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第三位、「あげぽよ」。「さげぽよ」とか、他にもいろいろある。単純に意味不明。かわい子ぶっていいのは、アイドルと律花だけだ。
第二位、「パリピ」。クラス会とかのパーティーに参加している奴、という意味。もういかにも、リアルが人付き合いの予定でぎっちり充実してる、そんな人間むけの語彙だ。俺様には無用の長物。自慢じゃないが、俺様は小中ともに友達は少なかった。ここまで露骨にハブられるのははじめてなので、ちょっと……じつは、びんかんハートが砕け散ってるんだけど……。べっ、別に寂しくなんてないんだからね! 俺様には律花がいるんだから、変な勘違いしないでよねっ!
自分に縁のない上等品を見せ付けられたとき、人は嫉妬と憎しみを覚えるものだ。パリピはまさにそれ。
もう、「パーティピープル」じゃなくて「パリピ」と省略しなきゃいけないほど、パーティ行きまくってんのか。それは自由だが、得意げにパリピパリピと連呼し、ショボい自分をむなしく飾りたてるのはやめたほうがいい。持てる者と持たざる者の間に、これ以上鉄のカーテンをひかないでくれ。
そして、一番怖ろしいのはこれが第二位ってことだ――
「ねぇ、さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」
隣の席の律花が、まるっこい目を不審そうに細めた。よく見ると、周りの生徒も俺様を見ている。「うわぁ……こいつヤク中だよ」的な目線で。
「え? あ、口に出してたか」
まあいいや……。
気を取り直して、第一位。「かまちょ」。
これほど、ウザい言葉もめずらしい。「かまってちょうだい」の略だ。
まず、これを言われたら、何かかまってやらなきゃいけなくなる。でも、話題は? 「かまちょ」と言うほうは、たった四文字。でも言われたほうは、「こいつはいったい何を話したいんだ?」と考えてあげなきゃいけない。口を聞けない赤ん坊の世話のほうが、まだ未来があるだけましだ。けっこう頻繁にポストされてるが……構うのが好きなら、高校なんか辞めて保育園にでも就職してろ。
きっと、こんなのかまってたら5分や10分、いやもっと、簡単に過ぎちゃうだろう。ひどい時間泥棒だ。実害があるぶん、パリピよりひどい。法律で禁止したらいい。
てか、かまってほしいなら、相手の前でちょくせつ言ったらどうだろうか。そのほうが、よっぽど破壊力が高いと思うのだ。俺様は。
「ねぇ、かまって~?」
とか律花に言われたら、女子トイレにだって入っていく自信がある。べっ、べつに変態とか覗きじゃないんだからね! 変な勘違いしないでよねっ!
などと、異星人の未来言語を解読してたら、俺様の頭がパシッとはたかれた。いつの間にか、先生が傍にいたのだ。おかしいな。先生プリント配ってるから、いいやと思ってたのに。くだらんことに熱中してしまった。
「こらっ、授業中に何スマホ見てる!」
「すまんっっ!」
こんな風に怒られても、笑う奴もいなけりゃ、はやし立てる奴もいない。シーン……と静まる教室。友達ならともかく、赤の他人がポカやったって、親しくないからつっこめないんだろうな。分かるよ。ははは……。
部活の仮入部は、もう今日から始まっている。
こうなれば、自分の足をつかって、ハーレム建設の手がかりをつかむとしよう。放課後、俺様と律花は、2号館の演習室までやってくる。
この高校は、中庸大学の失楽園キャンパスの中にある。だから、何号館って建物がいっぱいある。高校の施設は、その内のいくつかに集約されているのだ。
いくつかの部活動を、ぶらぶらめぐった。ある時、「法律研究部」とかかれた演習室に入る。と、上級生らしき人々がたくさん座っていた。20名はいるだろう。
「あ、はろーはろー! 君たち、新入生? 見学ね?」
「はいっ!」
「わぁ~、可愛い子ー!。それに……そっちの男の子も、ずいぶんカッコイイ顔してるわねー? ウチなんかより、運動部でも入ったほうがモテるんじゃないの?」
「はは……それも含めて、ちょっと考えてんだけど」
「まぁ、私としては、ウチに入ってくれたほうが嬉しいけどね! じゃあこれ。今日の資料よ。お二人さん、どーぞー」
いかにも包容力のありそうな声をした三年の女子が、俺様と律花にプリントを手渡してくれる。「4月11日の議題 最高裁判所裁判官 国民審査について」とある。
「おいおい、おそろいの茶髪にしちゃって……もしかしてもうつきあってんの? 手ぇはえーなー!」
ある金髪の三年男子が、俺様の腕をつっついてきた。お前だって、他の女子高の文化祭に遠征とかしそうな顔してるじゃねーか。律花の胸をチラチラ見やがって、狙ってんなこいつ。なお、律花はキャラメル色、俺様はブラックブラウンなのでおそろいですらない。
すると、さっきの三年女子が口を挟んだ。
「もう部長! いくら美男美女が来たからって、一年生をいじっちゃダメよ?」
「はは、わりーわりー!」
こいつこのナリで部長かよ! チャラすぎる! 腕時計がほんとにチャラチャラ言ってるし!
