3
入学式後、クラスの簡単な顔あわせがあった。俺様たちは1年1組。苗字が「我妻(わがつま)」なので、教室の左後ろ隅に二人して座った。なんという主人公ポジション。これはやはり、この学校で美少女ハーレムを築き、欲望の限りを尽くせという天意だろう。
自己紹介でも、とうぜん「俺様」口調で名前を言った。すると若干、みんなにひかれていた。ひきたければ勝手にしろ。俺様は俺様だ。もう二度と、自分を偽ったりするもんか。
それはそれとして、女子にひかれるのはちょい困るな……。でも、「俺様系男子」が好きな女子も多いと聞く。ここはポジティブにとらえておこう。
いっぽう、律花の自己紹介は成功だった。明るいキャラメルヘアを跳ねさせ、明るく挨拶する。
「こんにちはーっ! 我妻律花です! この、ちょっと変な法人くんの双子の妹だよ。みんなよろしくねっ」
クラスメイト達の顔が、男女問わず明るくなった。無理もない。べつに、恋しちゃってもいいぞ。それだけ、律花の女が上がるだろう。だがお前らには、この愛しいシスターは絶対やらん。逆に、お前らの美人姉妹はみんな俺様によこせ。我ながらすさまじい独善主義である。
そのあと、とくに行事はないようなので解散した。まだ11時半くらい。これならお弁当は要らなかったくらいだ。だが律花と一緒のおべんとうイベントに、むしろ心が躍る。
俺様たちは、校内の適当なベンチに腰かけた。
「はいじゃーん! 開けてどうぞー!」
いったい何を作ってくれたのだろう。ドキドキしながらお弁当の包みをとると……
「うはっ……!」
「どう、美味しそうでしょう?」
美味しそうだった。俺様の好物だった。
一面の焼き肉が、そこに広がっていた。そして、ご飯がちょびっとだけ。肉の茶色が、ご飯の白さを押しつぶす。クリア寸前のシミュレーションゲームのように、勝敗のあきらかな勢力図。とても香ばしい匂いがただよう。すこし極端だが……悪くない。
「にんにくとー、お醤油とー、みりんとー、料理酒で味付けしたんだよ。いっぱい食べてね」
「う、美味い。律花はやっぱり天才だな。むしろ天使だな」
「褒めすぎだよ……」
がつがつ食った。美味いが、一つだけ難点がある。脂っこい。こんなの朝から味見してりゃ、そりゃ胸焼けにもなるよ……。
《2016年4月11日 月曜日》
「はい、お兄ちゃん、あ~んして。あ~ん」
律花が、お箸でつまんだ卵焼きを差し出した。いつもの光景だった。
「ねぇ美味しい? 今日はね、焼き海苔を入れたんだけど……」
「うん……うめぇ!」
「よかったぁ~」
律花は、子どものように体を上下に揺する。明るいブラウンヘアも、ゆさっと揺れる。その髪の毛が、俺様の耳をちょろっとくすぐった。やだもぅ、くすぐったい。それにしても、「法人」に海苔を食わせるとは、いったいどういう意味が込められてるのだろうか。「共食いでもしてろ、バカアニキ!」とか? ……俺様はバカじゃない。アニキでもないぞ。
もぐもぐしながら、教室を見渡す。昼休みで、普段の半分くらいの生徒しかいない。
早くも、クラスには友人グループが形成されているようだった。
ほんの数日前、授業開始時は、みんな席に縮こまっていた。借りてきた猫のように、そわそわ周囲をうかがっていた。他のに話しかけるときも、どこかういういしく、照れがあったものだ。それが今や、けっこう固定のメンツができあがってる。彼らは、連れ立って購買や学食に向かう。あるいは、机をつき合わせてお弁当を開けている。そして、それが当たり前に思えてしまう俺様がいる。慣れってやつだろう。
大いにけっこう。けど困るのは、俺様にはその「固定メンツ」がいないってことだ。別に、昼休みに限らない。授業中も、登下校も、ふつうの休み時間も。律花以外に、話し相手がいなかった。
(はぁ……何がハーレム建設だ。これじゃぼっちだな。ちょいしくじったかな……)
この昼休みという時間帯は、魔の時間だ。他に比べて、友達がいないことが浮き彫りになる。
授業中は、みんな自分の席から離れられない。普通の休み時間では、そう遠くへ、長くは行ってられない。
