妹と六法全書 ダイスキでも結婚禁止!

相田サンサカ

第1章 妹と部活設立

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 1 《2016年4月7日 木曜日》

 「俺様さぁ、学校でハーレム作るわ」

 高校の入学式を翌日にひかえた、その日。お風呂上りの落ち着いた雰囲気を、俺様は唐突にぶち壊した。マイ・シスターは、二人分の制服をカーテンにかけて、ルンルンと皺を伸ばしていた。……のだが、手をとめる。「え?」とか言って大口を開けた。歯茎も見えている。それでも花の女子高生か? しかしやっぱり、どんな変顔でも俺の可愛いシスターだから困る。

 確かに、言ったのは唐突だ。けど、考えついたのはもっと前なのだ。俺様たちは一心同体なんだから、そのくらい察していただきたい。

 

 中学三年生の時、つまりほんのちょっと前のことだ。そのとき、俺様は「母さん」と呼んでいた人間と、大喧嘩をした。つかみ合いだ。たしか、さる携帯ゲームハードをこっそり持っていたのがバレたのだ。見つかったのが、ゲームソフト一本ならまだよかった。ゲームハード、というのが最悪だった。なにせ、それを失ったら、どのゲームソフトも一本さえできなくなる。

 そこでもし、「ごめんなさい」と、捨てていたら? 話はそれで済んだのかもしれない。が、そうしなかった。代わりに、生まれてこのかた一度もしたことのなかったことをした。

 親に、逆らったのだ。

 もう、つもりつもった恨みが爆発してしまった。なにせ、ゲームや漫画、ライトノベル、テレビアニメの視聴など、としごろの少年が好きそうなものは厳しく規制されていたから。それも、物心ついてからずっとだ。

 気づけば、テーブルがひっくり返っていた。皿が砕け、料理が散乱して。俺様の肩をつかむ母の手は、簡単にはね退けることができた。だって俺様はとっくに、母より10センチ以上も高い、美男子の偉丈夫に成長していた。腕力では負けん。

 でも最終的に、母との戦争には勝てたのだろうか? よくわからない。代わりに、確かなことがある。その日、俺様は本当の自分に戻れたってこと。いや戻ったどこじゃない。反動がつきまくり、思い切り開き直った人間になってしまった。

 そんな俺様に、ついてきたのはシスターだけだった。


 「な、何言ってるの!? ハーレムって……女の子と何人も付き合うとか……そういうこと!? ダメだよ! 絶対! 不潔だよ! それに、お兄ちゃんには私がいるじゃないっ! なんで、なんで……私、何か変なことした? これからは、お弁当も作ってあげるし。勉強、わかんないとこだって教えてあげるよ? 一緒に登校だってするよ? 反抗期なんてならないよ!?」

 「いやー、別に? 律花(りっか)に不満はないよ。ひとつも。むしろ愛してる」

 律花というのは、マイ・シスターの名前だ。

 シスターという変な言葉には、理由がある。典型的な「教育ママ」だった母に、俺様たちはアメリカ留学させられたことがある。そこで、英語に慣れてしまったのがひとつ。

 あと、「妹」だと、なんかしっくりこない。俺様たちは、いわゆる二卵性双生児。生まれた日時は同じ。ただほんのちょびっと、俺様が早く生まれただけ。学校も同級生だし、どちらも対等だ。お互いに助け合って、上も下もないからな。

 ま、当のシスターのほうは、「妹」という立場のほうがお好みみたいだが。

 律花はふにゃんと情けなく、ゆるんだ顔をした。俺様の手を、きゅっとつかむ。

 ……こういう風に堂々とおねだりしたり、甘えられるからかな?

 「じゃ、じゃあ……」

 「でもさー、ぶっちゃけ律花って血ぃつながってるよな。だから付き合えないし、結婚もできないじゃん? だからさー、高校で彼女欲しいなーって」

 「なっ、なっ、ななななっ……確かに、つきあえないけど……いつかは、他の女の子とそういうことになるんだろうって思ってたけど……こんなに早く!?」

 「早いも遅いもあるか。やりたいことはすぐやるんだよ。そんでどうせなら、ギャルゲのハーレムエンドとかみたいに、美少女いっぱい囲ってうはうはしたいんだよねー。んでも、安心してくれ。律花をないがしろにしたりはしないよ」

 花弁のような律花のほっぺたに触れ、愛でる。彼女は、「あ」と吐息を漏らした。

 「お前、勘違いしてんだろ? 彼女ができようが、ハーレム作ろうが、どの女も俺にとって『一番』だ。『二番』はいない。差別は絶対にしない。とうぜん、お前も」

 「ちょっと、お兄ぃちゃん……」

 もうメロメロだった。物欲しそうだったので、サービスしてほっぺたとほっぺたをあわせてみる。こいつ、少し肉がついたかな? 高校生らしい柔らかさだった。

 「俺様のゆいいつの家族で、いちばん大切な女の子は……お前だよ、律花。これから先、ずっとお前がいてくれなきゃ、俺様は駄目なんだよ?」

 その殺し文句で、ことは全て済んだ。

 「そうだよね~。お兄ちゃんみたいなかっこいい男の子は、いっぱい子ども残さなきゃ駄目だもん。どんどん彼女つくってね。それに、お兄ちゃんの選んだ女の子なら、きっとステキな子だよねっ。あぁ~、楽しみだなぁっ。お兄ちゃんと私のアルバム、いっぱい見せてあげちゃうんだから。ふふふっ!」

 律花は、転びそうなスキップで俺様の部屋にやってくる。持参の枕で、ちゃっかりこっちの布団に潜り込んだ。今日はご機嫌のようだ。ちょろいもんである。あ。右腕に、なんかやわらかいのが当たった。ふぇぇっ……。