「いや、あの、私達ふたごなんです。一緒に、どこか部活やってみようかなって」
「へぇ~、そうなのね。めずらしい……どうりで、2人とも容姿端麗だと思ったわ」
「――あぁ、つきあってるんだ。俺様たちはな!」
俺様は空気を読まずに割り込んだ。
とたんに、教室内の気温が下がる。あれー? おかしいぞー? まぁ発言内容ヤバイからな。それに、先輩に対してタメ語だからな。でも、俺様にとって、俺様より偉い奴はいないのでしょうがない。イケメン先輩にも、敬語なんて使わない。絶対にだ!
「血がつながってるからな。血は水よりも濃いんだ。将来、民法とか改正して兄妹でも結婚できるようにしたいから、今日は勉強にきたんだよ」
「お、お兄ちゃん……そこまで私のことを……うれしいっ!」
ばふっ、と俺様を抱擁する律花。しまった。教室と同じ失敗を犯してしまった。ものすごい好奇と驚愕の目線がそそがれる。まるで針のむしろだ。
まぁ、もともと? なんか役に立つ情報、あったらいいなーくらいにしか思ってなかったし? 本当だし? 律花の顔の輪郭を、指先で優しくつつっとなぞってみた。
「はぅ……!」
「こらこら、変な声出すなよ。みんな見てるぞ?」
何コイツ、何て小動物? ちょー可愛いんですけど。精神リセット、完了!
やがて、部活動がはじまった。
「では、基本の確認からはじめます。プリントを見て下さい――」
頭の良さそうな三年のメガネ男子が、部屋の前に立つ。そして発表をはじめる。
彼の話を要約するとこうだった。
日本国憲法の79条。「国民審査」というものがある。最高裁判所の裁判官が、たまに受けるという。で、その裁判官をクビにしろという、国民の投票が過半数であれば、ほんとうにクビになるのだそうだ。
「国民審査」という言葉くらいは、中学かどっかで習った覚えがあるな。ところがこれ、ほとんどフリーパスじゃね? 意味なくね? というのが議論の中身らしかった。
なにしろ、憲法制定から70年間、クビになった裁判官は一人もいないという。多くても、一割ていどの国民がクビOKに入れたていど。過半数には遠く及ばない。70年間も、90点以上をずっと取り続けられるテストみたいなもんか。まったく楽チンな話だ。小学校のテストより簡単じゃねぇか? この分なら、司法試験というのも、高校入試よりよほど簡単なおままごとに違いない。
こんな話題で議論しているのは、この部活が「法律研究部」だからだ。
この高校では、定期テストでミスらなければ、ほとんどの希望者は中庸大学に進学できる。高大一貫高だから。
で、その中庸大学というのはわりと頭の良い部類に入る。とりわけ、法学部の質に関しては全国有数だという。
それも手伝って、高校の段階で、法学部に入ることを希望してるやつが多い。ネットに、そう書いてあった。律花は、その典型的なひとりだな。
とくに、進学がほぼ固まった三年生は、もう英語だの数学だの、余計な教科をあくせくやる必要もなくなる。だから、この「法律研究部」で、ヒマな時間を法律の先取り勉強についやす。この部にも、それなりの需要があるというわけだ。
その三年男子の発表が終わった。すると、次はフリータイムに移行。他のやつが質問したり、発言したり、反論したりする。
こういう場面って、ふつうなら、だあれも発言しなかったりする。日本人は自己主張が苦手だもんな。しかし、ここは違うようだ。ちらほらと、手が上がっている。法律に興味のある人間ばかりだからか。あと、法学部のほうに進んだ大学生とか、学部の先生もゲストで来てるみたいだな。
なるほど。悪い雰囲気ではない。悪くはないが……。
みんなが色々議論してる中身は、もう聞き流していた。
「ふむぅ……」
さっきから、俺の手指をいっぽんいっぽんしごいて遊んでいた律花は、きょとんと顔を上げた。
「どしたの、お兄ちゃん? おトイレ行きたいの? 私が言ってあげようか」
「アホか。俺様は小学生じゃない。そうじゃなくて、思いついたんだよ」
「何を?」
発表が一通り終わった後、二人して部室を出る。そして、律花に耳打ちした。
「いいか。これから俺様たちで作るんだ。新しい同好会をな!」
