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「現実逃避やめろ! あんたの戦術は間違ってる! これじゃ敵にミンチにされに行ってるようなもんじゃねーか。いい的だよ。サンドバッグだよ! ちょっと下れ。俺様と一緒に戦おうぜ? な? 戦争映画だって、兵士どうしで協力してただろ?」
『……ちっ』
舌打ちされてしまった。「ぼふっ」というノイズ音が痛い。耳に唾を吐きかけられたような怖気が走った。もうちょっと心穏やかにやろうぜ。これ、ゲームだよな……?
今のところ、団藤先輩は敵陣の奥深くで迷子になっている。とりあえず目の前の敵を倒すか。建物の二階に敵がいそうな気配がする。律花とともに、階段を駆け上った。
「んじゃ手前の部屋行って、そん次、廊下のチェックな」
「さー、イエッサー!」
「お前はほんとノリノリで素直だな。心が洗われるよ……」
2人で室内に突入。しかし敵の気配はない。つづいて部屋を出る。L字状の廊下を進むと、
\ドンッ!/
という音とともに、白煙が炸裂した。律花のノーパソを見たら、キャラクターが体を「V」みたいな形にして吹っ飛んでいた。なんだ、この体のグニャり具合は。まぁ、しょせんはコンピュータ上の物理演算による挙動だ。こんなヘンテコな姿勢になってしまうこともある。しかし、どこかシュールで笑いをさそう構図だった。
「きゃっ!? あーっ、やられたぁーっ!」
「くそ、指向性地雷(クレイモア)が置かれてたか……!」
敵が、あらかじめ罠を置いていたらしい。となれば……廊下の奥に、その敵がまだいるかも。
「うおおおぉぉぉ! シスターの仇ぃぃぃぃっ!」
俺様は、横っ飛びしながら、廊下の奥へ躍り出た。
敵がいるとすれば、今の爆音で俺様たちの存在に気づいただろう。廊下の奥で、芋虫みたいにひっこんでいるかも。銃の照準だって、こっちに向けているに違いない。ジャンプしたのは、その狙いをすこしでも避けるためだった。
案の定、敵がいた。角にしゃがみこんで、こっちを見ている! 俺様は突撃銃を発砲した。敵も撃ってくる。被弾エフェクトで、画面が真っ赤になる。が、こちらのほうが早い。いける! いけるぞ! 俺様は生きて、律花の仇をとってやる!
「あぁんもうっ、お兄ちゃんも一緒に死んでよぉっ! 私だけ死んじゃうのやだよ!」
重いっ! シスターの愛が重い!
高校生には重すぎる台詞!
「死ぬとか言うな、デスと言えデスと――ってオイィ!?」
画面上の敵に集中してた俺様に、背後から敵が襲いかかった。律花が、がばっと俺様に抱きついたのだ。キーボードも、マウスの操作もお留守になった。そのせいで、俺様がキルされてしまった。
「ちょぉっ、せっかく競り勝ってたのに何すんだよ!?」
「だから、お兄ちゃんって大好き!」
「死んだのはおめーのせいだよ!」
死んだことに対して礼を言われた! なぜか勝手に盛り上がってる律花は、体の盛り上がってる部分を俺様の背中に当てる。……すなわち、お腹である。そして「ぬふふふふっ」と変な笑いを上げていた。楽しかったなら結構だが。どうも、複雑な気分だ……。
俺様と律花は、リスポーン地点に復帰する。するとほぼ同時に、団藤先輩も復活した。どうせ、また殺られたのだろう。
『……愚か者ども。くだらない痴話喧嘩を聞かせないで』
「わりぃ。……よしっ、じゃあ先輩、こんどこそ一緒に行くぞ。あんただって、この試合で1キルもできなかったら悲しいだろ?」
『止むを得ない。承知したわ。そなた達を援護するとしよう』
その瞬間、団藤先輩はふたたびマップ中央に向けて突撃した。
……あれ? 『援護』って、おいてけぼりにするって意味だっけ?
「おい、けっきょくまたそれか! この嘘つき! 嘘つき先輩!」
『嘘も方便よ』
「嘘も放言の間違いだろ! あんたが死にまくるせいで敵チームめっちゃリードしてんじゃん!」
けっきょく、俺様たちのチームはボロ負けした。100vs53、ほぼダブルスコア。団藤先輩は、すばらしい戦果をあげた。
「キル 0 デス 52」
「死にすぎだ! こんな死屍累々みたことねぇ! これじゃファースト・パーソン・シューティング(First Person Shooting)じゃなくて挽き肉製造シューティング(Flesh Produce Shooting)だよ!」
『……妾の前では型枠(ジャンル)など無意味よ』
「普段は型枠(ルール)に厳しいくせに!」
『……騒々しい男ね。今回敗北したというのなら、次回殺戮すればいいだけのこと』
「そこは『勝利』って言うとこじゃねえのかよ!? 言葉が過剰だよ!」
『ふんっ。戦場の風と化した妾の姿を、よく瞠目して見ることね』
「むしろ獲物になってんじゃん! 戦場の菓子(おやつ)って感じだよ!」
参加プレイヤーは同じまま、新しい試合がはじまる。
さすがにあの戦績は堪えたか、先輩は大人しく俺様の近くで戦う。ただしプライドが許さないのか、微妙に先行していた。意味のないことを……。
ん? そういえば先輩に気をとられて、何か忘れているような。
「て、お前はいったい何をやってるんだ……律花」
『あーっ! もうっ、どこにいるか分かんなくなっちゃったよう!』
律花の特殊能力「方向感覚・ZERO」。その効果は、仮想のマップにも適用されるらしい。自分がどこにいるか、地図を見ても把握できないようだ。とりあえず目の前の道に突っ込んでいく。なまじ移動が迅速な分、なかなか敵に殺られない。さっきから、ずっと。イノシシのようなプレイスタイルだ。律花は西暦2000年生まれだから、いのしし年じゃねーけど。
そんなこんなで、先ほどよりはまだ平和な試合運びだった。結果は100vs72で負け。個人戦績画面を見たら、こんな感じだった。
nori_summer[LSC] キル 18 デス 8
!!!Rikkka!!![LSC] キル 3 デス 5
M_D[LSC] キル 0 デス 13
最初のが俺様、そして律花、団藤先輩という順である。
「団藤先輩、またキル0か」
「ふーん……先輩って、こういう遊びは苦手みたいですねー? まぁ遊びって、心の余裕がある人じゃないとできませんもんね~?」
『ぐっ……ぐぬぬっ……言わせておけば……!』
「うーん、デスは減ってるけど……1キルもできないってのは、やっぱ照準がうまくいってねぇのかな。まぁでも、先輩ってビデオゲーム自体ほとんどはじめてだよな?」
『……ええ』
「じゃあしょうがねぇよ。でもまぁ、1試合目よりは楽しかったんじゃねえか?」
『そうね……勝利に近づいてはいるかしら』
「だから、勝利とか敗北とか……M_Dさんほんと神的(かみてき)に負けず嫌いな人だな!」
けっきょく、判断基準は勝敗なのか……。
なお、名前のよこについてる[LSC]ってのは、俺様たち三人のクランタグ。いちおう、法律研究会(Legal Studying Club, LSC)ってつもりである。
律花のアカウント名が「Rikka」でなく「Rikkka」になってるのはご愛嬌だ。名前を打ち込む時にクシャミでもしたんだろう。
「ていうか私! いちばんデス少ないじゃんっ、すごくない?」
「走り回ってたから、敵との接触が少なかっただけだろ……じゃ、次の試合いくか」
『待ちなさい。我妻法人』
「え?」
はじめて名前呼ばれた。でもフルネームって、どうなの。どうせなら「法人くん♪」とか、男に媚びまくった声で言ってくれよ。
『妾と付き合いなさい』
それはもちろん、誰もが知っていた通り、男女交際の申し込みではなかった。
律花は観戦モード。フィールド上にいるのは、俺様と団藤先輩だけ。今度は味方どうしではなく、敵対モードである。
「ほんとにやんのか……? いっとくが、このゲームは経験の差が全てだぞ? 初心者が勝てるほど甘くは……あ、接待プレイしたほうがいい?」
『戯言を、下郎っ! 本気で臨まなければ殺すわよ!』
「殺す(キル)っていう意味だよな!? そうだと言ってくれ!」
タイマンバトルの挑戦。それが団藤先輩から突きつけられた言葉の正体だった。
戦闘開始。フィールドをぶらつき、先輩を見つけた瞬間発砲する。その繰り返し。やっぱり、死んでは突っ込み、死んでは突っ込んでくる。これじゃ、そのつどキルするのも大変だ。挽き肉工場に感謝。
……でもこの人、せめて1キルはさせないと後でブチギレそうだ。ちょっとだけ接待しよう。鉢合わせしたところで、先輩をまだ見つけてないフリをする。俺様は棒立ち。さすがに、これならキルできるだろう。
ババババババ! 俺様のはるか頭上を、弾丸が華麗に駆け抜けていった。
「どこ狙ってんだよ先輩! 宇宙開発でもしてんのか!? 人工衛星でも飛ばす気か!?」
