第2章 妹と純和風凶暴女

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 2 《2016年4月19日 火曜日》

 「誰もこねーなー」

 「来ないねー……」

 放課後。俺様・我妻法人とシスター・我妻律花は、部室の椅子にだらーっとだらけて座っていた。手をつないでいる。さっきから、体がずり落ちるに任せてる。もはや背中で座ってるみたいな状態。入水して心中でもしそうな絵面である。まだ死ねねぇ。童貞なのに。それ以前に、シスター以外、仲良くなった女の子たぶんひとりもいない。なのに溺死って。

 こう弱気になるのも無理はない。同好会の設立から、しばらく経った。なのに新入会員がひとりもやってこなかった。こうして、ふたり部室で腐っているだけだった。

 「『部と会を間違って入ってくる奴ねらい』だの、『部のほうに入れないシャイな1、2年ねらい』だの……得意になってたのがバカに思えてくるな」

 「ま、こーいう時もあるよー。最悪、誰も来なかったらさ。私とお兄ちゃんで、ずっとチョメチョメして遊ぼ?」

 「『イチャイチャ』って言いたいのか……? 言葉はちゃんと使えよ。お前弁護士目指してんだろ?」

 「弁護士なんて余裕でなれるし、大丈夫だよー」

 と、気だるげに言う律花。俺様を超える自信家だった。血は争えないな……。

 バリバリ髪を掻きむしりながら、律花は手鏡を出した。頭をくるくる回して、身だしなみチェックしている。女の子としての自覚があるのかないのか、よく分からなかった。

 あまりにヒマなので、律花とイチャコラして遊ぶことにした。しょせん、思春期の高校生のしたいことなど、それくらいしかないのだ。言い訳は無用だ。

 俺様たちは、どちらからともなく両手を恋人つなぎにする。そして、真正面から向き合った。お互いの瞳をのぞきこむ。にらめっこならぬ、見つめっこである。

 勝負がはじまった。

 基本、恥ずかしくなって目を逸らしたほうが負けだ。いつも一緒にいるふたご同士とはいえ、そこは男女。まじまじ見詰め合っていれば、すぐ恥ずかしくなってしまう。したがって、心を無にするのが勝利の秘訣。考えるな……何も考えるな……!

 「ぷっ。お兄ちゃん、ほっぺたがぷるぷるしてる。おもしろーい……血のつながってる妹に見られて、恥ずかしがっちゃってるの? そんなに私が好きなの?」

 「んんっ……くっ……!? お前なんか好きじゃねぇっ! ……だいだい大好きだっ!」

 これは効いたかな? と思いきや。律花は、もっとニヤニヤするだけだった。

 「大好きないも~とに見られて、恥ずかしいねー。うりうり! もう目ぇそらしちゃえば?」

 律花は、手をムニムニしてくる。精神攻撃やめろ! レッドカードだレッドカード。それにしても本当に、綺麗に整った顔だ。吸い込まれそうになる……はっ!?

 「もー、必死に頑張っちゃってー。かわいいなぁお兄ちゃんは。じゃーあ、私を見てくれる間は『ご褒美』あげちゃおっと」

 「な、なに……!?」

 すると律花は、眉をななめに落とす。演技かどうか分からなくなるくらい、切ない顔で、しかし甘えた声で、

 「お兄ちゃん……私も好き。好き、好き、好きー! ……ちょー好き! まじで大好きー。好き好き! もうっ、好き、好き好きっ! 責任とってね? だーい好き! だい好きっ! 好きだよ? 愛してるよ? 好きなの。大好きー! 好きだよ! 見て、好きっ! お兄ちゃん!」

 「フッ……ふ、ふ、フゴゴっ!?」

 喀血でもしたかのように、咳がもれた。

 なんだ、こいつ!? いつの間に、こんな、男心をそそる顔を。こんな誘惑的で魅惑的で蠱惑的な声を、覚えたっていうんだ……!?  

 「ねぇー。嬉しい? お兄ちゃん。お兄ちゃんっ。お兄ちゃん? お兄ちゃん……お兄ちゃん! お・に・い・ちゃん! お兄ちゃん? お兄ちゃん。お兄ちゃんっ! 律花だよ! お兄ちゃん!? オニーチャン! お兄ちゃん? おにーいちゃん! お兄ちゃんっ!」

 目をみつめられる。ずっと一緒に育ってきたシスターから、ストレートな好意を告白される――どこの世に、これほど幸せなことがあるか。自分の全存在を、肯定されたかのよう。たとえ欝病ですら、瞬時に全快させるほどの幸せビームだ。生きててよかった~、と頭がフットーしてくる。

 ……や、やばい。完全に、律花の掌の上で踊らされてる。たかが、目を見つめるだけなのに! いつのまにか、ナイアガラで滝行する並みの、地獄難易度になってる!?

