死神の鎌Ⅱ
「それよりお二人は次の試験の心配をした方がいいのではないでしょうか?」
既にロングスカートの上に自分の分をキープしたフィニーが行動に似合わない真面目な口調でそう言った。
「試験ってまだ続くんですか?」
「他の昇格試験はこれで終わりなのですが、特級はまだもう一つ残っていまして」
あと一つ。そう聞いただけで少し心が重くなる。竜也はここまで言われるままに流されてきてまだ
「次ではどんなことをしてくれるのか、楽しみだな」
竜也の不安を察したようにシェイドが誰にともなく言い放つ。その言葉に一番反応するのはもちろん竜也だった。
「別に私はシェイドを楽しませるためにやってるわけじゃないんだけど?」
「少しくらい構わんだろう。普段ずいぶんと迷惑をかけられているからな」
「それは、そうだけど」
タナシアの噛みつきを簡単にあしらいながらシェイドは意味ありげに微笑む。彼女は竜也の選択を楽しむ腹づもりのようだ。
未だに何かを言っているタナシアを二人に任せ、竜也はわずかに震えるカップの水面を見つめていた。
「おはようございます!」
肩までしっかりとかけた布団が思い切り剥がされる。行儀良く寝ていた竜也にとってはこれほど理不尽な仕打ちもない。幸いこの裁きの間においては適温が保たれているので寒いということはないが、それでも不快な起こされかたに違いはない。
「何しやがる!」
「せっかく吉報を持ってきましたのに、そんな怒らないでください」
ベッドの傍らには満面の笑みを浮かべたイグニスが布団の端を持ったまま竜也の方を見下ろしている。休日の母親のようなことをしやがって、と無性に腹が立った。
「その吉報ってのは相当なものなんだろうな? 合格です、くらいじゃ俺の怒りは静まらないぞ」
「おやおや、ずいぶん殺気立ってますね」
「誰のせいだ」
怒りを隠すことなくぶつけてみるが、イグニスの表情は少しも崩れる気配がない。やはり無駄か、と諦めて、竜也はベッドから這い出る。
「それで、どんな吉報を準備してきたって?」
一応流れに乗って聞いてはみるが、検討はついている。吉報という言葉はイグニスが竜也をおちょくるための方便であって、内容はなんだっていいのだ。つまり彼のもっていているものは試験の合格通知だけだ。
「はい、まずは一つ。機能の試験は合格です。お二人とも」
「それはどうも」
「おや、反応が薄いですね。あれでもエリート中のエリートしか合格できない難関なのですが」
そう言われても竜也にとっては容易い問題だった。つい一、二週間ほど前まで竜也は人間として暮らしていたのだから、英語圏の人間に日本の英語検定を受けさせるようなものだろう。
しかし、イグニスの言葉に引っ掛かるところを見つけて、竜也は聞き返す。
「一つ?」
「はい、まだありますよ。あなたにお伝えする良いお知らせが」
何もないと思って期待していなかったのに、表情一つ変えずに微笑んだままのイグニスはさぁ聞いてくれと言わんばかりに竜也の方ににじり寄ってくる。
「なんだよ?」
「いえ、聞きたくないのかと思いまして」
つまり聞きたければお願いの一言でも言えということか。面倒というか回りくどいことを言うものだ。
「別にどっちでもいい」
「そう遠慮なさらず」
そんな不毛なやりとりをしていると、半分閉じた目を擦りながらふらふらとした頼りない足取りでタナシアがやってくる。後ろを歩くフィニーがそれほど心配していないところを見ると、緊張でよく眠れなかっただけのようだ。
「こんな時間から何の用よ? もうちょっと空気読んでよね」
「早く採点しろ、と言われたので急いで済ませてきたのですよ?」
「誰もこんな時間に叩き起こせとは言ってないんだけど?」
あぁ、面倒だ、と竜也は二人のやりとりを先刻の自分と重ねて見ていた。こんな風に反応してしまうからイグニスのちょっかいが止まらないのだろうとはわかっていても、あの微笑みには絶妙に人をイラつかせる何かがある。
「それで何を言いに来たんだ? できれば二度寝したいんだが」
二人の間に割って入るように口を挟んだ。ある程度冷めている竜也と違って、タナシアでは放っておくといつまでも文句を並べて話が進まない。事実それがわかっているフィニーは一人離れたところで竜也のぐちゃぐちゃになったベッドを綺麗に整えなおしている。
「そうでした、そうでした。目的を忘れてしまうところでした」
わざとらしく両手を叩き、イグニスは怒ったままのタナシアを無視して竜也に向き直る。
「人間界に帰ることができますよ。おめでとうございます」
「は?」
頭に浮かんだ疑問がそのままに口に出た。隣にいるタナシアからもまったく同じ音が出たからには、竜也の聞き違いではない。
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