裁きの檻Ⅷ
「勝負事、って何よそれ」
「互いの意見が合わないときは何かゲームをして決める、というのは人間界ではよくあることですよ」
小さなことならそれでもおかしくはないが、一人の人間を檻から解放するか、というのを本人同士の簡単な争いで解決していいものか。
竜也の思いは全く気付いてもらえないまま眼前ではタナシアとフィニーの言い争いが続いている。二人とも特に疑問には思っていないらしい。ここでは常識なんて無意味だな、と竜也は不思議と冷めない紅茶を啜り、二人の騒ぎが収束するのを待った。
「わかったわよ。やればいいんでしょ」
「そうですよ。勝てばいいんですから」
「あんなのちょっと相手にするだけなんだから楽勝よね」
完全にうまく丸め込まれている。フィニーは自分が裁判官に向いていないからタナシアが代わっていると言っていたが、こうして見るとタナシアもあまり冷静な判断は出来なさそうだ。
「それで、何で勝負するのよ?」
「頼むから俺にも勝ち目くらいは用意してくれよ」
見かけは幼い少女だが、タナシアが死神であるということは知っている。そして今座っているこのテーブルセットをフィニーが軽々と抱えてきていたことを竜也ははっきりと覚えていた。頭にはちょっと隙がありそうだから
「それはもう決まっています。ここに机があって、二人が向かい合っている。その状況で簡単に決まる勝負事といえば、さぁ何でしょう?」
竜也に手を向けてフィニーが問いかけるが、竜也にはまったく見当が付かない。首を傾げる竜也にフィニーは勝算ありげに微笑むと、タナシアに向き直ってその種目を発表した。
「それはずばり、腕相撲ですっ!」
「はぁ?」
溜息のような疑問が口から漏れた。確かに道具も要らず勝負は一瞬。この場にはふさわしいかもしれないが、腕相撲で勝てるような気が竜也にはしない。人間同士で戦っても人類で下から数えた方がかなり早いであろう竜也が人外相手にどこまで通用するかなど考えたところでいい結果は浮かんでこない。
「まぁまぁ、やってみましょう」
フィニーに促されて半信半疑のまま竜也は真っ白なテーブルに肘をついた。カップも皿も綺麗に片付けられて、こぼれたクッキーの欠片もカップから落ちた水滴も残らず拭き取られている。
少しテーブルの背は高いかもしれないが、そんな小さなことは問題ではない。これからタナシアがこの手を握る。そのことで竜也の頭はいっぱいだ。たとえ
しかし、タナシアは竜也の姿を見つめたまま不思議そうに首をかしげている。
「何やってるの?」
「何、って腕相撲で勝負するんだろ?」
そう言ってみてもタナシアはやはり首をかしげたまま臨戦態勢の竜也を馬鹿にしたような瞳で見つめている。
話の流れに沿っているはずの竜也の方が間違っているようで、どこか居心地が悪い。
「ほら、タナちゃん。早くしてください」
フィニーが急かすように軽く肩を叩いた。
「早く、ってどうすればいいの?」
「あんな感じでテーブルに肘をついて、竜也さん手を握ってください」
「は!? 手を? 私が? コイツの?」
焦ったようにタナシアはフィニーと竜也を交互に見比べる。そんなことをしてもフィニーは堪えきれない笑いを口の端から漏らしているだけだし、タナシアが腕相撲を知らないと理解した竜也もどうしていいかわからないまま一人腕相撲の姿勢のまま動かない。
「ほらほら、早くしてください」
「勝負は一回でいいんだよな? さっさとやろうぜ」
両脇から急かされて、タナシアもこの状況を断る術が思いつかないようだった。諦めたように短く目を閉じると、身の丈には少し大きな椅子に浅く座りなおす。
震える手で竜也の手を握る。真っ赤な顔で繋がれた右手を食い入るように見つめている。そんな表情をされて、竜也も同じように顔をほのかに赤く染めた。
これから行われるただの遊びのような腕相撲で大きく生活が変わるというのに竜也もタナシアもまったく集中できそうもない。
「それじゃ、始めますよー」
熱くなった二人の手にフィニーの手が重ねられる。
「え、ちょっとこれどうするのよ?」
「合図があったら相手の手をテーブルにつけさせるだけですよー」
適当で至極簡単な説明。それもタナシアの耳には半分も入っていない。
「れでぃー、ごー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます