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「えぇ……」
あの人、知り合いへの挨拶の仕方とか、そもそも知らないのか? 頭大丈夫かよ。
そのとき、ゴンッ! というけっこうでかい音がした。
「ぎゃんっ!?」
団藤先輩、前をよく見てなかったのだろうか。柱にぶつかっていた。頭大丈夫かよ!
「ちょっ、ちょっ、おい平気か? 先輩?!」
先輩はちょっと腰がひけて、壁に手をついていた。かろうじて、立ってはいる。ひたいを押さえ、涙目になっていた。もう、顔の造作がいいので、泣いても何しても絵になる。守ってあげたい感じである。なんか、もうずっと泣いてて欲しい。まさに絶世の美女だ。
「挨拶で妾を油断させるとは……謀ったわね。生命をもって、償いなさい」
「絶生(ぜっせい)の美女かお前は! 俺様は、見かけたから声かけただけだ! ……って、おい! おデコすごいことになってんぞ!? 保健室行くぞ、保健室」
先輩の手をひたいからひっぺがす。するとそこは、真っ赤に膨れていた。たんこぶだ。
「この程度……そなたの助けなど……!」
「いやいやっ、外から見て分かるレベルで膨れてるぞ!? ご託はいいから来い!」
「ッ!?」
先輩の手を握って無理やり引っぱる。うわー、指先細くてやわらけー! でも正直、あんまり下心とかなかった。ただ、応急処置しないと! と、夢中だった。
まだヘブン状態のままだった律花を回収し、保健室へ向かう。幸か不幸か保険の先生は席を外していた。とりあえず先輩を椅子に座らせ、冷蔵庫を漁る。
「熱冷ましシールあったから貼っとけ。ってか俺様が貼るわ」
おあつらえ向きに、先輩のおでこには髪がかかってない。ぺたっと貼ろうとして、手を伸ばす。が、ブロックされた。貼ろうとして、ブロック。貼ろうとして、ブロック。ばしばしばしばしばしっ! カンフー映画か。
「お兄ちゃん、何先輩とイチャついてるのー! もう!」
「え? いや……別に、そんな発想はなかったわ」
「!? だ、誰がこのような男と……っ!」
団藤先輩は、色白の頬を紅く染めていた。さっき、痛くて目にたまっていた涙を、拭きもしないままでキレている。隙有り! 俺様は、先輩のおでこにシールを貼り付けた。先輩は、「しまった!」という顔をした。
「おい、先輩涙出てんじゃん。何事かと思われるから、拭いたほうがいいぞ」
俺様は、ハンカチで先輩のまぶたにそっと触れる。
「ちょ、ちょっと……!?」
「動くな! 目に入ったら危ない」
拭かれている最中、先輩は目をつぶった。ぶるぶると、怒りか何かに身体が震えている。てか、これ……よく考えたらキス顔じゃん。近くで見ても、先輩の肌や、顔の設計に、粗みたいなものは見当たらない。この世のものとは思えない神々しさだ。やべー、超チューしてぇ! 性格がよければ……いや、せめて黙ってれば、相当モテモテだろうに。本当に残念だ。
律花が嫉妬で歯をぎりぎり言わせている。シスターには悪いが、先輩の透き通るような顔を見ていたい。つい、長々ともったいぶって涙を拭いてしまった。
「――じゃあ先輩。しばらくは安静にしとけよ? あとこれからも挨拶するけど、もう俺様に見惚れてぶつかったりするなよな!」
「……冗談の上手いこと。褒美に、そなたの顔面にもこぶを分けてやろうかしら?」
「そっ……その綺麗なお手手をこぶにするのは止めて下さいお願いします!」
「……まぁ、今回の態度。殿方が女性に対するものとしては、かろうじて及第点だった。褒めてあげるわ。けれど……くれぐれも調子に乗らないことね」
団藤先輩は、陰湿な瞳で俺様をにらむ。そして保健室を出ていった。うぅん、これは……結果オーライ、かな?
《2016年4月21日 木曜日》
そして。その日も、先輩を見かけたら挨拶した。が、ダメだった。団藤先輩は、ちょっとふりむくていど。声さえ出してくれなかった。やれやれ……。
今日は、部室に会員三名がそろっている。
ふっ。俺様が、諦めるわけがない。今日は別の手で仲良くなってやる……!
