試験の鬼Ⅳ
「いただきます」
山の中腹辺りに手をつけると徳用の小包装のチョコレートがついてきた。包みを解いて口に入れると甘い感覚が脳に染みこんでいくようだった。
「それにしてもタナちゃんのお勉強見てくれるなんて、ちょっと意外でした」
「そうですか?」
「あまり、学校がお好きなようには感じませんでしたから」
死神であるフィニーは竜也の人間時代の生活を知っている。毎日をぼんやりと繰り返しながら目的もなく日々を浪費していたことを。竜也にとって勉強というものは目の前に置かれたやっていれば許されるものであって、それなりの成績を修めることを目的としていたわけでも、何かその先に求めるものがあったわけでもない。
「俺には、勉強くらいしかできることがないんだって気付かされましたからね」
十五年と少しの命で積み重ねてきたものはそれだけだった。世界から離れて初めて、竜也は自分の存在の無意味さに気付かされる。
「でもいいじゃありませんか。こうしてタナちゃんの役に立っているわけですから」
「そうですね。始めた以上は最後まで付き合ってやりますよ」
「本当ですか!?」
竜也の何気ない一言にフィニーが急な大声を上げて立ち上がった。
「な、なんですか急に?」
「竜也さん、今確かに最後までタナちゃんに付き合うって言いましたよね?」
「そりゃ、言いましたけど」
それがいったいなんだと言うのか。竜也としては場の流れに押し切られたとはいえ、タナシアの、容姿に一目惚れした女の子の努力に付き合ってやりたいくらいの軽いものだ。
「聞きましたか、キスター様?」
「おう、しかと聞き届けたぜ」
お菓子の山に気を取られていて少しも気付かなかった。竜也と向かいに座ったフィニーの他に席はまだ二つ空いている。その二つに竜也から見て左にキスター、右にシェイドが座ってカップを傾けている。
いつの間に来たのか、竜也にはまったく覚えがない。
「なかなか殊勝なことじゃないか。っとこれをいただくぞ」
「いつの間に座ったんだ?」
「あに、気にするな」
コーヒークリームが塗られたビスケットを口に入れながら興味なさ気にシェイドが答えた。普段は真面目そうに見えてどうもお菓子の山には弱いらしい。
「あぁ、なんだ。せっかくタナシアの奴がやる気出してきたんでな。お前の方はどんなもんかと確認に来たんだ」
シェイドの座った方と逆側からキスターの声が届く。少し低く発した声がいつもより真面目な話題だと告げている。
「決意?」
「あぁ、タナシアの試験に最後まで付き合ってくれるのかと思ってな」
「それなら付き合いますよ。俺の試験も兼ねてるんでしょう?」
「おぅ、もちろんだ」
自分たちからけしかけておいて、と竜也は苦い顔を隠すようにコーヒーに口をつける。やろうとしていることに口を挟まれると急に士気が下がるものだ。今更撤回する気もないが、心配されるようなこともない。
「なら、決まりですね」
「よし、じゃあ今日付けで申請を通しておいてやる」
竜也のことを放ったまま、フィニーとキスターが意味ありげに頷きあっている。そこまで来てようやく竜也はこの状況の異変に気がついた。少し油断していたのだ。キスターとイグニスはもちろん、タナシアも危険ではあるが、フィニーだけは自分の味方だと。
「いったいなんのことでしょう?」
いい答えは返ってこないと知りながら、竜也は聞かないわけにはいかない。聞かずに放っておいたら反論する時間すら奪われてしまうのだから。
「タナちゃんの次の学力試験って一週間後なんですよ」
「それは、イグニスから聞きましたけど」
「お前の審理日程は後二日しかないわけだ」
言葉を継ぐように答えたキスターの一言で竜也はようやく我に返った。衝撃の連続が絶えず頭の中を上書きし続けたせいでずいぶんと下の方に埋もれていたが、自分は一週間の期限までにタナシアを説得して死刑判決を逃れる必要があった。その期限が後二日まで迫っている。もちろんなんの進展もないままに。
「そういえば」
「だが、タナシアの試験に最後まで付き合ってもらうのに死なれても人間界に帰られても困る。そこで、俺からこんなプレゼントだ」
キスターはそう言って笑いながら一枚の紙を差し出した。事務的な白い紙に小さな字で説明書きがされている。
「審理延長届?」
「はい。要するに裁きの間での審理期間を延ばしてもらう手続きです。竜也さんの
「とりあえず一週間だが、次も合格したら再延長してやる。気兼ねなく頑張れよ」
二人の笑顔に竜也はまんまと
「そんな簡単に認められるんですか?」
職権濫用だろうに。一つの機関を治める長がそんな感覚で本当にいいのだろうか?
「心配要らんさ。これは俺の独断で決められるし、前例もあるからな」
「竜也さんはタナちゃんの面倒だけ見ていてくれれば大丈夫ですよ」
フィニーのフォローはどこかズレている。いつの間にか竜也の地位はタナシアの子守役に変わってしまっているが、これが向上したのかは竜也にはどうにも判断しがたい。
「それじゃ、引き続き子守を頼むぜ」
用事は済んだとキスターが立ち上がる。やりたい放題やっていることと豪放な性格に惑わされがちだが、これでも閻魔王なのだ。竜也の知らないところでは真面目に仕事をこなしているのかもしれない。
「では私も事務手続きの手伝いをしてきますね。あ、お菓子は差し入れですから食べちゃっていいですから」
キスターに並ぶようにフィニーも立ち上がった。差し入れと言われても到底食べきれる量ではないのだが、このまま山積みにしておいてよいものだろうか。明日になればまたタナシアがここに来る。その時に少しずつ減らせばいいか。竜也がそんなことを考えていると、二人が立ち去ってなお残った一人に気がついた。
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