第3章 妹とコミュ障ぼっち
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3 《2016年4月25日 月曜日》
数学の時間、実力テストが返ってきた。
いくつかの科目は、以前に返ってきている。それらの科目については、俺様はそこまで悪くなかった。まぁ、高一になって一ヶ月も経っていない。勉強範囲もたかが知れている。試験というよりは、新高校生へのご祝儀みたいなもんだ。
ところが数学に関してはそうでもないから困る。
「お兄ちゃん、数学できたぁ~……?」
「もうすぐ返ってくるんだ。結果はすぐ分かるだろ」
「ふわぁ……憂鬱ぅ」
律花は、俺様の隣の席だ。机の上に上半身を投げ出している。海苔巻きのようにごろごろ転がった。自分から尋ねておいて、聞いているのかいないのか分からなかった。
高校入学後、初の答案用紙を返却される。クラスメイトたちは一喜一憂していた。友達と点数を見せ合ったりしてる。キャーキャー騒がしい。
テストの点は、学生にとって重要だ。それで進学が、はては人生が決まってしまいかねない。そのせいか、ともすれば人間の価値=点数と勘違いしてる奴がいるものだ。
こうして、見ていると面白い。
点数を見せて、「全然ダメだったぁ~」などといいつつ結構できてる奴とか。ガチで隠して、ぜったい誰にも見せないようにする貧乏くさい奴とか。ほんとにダメで、精いっぱいネタにしようとしてるが、やっぱりシャレになってなくて顔が真っ青な奴とか。人間の醜い本性が垣間見える気がする。彼らは、この点数アピールorカムフラージュ大会を、テストのたびごとに三年間、延々と続けていくのだろうか。実にご苦労なことだ。俺様などは、想像しただけで気が遠くなってしまう。
「っつーか、こういう時も、すぐ友達のとこに行くんだな」
いちおう授業中なのに、いちいち友達の席にまで遠征している。行ったり来たりする様は、さながら籠の中のハムスターのようで微笑ましさを感じた。
「やっぱり、他の人と点数教えあったりしたいんじゃない? 私はちょっと、恥ずかしいけど……」
「あんなにまめに行ったり来たりして、ちょっとウケるわ。男子どうしとか、女子どうしなのに。なんか、恋人並みのまめさだよな」
「あっ、私もお兄ちゃんと見せあいっこする! するよ!?」
「すぐ隣なんだから、別に席を立つ必要はねぇだろ……」
彼らとは、同じ教室にいる。なのに、見えない壁が設置されてるような気がした。
その壁は、超えられないというわけでもないんだろうけど……そもそも、俺様にはその気がない。ないっつったらないっ!
クラスという、広々とした空間にいると、こう、自分ってものの純度が薄まる気がする。やっぱり、男は一国一城の主だよな! 大きくなくてもいいので、俺様はあの同好会で居場所を作りたい。
「でもこういう時って割りと、みんなの反応露骨だよね~」
律花が教卓を指差した。見れば、奇抜な髪色のリア充グループが、教卓のすぐ横でお祭り騒ぎをしている。「98」「98」と、さかんに聞こえてきた。
98点を取った男子生徒……たしか久谷(くたに)くんと言ったか。彼はけっこう人当たりもいいので、リア充グループとも親交があるようだ。ところがそれを良い事に、彼らは久谷くんの答案を、なかば無理やりのぞき見てしまった。久谷くんは、ちょっと困った顔をしていた。んー、すこし可哀相だな……。まぁ悪い点数を晒されてるわけではないから、別にいいんだろうけど。
ところが、次の生徒。新堂くんという、どちらかというとぬぼっとして、言葉少ななタイプの男子。こんどは彼が教卓へむかい、
「おう、今回のテストの一位は新堂だ。なんと満点だぞ。よく頑張ったなー!」
と数学の教師が答案を返す。100点! それはすごい。素直に立派だと思う。
ところが、今度は久谷くんほどのお祭り騒ぎにはならなかった。「へぇ……」「すご……」とかいう呟きが、ちらほら起こるていど。当の新堂くんも、周りの反応など知らんぷりしている。さっさと席に戻ってしまった。
「うーん、点数とってても、友達多い奴のほうが褒められんのか。なんか世知辛ぇなぁ……」
「褒めたくても、話しかけづらいもんねー。知ってる人じゃないと」