「なー先輩。あんたってさ。戦争ものの映画とか好きそうだよな」
「……何を言う」
団藤先輩の目が剣呑に光った。
「いやいや、違う! バカにしたんじゃない! この人女の子っぽくねぇなとか思ってない! ……ほら、なんかいっつも戦闘的っつーの? 白黒つけるというか、勝敗つけたがってる感じじゃん。だからそういうの好きなんかなって。どうなん?」
「……ふん」
またそれか。
この先輩、挨拶さえしないくらいだ。こういう世間話も、してくれるか怪しいと思う。
だから、俺様は相手のステージに乗り込んでいくことにした。
話しながら、先輩の目をじっと見つめる。目が合い続ける。にらめっこの「勝負」とでも思ったのか、先輩は目をそらさなかった。なんだかいまにも包丁とか突き刺されそうな目つきで、怖いよ……。
でも目が合ってたら、話さないわけにもいかない。やがて、根をあげたのだろうか。彼女はぽつぽつ話し出した。
「……そもそも、映画などという下等な娯楽は好まない。が……テレビで放送されているものを、見たことはあるわね」
「へー。どんなん?」
「表題は失念したわ。物語も、よく覚えていない。でも、確か……密林の中を、兵士達が助け合いながら進んで行った。地雷や、狙撃で、大部分が戦死するが、ついに基地へたどりつく……というものだったかしら」
「けっこうハードな中身だなぁ。面白かったのか?」
「そうね……共に死地を乗り越えようという友情。戦友を生かすための決死のあがき……ああいったものには、少々共鳴を覚えなくもないわ」
芸術品のような顔に、うっすら笑みが浮んだ。
共感したってことは、先輩にとって学校は「戦場」なのだろうか? すごい世界観だ。じっとみつめながら言われると、遠まわしに「お前が死ね」と言われてるような気になってくる。
しかし、それなりに反応がよかった。ダメ元のつもりだったのだが……。
「で、先輩さ。そーいう、戦友と協力! みたいなゲームがあるんだけど。よかったらやってみないか?」
《2016年4月22日 金曜日》
「よう先輩。聞こえるか?」
『……えぇ』
「私の声はー? 聞こえますー?」
『……うるさいくらいよ』
ヘッドセット越しに、団藤先輩の声が聞こえた。今、パソコンの「スイカップ」という通話ソフトで話している。俺様、律花、団藤先輩、ひとりひとりの声が全員に届いていた。
これから、みんなでゲームをするのだ。
やるのは「Coat of Dirty(略してCoD)」というFPS。そのネット対戦である。プレイヤー全員が、フィールド内を銃をかついで走りまわる。そして、敵チームを見つけたらすかさず撃ち込む。もし倒されても、ちょっとしたらすぐ復活(リスポーン)する。こうして延々と戦い続け、先に一定のポイント先取したほうが勝ち――という、単純なルールだ。
銃で撃ち殺す(キル)。というと、物騒なイメージもある。
が、このゲームは血の表現がほとんどない。撃たれたら、ぶっ倒れるだけである。そもそもプレイ中は、画面を追うのと、手を動かすので忙しい。しょせんは、手先の器用さや反射神経、判断力を競ってるだけのゲームだ。バーチャルの兵士が戦死するのに、いちいち哀悼の意を表する必要もない。
登場するキャラクターは、すべて実在の人間(プレイヤー)が操っている。ネット回線を通じて、プレイヤーが試合へと、自動的にマッチングされるシステムだ。
俺様たち三人は今、パーティを組んでいる。みんな、「US」というチームのほうに組み入れられていた。戦争ゲームという設定上、アメリカ合衆国(United States)という意味なのだと思う。ちなみに相手チームはRU(Russia、ロシア)。
やってる理由は単純だ。ただただ、団藤先輩と一緒に遊びたいだけ。
『このような遊戯、妾にはやはり……』
「何いまさら渋ってるんだ? けっこうノリよかったじゃんか」
木曜日に勧めたら、案の定、団藤先輩は渋った。しかし家に帰ってメールで聞いてみたら、パソコンでソフトを購入し、ちらほら練習しているというからびっくりした。
このゲームは、家庭用ゲーム機でも出ている。が先輩はゲーム機なんか持っていない。だから、パソコン版でやっている。ちなみに律花は、ノートパソコンを俺様の部屋にもってきている。脇の机でプレイしていた。ノートパソコンというとスペックが低いのだが……ぎりぎり、このゲームは動くようだ。
