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俺様はノートパソコンを取り出す。
「さて、団藤先輩。今日はまず、これをやってもらおうか!」
「ん……? 昨日(さくじつ)の遊戯? ……嫌いではないが、今は部活の時間でしょう」
「それが部活に関係するんだな。時間はとらせないからやってみてくれ」
「……何か、よからぬ陰謀でもめぐらせていないでしょうね?」
「ないないないないっ!」
こえー! 近くで見ると、先輩の目ぢからつえぇ!
やるゲームは、昨日やった「Coat of Dirty」。しかし今回は対戦モードではない。一人プレイ用の、いわゆるキャンペーンモードというやつだ。一人で一本道を進み、あらわれるコンピューターの敵を倒していく。対戦とは違い、ストーリーが設定されている。
「何かしら、ここは。繁華街……?」
「うん。テロリストのキャラクターを操って、街でテロを起こすっていうシーンだな。具体的には、市民を撃つことになる」
「ふぅん。……弱い者いじめは、妾の性分ではないのだけれど」
「先輩は、強いやつでもいじめ抜くもんな」
「外聞の悪い。いじめ抜きなどしないわ……正々堂々、狩り尽くすだけよ」
「もっとこえぇよ! あんたは猛獣かよ!?」
「ともかく、この群がっている一般市民を倒せばよいのね」
団藤先輩は、テロを実行した。機関銃が火を噴き、被害者の一般市民が倒れた。
その瞬間、画面が暗転する。コンティニュー、と表示された。
「……は?」
「はい、これでゲームオーバーな! 残念でしたっ!」
「……一体、何よこれは! 妾は、そなたの言う通りにしたのだけれど?」
「そうだな。ストーリー的にも、それが正しい。でもアウトだ。さて何ででしょう?」
団藤先輩も、律花も、考え込んだ。ふぅ。美少女2人が、真面目な表情をしている。俺様のせいで。この場の主導権は、完全に俺様が握っている! 妙にスッキリした気分だ。
「はい時間切れー! 答えは『表現的にアウト』でしたー! 2人とも分かったかなー?」
などと、煽りながら種明かしをする。
このゲーム。もとは海外製作である。海外で流通しているバージョンでは、このシーンで、普通に一般市民を撃つことも可能である。ちょっとエグいシーンだ。だが、もともと大人向けに作られたゲームだ。プレイするもしないも自己責任。それで話が済む。
ところが、日本で発売するとなると事情が違う。日本では基本、ゲーム=子供向けと考えられている。するとどうなるか。
「――2人とも『GELO』って知ってるか?」
「そなたの朝食のことかしら?」
「ちげぇよ! 発想が気色わりぃよ! 俺様は牛か!? 反芻するのか!? 胃が四つあるのか!?」
「口角泡を飛ばしてしゃべるのは止めなさい。気色悪いわ」
「すいませんでした」
やり返された……。
「あー、私わかるよ。ゲームのパッケージにさ、『GELO A』とか『GELO B』とか、よく書いてあるよね」
「そうそれ。えーっと……簡単に言うと、GELOはゲーム会社がつくる業界団体だな。ゲームの中に出てくる、やばそうな表現とかを、『自主規制』って形で禁止してると」
ノートPCで検索してみる。「Game&Entertainment Labeling Organization」と表示された。
「さっきのゲームで言うとな。『非武装の一般人を撃つ』っていう表現だろ? あれがよろしくないってことで、日本版では削除されたんだな。……っつーか、一般人を撃ったらゲームオーバー、ていう仕様になっちまった」
「……それは、一種異様な話ではないの。ストーリーからすれば、一般市民を撃つのだと、プレイヤーが考えるのは明々白々でしょうに」
「そうだよな。なんかストーリー的に噛み合ってないよな。……まぁでも、ストーリーのほうを修正するのは面倒だったから、こうしたんじゃねぇの? プレイヤーからしたら、もうほんと意味不明だけどな。銃を撃つゲームなのに、撃ったらゲームオーバーって……で、それはともかくな。こういう『表現の自主規制』っつーのは、法律的にどうなの。ってのが、今日の議題だ」
団藤先輩を真ん中に、俺様と律花が椅子をそっち側に向ける。机の上にはパソコン。雑談でもするような距離感で、議論がはじまった。
ゲームのことを話題にしたのは、やっぱり、団藤先輩対策だ。
俺様と、先輩の間には、ゲーム――とくに、FPSという共通の趣味ができかかっている。今後もいっしょに対戦すれば、仲良くなることもあるだろう。
そのために、今は少しでも多く、ゲームのことを先輩と話したいのだ。
が。「法律的に」などと言ったけど、俺様はよく分からない。まずはシスターに丸投げだ。
「で律花さー。この場合って、なにか文句言えないの? 俺様的にはさ、やっぱ規制とかされないでゲームしたいんだけどな」
「うーん……問題になるのは……やっぱり表現の自由かなぁ。憲法21条1項だね」
律花が、太ももの上に置いたポータブル六法をぺらっとめくった。こら! スカート短いぞ! あれだけ短くて、パンツ見えないか心配だ。ちなみに、スカートまではめくっていない。
それにしても。こんな女子高生の太ももなみに分厚い本、とても携帯できるとは思えない。よしんば携帯できても、かばんが裂ける。命名したやつは何を考えてるのか? いっそダンベル六法とでも改名すればいい。筋トレに使えるなら、売り上げも上がるだろう。
「ゲームの制作会社っていうの? やりたい表現があっても、できないってことで……会社の表現の自由を侵害してる、かもしれないね」
「え、プレイヤー側は何も言えないの? 俺様の嘆きはどこにぶつければいいの?」
「言える可能性はあるでしょうね」
団藤先輩が言った。なんか、俺様の発言に食い込んでいる。「プレイヤー側は……」と言い終わったときには、もう言い始めていた。やたら気合入ってるな……。律花への対抗意識か?
