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 肉食系女(子)のくせに、なかなか鋭い指摘だった。

 「そりゃ、そうだ。だからその日の議題を出したやつが、いちおう下調べはしてもらうってことで。ただ、延々ひとりで発表してもな。するほうは緊張するし。聞いてるほうは眠くなるだけだし、つまんないだろ? だから――」

 俺様は、ノートPCをちょっと離した。両隣に座ってる律花と穂積先生に、見えるようにする。画面には、簡単な基礎知識がテキストファイルにまとめてあった。俺様ひとりで調べたわけではない。知識豊富な律花に、アドバイスしてもらった。あとは、ネットからコピペしてきただけだ。別に、レポートとして提出するわけじゃないんだ。これで充分。

 「こうやって、直接その場で見ればいいだろ。プリントとか配ったり、事前にデータ送ってもいいんだけどさ……そうすると、みんなそっちばっか見ちゃうだろ」

 「あっ、それ分かる~。ふつうの、英語とか国語とかの授業でもさー。教科書とかプリントとかばっかり見ちゃうよね。それで先生に、『みんな黒板見ろ!』とか、『顔上げろ!』って怒られたりね」

 「そうそう。見てもらいたいのは、俺様の顔だからな……ってのは冗談だが」

 ほんとは冗談ではない。

 「こうやって、PC一台をみんな一緒に見れば、顔の位置も近くなるだろ。ふつうに学校生活してたらどうよ? こんなに、顔が、物理的に接近する機会とかないじゃん?」

 「そうだねっ! まあ私は、家で好きなだけほっぺムニムニできるけどねっ!」

 「ぼ……僕だって! いいなと思った男子には、積極的に体を押し付けてたよっ!」

 「暑苦しい、どけ! お前らのは『接近』じゃなくて『接着』だ!」

 二人の顔を押しのける。ハーレムってけっこう騒々しいものなんだな……。

「でもお兄ちゃんさー、よくそんな色んなこと考えつくね。私ちょっと感心しちゃった」

 「ん? あぁ。……つっても、部を見学した時、ちょっと気づいただけだ。あの発表ん時さ、じつは、ずっとプリントとにらめっこしてる奴いたし。それから、一人で発言しまくる奴とかいたじゃん? ああいうのに気圧されてんだか、ぜんぜん発言できてない奴いたんだよ」

 「えー、そうなの? 私ぜんぜん気づかなかったよ」

 「お前は、ずっと俺様の体をもてあそんでただけだからな……」

「えっ、ちょっと、何それは?! 体を……もてあそぶ……!? しょっ詳細キボンヌ!」

 「別にたいしたことじゃねーから気にすんな。ってか、古いなそのネットスラング!」

 さすが30歳。

 「あと、法学部の先生が来てただろ? で、発表終わった後だけどさ。見たか? 目立ちたがってた奴らが、ぞろぞろ並んで先生に質問しに行ってたじゃん」

 「あー、いたね。電車ゴッコみたいだった」

 「うん。なんつーかな……ああいう、『意識高い系』のノリっつーの? できる子アピールしたいからって、わざわざ質問しにいくとかさ。あれって、傍から見てっとすげー疎外感あって。『質問する事がない俺って、バカなのかな……?』とか、そういう風に思っちゃうわけよ。あのノリ見ちゃうと、たぶん1、2年とか、そこまで法律に本気(ガチ)じゃない奴とかは、めちゃくちゃ入部しづらいと思うんだよな。だから、俺様の同好会は、あの部とは趣向を変える。もちっと軽いノリでさ。少人数で、会員どうしの距離が近い感じ。そーいう風にやろうと思ったってワケ」

 穂積先生はふぅんと鼻を鳴らした。

 「……はー、なるほどー。法人くん、すごいよく考えてるじゃないか。さすが、この男女平等の世の中で、ハーレム作るとか豪語しちゃうだけはあるね」

 「まぁな。でも、考えるっていうか。クセなんだよな。俺様、『長葱の野望』とか『シミュライゼーション』とか、あの手の戦略ゲームよくやるからさ。ついひねた角度からものを見ちゃうんだよ」

 なんか、色々脱線してしまった。そろそろ、国民審査の話しよう。

 「――で。まぁ、ほんとにこんなザル審査でいいのか。っつー気はするよな。こないだの研究部の連中は、『もう選挙しちゃえよ』とか話出してたけど」

 「ん? 選挙ってなんだい?」

「だからさ。『過半数ダメ出しされたら裁判官をクビにする』のが機能してねーじゃん? だったらそもそも『過半数とらなきゃ裁判官になれない』ようにするとか。そういうこと」