「それとも何か? 対人戦はじめてだからビビっちゃってんの? でも最初は、ボコボコにやられるのが普通だからな。別に心配しなくてもいいぜ。俺様がカバーしてやるよ」
対戦相手は、だいたい同じくらいの腕前のプレイヤーが選ばれる。律花も、先輩も、初心者ランク。そのためか、相手も同じくらい弱そうだ。大した心配は要らない。
『馬鹿な! 妾が怯えるなどと……! たとえ遊戯であろうが、勝負は全霊を上げて取り組むのが作法でしょう。そなたの力添えなど邪魔なだけよ。妾一人で敵を掃滅してやるわ』
すごい気合だ。体が武器でできてるような女である。
「いや、さすがに無理じゃねーか……それは。最初は立ち回りもわかんないだろうし。上級者の……ってか、俺様の後ろについてきたほうがいいぞ?」
『何が無理か。そのような惰弱な想念でいるから、道理が無理にとって変わられるのよ』
「いやいや、ブラック企業の社長みたいなこと言わないでくれ! これゲームだぞ? 遊びだぞ? 勝っても負けても……まぁ、よっぽど変な展開にでもならなきゃ、楽しいよ。俺様はな、先輩が戦争系好きそうなのと、あと、先輩といっしょに楽しみたいから誘っただけなんだよ。だからもっと肩の力抜いてくれよな」
『……』
ざーっ、というマイクの雑音だけになった。急に黙ったのがおかしいのか、律花がぷっと吹き出している。
「お、そろそろ始まるな」
カウントダウンがゼロになった。試合がはじまる。
「よし、行くぞ!俺様についてきてくれ。敵見たら、よく狙って撃ってくれよな」
あれだけ自信満々なのだ。団藤先輩のお手並み拝見、といくか。
と、いきなり「バババババ!」という発砲音がした。見れば、団藤先輩の操る兵士が、高速で回転踊りをしていた。そして、突撃銃(アサルトライフル)の銃弾を無意味に消費している。
……何やってんだ。
『ぐっ!? ……きっ、キーボードが、はまり込んで……うぅっ!』
「ぶふぅっ!」
思わず吹き出してしまった。あの、あの団藤先輩が慌ててる!
律花が、さらに追い討ちをかける。
「くふふっ! あんなにすごい事言ってたのに、いきなりキリキリ舞いって……面白いですねっ、あはははははははははっ!」
「やめろっ! 笑かすなっ、先輩めっちゃ負けず嫌いなんだから……ぐぐ、ふっ……ふははははははははっ、はっはっはっはっはっは!」
『!……す、好きに嘲弄するがいい。妾の本気は、これからよ!』
俺様は、気持ちゆっくりめに進む。敵を見つけ次第、発砲していく。
律花は、このゲームをたまに一緒にプレイする。そのため、照準の定め方――いわゆるエイム力はそこそこあるようだ。現実世界のように、俺様にぴったりくっついて行動。キルしたり、キルされたり、まぁ半々といったところか。
「で、先輩はさっきから何やってんだ」
『申しつけたでしょう。妾は単独でかまわないと!』
「いやさっきからひとりで死に(デス)まくってんじゃねーか!」
団藤先輩は、俺様の忠告をガン無視した。スポーンした瞬間、一切の迷いなく敵陣に突撃。味方の位置など、まったく気にしない。敵がまとまっているところにむやみにつっこんでいくので、あっというまに蜂の巣にされていた。キルログに、団藤先輩の死亡が常時流れているような状態だ。まさに神風特攻である。戦い方まで和風とは。
「ちょっと、特攻プレイとか止めろよ! これそういうゲームじゃねーから」
『無礼な! 妾が……妾が、一番……!』
一番強い! とでも言いたいのだろうか。能力がないのに自信だけはたっぷり。少年漫画の主人公みたいなやつである。ほんとかよ? と戦績画面を確認してみた。団藤先輩の戦績はこんな感じだった。
「キル 0 デス 17」
危うく、椅子に座ってるのにすっ転ぶところだった。ヘッドセットのマイクにむけて怒鳴る。
「おいっ、なんだよこのやられっぷり! 1キルもしてねーじゃんか、もはや特攻ですらねぇっ……! 別に下手なのはいいけど、もう少し落ち着いてやれよ!」
『妾が下手なわけがないっ! きゃつらをひねりつぶすのは、この妾よ!』
俺様の先輩がこんなに下手くそなわけがないっ! ……いや下手くそだよ。
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