その後、俺様たちは職員室に入っていった。とりあえず、担任の先生を見つける。
同好会を作りたい。
と言ったら、目を丸くしていた。まだ部活仮入部期間なのに、そんなことを言われたのだ。ビビってもおかしくはない。でも、別に部活なんてやりたくないからな。そんなことしてる暇があるなら、学校で一番かわいい女子たちを独占して、さっさと酒池肉林したい。……相変わらず、自分の欲深さには驚かされる。俺様って、前世で何してたんだろうか。
同好会を作ろうとしたのには、色々と理由がある。ざっくり言えば、俺様がその会長になる。そして、入ってきた女子生徒でうはうはしようってわけ。
ところで、同好会の設立には、生徒複数名が必要と言われた。これはクリアーだ。俺様と律花で、二人いる。
壁になるのは、もう一つの条件だった。
「顧問の先生かー。なってくれる人、いないね」
「あぁ……」
学期開始したばかりで、忙しいのだろうか。先生方はもう大抵出払っている。職員室にいる先生たちには、すげなく断られたし。しかたなく、今は学校をうろついていた。
「二つ返事で、顧問になってくれるやつとかいねーかなぁ」
「そう簡単にはいかないんじゃないかな? だって、部活動の顧問とかってさ、お給料も出ないんだって聞いたよ。みんな、やりがたらないよ」
「んー。でもさー、たまに熱血教師とかいるし。ちょっと綺麗事言ったら、感動して泣いて引き受けてくれるやつとかいそうじゃん? まぁ、熱血はいいんだけどさ。とにかくどっかにいないかなぁ~。余計な口出しとかしないで、快く顧問になってくれて。俺様に好き勝手美少女ハーレムつくらせてくれる、できれば美人の、都合のいい先生は~っ?」
と、ゲスい会話をしながら歩く。そしたら、何かにぶつかった。
* もふっ *
え、何? 何? 息が出来ない。ちょっとどいて! と、手で押しのけたら、ものすごい柔かい感触がした。指が、何かにつつまれ沈み込む。
「あぁんっ、やだっ!」
やたらに、艶っぽい声がした。見れば、そこにはスーツ姿の女性がいた。先生だろうか? 尻餅をついていた。
「もうっ! 廊下は気をつけて歩かなきゃダメだよ? あぁ、君たち……新入生ね」
「うっ……!?」
なんだ、この先生は。違和感を感じる。何かこう……学校にいてはいけないような。
……そうだ。無意味にセクシーなのだ。
スーツの胸の部分が、パツンパツンに膨れ上がっている。ひょっとして、さっきの柔かい感触は……?! その感触を思い出すかのように、指が勝手にわしわし動いた。
そして、スカートが非常にタイトだ。ぎちぎちと皺が寄っている。これでは、股を40度も開けないだろう。丈もかなり攻めている。ひざはもちろん、太ももが半分ちかく見えていた。これじゃ、生徒は目のやり場に困るだろうな。しゃべり方も、妙に鼻にかかってて甘ったるいし。
ていうか、この人けっこう背ひくいんだけど。俺様の顔に、どうやったらこの人の胸があたるんだ? と思ったら、廊下のド真ん中に、場違いな踏み台が置いてあった。
そして、まだおかしなとこがある。先生は、ふところから丸いメガネをとりだす。スチャッと装着した。まるで、ぶつかるのを見越して、あらかじめ外していたみたいに。
……おい。どういうことだ。
「話は聞かせてもらったよ? 新しい同好会の顧問を探してるんだね」
「あぁ、そうだけど。……っていうか、先生。今あんたわざとぶつかっただろ」
「ななな何を言ってるのかなぁ? 先生わかんなーい。でも、ちょうどいいじゃない? 僕は、今学期からここで教師やってる穂積裕子先生だよ。まだどこの顧問も任されてないんだぁ。新人が顧問やらないってのも、肩身が狭くってね。良かったら僕に任せてよ」
穂積先生は、片腕で胸を持ち上げるように強調した。そして、メガネをもちながら、パチンと知的なウインクをする。あざといなこいつ。
「あのー、ちょっといいですか先生? 私達の声聞こえてたなら、なんでぶつかっちゃったんです? 避ければよかったのに」
「いやっ……そ、それは……!」
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