裁きの檻Ⅸ

 困惑したタナシアを完全に無視して、フィニーが開始の合図と同時に手を離す。呆然としたままで力の入っていないタナシアの腕がぱたりとテーブルに落ちた。

「何々、今ので終わり?」

「とりあえず、俺の勝ちだな」

 だまし討ちをしたようでなんとなく気分が悪い。かといってもう一度となれば勝ち目があるはずもなく、竜也は控えめな勝利宣言と同時に押し黙った。

「ちょっと待って! 今のなし!」

「そんなこと言ってもダメですよー」

「そんなこと、って明らかに私のこと騙したじゃない。ずるいわよ!」

 テーブルを拳でガンガンと叩きながらタナシアはフィニーを睨みつける。それを横目で軽々とあしらいながら、フィニーはカップを片付けて早くも帰る準備に取り掛かっている。はたから見ればお姉さんに妹がなにやら文句を言っている。そんな風に見えた。確かに幼馴染だと言う言葉には嘘はない。

「それじゃあ、もう一戦やりますか?」

「も、もちろんよ!」

「本当に?」

 含みのある言葉でフィニーは続ける。

「もう一度竜也さんの手をぎゅっと握りますか?」

 可愛らしい微笑みと言葉なのに、どこか空恐ろしいものを感じる。タナシアはさっきの一瞬の勝負を思い出してまだ赤みがかっていた頬をさらに赤くする。それに釣られて熱を帯びていくようで竜也は二人から顔を背けた。

「あぁ、もうわかったわよ。私の負けでいいわよ」

「そうですよねー。タナちゃんの負けですよね」

 完全に敗北を認めたらしいタナシアは未だに納得がいかなさそうな顔で眉間にしわを寄せたまま立ち上がる。

「この借りはいつか返すから覚悟しておきなさいよ」

「俺のせいじゃねぇんだが」

 恨むならタナシアの隣でニコニコと微笑んだままのフィニーに言ってほしい。こうして話していれば本音をこぼしても少し睨まれるくらいで済むとはいえ、自分の首に鎌を突きつけられている身としてはちょっとした苛立ちすら恐怖を覚える。

 竜也の引きった顔を睨みつけたままタナシアが立ち上がる。怒りをぶつけるようにテーブルを平手で二度叩き、かかとで石畳を打ちつけ高い音を鳴らす。きらめく金色の髪が急な振り返りに追いつけずタナシアの細い体にまとわりついた。

「おい、約束は?」

 怒ったまま立ち去ろうとしたタナシアを呼び止める。

「わかってるわよ。この魔法陣特別製だから解除に時間がかかるの。明日までには消しとくから感謝しなさい。あと、何かやらかしたら即首はねるから覚悟しときなさいよ」

「あ、タナちゃん。待ってー」

 捨て台詞を残して去っていくタナシアの後をフィニーが小走りで追いかける。取り残された竜也は二人の背を追うようにゆっくりと立ち上がった。まだ手にはタナシアの手の温かさが残っている。本当に人間のようだった。実は自分は死んでなどいなくてどこかの秘密の施設に連れ去られて何かの実験の被験者になっているじゃないか。そんな妄想が頭の中で巡り始める。

 ゆっくりと魔法陣の端まで歩き、そっと左手を前に出してみる。

 やはり昨日と変わらず何もないはずの空間に進行をはばむ何かがある。

「明日、ね」

 本当にこれが明日にはきれいさっぱり無くなっているのか。それもにわかには信じがたい。むしろここに来てから簡単に信じられることなど一つもない。ただ半分くらいは竜也にとって願っていたことだったというだけだ。

「なんか、疲れたな」

 天蓋付きのベッドに倒れこむ。瞳を閉じるとタナシアの赤くなった顔が浮かんできて、竜也は思わず顔をおおった。

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