しかし昼休みは、1時間ものあいだ、どこで何をしていてもいいのだ。その自由が人を苦しめるとは、皮肉なことだ。
「あぁ……律花がいてよかった」
「え……! う、嬉しいけど、どうしてとつぜん私の存在を喜んでるの?」
「この素晴らしいシスターに祝福を!」
「なんでラノベタイトル風!? 『シスター』と『祝福』に微妙に関連性があって上手いけど!」
「いや。この中で一人で飯食うのは、流石の俺様もつらいかなーって」
こそっ、と言った。
「あぁ、そ、そういうこと」
教室には、ぽつんぽつん、と独り飯を敢行してる勇者がいた。あまり目立ちたくないのか、猫背気味。そしてもそもそと、かき込むように箸を動かしている。駅でホームレスを見かけた時のような、憐れみを感じる。
けど、律花が体調でも崩して休んだ日には、俺様だって似たようなものだ。小中と、律花と共に食事をとらないことのほうが少ない。そんな俺様は、今のところぼっち飯耐性が少ないのかもしれない。だから、この教室の状況を笑い飛ばすこともできなかった。
「風邪とかひかないでくれよ、律花」
「うーん……季節の変わり目とかはひいちゃうかも」
「そしたら、俺様も休んで看病するよ。どうせそんなに学校行きたくねーだろうし……律花が心配だからな。一人で家に残しとく気にはなれん」
「あ、ありがと……」
水筒のお茶をついでいる律花の手が、ぴくんと揺れた。
「なんなら、休んだ終日添い寝してやるよ」
「あ、愛が重い……! でもどうせなら他のお世話もしてよ! 体拭いたりとか!」
「『男性声優イケメンボイスまとめ』を、ずっと耳元で囁きつづけてやってもいいぞ。お前がいつも聞いてるyourbuteの動画」
「み、耳が痛い……! 二重の意味で! てかなんでバレたし!」
「あのさ。聞きたかったんだけどイケメンボイスって何だよ。聞くだけなのに、ツラはどうでもいいだろうが。イケボイスで充分だろ」
「別に私が投稿したわけじゃないから!? コメントと評価してるだけの一視聴者だから!」
水筒の蓋をしめる律花の手が、びくびく震えた。わざわざアカウントとってコメントと評価つけるのも、それはそれで相当フリークじゃねーか。
「まぁ、それはともかくとして」
「けっこう必死にナイショにしてたんだけど! なんでバレたか詳しく話聞かせてよ! ともかくですませないで!」
おそらく、ぼっち飯をしてるのは、教室にいる数人だけではないだろう。
たぶん、学校中の目立たないところで、人目を避けつつムシャムシャしてるやつがいるに違いない。そっちのほうが、教室のぼっちよりも多いかもな。この高校は、大学のキャンパス内にある。だから、ひょっとすると、キャンパス中にぼっち飯スポットがあるのかもしれない。縄張り争いとか起きてたりして。誰か、これを題材にしてラノベでも書いたらどうだろうか。ストーリーが惨め過ぎて、ぜんぜん売れなそうだが。
飯、というのとは違うが、俺様もすこし経験があった。
「そーいやさ。小学校のときだけど。給食終わったあと昼休みってあったじゃん。今の……高校のさ。飯を食うための、昼休みじゃなくって。単純に、校庭で遊ぶための時間」
「あー、あったよね。なつかしいね」
「あんとき、なんか滅多に校庭へ行かなかったよな? 裏庭とかに行ってたんだっけ?」
「うんうん。あとは図書室とかかな。裏庭、あそこ、あんまり他の子いなかったよね。遊具もないし」
「ニワトリ小屋とか、花壇とか、池とか……あとは草ぼうぼうだっただけだな。あん時はまだ、律花と一緒にいるのを、見られたら恥ずかしかったんだよ。実は」
「知ってたよー、そんなの。でも小学生だったからね。しょうがないよ」
知ってたのか……。必死になって校庭を避け、しかもそれを律花に悟られまいとしていた俺様の努力はいったい。
「あんなとこで毎日毎日、何してたんだろうなー……」
今でこそ、趣味は色々ある。が当時は、母親の束縛がきつかった。あまり、他の同級生と共通の話題もなかった――だから孤立した。というのも、あるかもしれないな。遠い昔の話だ。おぼろげな記憶でしかないが……。
