死神の鎌Ⅲ

「ちょっとそれどういうこと?」

「言葉通りですが?」

 想像した通りの反応が見れて満足だとイグニスが笑みの色を濃くしている。

「次の試験の内容、タナシアはご存知ですよね?」

「実地試験でしょ? 死神が人間界できちんと振舞えるかの試験」

 これまでの試験もそうだったが、死神の試験というのは人間の世界に溶け込むことが出来るかを試すものだ。イグニスやフィニーと話したり、部屋に入ってみたりしても竜也が違和感を覚えずに接することができるのは彼らがそもそも人間と交流するための様々な知識を得ているからだ。

 それはタナシアにも言えることだ。多少わがままではあるが、人間である竜也といても違和感はない。この辺りがフィニーが合格間違いなしと太鼓判を押す拠り所でもある。

「それで、俺にもついていけ、ってか?」

「物分かりがよくて助かります」

 人間界に帰る、と聞いたときからなんとなくは予想がついていた。イグニスと、それからキスターが何も用意せずに竜也に死神の試験を受けさせようなどと言うわけがないことくらい、本当に短い付き合いでも竜也は薄々気付いている。

 裁きの間で審理中の人間が人間界に一時帰省する。それがどれほど特殊なことかまではわからないが、彼らは竜也に決断を迫っているのだ。

「いつからだ?」

「準備がありますので、明後日からということでいかがでしょうか?」

「わかった」

「ちょっと勝手に決めないでよ!」

 タナシアの声はもう竜也には聞こえていなかった。ここから先はタナシアの付き合いではない。自分の選択が問われているのだ。

 人間界という言葉を聞いても素直に受け容れられるほど竜也はこちらの世界に慣れてしまっている。それは自身が望んだことでもある。

「何でそんな深刻そうな顔してるの?」

 喚いていたタナシアもさすがに察したようで押し黙った竜也を不安そうに見上げている。その顔を見返そうともせずに竜也は微笑むイグニスの顔を睨みつけていた。


「さぁ、着いたわよ」

 裁きの間から真っ暗な廊下を抜け、案内された通りに目を閉じた。そのままタナシアに手を引かれて辿り着いた先は懐かしい風景だった。

 青い空、白い雲、真っ赤な太陽。

 陳腐ちんぷ胡散臭うさんくさいとしか思っていなかった定型句が感動を伝えるものだったと知る。間違いなくここは人の住む世界だ。

「感動してないで早く行くわよ。ここから人のいるところまで結構あるんだから」

 二人が立っているのはどこかの山の中腹のようだ。竜也はこの場所に覚えはないが、裁きの間を出る前にイグニスに聞いた話によると、竜也が通っていた興誠学園の近くらしい。あの辺りは四方を山に囲まれているところだから方角はわからないが。

「あぁ、わかった。それにしてもこんなところにあるんだな」

 今しがた出てきたほこらのような小さな岩の隙間をまじまじと見る。自分が通ったから不思議に見えるだけできっと何の変哲もない岩場だと認識されているだろう。これが天界と人間界を繋ぐ門の一つだと言っても、また頭がおかしくなったと思われるだけだ。

「まぁね。いろんなところにあるらしいわよ。私はここしか知らないけど」

「裁きの間ごとに担当地域が決まってるんだったな」

 竜也のいたタナシアの裁きの間はこの辺り一帯が担当ということになっている。イグニスくらい地位が高いと世界中を巡っているらしいが、どこまで本当かはわかったものではない。

 山を下っていくと途中で木々が消え、視界が拓けた場所に出た。そこから街を見下ろして、ここが学園の東側だとわかった。

「それで、これからどうするんだ?」

「知らないわよ、アンタこそ何か考えないわけ?」

「あんな抽象的なこと言われてもなぁ」

 もちろん竜也はただ人間界に帰ってきたわけではない。あくまでもこれは試験の一環なのだ。ここでタナシアと協力し、課題をこなして帰らなくてはならない。

「愛の証って何だ?」

「知らないわよ、そんなの」

 ゆるやかに続く山道を並んで下りながら、イグニスから渡された課題の内容を考えてみる。タナシアに問いかけたところで答えを知っているはずもない。

「お二人には人間界で愛の証を探してきていただきます」

 ここに来る直前に言い渡されたイグニスの言葉だ。

 愛の証、と言われても何のことかわからない。具体的に説明しろとは言ってみたもののいつものようにはぐらかされてしまった。

 結婚した男女の間に生まれた子供ならよく愛の証と言われるな、と思いついて竜也はタナシアの方を見た。すぐさま朱に変わり始めた自分の顔に気がついて顔を逸らす。

「何か思いついた?」

 タナシアが覗き込むのを避けるように大きく首を振る。いったい俺は何を考えているんだ、と赤くなった頬から熱を奪うように乱暴に両手で拭った。

 緩やかな坂道を下りきると少しずつ建物が見えてくる。ただ人の気配はしない。この辺り、駅前からの大通りから東側は市の予算が足りずに放置された一種のゴーストタウンと化している。それほど治安は悪くないが、空き家や廃工場が立ち並び雑草に覆われた広い更地も珍しくない。

 そのほとんどは子供たちの遊び場や秘密基地となっていて、下手に覗き込むことも躊躇われるような場所が多い。

「ねぇ、アンタこの辺り詳しいんでしょ?」

「高校が近いからな。とは言っても詳しいってほどでもないが」

 竜也にとって登下校というのはただ自宅と学校を往復するだけのことだ。常に一人では寄り道という言葉は気まぐれにしか存在しない。それでも住宅街が広く続いている自宅周りと比べれば、学生にとっては手軽に覗ける店も多く遊びに出るときはこちらに来ることが多かった。

「それじゃちょっと案内してよ」

「試験中だぞ」

 期間は丸一日、二十四時間。精神の固まりである霊体は肉体の疲労がないので、精神さえ耐えられれば一日ずっと行動していられるだろうが、それでもたったの一日だ。

 しかも今までのものとは違い、合格するための道筋は見つかっていない。少しくらい危機感を持ってくれてもいいだろうに。

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