 「俺様は負けられないんだっ……だって、負けたら俺様のほうがひどいシスコンってバレちまう……!」 

 「お兄ちゃん、何十回もやって全部負けたじゃん……そんなのとっくにバレてるよ。ていうか、男の子はこういうの弱いんだからさ。もう楽になっちゃいなよ……ほらほら」

 むにむに。また手のひらマッサージされた。考えるな! 無視しろ! 俺様は勝てる! ぜったい! 律花のくちびるかわいい! 目はくりくりしてるし! こいつほんと美少女だな! ……あ、これダメなやつだ。

 がたん、という音がする。

 が、物音がしたからといって、目をそらしては負けだ。大地震が来ても見つめ続ける覚悟がなければ! ヒュ~ッ、カッコイイなぁ俺様。

「どっどうせ、お前が超かわいいのは分かりきってるからな! もう慣れたわ!」

「なっ……慣れたとか! ひどい! 慣れちゃだめだよ! いつもかわいいって思ってよ! 褒めてよ! 毎日リップとか、アイメイクとか変えてるでしょ!? しかも今日のリップ、新品おろしたてなんだよ!?」

 「新品と使いかけの区別なんてできるかドアホウ! お前だって、FPSとTPSの区別とか分からんだろ!」

 なぜだか口げんかになっていた。仲良くするための見つめっこなのに……。

 「……そなたたち。いったい何をしているの」

 あれ?

 俺様でもない。律花でもない。別の人間がすぐ横に立っていた。いつの間に?

 見た瞬間、俺様の背筋が凍る。あまりにも、そいつが壮絶な美貌を持っていたからだ。

 こちらを射抜くようなするどい目つき。真一文字に、ぎゅっとむすんだ口。

 長い直毛が、墨汁を垂らしたように背中へとかかっている。毛先は綺麗にそろっていた。いわゆる姫カットというのか?

 しかし、今風のそれとはちょっと違う。おでこには、髪がほぼかかってない。姫は姫でも、平安貴族の髪型をガチで再現したみたいな感じだ。

 ……かぐや姫っぽい? でも、そんな生易しい感じではない。むしろ雪女ってとこか。

 吹雪をぶつけるような冷え切った声で、そいつは言った。

 「何事か、と尋ねたのよ」

 「え、や、あの~っ。俺様は……」

 し、シスターとイチャラブしてるとこを見られた! まぁ見られたって恥ずかしくはないんだが。

 しかしこの、なんとか絵巻から出てきたような女。ひょっとして、同好会の入会希望者じゃないか? ならやばいぞ。せっかく来てくれたのに。

 言い訳しようと、そいつのほうへ歩く。が、あんよがお留守だったらしい。俺様は派手にずっこけた。そして、その女を押し倒してしまう。

 「いってー! す、すまん……転んじまった! ……あ?」

 気づけば、俺様はそいつの胸を触っていた。

 あれ? でもこれほんとに胸か……? なんか、俺様じしんの胸と、ほとんど変わんない。思いっきり平坦なんだが。一瞬、胸じゃなくて背中かと思っちまった。手のひらに少し力をこめる。やっぱり、骨の上にわずかな皮が乗ってる感触しかない。

 「いやっ……!」

 そしたら、そいつの雪原のような頬が、みるみるうちに真っ赤になった。

 「あれ? ……あの、あんたって男だったりする?」

 「……このっ、痴れ者がっ!」

 バチィンッ! と、俺様の頬がひっぱたかれた。

 すげぇ衝撃。気が遠くなりそう。っていうか俺様、また見つめっこ負けてるじゃん……。


 「……告訴するわ。警察へ」

 「それだけは勘弁してくれっ! ていうか男かと思っただけだ、故意はない!」

 「なお悪いわっ!」

 その男、じゃなくて女は、キレながら椅子に腰かけていた。腕を組み、そっぽをむく。

 「もうっ! 私から目をそらして……それで、他の女に緊張して転ぶなんて……もう!」

 なぜか、律花もキレていた。お前、目そらしちゃえって自分で言ってただろ?

 ……まぁいいや。こう怒ってしまったら、どっちもすぐには静まらないだろう。とてもつきあってられん。こっちはこっちで、話を進めさせてもらう。

 「あのー、あんた。ここ、法律研究会だけど。入会希望か?」

 「……その通り。妾(わらわ)は団藤(だんどう)みやび。当高校の3年2組所属。出席番号は12番。他の部活動、委員会には所属していない。法律関連の問題について、議論することに興味がある。それから……女よ」

 ツンと鼻をあげる。そして団藤みやびは、俺様を片目でにらんだ。日本人形ににらまれたみたいだった。今夜、トイレに行けなくなるだろうが!

 「あ、あぁ、そう。歓迎するよ……で、あんた、団藤先輩。なんで『わらわ』とか意味不明なこと言ってんの? 時代劇の練習? 大河ドラマでも出てんの?」

 「失礼千万な男だこと。……この口調は、母方のお祖母様直伝のもの。と、言っても、妾が自ら猿真似をしただけだ。この時代に、古めかしい語を強要するほど、お祖母様は狭量ではないの……ともかく、そなたが気にかけることではないわ」

 「へー……そっか。まぁ、意味はわかんねーけど。なんとなく、響きは綺麗だし、いいんじゃねーの?」

 などと、心にもない褒め言葉を発してみた。したら、団藤先輩は意外にも、顔をそらし黙ってしまった。やったぜ。俺様にはナンパの才能があったのか……。律花以外の女の子と、あんましゃべったことないから気づかなかった。

 この先輩、美人なのはいいんだが。でも、3年か……。なんだろう、この威圧感。圧倒される。ひれ伏さないといけないような気がしてしまう。俺様とか言っちゃってる、この俺様でさえも。

 ハーレムに入ってくれるだろうか?