「お兄ちゃんは、よくバッタとかつかまえてバラバラに引き裂いてたよね」
「もうちょっとで、思い出を美化できそうだったのに! そんな残酷な所業は忘れてくれ! ていうか飯時になんだ、その話題は!」
「自分でバラバラにしたくせにさー。まだ生きててジャンプしてきたら、めっちゃびびってたよねー。きゃっ! とか言って。ふふふふっ」
「頼むっ、男の子のちっぽけなプライドをえぐるのはやめてくれ! ただでさえかっこつけたい時期だったんだよ! 虫をバラバラにしちゃえる俺カッケー、って感じだったんだ!」
まあ小学校ん時は、けっこうメンタルがひ弱だったわけだが。
高校生になって一皮剥けたいまの俺様は、ぜんぜん状況がちがってる。もう基本、何もかもオープンだ。他の生徒に何をどう思われようと、毛ほども痛みを感じない。さすがに、「ハーレム建設目指す」っつーのは、おおっぴらにしてないが……。
今の俺様と同じく、教室には開き直ってるやつもいるようだ。周囲を気にしてない。むしろ、悠然とぼっち飯してるのもいる。なかなか、大物じゃないか。
さて、俺様も周囲を気にせずイチャつくとするか!
「ねぇお兄ちゃん、私にも食べさせて~?」
と思ったら、シスターのほうが微妙にアクションが早かった。連携がとれているようでとれてねぇ……。
律花のお口の中に、からあげを入れてやった。もふふっ、と能天気に笑っている。
やはり、こころなしか、クラスメイトの目線が痛い。見られること自体は、別にかまわん。むしろ見せ付けたいくらいだ。
が、四六時中、双子とイチャついていれば、友達は出来ないよな。うーん、どうしたものか。男はまあどうでもいいのだが、女友達が出来ないのは少し問題だ。
ともかく、こういう時は情報収集だ。
スマホのSyabetter(シャベッター)というSNSアプリで、ユーザー検索をする。数分、格闘した末に……見つけた。
「何それ? クラスアカウント……?」
「うん。ほら、『中庸大高1年1組』って書いてあるだろ? みんな、もうこんな共有アカウント作ってたんだな。俺様、まったく知らなかった。ハブられてんのかな……」
「中庸大高」とか略すと、中くらいなのか、大きいのか高いのかわからん。正式には、「中庸大学高等学校」。……正式名称でも、わかりにくかった。
ともかくここは、「中庸大学」という私立大学の付属高校だ。
「律花、お前こういうの聞いてた?」
「ううん、今はじめて知った……」
題して「ハブ双子」。……空港か何か? 誰かトランジットしてよ。もう泣きたい。
とにかく見てみよう。画面をスクロールすると――
「なっ……!? このアカウント、鍵かけてやがるッ……! 部外者じゃ、閲覧できねぇ! 部外者じゃねぇのに! クラスメイトなのに!」
「あちゃ~っ……リクエスト送ってみたら?」
「それこそ思いっきり部外者じゃん……はぁ」
重苦しいため息が出た。けっきょく、律花に頼んで、後でクラスの男子からこっちに閲覧許可を設定してもらった。こういう時、女は頼りになる。俺様じゃあ、誰も許可しなかったかもしんない。
授業中、そのアカの「シャベり」(シャベッター上での発言のこと)を見る。そしたら、もっとがっくりきた。こいつら、土曜にファミレス貸切でクラス会とかやってやがる……しかも二次会はカラオケ。もし、酒とか飲んでたらシベリア送りだ。たくさんウォッカが飲めるだろう。ありがたく思え。てか、俺様たちにひと声もかけないってどうよ? 気を遣ってくれたの? ありがとう、死ね。
この共有アカ、もう発言数が100に達しようとしている。だいぶ盛り上がってるな。まぁこういうの、一学期も経てば誰も使わなくなって、放置されてたりするんだけど……せいぜい足掻くがいい。
しかし、このアカでの発言を見てると、無性にムカつく言葉があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます