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「……日本では、結婚相手は一人まで。民法732条、『配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。』だね。あと、故意にやると重婚罪になるよ。こっちは、刑法184条だね」
律花は、スラスラと条文を挙げる。そのあと、ポータブル六法をめくった。……ふつう、順序が逆だと思うんだが。
「残念だねー、お兄ちゃん? 一人しか結婚できないんだってー。ハーレムとかぜんぜんダメじゃーん」
律花はあてつけるような笑みを浮かべた。
「ハーレム? 何を言っているのかしら」
「いやっ、何でもない! 気にするな! ……じゃ、じゃあ。何で重婚はダメなんだ?」
「そのような事、考えるまでもない。……わが国は一夫一妻制が基本よ。社会がそれを前提に成り立っているの。ゆえに重婚など認めれば、それは秩序の崩壊を意味するでしょうね」
「まぁ……いきなり制度を変えたら、大混乱かもな」
「あと、一人の男の人が、女の人を独占しちゃうんだよ? 余り者の、さびし~い男の人が出ちゃうんだよ? いいのお兄ちゃん?」
「俺様は、独占する側だから別にいいけど。……そういえば、なんだっけ。イスラム教の国とかって、重婚オッケーなとこあるよな。あれはどうなん?」
「うん。そういう国もあるよ。でも、実際に一夫多妻してる人はすごく少ないんだって。お金持ちの男の人とかね。けっきょく、お兄ちゃんみたいに、奥さんをいっぱい持てるような甲斐性の男の人なんて、そうそういないってことじゃないかなー」
生き字引のように、こちらの疑問にさっさと答えてくれる律花。あぁ助かる。律花がいなかったら、どれだけ進行がのろのろしたことか。学校の先生って、頭がよくて素直な生徒を、必ずクラスに一人は確保しようとするよな。その気持ちが、分かった気がする。
「フッ、お前の言う通りだな。じゃ、逆に重婚のほうが良いことって、なんかあるかな?」
俺様は、このメンバーの中だと、自然に司会進行役に収まっていた。律花は俺様にばかり話そうとする。他の2人はほっといたら、ほとんど話さない。自然な流れだろう。
「あの。……男の……オスの……生殖本能……からすると。……重婚……のほうが、合ってる……って面も、あって……」
「だから、喋んのおせぇんだよ、てめぇは! そんなセリフ見にく過ぎて誰も読まねぇぞ! もっと早くしゃべれ!」
「……ごめん。……オスの、本能からしたら……重婚のほうが、合ってる、とも言えて。あの。オスって、子孫作る時に……精子出すだけで、負担が少なくて。……だから、その分……その分、たくさんのメスと……交尾しようとする……っていうのが普通、かと」
「まだ微妙に聞きづらいな……」
それにしても、少し話が露骨な方面になってきた。まぁ、高校生なんだから、このていどの話をしたって問題はないんだけど? もうガキじゃないんですけど? ちょっとそわそわしながら、団藤先輩をチラ見する。
「オスは負担が少ない? というのは、どういうことかしら」
「……いや。メスは……妊娠して、何ヶ月も……ろくに、動けません。けど。オスは……一回、射精するだけなので……」
「……ああ。メスとの比較において、ということかしら。確かに、子孫を作るとき、女のほうが大変なのは、火を見るよりも明らかでしょうね。男などというものは、一度射精しても、翌日には節操無く、また射精できるというけれど。……女のほうは、一度孕んでしまえば、容易に元に戻れないもの」
団藤先輩は、新堂をにらんでいた。……いや、普通に見てるだけか。素の目つきが悪いから、そう誤解してしまう。
新堂のほうは、萎縮して頭を垂れている。……いや、こいつにしても、人と目をあわさないのはいつも通りだった。
いずれにしろ。2人とも、照れて赤面しちゃうなんてことはない。
「えーでもー。そしたら、男の人が浮気しまくっちゃうじゃん! まぁ、お兄ちゃんはずっと私がいちばん好きだからいいけど……普通なら、新しい人とつきあったら、もとの女の人のことなんて忘れちゃうよ?! そんなの女の人がかわいそうだよ!」
「……それは」
新堂はこくんと頷いた。
「……ただ……優秀なオスの子どもが、いっぱいできる……ってことで。そこは……」
新堂のやつは、よどみはあるが、躊躇はなくしゃべった。こいつ、けっこう今日の予習してきてんだな。この規格外の女ふたり相手に、一歩も引いてない。俺様以外の男のくせに、黙ってるだけの置物よりはマシとは、なかなかやるじゃないか。
「う~ん……まぁ、お兄ちゃんみたいに、かっこよくて、優しくて、頭がよくて、一日中妹のことばっか考えてる、変態のシスコンさんの、王子様だったら……ちょっとくらいは、他の女の子と付き合わないと、もったいないかな~。でも、あくまで、お兄ちゃんに見合うような、ちゃんとした良い子で、私が認めた子じゃないとダメだけどね?」
こいつら会話になっているようで、微妙にズレている。それは、律花がいちいち、俺様を引き合いに出すせいだ。
「おい『シスコンの』と『王子様』をつなげるな。それぞれはあってるが、つなげたら俺様がシスコン世界ランク第1位みてーじゃねぇか」
「あながち、誤っていないではないの」
「いやいや、世界にはもっとやべぇ奴がごまんといるよ! 俺様が第1位なんておこがましいよ!」
「治療不可能な重症の人に限って、そういう謙遜するよねー。もう、照れなくていいんだよお兄ちゃん? お兄ちゃんは世界一のお兄ちゃんなんだから。ほらー、頭ナデナデしてあげるから、私のお膝においで? なぐさめてあげる!」
ぱん、ぱん! と、律花はむっちりした太ももをはたいた。だから、スカート短いよ。
でもこの会話、ぜんぶ録画しちゃってるんだよな。
……上等だ。
何かあったら、警察の人に、愛情たっぷりの兄妹のさまを心行くまで堪能してもらおう。
それから。子どもをつくるとかなんとか、今日はそんな話題だった。でも、律花は恥らう様子とかがなかった。むしろ楽しそうに語っていた。
……な、なんだよ。ちょっとドギマギしてたの俺様だけかよ。
「べ、別に子どもじゃないんだからね! 子どもと大人の間の微妙なお年頃なんだから、変な勘違いしないでよねっ!」
「何ツンデレってるのお兄ちゃん? それより、頭撫でられるの気持ちいい?」
「おぞましい男ね……」
やば。ツンデレ台詞、口に出しちゃってた。もう、俺様ったらお間抜けさんなんだから!
律花の手と太ももの温かさを感じつつ、俺様は司会役をまっとうすることにした。部室も、みんなも、90度傾いて見えた。
「そ、そっか。うん。で、話をまとめると……まぁ、重婚とかやると、浮気みたいなもんだし、やばくね? ってのがデメリット。俺様みたいな優秀な男の、子孫がいっぱいできる……ってのがメリットか」
「『俺様みたいな』などという枕詞は余計よ。この……!」
団藤先輩ですら、罵倒語が出てこないらしい。
まぁ、身長175センチもある、良い体格の男が、シスターに頭撫でられてニマニマしてんのも、異様な光景だよな。その分、異様に気分いいけどな!
「まったく……反省というものがないのだから……呆れ返るわね。本日は、議題も終わったことだし、このような穢土からは、妾は即刻退散させていただくわ」
と、立ち上がる先輩。が、俺様は先輩の手をとった。
「まぁ待て。今日の部活動はパート2があるんだ。新堂、あれを出せ」
新堂は、かばんを漁る。おもむろに、携帯ゲーム機「3SD」を取り出した。
「農場物語 しあわせ大家族」。
一行で言うと、農場を経営しながら、結婚して子どもをつくるゲームだ。
登場キャラクターや全体的な雰囲気が、ぽわぽわして優しい感じ。そのこともあり、男性より女性プレイヤーのほうがやや多いくらいだという。あ、三行だった。
例によって、ゲームでもやって盛り上がろうという作戦なわけ。
で。
俺様は今まで、腹ん中では、新堂のことをクソミソにけなしてきた。
でも、実は昨晩メールで、奴といろいろと雑談をしてやっていた。いちおう新入会員だからな。みんなに優しく出来ない奴は、シスターにだって優しくできやしないんだ。あれ? 俺様超カッコよくね?