 ……まぁ、まずムリだろう。最初はまず友達……いや、知人になることから始めるしかないな。とても、自分から話してくれるタイプではない。こっちから話をふってみるか。

 「えっとだな。俺様は我妻法人だ。会長だ。といっても会員は一人しかいない。始めたばっかだからな」

 「そのようね。先日、初に掲示板のビラを拝見したから。今までは、なかったのに」

 「うん。で、こっちは唯一の会員の、我妻律花だ。苗字同じだから分かると思うけど、兄妹、てかふたごだ」

 スネてる感じの律花へ、手を指す。

 「……」

 「……ふん」

 おい、お前ら。なんか意味のあることをしゃべれよ。ここは、キャピキャピ自己紹介する流れだろ。発声器官ないの? チンパンジーなの? 俺様よりコミュ障ってやばいからな。

 なんか俺様だけ必死なのが、悲しくなってきた。まぁ美人どうしで気が合わないのかもしれんが。

 「来てくれたのは嬉しいけどさ。団藤先輩、あんた3年だよな? なんで法律研究『部』のほうにいかなかったんだ? こっち、2人しかいねーのに。あっちは20人だぜ?」

 3年で、法律に興味がある。だったら、部のほうに行ってないほうがおかしい。しかし、団藤先輩は沈黙した。答えてくれないのはまだいい。その後なんにも言わないから困る。俺様は自分で聞いて、自分でフォローしなければいけなかった。つらい。

 「ま、まぁ別に知りたいわけじゃないからいいけど」

 「……」

 「え、えっと……いや、今日って天気いいよな。うん」

 生まれたばかりの会話が、はやくも墓場へ行っていた。しかも、今日曇りだし。

 「無駄話は不要よ。説明をいただきたいわね。この、同好会の活動の」

 俺様は、会の活動内容を簡単に説明した。

 「どうだ? まだ2人だけど、いちおう真面目にやってんだぜ。なぁ、入るだろ?」

 「……男女が部屋に2人きりで睦み合っている事の、どこが真面目なのかしら」

 「いやぁ……はは……親睦を深める的な、アレだよ」

 「どれよ。……そなたのような軽薄な男と、あのような児戯をするのは御免よ。汚らわしいっ……!」

 「っていうかあれはさ! 誰もこねーからシスターと暇つぶししてただけだし! あんたには、あんなことやれとか絶対言わねーから!」

 いつかはやりたいけど。……いかん。そんなとこ、想像さえできない。

 「妾の体に、あれほど露骨に触れておいて? 有象無象に触らせたことなど、決してないというのに……信用できないわ」

 「いやいやいやっ、絶対しない!」

 「証拠でもあるというの?」

 「あるぞ! いいか、俺様はシスコンだ! シスターにしか興味が持てない変態なんだよ! 嘘だと思うなら、1年1組に行って、いますぐ俺様の名前出して来い! みんなすぐ答えてくれるぜ。『あぁ、あの、いつも妹とベタベタしてる気持ち悪いやつか』ってな!」

 「……」

 団藤先輩はまた黙った。しかし、今までとは別種の沈黙。心底あきれた、と言う風に目を見開き、口が半開きだった。律花は律花で、「アチャ~」って感じに首をふっている。こころなしか嬉しそうにしてるお前だって、末期のブラコンだろ。死んだら、来世は結婚しような。

 「……国民審査、について議論したのか。このように、きちんと話ができるのなら、入会するのもやぶさかでないわ」

 「おい! 人が言ったことに対して、なんかコメントしろよ! お前は別次元に生きてんのかよ!」

 「に……日本列島は、兄と妹の交わりから生み落とされたと伝承されている。あながち、全否定もできないのではないかしら」

 「き、気を遣われた!? あんたに気ぃ遣われるって、笑われるよりショックだよ……」

 話してて分かったが、こいつは相当な毒舌かつ自信家である。俺様に勝るとも劣らない。

 「そなたが言えと言ったのだろうに。わがままな男ね。磔刑のほうがまだマシと思うまで、罵倒しいじめ抜いてやっても、妾はかまわないのよ」

 「す、すまん……」

 い、「いじめ抜く」って。ひどい。泣き出さなかった俺様を褒めて欲しい。こんなつらい会話は、記憶の限りはじめてだ。あとで律花に頭撫でてもらおっと。

 いちおう、弁解が功を奏したようだ。団藤先輩は入会届けにサインした。晴れて、三人目のメンバーである。ゆくゆくは、俺様へデレッデレになるまで惚れさせてやろう。覚悟しろ。

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