第4章 妹と部活消滅
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4 《2016年5月5日 木曜日》
休日なのに、シスターと喧嘩してしまった。
今日は、まだ5月だが、かなり暑い。気温は27度にも達していた。猛暑の中、夕飯の買い物に行ったときのこと。俺様とシスターは、ふたりとも汗をかいていた。
「あーっ、今日は暑いねー……こんな暑い日は、カレーが一番だね。私、お兄ちゃんのために、腕によりをかけて作っちゃうよ! じゃあ、牛肉買っていこうか!」
律花は、信号待ちの最中、俺様の顔をハンカチで甲斐甲斐しくぬぐってくれた。
「え? カレー? ……うーん。いや、こんな汗だらだらな日に、長時間火ぃ使いたくないだろ? べつに、ソーメンとか適当なのでいいよ」
こんどは、俺様が汗を拭いてやる。気持ち良さそうにニコニコする律花。
「何言ってるのお兄ちゃん? お兄ちゃんのためなら、ぜんぜんつらくないよ。それに、そんなのより、手作りのほうが美味しいに決まってるよ!」
「いや……何も、こんな日にまで頑張らなくていいよ。お前が熱中症にでもなったら、俺様困るぞ? むしろ死ぬぞ? 今日くらいは、手抜きで済まそうぜ」
「な、何言ってるの……!? そんなっ、私が愛情込めて作ったのより、手抜きで済ませたほうがいいっていうの?」
律花は、わなわなとハンカチを握りつぶした。
「そうは言ってないだろ! 今日はかなり暑いんだから、休めっつってんだよ」
「何その言い方!? なんで怒ってるの!? もうっ……お兄ちゃんのバカ!」
「はぁ? そっちこそ何キレてんだよ。わっかんねーやつだな! この石頭!」
ハンカチをしまいこみ、俺様たちは「ふんっ!」と顔をそらした。
けっきょく、ソーメンとカレールー両方買ったのだが。買い物中も、帰りも、会話がなかった。うぅ……つらい。傍にいたのに、今だって家の中にいるのに。一言も喋れないのがここまでつらいとは。律花の可愛くて甘い声を、もっと聞かせて欲しいのに……。
「うーん。汗でべとべとだな……シャワーでも浴びるか」
気分転換もかねて、さっぱりしておこう。バスタオルをもって、脱衣所へ入る。と、
「なっ……お兄ちゃん?!」
律花が、こっちに振り向く。キャミソールと、パンツだけを身につけている。あられもない姿だ。汗だくになった肌が、つやつやしている。こいつも15歳だが、発育はいいほうだ。すでにけっこう大人っぽくて、ドキッとする。
「うおっ?! ……お、お前もシャワーか。わりい。先に入っとけ」
まだ喧嘩中だし、少々きまずい。出て行こうとする。が、律花が俺様の肩をがっちりつかんで、引き止めた。
「ちょ……ちょっと待って! なんで避けるのっ!」
「避けてねぇよ! お前が先に来たんだから、先に入れっつーの」
「もー、まだ怒ってるし……!」
「怒ってねぇし! さきに入れし!」
「ほんとに? 怒ってないの? ほんとのほんと?」
「あぁそうだよ! 分かったら離――」
がくん! と俺様の身体がさらに引っぱられた。
「じゃ、じゃあっ……い、一緒にシャワー浴びてよっ! 怒ってないなら、いいでしょ!」
「あぁ分かったよ。しゃーねーなぁ……って、一緒にぃ!? シャワー!?」
さすがにそれはまずくないか? とは思うものの、律花がすごい剣幕で引っぱるので、逆らえなかった。
やむなく、その辺のハンドタオルを腰にまいておく。律花も同じようにしたが、胸は片腕で隠してるだけだ。
……ま、まぁ、中学校くらいまでは、こいつ風呂上がりに服も着ず、居間を闊歩していたし。今だって、ちょっと冒険してるだけ。おかしくはない。と、自分に言い聞かせる。
「じゃ、じゃあ、先に私が……お兄ちゃんを洗うね」
「いや、なにも洗ってもらう必要は……あーはいはい、分かりましたっ! 洗えばいいだろ、洗えば!」
捨てられた子犬のような目をされる。そのみじめさに耐え切れず、俺様は唯々諾々と流された。
律花は、シャワーを俺様の身体に浴びせる。な、なんか見られるの緊張するな……。
まだちょっと怒ってるのか、律花の手には力が入っている。が、それでも、せっせと背中を手でこすってくれた。うぅ……最初に断っておいてなんだが、他人に洗われると妙に気持ちいいな。ましてやってくれるのが律花となれば、もういつまでもやってて欲しい。
「お兄ちゃん。なんか筋肉が、かたくなってるよ。緊張してるの?」
「し、してねーよ! お前が下手くそだから、気持ち悪いだけだっつーの!」
「はぁーっ!? 何それひどい! そ、そんなに言うなら、お兄ちゃんは上手なんでしょうね!? じゃ、じゃあ……はい!」
シャワーヘッドを、無理やり手に握らされる。え?