 しっ、しかし! 俺様に罪悪感はない。むしろすがすがしい気分だ。

 だって、本当のことしか言ってないし。俺様と律花の間に、隠し事などない。

 大切なのは律花。と、俺様の欲求だけ。

 法律とか。常識とか。世間体。

 友人とか。教師とか。親。

 そんなのはすべて、一顧だにする価値もない。酷く言えば、ゴミだ。

 後ろゆびを、指したいバカは指すがいい。これからも、この愛すべき双子へそそぐ愛情は変わらない。一日も休まず、学校でも買い物でもついてってやろう。

 本気で、俺様はそう思った。それから……寝るときも下着つけろよな。風邪ひいても知らんぞ。

 

 《2016年4月8日 金曜日》

 その朝も、律花はすこぶるご機嫌だった。

 やつは、もぞもぞと布団から這い出していく。そんな気配がしたのは、まだ暗いうちだったように思う。俺様が新品の制服に着替えたら、やっと8時だった。今日は入学式。今後、通常授業になっても、始業時間は遅めだ。この時間に起きて、充分に間に合う。なのに、あの早起きはなんなのだろう。

 「あ、おっはよー、お兄ちゃん。やっと入学式だねっ」

 律花は、すでに制服だ。その上から、まぶしいオレンジのエプロンを身につけていた。くるっ、と胴をひねる。腰に手をあてつつ、軽やかに敬礼のようなポーズをとった。まるでピンナップだ。可愛らしさと活発さが、絶妙にマッチしている。

 律花が女子高生となって、第一日目の朝。

 あぁ、もう律花も中学生じゃないんだ。俺と同年齢だから、当たり前だ。律花にとって、人生でいちどのだいじな日。なぜだか、ちょっとうるっときた。

 「ちょっ、お兄ちゃんなんで泣いてんの? え、ちょっと……ほんと大丈夫!? 怖い夢でも見た?!」

 「いや……うぅ……すまん。あまりにも……あまりにも……律花がすてきに見えて……大きくなったな、律花……りっかぁ……もう、シスコンでいいや……!」

 「そ、それはっ! もう知ってるから。私もブラコンだから相殺されるよ、大丈夫だよ!」

 兄妹愛は、相殺できるものなのか……。まるで負債だ。世間的には、あながち間違ってないから困る。

 ……この愛なき時代に絶望した。俺様は机につっぷして、おいおい泣く。すると律花は、背中をさすってくれた。

 「っていうか泣かなくてもいいじゃん。お兄ちゃん、お父さんみたい」

 「じゃあ、早起きして料理してるお前は、母ちゃんみてーだよ……いったい何時に起きたんだ?」

 「ん、6時」

 「はえーよ。昨日、寝たの12時ごろだったよな……ってことは6時間睡眠!? おい、8時間は寝なきゃだめだろっ。将来、大きくなれないぞ!」

 「え? 小学生じゃないんだからさ……。もう。せっかく、朝食もお弁当も作ったのにー」

 なるほど、見ればテーブルにはトーストと目玉焼き。良い匂いがする。流しには、洗い物がいくつかあった。

 「お弁当、何作ったかはないしょだよ。お昼になってのお楽しみだからねー」

 メニュー聞こうとしたのに。先を越されてしまった……。

 律花は、今はメガネ着用だった。律花の裸眼はまるく、大きくてかわいい。言動もあわせて、初対面の人からはアホっぽく見られることも多かった。

 しかし勉強中は違う。メガネありだと、不思議と印象が変わる。知的で素敵な、秀才女子。素敵なのはもとからだが。

 そして、机には雑誌が裏返しになっていた。「裁判所タイムス」だ。弁護士をしてる母の影響……というか命令だろう。律花は、ふつうの科目のほかに、すでに法律の勉強さえはじめている。普通は、大学に入って始めるもの。それを、高一の段階ですでに、だ。

 母の要求は、はっきり言って異常だ。誰だって分かる。が、それに平気な顔で応える律花は、はっきり言わなくても異常だ。俺様が母の敷いたレールから外れたのも、当然だったと言える。

 俺様は腕を組んで、うんうんとうなずいた。

 「えらいなー、律花は。料理中のスキマ時間にも、勉強してたのか」

 「え、違うよ。メガネは、跳ねた油が目に入らないようにしてるだけだよ。あー、油ものってバラしちゃった。もー」

 えぇ……。

 「じゃあ、その裁判所タイムスはなんだ」

 「これ? ただの汚れ拭きだよ。先月号だから、もう要らないし」

 おい! 俺様の感心を返せ!

 「じゃあ、いただきまーす! あ、お兄ちゃん、お醤油かけといたからね。塩分多いから、もうかけちゃだめだよ」

 「ああ」

 「あと、パンはバター? マーマレード?」

 「んー、今日はバターで」

 べつに塗ってくれとまでは言ってない。が、律花は勝手にバターをすくって塗りだした。

 「何度も言うが。そこまでし――」

 「し・ま・すー。はい、できたっ」

 律花は俺様の隣に腰かける。パンを渡すついでに、ドンっ! と肩を肩にぶつけてきたり。別にアメフトしてるわけではない。甘噛みならぬ、甘ぶつかりってところか。この甘えん坊さんめ。そうされてニヤニヤしている俺様も、人のことは言えないがな。

 「お兄ちゃん、ニヤつき方が気持ち悪いよ~?」

 「お前だからだよ」

 「っ……!?」

 律花は真っ赤になった。

 くぅ~~っ、きまったぁ~~! 反撃成功、くりかえす、反撃成功だ!

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