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 「……マジなら、さすがに少し見直したぜ。よくそこまで勉強できたなぁ。俺様は到底ムリだよ。でも、なんでそこまでレベル高い高校行きたかったんだ?」

 「……化学者、なりたかったから」

 「へー。ってことは理系かぁ。あ、そういえばお前さ、授業中内職してただろ? 今もなんか、塾のテキストとか、勉強してたのか?」

 「……うん。……塾、週5日行ってて」

 「5日!? 行き過ぎだろ! 高1なのに気合入りすぎ! 外部進学でもするつもりか?」

 こくり、とうなずく新堂。彼はごくごく、ほんのわずかだが、笑っていた。

 彼にとっては、これだけの勉強さえ、苦でもないんだろう。いや、苦しくはあるかもしれない。けれど、それが楽しいらしい。この90パーの仏頂面の裏には、かなり熱いものが燃えているようだ。

 その後すこし「面接」を続けた。やはり新堂は、受験期にモテただけ。その後にも先にも、恋人はおろか、男の友達さえいなかったそうだ。

 まぁ、これなら心配は要らないだろう。俺様のハーレム道にとって、邪魔者にはならない。

 それに……まぁ……少し、こいつのことを買ってしまったしな。……あっ、あくまで、ほんの少しだけだからなっ!

 

 《2016年4月27日 水曜日》

 球技大会。

 汗と青春の祭典。いろいろな球体が宙に舞う珍催事。

 毎年、4月に行われるそれには、全校生徒が参加する。大きな運動施設のない失楽園キャンパスに代わり、わざわざ多磨キャンパスまで移動して行われる。新入生にとっては、同級生や、上級生と仲良くなる貴重な機会なのだ。

 参加する競技は自由。俺様はバスケにした。なんとなく、サッカーよりは女子が多そうだし。あと、バレーボールより、女子との距離が近くなるから。俺様、異性のことしか考えてねぇ。

 「よぅしっ、頑張ろうねお兄ちゃんっ!」

 「お、おぅ」

 律花は元気が良かった。さっきから腕をぐーんと伸ばし、体操している。

 それにしても、律花の服装いいな……。

 学校指定の、白い体操着。それから、薄い桃色のハーパンを履いている。脚、けっこう見えてる。いや、制服のスカートだって、同じくらいに見せてるはずなんだが。

 靴下も、短いものにしてきたらしい。ほとんと、くるぶしぐらいまでしかない。だから、脚の肌が、ほとんど全体的に見えちゃっている。

 むちっ! と盛り上がった、ももやふくらはぎの筋肉。ふぅ。健康的かつ、直視しづらい美しさだ。

 それから。

 ……体操着って、うっすいな。運動用なんだから、厚いわけないんだけど。胸んとこ、丸く盛り上がっちゃってるし。こんなんで、身体そらして体操とかすんなよ……ワイシャツより危険だ!

 それと律花は、長い髪をゴムひもでひとつにまとめていた。運動するから、まとめてないと邪魔なんだろう。後頭部から、ポニーテイル状に垂れている。髪色が明るい茶色だけに、ほんとに馬の尻尾っぽい。なんとも、活動的な格好である。

 体育の授業は、たいてい男女別だ。あまり女子の体操着姿など、お目にかからない。その新鮮かつキュートな姿を、俺様はつい、チラチラと見てしまった。

 「あれ~? 何さっきから私のこと見てるのかなぁ。ね、お兄ちゃん?」

 「みっ、見てないし! 飛んでた蝿を、がんばって目で追ってただけだし!」

「えぇ、ほんとに? お兄ちゃんって蝿見て顔赤くなっちゃうの? 鳥さんなの? ちょっとおかしいんじゃない? それとも、体育館が熱いのかな? この。この。この! この!」

 つん。つん。つん! つん! と、律花の指先に、頬が突かれる。くっ……殺せ!

 ……ま、まぁ、別に?

 律花は、俺様がじろじろ見たって、イヤとは言わないだろう。むしろ喜ぶに違いない。

 しかし……なんだろう。こうやって、「見た」だの「見てない」だの、馬鹿馬鹿しいかけあいを、律花とぐだぐだ交わしていくのがメッチャ楽しい。仲がいいふたご、という今この関係を、全力で楽しめている気がする。

 そして、律花もそのことは分かっているのだろう。あえて可愛らしい口調で、ノリノリで問いかけてくるように思えた。

 「ねぇほらほらー。お兄ちゃん、あんまり私の体操服、見たことないでしょ? ちゃんと見て欲しいなぁ、ねぇ、似合ってる?」

 「しょ、しょ、しょしょしょうがねぇなぁ」

 横目で見ていたのを、真正面から見る。

 律花は、片脚をちょっとあげる。そして腰に手をやり、胸をそらした。洋服店のマネキンか、モデルさんのしそうなポーズだ。そして、わざとらしくばちばちウインクする。

 っかぁー! 可愛い! 女の子っぽさが、これでもかとはじけている。真夏の炭酸飲料かお前は! 直視するの恥ずいっ。

 「う……うん。似合ってる、んじゃねぇか?」

 「じぇねぇかって何よー、ジャマイカの友達?」

 ……ジャマイカは個人名じゃねぇ。不満げに、律花は俺様の頬をぎゅっとつまんだ。肉がもぎとられそう。

 「ひ、ひや。似合っへる……!」

 「えーどの辺が? 参考にしたいから、もっとくわしく教えてよ」

 「あ、脚とか……すらっとしてて、いいなーって……」

 「もお、そんなとこ見てたの!? やっらしーなー! お兄ちゃんは! 女の敵だ!」

 ぐりいぃっ! こんどは、俺様の耳がひねられた。

 「で、あとはあとはー?」

 「いっ、いでで……そ、そうだな……あの……ハーパンの……ふくらみ、というか。腰っていうか。お尻、っていうか……あだだだっ!」

 「はぁ!? まーた変なとこ見てるー! もう、馬鹿じゃないの? お兄ちゃんってー」

 律花は腰をクネクネさせる。こんどは、俺様の鼻がつままれ、ひっぱりあげられた。なんとなく息苦しい。

 「じゃあじゃあっ、他は? 他はどこが可愛いかったの?」

 「似合ってる」ところを聞いてきたはずが、いつのまにか「可愛い」ところに変わっていた。そういう、俺様に対して図々しいところが可愛いってんだよ、この、可愛いシスターの可愛いバッキャロー! 鼻声で、がんばって返事をする。 

