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 律花はすぐ道に迷うので、俺様はいつも一緒に歩くことにしてる。はじめて行く高校となれば、なおさらだ。

 定期は買ってある。学割制度に感謝しながら、虎ノ門駅の改札をくぐった。すると、そこはすいてる駅のホームであった。登校時間は遅め。だから、ラッシュアワーは終わったあとなのだ。うんうん、いいじゃねーか。もうこれから先、なんでも上手くいく気がしてきたぞ!

 「うあ~……」

 電車の座席に、律花はダウンしていた。味見をしすぎて胸焼けを起したらしい。フラグ回収早すぎだよ。

 胸焼けだからと言って、胸をやけにさするようなハラスメントはしない。背中をさすってやってたら、

 「ごめんね、ありがと」

 とやつれた顔を上げる。つらそうだ。そんな律花に、俺様は……

 「なんか、病弱な女の子って萌えるよな」

 「こっ、このお兄ちゃんひどいよ……悪魔だよ! 苦しんでる妹に萌えるなんてっ」

 「でもギャルゲーって、車椅子とか盲目の女の子はよくいるのに、四肢無しの子とか、皮膚病とかの子ってほとんどいねーよな。あれはなんなんだろう」

 「やめて! 重い話やめて! 胃が重いんだからっ!」

 律花は勢いよく立ち上がった。わたわたと必死に怒る姿もかわいい。あと、ちょっとシャンプーの匂いがした。もう一回嗅ぎたいな……。

 「何立ち上がってんの? 夫婦漫才やってんじゃねえんだぞ。治るまで座ってろよ」

 「ボケたのはお兄ちゃんじゃん……ていうか、夫婦って……もぅ、すぐ誤魔化すし」

 ぶつぶつ言いながら、律花は尻をどさっと落とした。そのとき、またシャンプーの匂いが漂う。ミッションコンプリート。もう、涅槃に逝っちゃいそう。

 それと対照的に、律花はこころなしか口をとんがらせていた。俺様も、真似して口をとがらせてみた。オシドリ夫婦の完成である。乗客のみなさんが、微笑ましい顔でこちらを見ていた。お後がよろしいようで。

 んで、入学式である。失楽園駅で降りれば、高校はすぐそこだ。敷地まで、100メートルもない。駅から校舎が見えるくらいだ。なのに律花が、駅から出るなり逆方向へトコトコ歩きはじめるのには閉口した。「ベクトル」は高2の数学Bで習うそうだ。それをまだ勉強してないから、移動距離さえあっていれば、どの方角にいっても同じだと思っているのだろう。

 校内には、新入生たち。新品の制服の形が、まだカチッと残ってる。まるで工場から吐き出されたばっかりみたい。そして驚いたことに、父兄も生徒以上にたくさんいた。

 「うわ、お父さんお母さんみたいな人多いね……。おじいちゃんおばあちゃんまでいるよ!」

 「人口密度たけぇな。通勤ラッシュみてぇ。ひいおじいちゃんひいおばあちゃんまでいるんじゃねぇの?」

 「あはは! そこまでヨボヨボな人、いるかなぁ?」

「むしろ、アダムとイブまで全部いそうだな」

「遡りすぎだよ! ここはエデンの園じゃなくて、失楽園キャンパスだよ!?」

 返しの上手いシスターだった。かしこいぞー、えらいぞ! さて、話を戻すか。

 「……そうだな。最近、みんな過保護だよな。じいちゃんばあちゃんまで来てんだからさ。そうだ、どっかの学校で、来る親が多すぎて、入学式に入場制限かけてるってニュースになってたっけ。邪兄(ジャニイ)ズのライブかよっていう」