 「へー……そうなんだね。法人くんはどう思うの?」

 「うーん……どうだろうな。少なくとも、クビになるのが一人もいねーっつーのは絶対おかしいよな。どう考えても。何かが腐ってる。でも、選挙っていうのは……何か違うような気も……」

 「どうして、違う気がするのかな?」

 「それは、よく分からんな。直感だから」

 「なるほど。じゃ、律花ちゃんは?」

 「え、私? うーん……選挙、かぁ……いきなりそれだけ言われると、分かんないけど」

 律花は、かけていたメガネをしまった。こめかみのところを、グリグリっと押す。一休さんがとんちをひねり出すポーズに、少し似ていた。うんちと読み違えた奴、死刑な。

 「選挙するってことは……国会議員と同じにするってことだよね。裁判官がそれでいいのか……ってことでしょ?」

 「まぁ、そうだな。んー……あれ? だったら、選挙したほうがいいのかな? よくわかんなくなってきた」

 俺様と律花は、沈黙した。

 「そうだね……こういう時はちょっと、さかのぼって考えてみようか。じゃあそもそも、国会議員を選挙で選ぶのはどうしてだろうね? 法人くん」

 「そりゃ……だって、民主主義だし」

 「ほんとに?」

 穂積先生は、メガネの奥の目を、ちょっといたずらっぽく細めた。あれ? 日本って独裁国家だったっけ。まぁ70年前はそんなもんらしいが、今は……。

 「先生。憲法の前文に書いてありますよっ。『主権が国民に存する』とか、『権力は国民の代表者がこれを行使し』とか。あと、憲法43条1項にも、『両議院は……選挙された議員で』組織するって。ほら」

 ぱらっ、と律花はポータブル六法を瞬間的にめくった。見せ付けられ、穂積先生は、ちょっとめんくらっていた。

 「おぅ、その通りだね」

 「だから。選挙するのは、国民の意思を、国政に反映するためなんですよっ」

 律花は得意げだった。……いかん。律花のかわいいドヤ顔を見てたら議論どころじゃなくなる。断腸の思いで顔をそらした。

 「うん。じゃ、もちょっと細かく考えようか。いま律花ちゃんが言った『国民』って、どんな国民?」

 「どんなって言うと……」

 「聞き方が悪かったかもね。選挙って、国民の全員の意思が反映されるのかな?」

 「それは……そうは言えないですよ。だって、選挙って多数派の人だけが勝つんだもん……だから……あっ、そっか……うん、分かったかも!」

 そこで、律花は納得したようにニッコリした。え? 何? ひとりで納得してんの? 俺様、まだぜんぜん結論でてないんだけど。

 「ふふ、律花ちゃんのほうが優秀だったみたいだね。法人くん、ちょっとまとめてもらっていいかなぁ」

 「あ、あぁ……」

 なにか釈然としない。べつに法律の知識で負けるのはいい。法律なんて興味ねーし。が、律花と先生が仲良くなるのが、なんかモワつく。律花は、俺様だけの律花なのに……。

 キーボードを叩く。PCの画面に、

 「国民(多数派) → 国会」

 という文字が映し出される。

 「ええっと、いちおう裁判官の話なんだけどな。国会がこれだと、どうなんだよ」

 「まぁ難しくないよ。比べてるだけだから。じゃ法人くん、裁判官……というか、裁判所だってさぁ。国民のためにあるのは、当然だよね」

 「そりゃそうだ。裁判所って、なんか、事件とかを解決したりするんだろ?」

 ものすごく頭の悪い言い方だった。だって俺様、ふつうの高校生くらいの知識しかないし! この二人がおかしいだけ!

 「そう言うと名探偵みたいだね、ふふふっ。まぁそういう認識でいいよ。……あ、そうだ。ゴメン、法人くん。君、国会が何するところか、そもそも知ってたっけ?」

「さすがにそんくらい知っとるわ、高校生だぞ俺様は! 法律作るんだろ、法律! この同好会のテーマの、法律さまをだよ!」

「オーケー。んじゃーここで、最高裁判所と国会、どっちが強いか一本勝負しよう。法律に対して、最高裁は文句を言えるかなぁ? それとも、ただただ法律に従うだけ?」

「え? うーん、どっちだろ……そんなん習ったかな……?」

 そしたら、律花がまた即答した。早押しクイズの選手かお前は。

 「それも、憲法に書いてあるよー。81条『法令審査権』だね。『最高裁判所は、一切の法律……が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する』って」

 「はい、律花ちゃんせいかーい。だから、憲法を持ち出せれば、最高裁は法律なんか、ぶっつぶせるんだね。法人くん、じゃあ今までのことを俯瞰すると、どうなる?」

 「ん? 俯瞰?」

 席から立ち上がり、六法を見下ろす。と、字が細かすぎて見えなくなった。って、そういうことじゃねーから!

