんだけど。まぁディベートの日付とかぶんなくて、よかったよ」

 『……ふん』

 自分より二学年も年下の後輩が、もう司法試験を受けようとしている――そのことが、団藤先輩のプライドをひどく刺激したらしかった。

 うーん。め、めんどくさいやつだ……。

 「いや、まぁ……あんまり気にしないでくれよ。律花は常人とは違うんだ。たしかに頭はいいけど……あいつ、それほど苦労とかしてないからな? ただのおとぼけな女子高生だからな? だって、一回読めば、なんでも簡単に記憶できちゃうんだから。単純に、努力する才能とかだけだったら、先輩のほうがはるかに上だろーさ。だから、一々根に持つなよ」

 『?! わ、妾は別に、根に持ってなど……! そこまで狭量ではないわっ』

 どこがだよ。

 「あっそ。もう質問はないな? じゃ、そーいうことでよろしくぅ!」

 返答を待たずに通話を切り、スマホをカバンに放り込んだ。ふぅ、疲れた……。

 さて。準備さえすれば、どうせ同好会が潰されることなんてない。律花という、最強のシスターもいるのだ。何も気張る必要はない。

 「んんん~、ふふっ。愛してるだってー、ぷっ、クスクス! そうそう、私が好きなんだもんねー、おっにぃっちゃん~♪」

 妙な節をつけて歌う律花の頭を、俺様は優しく撫でてやった。

 

 《2016年5月10日 火曜日》

 ディベート当日。俺様は、布団の前で愕然と膝をついた。

 「う、ウソだろ……!? り、律花……大丈夫か!」

 39℃。それが、体温計に記された数値だった。律花の起きるのが遅いと思って、見に来てみれば……。

 「お前、風邪ひいたのか! 苦しくないか!?」

 「なんか、熱っぽくて……ちょっと咳でるかなぁ……そのくらい。ご、ごめんね、お兄ちゃん。私、今日……ディベートは、行くから……」

 「行けるわけねぇだろ! まして明日から司法試験だぞ?! いいか、安静にしてろ。絶対動くな!」

 薬やタオル、着替えなどを用意しつつ、俺様は考える。

 誤算だった。……まさか、律花が当日風邪をひいてしまうなんて。とりあえず部屋に色々もってきて、看病の準備をする。

 「最近、急に暑くなったり、寒くなったり、気温が変だったからな……それにお前、こないだなんか、ずっと腹出して寝てたろ? ちゃんと服着ろっつったのによ」

 「ごめんなさい……」

 「まぁ、気にしてもしょうがない。今はゆっくり休め。俺様も、今日は学校を休む。看病してやらないとな」

 「え!? ……でも、そしたらディベートは!?」

「先輩と新堂に任せるしかない。さすがにきついだろうな。あいつらコミュ力ゼロだし」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る