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長いズボンをはいているので、そいつが男子生徒だとすぐに分かった。大のおとながみっともなく悶えてるのを目にしても、彼は顔色ひとつ変えない。
「あれ、お前は――」
「……ども」
「――ゴメン、誰だっけ?」
「……新堂、諒(りょう)」
男の顔を覚えるのが苦手な俺様は、ようやくその苗字を思い出した。下の名は、はじめて知った。
《2016年4月26日 火曜日》
うぅーん。……ここは、リア充に被害を受けていた久谷くんが、同好会へやってきて、おひとりさま道に覚醒する流れかと思ったんだけど。どうやら違ったようだ。
新堂は部室に入ったあと、ほとんど話もしないで帰った。
というのも、
「よーっし、もう一人男の子も来たところで、やっぱり今日はカラオケ行こうね! 先生、昔のモン娘。とか熱唱しちゃうよ!」
「法律の議論以外に、妾はこの会に興味がないの。本日は、帰らせていただくわ」
「……そういうのは、ちょっと」
「あぁぁぁぁっ、ごめんごめんっ! 頑張ってボカロ曲とか歌うからっ!」
というお寒い会話があり、すぐに解散してしまったのだ。ちなみに、生徒だけで(先生抜きで)どうよ? と誘ってみたが、やはり取り付く島なし。団藤先輩にしても、新堂にしても、さっさと帰るばかりだった。まぁあいつら、見るからに人付き合い苦手そうだし。
さて。この同好会は、ハーレムをつくるためのものだ。男に来られても、正直困る。予想しなかったわけではないが……対策のしようもない。女だけ入会オッケーなんて、でたらめなことはできないし。今のところ、あるていど女子が集まったら募集停止しようかなと思ってる。
しかし、新堂に関しては……どうなんだろう。ひょろっと背が高く、無口。ということくらいしか知らない。あまり女にがっつくタイプにも見えない。そうだったら助かる。もちろん、見かけによらず肉食系ということもありうる。それだと、女子をとられかねないから困る。少し、探りを入れることにした。
「よっ」
「おはー!」
新堂諒は、1-1の教室の前方に席を持っていた。俺様と律花で、席の前に立つ。今、ちょうど昼休みがはじまったところだ。挨拶してやったのに、無言。ペンを止めない。
……なんだこいつは? と思っていたら、顔を上げた。
「んっ、なんだ。黒板写してんのか?」
「……」
また顔を落とした。
ええぇぇ。何、この子。顔を上げたのに、今ぜんぜん目が合わなかったぞ? 黒板しか見てないのか? 自分が透明人間になったのかと思った。
「おい聞いてんのか? お前がこないだ行った、法律研究会の我妻法人さまだぞっ!」
「……あっ」
「『あっ』じゃねーよ。お前人の顔とかわかんねーのか?」
「……あまり」
「え、マジで? 病気かなんか?」
「……いや。……あまり、興味が」
がくっ、と俺様の肩が落ちた。その後もコミュニケーションを試みたが要領を得ない。しかたなく退散した。「同じ会員になったし、一緒にご飯食おうぜ!」などという美しい展開には、ぜんっぜんならなかった。悲しいかな、これがコミュ障の性なのだ。
「あれ……今気づいたけど。あいつってさ。いっつも昼休みにぼっち飯してた奴じゃん」
「お兄ちゃんも相当な鈍感だね……。女の子には、あれだけまめなくせに」
「気づいてたなら教えてくれっ! このいじわるちゃんめ!」
「やんっ!」
わき腹をつついたら、律花がとても嬉しそうな悲鳴をあげた。
――って、シスターとじゃれてる場合じゃない。危うく今後の話が、すべて律花に対する愛の告白で埋まるところだった。新堂のことを、もう少し観察しないと。もう大体、やつの性格は分かってしまった気もするけどな……。
午後。授業中に、プリントが配られた。
新堂のやつを観察する。あいつ、プリントの受け取り方が少々おかしい。前の席のやつから、「ぱっ!」とひったくるように受け取る。そして、後ろに回すときも、変だ。「振り向くのもめんどくさい」あるいは「さっさと受け取れ」って感じ。プリントを持った腕だけを、後ろにずいっと突き出すのだ。その受け渡しの時間、たったの数秒さえ惜しいってか? ……俺様でさえ、もうちょっとクラスメイトにいたわりを持ってるぞ。
そして渡し終わった後は、机にむかってペンを動かしている。
……が、その動きも妙だ。どうも、教師の版書や説明の動きと、リンクしてない気がする。メモることが何もない――というタイミングになってるのに、手を止めない。
ははぁ、分かった。あいつ内職してるな?
授業の内容は関係ない。むしろ授業は無視する。そして、自分自身の受験勉強などを進める――こういうのを、「内職」という。
しかしこの高校、大学と一貫式だ。あまり外部進学は流行らない。そのため、大学受験対策など、するやつは多くない。基本、定期テストの成績だけ気にしてればいいはずだが……やつは何を考えているんだ。
放課後。俺様は新堂の野郎(だんだん呼び方がぞんざいになっている)を尾行してみた。何が悲しくて、男を追っかけなきゃならんのか……。
それにしても、俺様の潜伏スキルはかなり上がっているようだ。まったく見つかる様子はない。これがゲームだったら、スリや狙撃のスキルでも覚えたいところである……あ、両方とも、リアルじゃ犯罪だった。
やつは、図書室へたどりつく。
律花には、その辺の座席で待っていてもらう。去り際に、
「ボーイズラブがんばっ!」
とか応援される。おかげで、ワイシャツが鼻水で汚れてしまった。
俺様は、本棚の影から観察する。新堂は、何かの本とノートを広げて勉強している。ガリ勉タイプか。
でも、それは教科書ではない。参考書? 自分で買ったのか。それとも、塾か何かで購入させられたのかも分からない。
……しかし。学校の授業の復習などは、いっさいする気配がなかった。はなっから、その参考書だけをやっている。よほどこだわりがあるようだな……。こういう奴に限って、学校の授業がおろそかになり、定期テストで足をすくわれたりするわけだが。
「よぉ、新堂」
「……勉強中なんで」
顔も見ず、用件も聞かないでそう言う新堂。
イラッ☆
「おい。お前、法律研究会入るんだろ? 面接だ。ちょっとツラ貸せ」
半ば無理やり、新堂を引きずる。人気のなさそうな本棚のとこにやってきた。なんでこんな、デカい男と暗がりで2人きりにならなきゃいけないんだ。ここは、大人しめの委員長系美少女でも連れ込む流れだろ、普通!