 「そうだね。もってきたいものをもってけないなんて……。なんか、おやつは三百円まで、みたいだよねー」

 「親だけにおやつか」

 律花は、「はぁ?」と顔をしかめた。

 「ちょっと……お兄ちゃん寒い!」

 「おやつってお前が言ったんだろーが!」

 パシャリパシャリ、と写真を撮る音が5秒おきくらいに周囲から聞こえた。素直に、俺様たちも尻馬に乗ることにしよう。その辺のおばちゃんに頼み、ツーショット写真を撮ってもらう。

 茶髪の少年が、不敵な笑みを浮かべながら相方の肩を引き寄せている。相方のほうは、少年よりすこし背のひくい、茶髪の少女。ちょっと舌を出しながら、元気にVサインを突き出していた。脇っこに、「平成28年度 中庸大学高等学校 入学式」という達筆の看板。ついでに薔薇の造花。

 すばらしい写真だ。あとで、印刷しよう。

 万が一、スマホを落っことしてデータロストでもしたら困る。なので、写真データをPINEtalk(パイントーク)というアプリ内のグループにアップロードしておいた。このグループは、「ラブラブふたご」という名前で、加入者は俺様と律花しかいない。ちなみに、この「ラブ」とは、家族愛という意味である。けっして、恋人・夫婦的な「ラブ」ではない。

 「なぁ律花。俺様たち結婚しよっか」

 いきなり、建前が崩壊していた。

 「なっ何言ってるの!? 写真見て、舞い上がっちゃったの? いや……兄妹は結婚できないって、自分で言ってたじゃん! 民法734条1項本文でしょ!?」

 「でしょ」とか言われても、知らねーよ。しかし、家に居たら、六法全書で殴られてるところだった。絶対死ねるな、あの分厚さは。

 「なぁ律花。俺様たち結婚ちよっか」

 「微妙に可愛く言ってもダメ! したいけどムリ! 法律的に!」

 したいのか……!

 「したいけど」その一言が、地味にめちゃくちゃ嬉しい。すげぇ字あまりだな。

 嬉しくて、ついもっとくだらない会話をしたくなっちまった。

 「なぁ律花。俺様たち血痕ちよっか」

 「血痕するって何!? 殺人事件!? ジャンルが変わっちゃうよ!」

 「ジャンルってなんだよ……」

 「え? わかんない。……高校入ったし、学園ものでいいんじゃない?」

 「意味がよく分からんな。あと、ちょっと思ったんだが、『血痕する』って言葉、場合によってはエロくない?」

「意味がよく分かんないよ! どうせ、エロいって言いさえすれば、困ると思ってるんでしょ! もう、私はそんな子どもじゃないんだから! ……ああ~っ、何その顔! ムカつく! ウソだと思うなら、もっとえっちなこと言ってみなよ! ……あ、でも、女の子に面と向かってそんなこと言っちゃダメだよ! お兄ちゃんの制服に血痕つくよっ!」

 べーっ! と舌を出しつつ、手で俺様の首を刎ねるマネをする律花。

 「大人の女性」扱いも、「女の子」扱いも、いっぺんにしろっていうのか? あまりに欲張りすぎる命令だ。俺様はどっちにすればいいんだ……もう訳がわからず、とりあえず謝っておく。

 「ごめんなさい大人になったら指輪プレゼントするから許してください!」

 「うーん……結婚式も開いてくれるなら、許してあげようかなぁ」

 このわがまま娘め! 調子にのってんな!?

 でも、籍も入れられないのに、式はやるのか……。少し空しいんだが。あと、呼ぶ友達がいない。

 律花の機嫌は、急によくなった。なんかスキップとかしている。単純なもんだ。純白のウェディングドレスを着た自分の姿でも、想像しているのだろう。理想の結婚式より先に、現実の入学式に戻ってこいって感じである。

