峻別の王Ⅴ
「ちょっと、私の
「お前、仕事放り出しといてよく言うな」
そう言いながらも竜也はお菓子の山に手を伸ばす。久しぶりに頭を使ったせいか甘いものが欲しくて仕方がなかった。適当に掴んだそれは見たことのあるゴマ餡の丸いまんじゅう。どうやらこの辺りは東京土産らしい。
「それでどこ行ってたのよ?」
「ちょっと天界見学だ。俺達もたまには地獄の様子を見に行ってやらんとな」
「あんなところに連れていったんですか!? 竜也さん、大丈夫でしたか?」
心配そうに竜也を見つめるフィニーだが、お菓子の包装を剥く手は止まらない。その言葉はどうやらイグニスではなくキスターに向けられている。閻魔に抗議するほどイグニスは嫌われているのかと思うと、少し同情したくなるな、と竜也はお菓子をかじりつつイグニスの顔を盗み見る。相変わらず気に留めてもいないようだった。
「別に突き落としたりはしてねぇよ。ちょっと今の天界の様子をわかりやすく教えてやっただけだ。そんじゃ俺達は帰らせてもらうぜ。ちゃんと役割は果たせよ」
せんべいやおかきが積まれた一画をかっさらってキスターが立ち上がる。
「あ、その辺りはまだ食べてないのにっ!」
口の端にクリームを付けたままタナシアが声を荒げる。口からはビスケットの粉が飛ぶ。
「まぁまぁ。全部は持っていかなかったみたいですし」
呆れているのか諦めたのか、フィニーが落ち着いたようにタナシアを
「あれは、なかなか美味いんだが」
「なんだ、結局シェイドも食べてるのか」
「誰であっても休息は必要だからな」
むっとしたシェイドに竜也は答えに窮する。半日真面目にタナシアの仕事を肩代わりしていたシェイドに悪いことを言えるはずもない。
「とりあえず座ったら、上から話されるとムカつくのよね」
朝には三脚しかなかったテーブルとお揃いの白い椅子が一つ増えている。竜也の分を新しく用意していたのか。進められるままに席に着いた竜也はそのまま手元のチョコレートに手を伸ばした。
「それで、何を吹き込まれてきたの?」
包みを開ける手を止めて、タナシアは銀紙の上に置かれたビスケットを見つめたまま聞いた。
「何をって」
「別に隠すこともないでしょ? そもそもあの二人が揃ったときはろくな事考えてない時なの。どうせ何かやれば特別にここから出してやる、みたいなこと言われたんでしょ」
うんうん、とフィニーとシェイドが隣で深く頷く。三人ともキスターとイグニスの二人には相当困らされているらしい。シェイドの立場に似合わない抵抗もタナシアとフィニーが勝手に竜也を連れ出したことにさして怒らないことももう何度も繰り返されてきたことへの反応だった。
諦めがつくくらいまで繰り返された二人の企みをもはや三人ともわかっていながら付き合ってやるしかないということだ。
「タナシアの昇格試験に付き合え、だとさ」
「はぁ、それはまたおかしなことを言い始めたものですねぇ」
素直に答えた竜也にフィニーが
「俺の前にここに来た奴にも同じようなことを言ってたのか?」
「それはないでしょう。キスター様とイグニスさんがこの裁きの間に来るときは私たちに用がある時ばかりでしたから」
「相当気に入られているようだからな、お前は」
誰に、とは二人とも答えない。文脈から言えばキスターとイグニスに、ということのはずだが、顔を赤らめて俯いたタナシアの姿が視界の端に映るとどうにも落ち着かなくなる。
「それで、まんまと口車に乗せられてきたってわけ? 本当にバカね」
赤くなった顔が見えないように竜也から逸らしながら、タナシアは震える声で搾り出す。少しも優しさのない言葉なのに竜也は自分の顔がほころんでいくように感じた。その顔を見られてはまたタナシアの機嫌が悪くなる。そう思って隣と同じように顔を逸らす。
その様子をフィニーはどこか嬉しそうに、シェイドは複雑そうな表情で見守っていた。
「とりあえず答えは先送りにしてきた」
「ちなみになんですが、竜也さんはタナちゃんの試験に付き合えば何と?」
「そりゃ人間界に戻れる、ってことでしょ?」
「いえ、さすがのキスター様でも勝手にルールは変えられませんから。タナちゃんが天界に送ると決めた場合はきちんとそうする人ですし」
「死神の資格を与えるってさ」
竜也の言葉に三人の視線が一気に集まった。全員が
「アンタ、それってどういう意味かわかってるの?」
「俺が人間をやめてこの世界に残るってことだ」
そんなことは百も承知だった。それでも簡単に選ばなかった。もしもタナシアに同じことを言われていたら、それも初めて会った時なら。竜也は簡単に承諾していたかもしれない。そのくらいに現実味がない。
竜也がイグニスの誘いを簡単に受けなかったのは、ただ自分で選び取りたかったからというだけだ。
この少女と、タナシアとともに生きる道を自分が求めているのかを知りたかったからだ。
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