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 律花の口出しに、先生がたじろぐ。俺様を的確に援護するとは、さすが最愛のシスター。まるで格ゲーのサポートキャラだ。いいぞ、もっとやれ。

 ふと、すぐそこの教室から男子生徒が数名出てきた。

 「穂積先生、何やってんですか? パソコン部もうはじめますよ。見学の子も来てるし。先生が挨拶していただかないと。顧問なんですから」

 「えぐっ!?」

 穂積先生は、窒息したような声を出した。

「おいあんた。穂積先生とやら。ぜんぶ嘘ついてんじゃねーか。どういうことだよ!?」

 「ちょちょちょちょちょっとこっちに来てっ! あ、部活適当にはじめといてっ!」

 「おい、引っぱるな!」

 誰もこなさそうな非常階段まで、俺様たちは引っぱってこられた。そして……

 「我妻法人くん! お願いしますっ! 僕を君の同好会の顧問にしてっ!」

 土下座されていた。ちょっと……俺様が教師をカツ上げしてるみてーじゃん。やめてよそういうの。俺様のチキンハートな部分が、さかんに警告を発していた。

 「いや、ダメとは言わないけどさ。まずなんで俺様に嘘とかついたんだよ?」

 「じつは僕ね。前に、法科大学院ってとこを出たんだよ。でも、バリバリ勉強し過ぎて体調を崩してね。なんだかもう疲れて、普通の女らしい幸せが欲しくなったんだよ……けどその時には後の祭り。勉強だけに集中して、そこからもドロップアウトしたものだから。もう、ろくに男の人の知り合いもなくなってて。だんだんお化粧のノリは悪くなるし……そこで、政経の教師に転向したんだよ。若くて、頭良くて、将来有望で、イケメンで、ちょっとSっ気のある男の子を、色仕掛けでとっつかまえようと思ったんだ。さいわい僕、体つきだけはセクシーだからね!」

 知りたくもないことを語りだした……。というか教師になった理由がさらっとクズい。高校は教師のための結婚相談所じゃねーぞ。ハーレム建設とか言ってる身で、あまり大きな声では非難できないが。

 「ところが、4年教師やってるのに誰もひっかからないし……みんな同級生の女の子とつきあっちゃうし……もう30歳になっちゃってね。すごく焦ってるんだ。あぁ、男子校に行けばよかった」

 「『新任教師』ってのも嘘だったのか! サバ読みすぎなんだよ!」

 「そこに現れたのが君だよ、法人くんっ! 『俺様』っていう偉そうな口調、教師にもタメ口。堂々とハーレム建設とか言っちゃう、がっついた性格……ああ、ゾクゾクするよ! それにこの学校に来るくらいだ。頭もいいんだろう? 背も高いし、顔もイケてるし。まさに僕の理想じゃないか! 最近は草食系男子ばかりで困ってたんだ! たのむっ、もう僕を先生と思わなくていいよ! 君の女と思ってくれていいから、煮るなり焼くなり好きにして! その代わり、顧問として同好会に置いてよ! そして卒業したら旦那様になって欲しいんだ、お願いー!」

 「うぇっ……!?」

 ちょ、ちょっと待て。ってことは、この先生は俺様のことを……!? ここまでド直球に交際を申し込まれたことは(律花を除いて)ない。しかも相手は、クズとはいえ色香の漂う大人の女性。あぁ、俺様の脚にすがりついて、うるうるした目で見てくる……! 童貞の俺様には、あまりにも刺激が強い。くっ、もう俺様は、この先生と結婚を……!

 「なんて思うわけねぇだろがああぁぁっ! いいか? 俺様はな、スーツを着た年上の女がだいっきらいなんだよ! 母親を思い出すからな。反吐が出るわ! 虫唾が走るわ!」

 「そ、そんなぁ……!」

 しかしこの穂積先生、どうしたものか。クズはクズだが、俺様に惚れているのは使える。顧問になってもらえば、いろいろ言うことを聞いてくれるかもしれない。結婚とかなんとかいうのは、もうなんか適当に誤魔化せばいいし。

 とにかく、土下座させてるのはまずい。俺様は、先生の手をとる。立たせようとした――しかし律花がそれより先に、穂積先生の胸ぐらを思いっきり持ち上げていた。

 「ちょっとあなた! お兄ちゃんに何変なこと吹き込んでるのっ!? ふざけるのは胸だけにして! お兄ちゃんはね、先生みたいな年増ひとりで納まる器じゃないの! 女の子を何人もはべらせて当然の器量があるんだから! 私はずっと一番そばに置いてもらう予定なんだから、新参者は身の程をわきまえてよっ」