 「なんだ……つまり……『国会は、多数派の国民の支持を得てる』、『最高裁は、その国会に勝てる』……ってこと、でいいのかな」

「もちろん、常に勝てるわけじゃないけどね……だいたい、答えは法人くんが今まとめた通りだ。最高裁は、少数派の国民を守るために、多数の国民から支持を得てるはずの法律を、無効にもできるってことだよ。これって、けっこうすごいことじゃない?」

 穂積先生は、俺様のすぐ後ろに回りこんだ。そして、キーボードを叩く。俺様は、あんたの乳とあごを支えるためのテーブルじゃないんですけど。

 「国民(多数派) → 国会」

 「国民(少数派) → 裁判所」

 と、いう文字列が記された。

 「まぁ、裁判所の存在意義ってのは、こういうことだね。主に、『少数派の国民を守る』ためなんだよ……だから、そんな裁判所に『選挙』を持ち込んじゃったらさ。どうなると思う……?」

 「あっ……なるほど。なんか、分かったわ……」

 俺様は、事ここにいたってやっと納得した。思わず、ぽんと手を叩いていた。

 「裁判官まで、選挙で選ばれてたら……もう、多数派がどっちでも勝っちまうよ。国会だけじゃねぇ。裁判所でも、だな。そしたら、少数派は逃げ場がなくなっちまう」

 「うん! そーいうこと、そーいうこと――」

 その後も議論は続いた。が、不思議と、あっという間に下校時刻になっていた。

 教室の鍵を閉める。律花は、「お花摘みに行ってくるね!」と言った。女子語で「トイレ行ってくるね!」という意味である。しかし、このシスター。自分がトイレいくときは「お花摘む」と言うくせに、俺様がトイレいくときはまんま「トイレ行く」と言いやがる。どんだけ、お姫様気取りだ。

 ……あぁ、そうだ。律花はお姫様だったな! ほんとにお姫様ならしょうがないな! ひどい盲愛ぶりだ。

 にしても。……この穂積先生。議論して分かったが、かなり知識深いな。とつぜんふった議題なのに、なんかあっというまに見通してたし。かつて「体調崩すまで勉強した」というのは、嘘でないのかもしれない。

 「ん? どうかしたの、先生をそんなに見つめて? もう婚姻届書きたくなったのかな? いつも胸ポッケに入ってるから、法人くんがとってね!」

 「ちげーよアホ!」

 胸をぎゅっと圧迫し、こっちに見せ付けてくる先生。そんなとこに紙入れてたら、しわくちゃになるだろうに。……縁起悪そう。

 「けど法人くん。あの律花ちゃんも、すごいね。そらであんなに条文出てきちゃうし……高1なのに。もう、学部生なみ、いやそれ以上に知識あるんじゃない?」

 「あぁ、うち母が弁護士だからな。あいつ、もう勉強させられてんの――」

 話の途中で、律花はすぐトイレから出てきた。所要時間的に考えて、排泄でも月のものでもない。鼻をかみに行っただけのようだ。シスターの生態をこんな細かく観察してる俺様、キモすぎる……今後も、自重はしない。

 帰り道に、俺様と律花は手をつないで帰った。おそらくカップルに見えたはずだ。電車内で、仕事や学校帰りの人々の一服の清涼剤となれたことだろう。……いや、逆効果かな。

 「――まぁ、穂積先生の話じゃねーけどさ。あの研究部のほうに入部したいけどできない、そういう『少数派』なシャイガールのたまり場にしたいよな。俺様たちの同好会は」

 「そうだねー。でも分かってる? お兄ちゃん。どれだけ彼女作っても、私をずーっとかまってくれなきゃ、やなんだからね!」

 「心配すんな。言ったろ? どの女も俺様にとって一番だ。二番目扱いの差別は、絶対しないってな。それがハーレマーのたしなみだろ」

 「なにそれ。クレーマー?」

 「ちげぇよ。心配するなって言いたいんだ。お前が男なら、ハゲてるぞ」

 「私はお兄ちゃんがハゲても、ずっと好きだよ? だから、心配しないでね♪」

 そういえば、うちの父親はもうハゲかかってたな……。先が思いやられる。はぁ。

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