「そっか。ごめんな、俺様のせいで友達少なくて。代わりに、俺様がいっぱい話しかけてやるからな」
「うんっ、じゃあ私もー。部室でも家でも、寂しいときはかまってあげるね?」
「じゃあ俺様は、一緒に寝てるときに、ねごと言ったら返事してやるよ」
「それはなんか、魂が戻って来れなくなるらしいから止めて!」
「一緒に寝てるとき」と言った辺りで、すぐ周りの生徒が、「え、何それは……」みたいな目線を向けてきた。いつも、ふたご間の濃厚な愛のささやきを聞かせてすまない。せいぜい、席替えをするまでは耳栓でもしていてくれ。
ようやく「わ」行の俺様たちに答案用紙が返って来た。俺様は70点だった。
「微妙すぎてコメントに困るな」
「い、いいじゃん。そんなに取れてるなら……」
「まぁでも、あの、二次関数のグラフ書く問題あったじゃん? あそこで原点を『O』じゃなくて『Oresama』って書いちゃったから、マイナス1点されてんだけどな。ほら」
X軸とY軸の交わる部分に、デカデカとOresamaって書かれていた。もう、二次関数の放物線そのものよりデカい。
「なっ何やってんの!? もったいない! 馬鹿なの!?」
「やっぱり世界の中心って俺様じゃん? だったらXY座標の中心も俺様だよなー。もう書かずにはいられないっつーか」
「お兄ちゃんが趣味でドブに捨てたその1点は、私が死ぬほど欲しかった1点なんだよ!」
「んじゃお前何点だよ?」
俺様が聞いたのと同じ時、近くの席の女子が数人よってきた。律花に点数を尋ねている。なんで俺様に点数聞きにくるやつが一人もいないんだ。
「律花ちゃん英語も国語総合も100点だったよね? 数学もすごくいいんでしょ!?」
「うっ! そ……それが……!」
点数欄をぺらっとめくる。そしたら、「7」とかいう数字が書かれていた。これほどアンラッキーなラッキーナンバーもないだろう。
「う、うそ――!?」
「うぅっ……あっ、あはは……私、数学だけは大の苦手なんだよぉ……。解けてるの、最初だけだぁ」
なるほど。一番最初の問題は、ただ二次関数の公式だけだ。覚えるだけのサービス問題だろう。それ以外は全滅。シスターの脳みその偏り具合がよく分かった。いつも俺様ひとりばかりにベタベタする極端な性格だから、科目の出来不出来も極端になるんだろう。悪いが、一生そうであって欲しい。
「でもお前、俺様よりは友達いるよな。ベタベタしてるのは同じなはずなのに……」
「お兄ちゃんよりは人当たりいいもん!」
ちょっと拗ねている。そんな可愛く拗ねても、俺様にはご褒美にしかならないぞ。
「まぁでも……なんだろうね。お兄ちゃんとベタベタしてるおかげもあるかな」
「は? 何それ。ベタベタしてたら、普通ひかれるだけなんじゃね?」
律花は、ちょいちょいと手招きした。俺様の耳元に口を近づける。なま温かい吐息が耳に当たる。もう少しで「あふん!」とか言っちゃうところだった。
「ほら……私って可愛いじゃない?」
「そうだな」
俺様は即答した。ツッコミをいれてくれる人は誰もいなかった。
「だから普通にしてたら、けっこう嫉妬とかされると思うんだよね。でも、あのね。小中でもそうだったんだけど……私、お兄ちゃんとばっかりべたべたして、それを見せ付けちゃってたから。だからたぶん、私を好きな男の子っていなかったの。いたとしても、『こりゃ脈なしだ』って、すぐ諦めちゃうじゃん?」
「まぁ、そうだろうな」
「だから、お兄ちゃん以外の子から告白されたことないし。私が、他の男の子の気を引く余地がないじゃない? だから、逆にウケが良かったの。『律花ちゃんは男の子をとったりしないから安心だ』って」
「はぁ~……」
なに、その生々しい現実。そんな女子どうしの裏事情なんて、聞きたくもねぇよ……でも、聞かされてしまったものはしょうがない。いつも通り、開き直るとしよう。
「ドロドロした世界から、一歩身を引いてる。だから、他の女子と対立がない――ってことか。なぁんだ、じゃあ俺様のおかげじゃないか」
「お兄ちゃんのそういう性格、好きだよ……」
律花ははぁっと、疲れたようなため息をついた。あぁっ、そこで息を吐かないで! 鼓膜が震えちゃうぅっ!