 鬼気迫った顔で、叫ぶ律花。あぁ、女は怖い。どうやら、サポートキャラは俺様のほうだったようだな……。

 

 というわけで(?)、俺様はこの穂積先生を同好会の顧問として認めることにした。

 しかしまぁ、結婚云々はとても承服しかねる。なので、いちおう俺様のハーレムに入ってもらうということで落ち着いた。スーツ着てる年上を、一員として認めたくはないが……まぁ体つきが大人っぽくて、ちょっとドキドキしてるのは事実である。ほかに顧問のアテもないし、仕方ないな。

   

 《2016年4月12日 火曜日》

 中庸大高、失楽園キャンパス2号館、とある空き演習室。

 俺様は机に向かって書類を書いている。律花は、さっきからメガネをかけて「判例時候 平成28年4月11日号」を読んでいた。勤勉なことだ。

 だが時々、俺様の脚に自分のふくらはぎをペチペチぶつけてくる。遊んでるのだ。前言撤回。勉強するときは集中してやれ、集中して。ていうか、俺様はオモチャじゃない。

 「さっきから、何書いてるの?」

 「提出する書類だよ……よし。会員も、顧問も、教室も決まったし。これで同好会設立できるな!」

 「よかったね~、おめでと! でも何する会なの? ……え、『法律研究会』?」

 「同好会名」の欄に書いてある名前を、律花が読み上げた。

 「え、法律関係だったの? でもなんで……お兄ちゃんは、法律きらいでしょ?」

 「まぁそうだ。好きにはなれないだろ。母親に強要されてたんだし……。でも、主目的はハーレム作ることだよ。単に、同好会に入ってもらうためのハッタリだから。法律だろうがなんだろうが、使えるものは使うんだ」

 「んー?」

 律花は分かってない顔だった。

 「いいか? この学校はやっぱり、法律に興味あるやつが多いんだよ。だから、そいつらに入ってもらいたいわけ。それから、既に法律研究『部』はあるわけだけど……そことほとんど同じ名前だろ? 『部』と『会』が違うだけで」

 「そうだね。紛らわしいんじゃない?」

 「むしろ、わざと紛らわしくしてるんだ。有名な『部』のほうと間違って、こっちの『会』に入っちゃうやつ狙いってこと」

 「ははぁ~、なるほどねー。お兄ちゃんは頭いいなぁ」

 「基本、俺様より成績上なやつにそう言われると、なんだかなぁ……まぁいいや」

 誤入会狙いならば、仮入部期間中にさっさと設立してしまったほうがいい。だから急いでいる。

 こんな詐欺まがいの手を使うことに、ためらいもなくはない。だが今は、リアル選挙の世界においてさえ、「誤投票ねらいの名前をつけた政党」という物が存在する時代だ。

 なんだったか……そう。たしか「政治団体・ここに○をつけて下さい」だった。この前の総選挙で、堂々と出馬していたな。要するに、大人たちが、嘘や詐欺をへいきで推奨している。モラルの大崩壊時代だ。俺様も、それに乗らなければ損だろう。

 とはいえ。何も俺様は、純粋に法律に興味あるやつを、ガッカリさせるつもりはない。

 さいわい、律花はもう法律にかなりくわしい。律花に手伝ってもらって、あの研究『部』みたいにいろいろ議論でもすればいいわけだ。そうすれば、入ってきたやつも満足する。俺様も、ハーレム要員を口説く機会ができて満足する。まさにwin-winの関係じゃないか。

 今日は、その「議論」の練習でもしとこうと思っている。入ってきたあわれな子羊を、ガッチリ繋ぎとめるため。体裁は、しっかり整えておかないとな。

 が……

 「あいつ、来るの遅いな。くそ、何でも言うこと聞くとか言ったくせに。もう4時半じゃん。いい加減に――」

 「法人くん、今来たよ~~っ! 待ったぁ~~?」

 ドアが蹴破られる。穂積先生が、ズザザザザッと胸を揺らしながらスライディングして来た。いい歳こいて……。

 「いや、呼んだ瞬間に来るなよ! 召還獣かあんたは!?」

 「もう、いけずだなぁ、法人くんは。これでも僕、職員会議終わった瞬間ダッシュしてきたんだからね? 恋する乙女心を分かってよね」

 しゃあしゃあと述べ立てる先生。会議をブッチしてこなかった分、まだマシか。

 それにしてもこの先生。俺様に交際どうこう言ったのはウソでもないらしい。「スーツは嫌いだ」と言ったからか、それを止めていた。代わりに薄いピンク色の、ワンピースを着ている。全体的に生地が薄く、肌にピッタリ張り付くタイプのもの。そして、下のほうはタイトなショートスカートになっていて、当たり前のように膝を露出していた。こないだと、体のメリハリを強調してる点は変わりがない。体の線が、服の上からでも分かってしまう。男子高校生――とくに、俺様の好みに合わせてくれてるらしい。

 ただ。こないだは、突然でよく観察できなかったのだが。よく見ると、この先生、目の下にちょっとクマができている。そして、背中まで達するほど長い髪の毛は、やや手入れが行き届いていないらしい。まとめているのに、少しぼさっとバラけて見える。

 見た目に気を使ってるのは、分かるんだが……やはり年齢は隠しきれないのか。

なるほど、これなら結婚を急ぐわけだ。さすがの俺様も、同情を禁じえない。

 ……なんて言うわけねえだろ!