 「え、えっと……なんか、髪まとめてて……元気そうな子って……いいよな~っとか」

「あははっ! 嬉しい嬉しい嬉しいなぁーっ! もー、それじゃあ他は? 他はどこが可愛いの? 言っちゃいなよ。ねぇねぇ。ほらほら。このこの。うりうり!」

 ぐおおぉっ! こ、こんどは、俺様の首が絞められるっ! 息ができんっ! これじゃほんとに殺人事件で、別ジャンルになっちまうぅ!

 律花のやつ、もうマジになってるな。「大好きなお兄ちゃん」に褒められすぎて、理性がぶっ飛んでいる。目の前が見えてないらしい。

「かはっ……たいそうふくの……む……むねとか……ぐっ……すてき……ですね……!」

 「きゃあーっ、もうやだぁー! このお兄ちゃん超変態じゃん、やーらしいよー!」

 バチィン!

 律花は、俺様の頬を強打した。嬉しさのせいか、膂力がアップしてるらしい。鋭いッ! 視界に、春の大三角が舞い踊った。

 律花は、胸を片腕で隠している。でも、その表情は嬉しそうで、舞踏会のシンデレラっぽくキラキラしていた。

 「そなた達……時と場を弁えなさいと、口を酸っぱくして言いつけておいたでしょう。もう忘却したというのかしら?」

 ツカツカと、歩み寄ってきたのは団藤先輩だった。上級生も、下級生も混じってやる大会だから、会える可能性はあったのだが。ラッキー。

 「御覧なさい。そんな醜態を衆目に晒して、恥ずかしくはないの?」

 何だこのカップル……っていう目線が、同じコートの連中から向けられていた。クラス外の人間にも、俺様たちの物理的熱愛を見せつけてしまったな。

 「はっ!? ……ご、ごめんなさい、私……つい。かっこいいお兄ちゃんに褒められてたら、嬉しくって、頭ぽわぽわしちゃって……って、お兄ちゃん大丈夫っ!?」

 「……」

 声を出す元気もなく、床に横たわっている。そんな俺様に、律花はあわてて飛びつくのだった。

 

 バスケの試合がはじまる。俺様と律花は、もちろん味方どうし。他方、団藤先輩は敵チームのようだった。ふふ、ちょうどいい。敵チームなら、接触事故も期待できるからな!

「覚悟しておきなさい。遊戯といえど、勝負は勝負。上級生として、そなたたちの鼻を完膚なきまでに明かしてやるわ」

事故どころか、なにか事件を起されそうだった。

「いや、そんなにマジになんなくても。親睦深めようぜ? これレクリエーションだよ?」

 「軟弱者め。真剣勝負こそ、よほど人を楽しませ、狂わせる。極上の蜜の味がするものよ。……そう。それこそが、人が得るべき真の悦楽。唯一、目指すべき至宝だわ」

 いや、ほんと何言ってんだこの人……。自分で狂うとか言ってるし。

 もしかすると、FPSのことを根に持ってるのか?

 実は、団藤先輩とは、時たまFPSで遊ぶようになっている。むろん、ネット経由だ。対人戦を協力してやったり。あるいは逆に、タイマンバトルを挑まれたり。すでに2、30時間――俺様の言葉でいえば一日ていど――プレイしているらしかった。照準の下手さ加減は、相変わらずだ。いつまでも、俺様に勝ててない。きっと、そのフラストレーションがたまってるのだろう。ゲームで勝てないからって、リアルで喧嘩ふっかけるとか。この人、ないわー……。

 言い捨てた団藤先輩は、腰を落としてこっちをにらみつけた。黒い直毛を、お団子みたいにまとめている。なのに、ちっとも可愛らしさがない。むしろ怖い。鷲とか鷹に睨まれてるみたい。

 ピーッ! と笛が鳴った。

 敵も味方も、別にバスケ部に入ってるわけじゃない。団藤先輩も例外ではないだろう。たんなる素人のはずだ。

 しかし、彼女の動きは素早かった。宙に舞ったボールへ、突進する。誰かにぶつかったらどうしよう? とか、ボールとれなかったらどうしよう? とか、そんな迷いは一切なさそう。

そして、本当にボールを奪い取ってしまった。ゴールへと、方向転換する。先輩を阻める位置にいるのは……俺様だけだ!

 「くっ……こい、団藤先輩! 俺様が止めてや――」

 「言われるまでもないわっ!」

 先輩は、ボールで俺様に殴りかかってきた。俺様は、とっさに手のひらでボールを受け止める。ボール越しに、腕力と腕力の押し合いになった。ついでに、空いてる手でもつかみ合いになる。先輩は、女子としてはかなり身長が高い。俺様よりちょっと低いだけだ。そんな人間が本気で向かってくるのだ。圧迫感は強い。

「って、いやいやいや! なんで相撲みたいに力比べしてんだよ! そこはドリブルとか、パスで俺様を回避するとこだろ!?」

 「……ふんっ」

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