その時分かったのだが、新堂はそこそこゲームをやるらしい。
まぁ、友達がいない、恋人もいない、毎日勉強漬け……これじゃあ、たまにはゲームでもやらないと、頭がおかしくなるだろうな。もうおかしい気もするけど。
そこで、やつと一緒に考えたのが、これなのだ。
『今日、里に引越していらっしゃったんですか? 私たちの里へようこそ。私はリゼットと言います。よろしくお願いしますね、法律研究会さん♪』
そんなウキウキする台詞を発しつつ、ヒロイン――すなわちお嫁さん候補が、モニタ上に登場する。金髪を揺らめかせながら、優雅に一礼した。
「うっわ、可愛いね~! なんか目キラッキラしてるし!」
「……ふん。益体のないこと。いかにも、女に縁のない男が考えそうな、浅ましい虚像ね」
「まぁ、これぞメインヒロイン!だからな。性格よさそうだな」
「……」
会員四名、3SDの画面に顔を寄せている。顔が近い。律花と団藤先輩の髪から、バニラっぽい匂いと、キンモクセイみたいな匂いが混じりあって香る。思わず鼻をひくつかせてしまった。いかんいかん。画面を見ないと。
新堂は黙って操作していた。これは新規ゲームだ。さっきプレイ時間が99:99:99とカウントストップしてるセーブデータもあった気がする。が、深くは聞かないでおいてやろう。
新堂は、すごいボタンさばきで、あっというまに畑を耕す。そして、すべてのお嫁さん候補たちに、毎日プレゼントを投げ渡していった。
「農場スローライフRPG」という、触れ込みのゲームだ。が、動きが極度に効率化されてるせいで、むしろ「ハイスピード貢ぎアクション」とでも言うべき有様になっている。
「な、なにこれ? 耕して、貢いで、耕して、貢いで、耕して、貢いで……って毎日そんなんばっかじゃん! や、女の子にマメにプレゼント贈るのはえらいけど!」
「……そうは言っても、毎日プレゼントというのは少々過剰だわ。これでは、むしろいやがらせね」
「ま、その辺はゲームだから、細かいことは気にするな。それにしても、馬車馬のように働いて、好感度を稼げってことか。ゲームなのに、世のお父さん達の縮図みてぇだな」
「……で……誰と、結婚する? もう……好感度、たまった……けど」
「え? ……はっや、もうかよ! タイムアタック動画、ネットに投稿しろよお前!」
新堂は、勉強だけでなくゲームも効率主義らしかった。まだ一時間も経っていないはずだが。
「うわー……こっから一人を選ぶってきつくない? 出てきたお嫁さん候補、みんなすごい可愛いじゃん! 本物じゃないのに! 二次元の女の子なのに!」
「だからって、誰とも結婚しないでほっとけるかよ。みんなすごい可愛いんだぞ?」
「つまり……重婚はできない、ということかしら」
俺様の顔のすぐ横で、団藤先輩の瞳が冷徹にまたたいた。その言葉に、律花がはっと顔を上げる。律花と、俺様のほお骨とがぶつかってしまった。
「うわぁ、そっかぁ……一人としか結婚できないのって、こんなにつらかったんだね……。でもみんなと結婚したら、それこそ不潔だし……ど、どーしよ、決められないぃ……!」
「まー、こういう時は、さくっと顔で決めとけ」
「じゃあ……」
新堂は、リゼットに結婚指輪をプレゼントした。お前の好みは正統派美少女か……。
『えっ、私に……これを……? それって、プロポーズですよね……? ありがとう、嬉しいです。私でよければ、喜んで……!』
「あーっ!? ちょっと、まだ迷ってたのにぃっ!」
律花はだら~んと、頭を、腕を垂らし落胆した。
「そんなにショックか? ふふふ……今だ! やれ、新堂!」
あらかじめ、メールで作戦会議をしておいた通りだ。新堂は、他のお嫁さん候補たちに、「特大の馬糞」という文字通りクソみたいなゴミアイテムを投げつける。
「えぇっ!? 何やってるの!? ……って、ウソ! プロポーズ、できてる……?」
「このアイテムさ。ほんとは、渡すと好感度が下るはずなんだけど……下がり幅が大きすぎて、数値がオーバーフローするみたいなんだ。で、本来、結婚できなくなった他の嫁候補と、結婚できるようになっちゃうんだよ」
「なんと。……いわゆる『バグ』というものかしら? なんとも転倒した結末ね」
ヒロインとの結婚イベントが次々開かれる。そして、ついには、プレイヤーキャラの自室に、複数のお嫁さんがうろうろしはじめた。
律花は、手をぶるぶる震わせた。
これぞまさしく、美少女ハーレム。すなわち、禁断の重婚だ。
「うわぁ。いけないことをしちゃってるはずなのに……なっ、なんなのこの幸福感!?」
「ふふふふ。ちなみに、女主人公を選べば、同じことがお婿さん候補にもできるからな。この場合、重婚は重婚でも一妻多夫だぜ。どうだ? イケメンだらけのハーレムも作れるぞ。やりたくなってきたんじゃないか?」
「……う、うぅ……や、やりたい、かも……!」
「フッ。……堕ちたな、律花よ。みんな、これで分かっただろ? さっきみたいな議論なんてな、どうせぜんぶ欺瞞でごまかしなんだよ! こうやって、ルールを破って重婚するのはチョー気持ちいいんだ! 重婚バンザイ! 以上!」
「それが、弁護士を目指す者の兄の発言なのかしら? どこまでも、倫理観が腐っているようね……」
「兄じゃねぇ。ブラザーだ!」
「兄じゃないよ。お兄ちゃんだよ!」
じつに背徳的だった本日の部活動は、喧騒のうちに終わった。
「そのゲームソフト、私にもやらせてよ!」と、律花がハマってしまったというのは、また別の話である。
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