 所詮は、生徒にたいして結婚してくれなどと抜かす外道である。悪人に人権はない、と誰かが言ってた。ふん。俺様の美貌に魅せられた不運を恨むんだな!

 「ねぇねぇ。スーツやめたんだけどね。さいわい、女性教諭は地味なら私服でも良いって言うから。君に見てもらうためだけに、あれでもないこれでもない、ってがんばって選んできたんだよ? ほら、どう? 感想は」

 「うっ……こ、これのどこが地味なんだ!」

 逆に、俺様が穂積先生の色気に魅せられたかのようだった。隣の席に腰かけた先生から、目を放せない。脚を組んでいるので、むっちりした太ももが微妙につぶれ、柔らかさが強調されている。その上、例によって腕も組んでいる。ゆたかなバストが持ち上がっていた。そして円形のメガネも装備。金色のイヤリングがきらっと光る。こ、これは……童貞の男子高校生が同席するのは、そうとう辛いものがある。男子は、みんな授業にならないんじゃないか?

 俺様は顔をそらした。が、やっぱり目だけは色んな所を追ってしまう。今の俺様は、そうとう情けない顔をしていることだろう。

 見てくれも、さることながら。曲がりなりにも大人の女性が、まだ15歳の自分にわざわざ合わせてくれた――という事実にも、少しばかり動かされるところがあった。

 「ま、まぁ……正直、似合ってるわ。うん。あと、好みに合わせてくれたって意気は、褒めてやるよ。でもさすがに、もうちっと抑え目にしてくれねぇか?」

 「ふふん、なるほど。こうかはばつぐんだ、と……」

 「何をメモってる、何を!」

「いやー! 君みたいに、性格も顔も理想的な男の子に褒められると、若返る気がするよ! 君のハーレムの一員として、律花ちゃんに負けないよう頑張らないとね!」

 「男子の目を引こうと、馬鹿の一つ覚えでエロい服ばっか持ってるだけだったりしてな」

「そ、そうやって、ズバズバきつい言い方してくれるのがイイんだってばぁ! んうぅっ! はぁっ……はぁっ……!」

うわぁ。この人マジやべぇよ……。あ、だから男が寄り付かないのか。

「……まぁいいや。ほら先生、さっさとはじめるぞ」

 「うふふ、もちろんだよ。僕でしっかり練習しておいてね。本番で失敗しちゃったら、決まりが悪いから」

 「おい卑猥な言い方はやめろ」

 律花が、風船のようにむーっとほっぺを膨らませていた。それを横目で見ながら、俺様はため息をついた。

 

 「んじゃ、はじめるけど。議題は、『最高裁判所裁判官の国民審査』な」

 こないだ、法律研究部のほうでやってた話題のパクリである。まあ練習だし、かまわないだろう。

 まずは、簡単な事項を確認する。憲法の条文、それから制度の実態。つまりは「審査」といってもほとんどザル。意味ねーじゃんってことだ。その後、雑談っぽく三人で議論に入る。

 「あれ、お兄ちゃん。こないだの研究部はさ、担当者の先輩がけっこうきっちり発表してたけど。そういうのはしないの?」

 「ん? あぁ……あれか。ああいうのは最低限しかしない。代わりに、みんながフリーで話す時間が多いほうがいいと思ってな」

 「へぇ……どうしてかな?」

 穂積先生が口を挟んだ。

 「どうしてって。俺様はな、別に法律のお勉強がしたいんじゃないんだ。同好会に入ってきたやつ……とくに女の子と、どうどうとお喋りする口実が欲しいだけなんだよ。まず仲良くならなきゃ、ハーレムもクソもないだろ」

 「ははぁ。さすが肉食系男子だね。でも、議論ってね。それ以前に、みんなが最低限、議題についての知識をもってなきゃ成立しないんじゃない? だって、知らないものについて、意見なんてもてないでしょ。だから、誰か一人がちゃんと調べて、事前に共有しないとね。でないと、だんまりばっかりで、なりたたないんじゃないかな」

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