裁きの檻Ⅵ
それに、と竜也は嬉しそうに紅茶を
「確かにそれがいいかもしれませんね」
「あ、なんで今笑ったんですか!?」
堪えきれずに漏れた竜也の笑いにフィニーがむむ、と眉根を寄せる。それ以上は何も言わない辺り、自分でも自覚はあるのだろう。
「ですからやっぱりタナちゃんにも元に戻ってもらわないと」
「やっぱりそこに帰ってくるんですか」
先ほど手痛く失敗した身としてはその話題は胃が重くなる。大してマイナスになっていないような気もするが、そもそも下がるほどの好意をタナシアが持ち合わせているかもわからない。
「以前は仕事嫌いってことはなかったんですよ。むしろ真面目で上級死神の試験は最年少で合格したくらい優秀なんですから! ……口が悪いのは昔からですけど」
ぽりぽりとクッキーかじりながらフィニーは思い出すように空を見上げた。その先は竜也が来てから一度も変わることがない真っ黒な夜空が広がっている。
「付き合い長いんですね」
「まぁ、いわゆる幼馴染ってやつです。こちらの世界では珍しいですけど」
幼馴染。現実に本当にいるものなんだな、と竜也は感心してしまう。あんなものは物語の中だけのものだろうなんて
もちろん幼い頃からの友達、というのは世の中に
急な引越しもあるだろう、学力が違えば学校も離れていくだろう、友達や恋人が出来れば知らずに会う時間も減っていくはずだ。
所詮同じ幻想だと竜也は信じたかったのかもしれない。自分が天使なんてものを夢見るのと同じように。幼馴染も永遠ではないと。
「仲、良いんですね」
「はい、とっても頼りになる妹みたいな感じです」
フィニーさんが年上なのか、と漏れでそうになった嘆息を竜也は口を固く閉じて押し込めた。こんなことをいうとまた泣きそうな顔で抗議するに違いない。それはそれで見ていて可愛らしくもあるのだが。
こんなに人と面と向かって話したのはいつ以来だったか。いつもは本や携帯を見ながら適当にあしらう竜也にとっては珍しいことだった。楽しそうに笑うフィニーを見ながら、自分も楽しいと思っているのだろうか、と考える。
話し相手は鏡のようなもので自分の気持ちを知らず知らずの内に反映しているものだ。今フィニーのように満面に笑うことはなくても竜也は確実に今を楽しんでいる。
じゃあタナシアはどうだったのだろうか?
話したいことはあるのに、どう伝えていいかわからなくて黙り込んでしまった竜也と同じようにタナシアにも伝えたい言葉はあっただろうか。それは結局のところ竜也にはわかりようもない。いつになるかわからないが、タナシアが戻ってきた時に聞いてみるしかない。
「ずいぶんと楽しそうじゃない」
その時は竜也が思っていたよりずいぶんと早く来た。
微笑むフィニーの真後ろからここを去ったときと少しも変わらないふてくされた表情のままタナシアが立っていた。
「あれ、タナちゃん。戻ってきたんですか?」
「そうよ、悪い?」
不満そうなタナシアの表情と対照的にフィニーは笑顔を崩さない。彼女にとってはタナシアが不機嫌なことなどいつものことで、さして気にするようなことでもないのだろう。
「そんなに竜也さんのことが気になるならタナちゃんもこっちに座ったらいかがですか?」
そう言ってフィニーは空いた最後の一脚のイスをぽんぽんと叩く。竜也は今更ながらに気がついたが、そういえばフィニーが持ってきたトレイにはまだ使っていないカップが一つ残っている。タナシアのためのものだったのだ。
「まぁ、別にいいけど」
タナシアは勧められた席の前に立つと、じとりと竜也を睨みつけた。なんでそんなところにいるんだ、と訴えているように竜也には見えたが、閉じ込められている身としてはこれほど理不尽なこともない。
「俺に何かおかしなとこでもあったか?」
「別に。私といたときはだんまりだったのに、フィニーとはずいぶん楽しそうだと思っただけよ」
「それは、悪かったよ」
あまり下手なことは言えない。そういうプレッシャーに負けていたというところもあったのだが、それを素直に言うこともできなかった。
「はいはい。ほら、紅茶が入りましたからちょっと落ち着いたらどうですか?」
「別に私はいたって冷静だけど?」
「冷静な子はそんな眉間に
フィニーの返しにタナシアはやっぱり不満そうに口を尖らせたが、それ以上は言い返さなかった。なんだか見かけより幼い印象だったフィニーが急にお姉さんらしく見える。幼馴染ってこういうものなのか、と竜也は羨ましく感じた頭を小さく叩く。
口で言うほど彼女は怒っていないのかもしれない。
そう思えた。自分にとっては夢にまで見た天使と瓜二つの少女を嫌いになる理由なんてない。だが、彼女は違う。タナシアにとって自分はただ死を告げるだけの存在でしかない。竜也はそう思っていた。だけど。
「なんだか普通だな」
「誰が? 私が?」
「あぁ、人間と変わらない。普通の女の子って感じだ」
死神だと言った少女達は自分の知っている存在となんら変わりはない。
「そうですか? 人間みたいだなんてちょっと嬉しいです。私、本物のメイドさんっぽいですか?」
「それは、本物のメイドは見たことがないので……」
キラキラと輝く目で聞いたフィニーに竜也は
「アンタって本当に変な人間ね」
「どういう意味だ?」
フィニーと竜也の短いやり取りを見ていたタナシアがぼんやりと呟いた。
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