『……いっ、今の妾はRU(ロシア)側だもの。何だったかしら……スプートニク? を再現しただけよ』
「言い訳が苦しすぎる! ていうか、それを作ったときはロシアじゃなくてソ連だ!」
世界史が苦手らしかった。……混乱してただけかもだが。
そして俺様は、先輩に1キルとらせるのに20秒ほど棒立ちにならなければいけなかった。もう何も言うまい。
その後も、先輩は元気に俺様につっこむ。つっこみ、つっこみ、ときどき自分の投げた手榴弾で爆死したりしていた。戦績は22vs1。俺様の圧勝だった。
『ふん……初心者である妾に一矢報いられるとは。存外、口ほどではないようね』
「あぁ、そうだな。参ったよ」
「お兄ちゃん、真顔! 真顔になってる!」
こうして、美人な先輩との果たし愛は終わりを告げた。
そのあと数時間遊んだ。そろそろ夜11時ごろになっている。
「いやー、いっぱい遊んだな。そろそろお開きにするか」
「そうだねー。あ、私ミルクあっためてくるよ」
俺様の部屋から律花が出て行った。回線のつながっている、団藤先輩へ話しかける。
「どうだ先輩? 感想は」
『……妾としたことが。深夜まで、このような生産性のない遊戯に熱中するとはね』
「お、おぉ……なんか声変だなっ。疲れたか?」
マイク越しの声だ。そのことを差し引いても、先輩の声はかなり低く聞こえた。徹夜明けの大学生みたいだ。
『えぇ。少し。……けれど痛快なものね。あのように銃を撃ちまくるというのは』
「けっきょく、キルできたのはあの一回だけだったけどな」
『……黙るがいい』
言葉の中身に反して、その口調は厳しくはなかった。むしろ自嘲ぎみだった。この先輩が、間接的とはいえ自分の負けを認めるなんて……めずらしい。
『狙いをつけるだけでも骨が折れたが……敵の動き、地図上の位置、気を配るべき事柄が多い。ルールは単純明快だけれど、奥が深いわ。勉強より、頭が疲れたかもしれない』
「ははは。そうだなー、まぁ最初はな。慣れれば、あんまり意識しなくてもいけるんだけど。でもゲームとか全然やったことなかったんだろ? そのわりに動きはよかったよ……」
照準がへちょすぎる以外はな。
『妾は元来、頭脳明晰ゆえ、大抵のことははじめからできるのよ。これも、三日もやればすぐさま極めてしまうでしょうね。このゲームのプレーヤー全員、二度と妾の前に立てないように、本能的な恐怖をその脳髄の最奥に植えつけてやるわ』
「お前のせいでプレーヤー人口ゼロになっちゃうよ!? 俺様も対戦できなくなるだろうが! しかし……三日か。それって、72時間プレイしたらってこと?」
『そういう意味ではないわ……そのような時の数え方、そなたはゲームのし過ぎではないのかしら? 学生の本分をきちんと自覚なさい、この落伍者が』
「まだ入学したばっかりだ。赤点も留年もしてねぇよ……ま、まぁ、とりあえず楽しそうだったし? 誘ってよかったよ。じゃ、今日はさっさと寝るんだな。腹出して寝るなよ?」
『愚にもつかないことを。妾はもう童子ではないわ。それに、そなたは妾のお母さまでもない』
「あーそうですかぃ。でもあんたが学校休んだら、こっちが困るんだよ。最近、急に美人の会員が一人増えてな。なんかもう、いないと落ち着かないんだよ。俺様は……まぁ基本、女子が好きだからな」
『!? この、頓珍漢な……』
団藤先輩は、急に言葉を詰まらせた。あぁ、やっぱり流れるように口説き文句を吐いてしまう。きっと俺様は口から先に生まれてきたのだろう。
「んじゃおやすみ。スイカップ切るぞ?」
『ええ。……そなたこそ、深夜まで起きていたからと言って、遅刻などしてはならないわよ。学生としてのけじめはきちんとつけなさい。……では、おやすみなさい』
ぽにょんっ、という効果音ともに通話が途切れる。
うん、今日は成功だったな。しかしまだ終わらない。明日も、俺様には計画があるのだ。
《2016年4月23日 土曜日》
放課後の部室。今日も今日とて、三名の会員が集まっていた。
団藤先輩のすぐ両隣に、俺様と律花が座る。少々、アットホームな空気だ。が先輩は、ちょっと居心地悪そうにしている。まぁ、まだ知り合ってまもないもんな。けっこう距離が近いし……制服と制服が、微妙に触れ合っていた。俺様一人でやったら、ぶっ飛ばされてたかもしれない。けど何も言ってこなかった。女子の律花もいるので、嫌悪感が相対化してるようだ。
それにしても、団藤先輩の髪、近くで見ると超キレーである。手入れに相当気をつかってるらしい。漆黒のツヤッツヤが、目から離れない。なんか花っぽい香りもするし。
さ、触ってみたい……。思いっきり、犬みてーにくんくん嗅いでみたい……!
震えながら手を伸ばす。が触れる寸前、バチン! と弾かれる。律花が、口を「3」みたいな形にして、怒りの表情を向けていた。無言で、すんませんでした! と謝っておく。これは、もうちょっと仲良くなってからのイベントだったか……。
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