峻別の王Ⅳ
竜也の人生は空虚だった。毎日同じ時間に起き、同じ電車で学校に行き、席に座って授業を受け、また同じ電車で帰る。中高一貫の私立進学校に通っている竜也は世間から見れば優秀な部類に入るだろう。それでも竜也はそれが誇らしいと思ったことはなかった。
平凡と言うのすら
「俺にはわからないな」
「まぁ、そうでしょうね。あなたはそう思っていないようでしたから」
竜也の零した言葉を気にした風もなくイグニスは自らの手帳を開いて何かを書き込んでいる。どうやら竜也を連れてきたついでに視察したという報告書を作っているらしい。こんな適当な様子見程度で何もないが、今まで竜也が見てきたとおりイグニスという男は仕事熱心ではない。
いくらかの走り書きを終えるまでキスターがイグニスの言葉を継ぐ。
「そういうわけで天界の霊体は数が減っていくし、人間界には人間が増えていく。こっちの仕事は増えるばかりだ。やってらんねぇよ」
「それが仕事なんでしょう?」
「お前さんだって同じ日の繰り返しが嫌で死んでこっちに来たんじゃねぇか」
そう言われて竜也は押し黙るしかない。つらつらと何かを書き込んでいたイグニスが手帳を閉じて面白そうに竜也の方を見つめている。
「我々としては猫の手も借りたい状況でしてね。人間界に、少なくとも今は興味のない方はとても貴重なんですよ。必ず残れ、とは言いませんから資格だけ取っておいてください。なんなら寿命が来たら迎えに行きますので」
気軽に話すイグニスの言葉には重みがない。でも道端で配られているポケットティッシュとはわけが違う。この選択は少なからず竜也の人生、あるいはその後にまで影響する話だ。首を縦にも横にも振れず、竜也は微動だにしないまま二人の顔を目だけを泳がせて交互に見た。
こんな重要な選択を迫られるのは、竜也にとって恐らく初めてのことだった。
自分の意思で行き先を決める。そんなことを自分はやってこなかった、と思う。
私立の小学校も中高一貫の今の高校も親の勧めとちょっとしたエサに釣られて深く考えずに決めた。何かを選び取るのが嫌で部活にも入っていない。友達だってほとんどいない。誰と気が合うのか、話が合うのかなど考えたこともなかった。
ただその場に与えられたものを深く考えずに手に取る生き方。幼子のまま育った竜也の身に突然与えられた選択肢は簡単に手に取れるものではなかった。
「もう少し、時間をもらえますか?」
「構いませんが、あなたの審判の日まではあまり時間がありません。お早めに」
イグニスはさして残念そうもなく淡々と告げる。キスターは口元に手を当てて何かを考えているようだった。
断ればこのまま地獄の底に突き落とされるだろうか、と心配していたが、そんなこともなく用事が済んだ三人はもと来た道をそのまま辿って帰路につく。もちろん竜也にとっては全てが黒一色で同じか違うかはよくわかっていないのだが。
「あ、やっと戻ってきた」
ようやく見慣れた廊下にほっとした。竜也が懐かしくも思える中庭に戻ってくると、白いテーブルの上に山ほどのお菓子を並べて味見に興じていたタナシアがこちらを
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