 それにしても、ひとしきり会話のスパーリングができたな。シスターのバイオレンスな側面が垣間見れた。実りある会話だったといえる。これからはちっと気をつけよう。

 ふと、律花が写真を見てしょぼんとする。

 「でも……お父さんも来られればよかったのにね」

 「……」

 めずらしく、俺様はそれに答えなかった。

 律花が「お母さん」と言わなかったのは、俺様への配慮か。

 母は自信過剰の弁護士で、子どもをコントロールできると信じて疑わなかった。なまじ頭が良いのが法律にのめりこむと、ああいう救いようのない堅物が出来上がるんだろう。かたや父は、脇でおろおろ見ていただけ。そんな父も気に食わない。が、母への悪感情よりはマシだ。なにしろ、一緒に暮らすことができなくなるほど酷いのだから。

 ……ありがとう律花。「お前は」やっぱりいい大人になるよ。

 「そういえばあいつら、中学の入学式はいっしょに来てたな」

 「! ……あっ、そうだね。来てたよね」

 律花は驚いたように言った。俺様が、自分から親の話を出したからだ。

 「知り合いの子どもも入学式に来てるからって、いちいち挨拶させられたりしてな」

 「そうそう! たしかお母さんの知り合いの弁護士の子で……男の子だったっけ?」

 「あぁ。クラス違ったから、けっきょく中学で一言も話さなかったけど」

 「え? あー、そう?。クラス一緒だけど、話さなかったんじゃない?」

 「おう、人をコミュニケーション障害呼ばわりするの止めろや」

「ちっ違うよ! 入学式のことが気まずかったから、ずっと話さなかったって意味で……」

 それじゃ、どっちにしろコミュ障だろうが! 律花は、急いで話題を変えていた。

 「あーあとさー、中学受験のとき塾で一緒だった子いたよねー、あの、女の子」

 「その話もやめろ……」

 ところが、話し出したら律花の口は止まらなかった。つまり、女とはそういう生きものなのだ。

 ことの顛末はこうである。その女の子……美園さんだったか。かなり優秀な上に美少女だった。別に、俺も律花も、塾で話をしたことはない。ないが、印象には残っていた。

 そのころはまだ、俺も母との交渉があった。だから自然と、美園さんのことも食卓で話題にのぼった。母も、彼女のことを知ってたわけだ。

 俺様は実を言うと、ちょっと美園さんをいいなと思っていた。恋をしていた――といってもいいかもしれない。あ、初恋は律花だからね? 理想の恋人は実妹だからね?

 だから恥ずかしくて、「中学の入学式で会っても、美園さんの親に絶対あいさつとかしないで!」と母に訴えていたのだ。母は、塾のランキングや広告を介して、美園さんの顔を知っていたから。

 母は了承してくれた。しかし……入学式で美園さんと、その家族を見かける。その途端、母は「お話したい」「話題を共有したい」という欲求に抗えなくなったらしい。あっけなく俺様との約束を破り、話しかけてしまった。まるで脊髄反射だ。

 俺様は安心しきってた。弁護士で、厳格な母のことだ。約束はぜったい守ってくれる、と。

 そんな思い込みからの、奇襲である。そのときの俺様の絶望ぶりときたら……。目の前が真っ白になったのを覚えている。

 美園さんの家族も、こちらのことをなんとなく知っていたのだろう。ピンときたような顔をしていた。瞬く間に母親どうしで意気投合し、そして――

 「――お兄ちゃんが美園さんのことを気になってるだとか、好きだとか、思いっきり言っちゃったんだよねー! それでお兄ちゃん、超まっかな顔してたし! 美園さんはキモッて顔してたし! 面白かったぁっ、プークスクス!」

 「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ! やめろぉ、俺様のトラウマをえぐるなぁぁあっ!」

 別に、好きとまでは言ってねーのに。面白おかしく脚色しやがって……チクショウ。律花も律花で、嫉妬があるのか、ことあるごとにこの話題を持ち出しやがる。ちなみに中学では、俺様は美園さんを見かけるたび、こそこそ逃げ回る羽目になった。ひどいよ。こんなのってないよ……。

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