「わ、私にも……やってよ。自分だけ洗ってもらうとか、ナシだからねっ」
う、ウソだろ!? それは、もっと危険じゃないか。しかし……まだ喧嘩が終わってない空気だし、ここで引き下がるのも、ちょっとくやしい。
「いっいいぞ。別に、家族の身体を洗ってやるくらい普通だしな! どうせ、お前がボケたら介護してやるつもりだったからな! 今も全然恥ずかしくなんてないんだからな!」
「自分からバラしてるし……」
「ええーい、うるさい! 黙って洗われろ、この芋女!」
「ひどいっ! 私は野菜じゃないよ!」
律花と位置を入れ替わる。そして、身体にシャワーを当てていく。つやつやした肌に、無数の水滴が流れていく。肩や、肩甲骨、背中。このあたりを、手でこすってやった。恥ずかしさを誤魔化すように、みぞの部分など、やたら力を入れてしまう。
「ちょ、ちょっと、手ぇぶるぶるしてない? お兄ちゃん、手が電マなの? くすぐったいんですけど!……やっぱり、恥ずかしい?」
「はっ、はじゅかしくないじょ! じぇんじぇん!」
何を言ってんだ俺様は……。
律花は、くるっとこっちを向いた。うわっ! 前を見せるな、前を!
「もー、顔真っ赤だよ、お兄ちゃん。やだったら、無理しなくてもいいのに……わ、私も、恥ずかしくなってきちゃったじゃん……!」
律花は、かあっと頬を赤らめる。俺様もますます恥ずかしくなり、手をバタつかせた。
「なっ!? ……や、やれっつったのはお前だろ?!」
「しょーがないじゃん! お兄ちゃんと喧嘩してるの、やだったんだもん! ちょうどお兄ちゃんが脱衣所に来たから。だから、一緒にはいろって言ったの!」
律花はまた背中を向ける。ほっぺたがむくれている。
「そ、そうなのか。妙にこだわると思ったら……な、なんかごめんな? 恥ずかしいことさせて」
「う、ううん。別に、裸見られるのはいいよ……お兄ちゃんだし」
「カレー、俺様のために作りたかったんだろ? それは嬉しいけど……俺様だって、お前が心配だからな。今日、急に暑いし、大丈夫かと思って。つい怒鳴っちまっただけだよ」
「わ、私だって……お兄ちゃんに美味しいの食べさせてあげたかっただけだから……ごめんなさい」
律花は、しゅんとして目をつむった。シャワーの水滴ですこし分かりにくいが、ちょっと涙目になっている。俺様はゆっくりと、指でその目のまわりをぬぐった。こいつは、少し俺様と喧嘩するのも、我慢できないようだ。なんともいじましいやつである。
「お、お兄ちゃん……!」
「気にするな。俺様も悪かったし。さ、そろそろ上がるか」
「……うん!」
シャワー中は涼しかった。が、出たらすぐにまた暑くなる。律花は、下着兼用のキャミソールと、パンツといういでたち。んで、扇風機の前でアイス食ってねっころがっていた。仲直りして良い気分だからか、ばかに開放的だ。ニヤつきながら、左右にごろごろしている。
「おい、そこのシスター。腹出てんぞ」
と、注意しても、
「ん? うん……うふふふふ」
なんて笑っているばかり。まったく、移り気なシスターだ。その日の夕飯は、カレーソーメンとかいうよく分からない物体だった。
《2016年5月6日 金曜日》
ゴールデンウィークの最中の、登校日。唐突に、事件が起きた。
「た、大変だっ! 法人くん、一大事だよこれは!」
ドアを蹴破るようにして、穂積先生が部室にスライディングしてくる。みんなが、胡散臭そうにそれを眺めた。
「な、なんだよ。また突然……婚姻届とかやめてくれよ?」
「ちっ違う! 大変なんだよ。教頭先生がお呼びだ。とにかくすぐ来て! ……教頭先生が、この同好会は取り潰してくれって言ってるんだよ!」
「なっ、なにぃ~~っ!?」
俺様は、穂積先生に連れられていく。初老の教頭先生の話を聞いた。
この「法律研究会」という同好会は、あのリア充と意識高い系の巣窟「法律研究部」と、名前も活動内容もほとんど同じ。なのに、別のものとして存続してるのは、場所の無駄。だから、できればこの同好会はやめて、活動したいなら「部」のほうに入部してくれというのだ。
「――と、いう話だったんだが」
椅子を4つ、円形に配置している。
俺様、律花、新堂、団藤先輩、の順に腰かけた。円卓会議って感じだ。机は挟んでないけど。そんかし、全員の顔がすぐ近くにある。
「……ざれ言を! 妾は、元々あの『部』に見切りをつけ、こちらの『会』に加入したのよ! 今さら、あのような腑抜けた連中の遊び場に戻る意味などない! 今すぐにでも、教師連に談判を――!」
「まぁ待て。とりあえず、みんなの意思を確認させてくれ。新堂はどうだ?」
「……俺も……あの『部』は、ちょっと……。一回、仮入部したけど……人多いし。口下手だから……ほとんど……発言できなくて。こっちの、ほうが……人少ないし、ゆるいし……ちょうどいい、かな……」
「わ、私だってそんなのやだよ! だって、この会がなくなっちゃったら、お兄ちゃんがハーレむぐむぐむぐ……」
俺様は、律花の口を無理やりふさいだ。ふう、危ない危ない。
その時、律花は、俺様の生命線のあたりを舌先でペロペロ舐めだした。え、何やってんのこいつ……。なんか、恍惚とした表情しているし。俺様の生命が尽きるまで一緒にいたい、と暗にプロポーズしてるのだろうか。元よりそのつもりなので、そんなことする必要はない。でもくすぐったくて気持ちいいので、止めなくていいぞ。
俺様は、興奮して上がった息を抑えた。何食わぬ顔を保つ。この程度できんようでは、シスターとイチャつきながら学校生活なんて無理だ。シスコンの必須スキルだ。
「うん。先輩も、やっぱこっちの同好会のほうがいいんだよな?」
「論ずるのさえ馬鹿馬鹿しいわ。認めたくはないけれど……」
団藤先輩は、悔しそうに歯噛みした。
「我妻さんのように、妾と同等の博識家がいるのだから。そなたに勝つまで、妾はここにいたいのよ」
「だ、団藤先輩……! 私、なんか……先輩のことを誤解してたかも。すごく……すごく……気持ち悪いですっ!」
俺様は、律花と団藤先輩のあいだにぶんぶん手をふった。
「はいはいっ、喧嘩はやめような! ……よし、まあ分かったよ。俺様だってやめたくないし」
「しかし、どうするつもり? 希望するだけでは、どうせ変わらないわよ」
血に飢えたぎらぎらの瞳で、団藤先輩が俺様をにらんだ。この人、教頭先生を吊るし上げにでもしそうで怖いんだが……。
「……まぁ、俺様に任せておけ。作戦を考えとく。明日までに、何か目処をつけるよ。あ、そうだ。みんなこれを見てくれ」
俺様はスマホのメモ帳を見せた。
「何? シャベッターのIDとパスワード?」
それは、この同好会の共有アカウントだった。みんなにパスワードを教えれば、会員はみんな一発で閲覧・書き込みができる。
「相変わらず、手回しの早い男ね……まるでチンパンジーのようだわ」
「ひとこと余計だよ! とりあえず、連絡事項はこれで伝える。じゃ、今日は解散な」
先輩と新堂は帰った。律花は、俺様の右腕を不安げにつかむ。
「お兄ちゃん、でも、ほんとどうするの? このままじゃ……」
「安心しろ。お前と俺様の同好会だ。先輩も新堂も、このままやりたいって言ってるんだ。それで充分だろ? ……行こう」
俺様は、律花の手を引っぱって、ツカツカと進んだ。
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