先輩が、その綺麗な顔をずいっとこっちに近づけてくるのには参った。男子高校生に、この距離で、この整った顔はきつい……でも、貴重な機会だ。目に焼き付けておかないと。後で思い出して、いろいろ妄想しよ。
「表現を受ける側の権利というものがあるわ。……すなわち、『知る権利』ね」
「へー。憲法何条?」
「条文での記載はない。解釈上、認められているのみよ」
「そっか。じゃあGELOを訴えれば勝てるんだな!」
「勝てないわ」
「勝てないねー」
俺様はがっくりした。
「なんでだよー! 今の勝てる流れだったろ!」
「『知る権利』といっても、今回はただのゲーム上の表現にすぎない。そんなものに、大した価値は認めてもらえないでしょうね。政治的な表現など、価値の高いとされる表現ならまだしも……」
と、団藤先輩は首をふる。
「じゃあ、律花のほうはなんで?」
「うーん、あのね。私ゲームに詳しくないけど……GELOって、ゲーム制作会社が自分の意思で入るものだよね?」
「そうじゃね。あくまで、自主規制団体だからな。いやなら抜けれるだろうし」
「じゃあ、無理だよ。無理やり加入させられたとか、脱退したくてもできないとか、それなら別だけど……。自分の意思で加入して、その結果、規制を受けるんでしょ? なら、もうその会社の自己責任だもん。これじゃあ、訴えても勝てないと思うよ」
「ふーん……」
俺様にとっては、面白くない結論だった。
「……自己責任、ねぇ」
「そもそも。そのGELOという団体に、ゲーム会社が加入するのはなぜなのかしら。益のない団体ならば、そもそも加入する必要もない。そうなれば、自主規制されることもなくなると思うのだけれど」
律花も、その点が疑問だったのだろうか。2人の目線が俺様に集まった。
「んー。まぁ、ゲームってさ。日本だと、子どもの遊ぶもんだから。ちょっとグロとかエロな表現があると、子どもの親から苦情が来るみてぇなんだよな。自主規制してんのは、苦情への言い訳……ってことなんだろ。なんだかなぁー、遊ぶゲームくらいてめぇの自己責任で、ちゃんと選べって言いたいよなー。買った後で、文句言うなっつー話。こっちが……ゲーマーのほうが、いいとばっちりだぜ」
「ふぅむ……そういうことか。たかがゲームといえど……色々と、しがらみがあるものね。少々、勉強になったわ」
「おっ! 今の台詞、まとめとしてちょうどいいな! よし、そろそろ録画切るかな」
「「録画?」」
律花と団藤先輩がハモった。俺様は、カバンのところに隠していたビデオカメラを取り出した。
「実はさー、話し合うとこ録画してたんだ。なんか記録しとけば、使えるかもだろ? そうだなー……来年、もし新会員募集するとしたら、その勧誘ビデオとかさ」
「ちょっ! 無断で女子を撮影するとか! カメラ映りとか色々あるんだから、教えてくれなきゃ困るんだからねっ!? もうっ……この変態お兄ちゃん!」
「俺様はおたまじゃくしだったのか……」
「そっちの『変態』じゃない! 意味違う!」
カエルの子はカエル。……国語のテストには書いていい。が、生物のテストにはぜったい書いてはいけない。
「まぁ許せ。これも同好会のためだ。先輩もごめんな?」
「えぇ……妾はかまわないわよ」
「「えっ!?」」
俺様と律花がハモった。なにこの寛容さ。変なもの食べたのか? おたまじゃくしとか。
「……御覧なさい」
団藤先輩は、近くの机の引き出し内部を漁る。そしてビデオカメラを取り出した。赤い録画ランプが点いているのが、はっきりと分かる。
「えっ!? なんでっ、先輩も撮影してたのかよ!? もしかして……」
「そなたの想像する理由とは、違うでしょうけど」
「……もう、隠しどりするくらい、そんな欲求が抑えられないくらい、俺様にベタ惚れしちゃった……だと……!? はやい! もう恋に落ちたのか!」
「違うにも限度があるわっ! ……いいこと? そなたのような変態――これは、性的倒錯という意味のほうだけれど」
「倒錯とか言うなぁーっ! 俺様の、律花への愛は超プラトニックなんだぞ! まだ指一本触れてないんだぞっ!」
「そら言をっ! 『まだ』どころか、先日、手をつなぎ見つめ合っていたではないの! ……それに、人が話してるときに口を挟むのは、不埒者の所業よ。全く、そなたと過ごすと調子が狂う……あらためて、言い直しましょうか。そなたのような、獣欲を隠しもしない変態漢(へんたいかん)と、そもそも何の策もなしに同室できるはずがないでしょう」
獣欲って……オイオイ。何その、官能小説にしか載ってなさそうな単語。
「つーか『策』って、変な言い方だなぁ。あんたは軍師か? 戦国時代に生きてんのか?」
「……万が一の際、警察へ渡すための証拠ね。いいこと? これに懲りたら、公の場で異性と接触するのは避けなさい……分かっているのかしら? この、厚かましい一年が。 『自己責任』などとさんざん吹いておいて、手前のしたことの責任は……手前でとれるのでしょうね!」
「あいだだだだだだっ、分かった! 分かりました! 少なくとも先輩には手を出しまっ、はぐぅぅんっ!?」
ツッコミを無視されながら食らうアイアンクローは、涙の味がした。
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