「まぁ、でもさー。ただ、私が可愛いってだけで嫉妬しちゃう、頭の悪い単細胞な子も多いから。けっきょく、プラマイゼロなんだけどね。それからついでに、お兄ちゃんって頭よくて、かっこいいじゃない? だからお兄ちゃんを好きな子、けっこういて。そういう子も私に嫉妬するから、もうマイナスぶっちぎりなんだけどね」
「じゃあ全然ダメじゃん! つらいことあったらお兄ちゃんに相談しろよ!?」
「ところで、お兄ちゃんはそういうことないの?」
「ない。見れば分かるだろ。そもそも男の友達いねーし。女子と違って、男子は恋愛の利害だけで動くわけじゃねーから。やっぱ、男同士は、男らしいことを一緒にしないと、仲良くなれねーかな」
「ふーん。……一緒に、男らしいことって、ボーイズラブとか、衆道的な?」
「すまん言い方が悪かった! でも、なんだ、その腐女子しか得しねぇ世界」
「男子だって、得なんじゃない? 他の男子と仲良くなれるんでしょ?」
「お前みたいな普女子には損だろっ!?」
あ、と納得したように口にする律花。あのさぁ……。
「……分かりやすいとこだと、スポーツとか。勉強にしても、お互いに張り合って競争したりな。後は、まぁ、ふだんの口調とか、ふるまいとか? そういうのが、あんまりナヨナヨしてっと、馬鹿にされる。そうだな……自分のことを『僕』って言ってたのが、学年上がると、急に『俺』とか言い出したりするだろ? 男らしくしないとー、って」
「あぁ~っ、いるいる! ってか、お兄ちゃんじゃんそれ!」
いかん。自爆した。
「……ああやって、あるていど虚勢を張るっつーか……威勢よくしないと、ダメなんだよ。俺様は、四六時中律花とイチャついて、ぜんぜん男と付き合おうとしないからな。仲良くなるのは無理だろ」
「ふーん。……素直じゃないなぁ。もっと素直に、女子のこと見れればいいのに~」
「ま、女子とつきあうくらいは、いいんだろうけどさ。でも、女子とばっか一緒になって、キャピキャピ話し込んだり、遊んだりしてるとな。やっぱ男らしくないっていうか、軟弱って見られちゃうんだよ……ま、俺様は、どうでもいいけどな。男なんてどうでもいいけどな!」
「なんか必死だね、お兄ちゃん……」
少し冷めたような律花の目線は、真夏のシャワーのように心地よかった。
……って、何良い話っぽくまとめてんだ。
と思った瞬間、俺様と律花の頭がノートで軽くはたかれた。あれ? なぜか数学の先生がご立腹である。テスト返しはとっくに終わって、授業はじまってたらしい。
「すまんっ!」
「すいませんっ!」
謝り方が違うので、ハモらなかった。
しかし、俺様たちは「わ」から始まるびりケツ双子なんだから、ぜんぶ返し終わってるのが当たり前だよな。なぜ気づかなかったんだろう。なお、やっぱり、俺様たちがポカしても、笑う奴は誰もいなかった。
「へぇ~っ、君がみやびちゃんか~。入会届け、この間もらったよ。ときどき3年の先生方が話しているよ。すごくできる子だってね。よろしくね!」
「えぇ。どうぞ、よしなに……」
部室には、穂積先生がやってきていた。俺様の隣に座る。さっそく、俺様の肩に、露骨に手を滑らせ、すりすりと優しく撫でてきた。マッサージされているみたいだ。団藤先輩、若干引いている。が、礼儀礼儀うるさいだけに、先生には何も言えないようだ。顔をしかめているだけ。でも、俺様からちょっとずつ離れていってるような気が……。
律花は逆に、俺様の椅子にガツンガツン! と自分の椅子をぶつけていた。もっと備品を大切にしろ。で、どんどんこっちに寄ってくる。先生に対抗する気だろう。怖いよ。
「よし。みやびちゃんも入会したことだし。今日は飲み会でも行くかい? 先生、独身だから業務終了後はヒマなんだよ。保護者代わりについていくよ?」
「高校生が飲み会に行けるか!」
結婚にあきたらず、飲酒を生徒に勧める先生って。もはや犯罪だ。日本の教育はどうなってしまうんだ。
「あぁごめんごめん。間違えちゃった。まぁ親睦会だね。カラオケにする?」
「親睦会みたいなことは、もうやったよ。ネット上で遊んだだけだけどな」
「そ、そんなっ……僕がいないところでっ……ひどいっ!?」
「まぁ、リアルでなんかやってもいいけど。やったとしても、先生は抜きで、生徒だけで、あらためてやったほうがいい気がするんだよな。年齢違いすぎて、あんま話合わないかもだし。いいだろ? だってしょうがないじゃん」
「うわああああああぁぁぁぁぁっ!?」
だんっ! と、先生が机に両手をついた。きつめの服なので、そんなポーズだとお尻がやたら強調された。そして、ぱらりと枝毛が一本、机に落ちる。わびしい。日本庭園のような、枯れゆく趣きだった。
その時、部室のドアが開いた。
あれ? もう、みんな中にいるんだが。ということは、ひょっとして新入会員?
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