それにしてもこいつ、ほんとうに背が俺様より高い。人間、動物的な本能というものがある。身長が高いと、えらい人間のような気がしてしまうものだ。俺様より偉く見えかねないこいつが、会に入るなんて……。
が、逆にこうも言える。自分より身長の高いやつを従えていれば、それだけで、周囲からは、偉くなったように見えるのだと。ふん。なら役に立つじゃないか。
となれば。気になるのは、こいつの女性遍歴だけか。
「いいか。ちょっと聞くぞ。お前、女子にバレンタインチョコもらったことは?」
「……ない」
合格。
「じゃあ女子に告ったことは?」
「……ない」
合格。
「じゃあ女子に告られたことは?」
「……ある」
合か……ん!? ちょっ、待て待て待ていっ! 告られたことあるのか。とても、女子にモテるタイプには見えないが。全然しゃべらんし、何考えてるのかわからんし。
「え、あんのかよ。いつ?」
「中3の2学期に……3人くらいから」
「な、なんだそりゃ……? ものすごい短い時期に、集中して告られてんな。何かあったのか? 公園で子猫でも拾ったか? 文化祭でバンドでもやったのか?」
「いや。あの……受験勉強、し過ぎて……その……俺、公立中……だったんだけど。……この高校……レベル、高いし……とても……受かりそうになくて。……だから、かなり……死に物狂いで……」
「だーっ! いちいち沈黙をはさみながら喋るな、鬱陶しい! もっとキビキビ口を動かせ、このノロマが!」
新堂の言ったことは、だいたいこういうことだった。
新堂は公立中だった。なので、うちの高校とか、レベル高いとこにいくのは、なかなか難しかったらしい。けれど、どうしても行きたかった。だから、中三になると、夜となく昼となく、必死に勉強したという。
そして、気合を入れるために、ある妄想にふけった。別の言い方をすれば、自己暗示みたいのをかけたという。「俺が高校受からなかったら、地球に隕石が衝突して人類滅亡しちゃう! だから受からないと!」みたいな。中二病かよ。まぁほんとに中学生だったようだが。
連日、強くそんな空想をしていた。したら、とある「副作用」が起きたらしい。
どうやら。その妄想のせいで、新堂の身体は、潜在意識は、「自分はもうすぐ死んでしまう」――と、ほんとに勘違いしてしまったようなのだ。そして、
「……なんで、受験期だけ告られたのか……こないだまで、分からなかった」
こいつは、猫背気味だ。だんだん、背が曲がり、俺様のほうに顔を近づけてくる。話に熱中しているんだろう。
……って。しかも、今度は本棚に手までつきだしたよ。
なに、これ。これじゃ、俺様が壁ドンならぬ、棚ドンされてるみたいじゃねーか。悪いが、俺様は、そーいうのはされるんじゃなく、するタイプなんだ。巨人に見下ろされているような圧迫感。少しだけ、俺様の心拍数が上がってきた。オイ、まじでボーイズラブ的シチュエーションじゃねーか! ふざけるな!
「……でも、こないだテレビで見たんだ。……あの、戦争の時の、特攻隊の人の特集で」
「あぁ! あの番組か。春休みだったかな? 俺様も見たわ。国営放送の番組だっけ?」
「特攻」という言葉に、こないだFPSで敵陣に特攻しまくっていた先輩のことが思い浮かぶ。思い出し爆笑しそうになり、むりやり忘れた。
「……ちょ、待てよ。なんだっけ。確か……特攻隊の人たちって、自分が死ぬ予定日が、はっきり分かってたんだよな。それで、なぜかめちゃくちゃ女の人にモテてた――とかいう実話だったっけ? 原因はよくわからんけど、もうすぐ死ぬってわかってっから、子孫を残すために、フェロモン? とかを体が発してたんじゃないか――とか言ってたかなぁ。ほんとか、うそか、知んねーけどな」
「……そう。それ」
「え? ってことは。……つまりお前、そんくらいガチに、妄想入っちゃってたってこと? 高校受かりたいがために?」
新堂はうなづいた。
「『このままじゃ死んじゃう!』って、無意識に勘違いするレベルで? リアルに死ぬって分かってた、特攻隊の人らとおんなじレベルで?」
「……うん」
俺様は、絶句した。
「はぁー……。なんか、すげぇな」
なんだか、混乱してしまう。
まとめると、つまり……「ガチで受験勉強しすぎる」→「無意識のうちに死期を悟り、謎パワーに覚醒」→「受験期だけ女子にモテた」ってことだ。
新堂の受験にかける思いは、そこまで強かったのだろうか。
うーむ。まるでウソみたいな話だ。しかし新堂は、別に自慢げに言うでもない。いつも通りの無表情のままだ。
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