第10話 どうにもならないこと
麻子は冷たく湿っぽい床に座っていた
黒いカッパを着た二人は隅のほうに落ち着かなさげに固まって座っている
こんなことは本当に久しぶりだしもう自分には起こらないと思っていた
ため息をついて覚悟を決めた 人生は公平じゃないしどうにもならないことだって
たくさんあるおばあちゃんが言っていたのを思い出した
(だから私らのようなものはなるべく地味にしていなければ こんなものがもてはやされるのは
テレビの中だけだからできるだけ地味にしているんだよ)
父も母も平凡だった
ただいとこの美緒ちゃんだけが時々変なことを言った
「手がねえ時々勝手に動くの」 美緒ちゃんが言うには引っ張られるような感じがして変なところに
行きそうになると言った
「そんなにつよいちからじゃないんだけど・・・・」美緒ちゃんは小さかったので周りは本気にしなかった
おばあちゃんだけが心配して二人は長く話し込んだりしていた
おばあちゃんと言っても信じられないくらい美人で若くいつも自分の母親と間違えられた
寡黙で陰気なふうを装っていていつも地味な絣の着物に割烹着で化粧もしていなかったのに
いつも眼から頬へ縁取ったようにほんのり赤く艶やかだった
大人になるにつれ美緒ちゃんはおばあちゃんに似てきて私もそうだった
父には祖母の面差しはない 母も平凡で御世辞にも美しいとは言えなかった
(隔世遺伝なんだよ)父はよく言っていた
成長するにつれておかしなことが起こりだした
父と母とならんで歩いている
母が手を握ってくれる でもその手はびっくりするほど冷たい
いったい 私は誰の手を握っていたの?
顔を上げると父も母も手を握っていない
そのことを言おうとすると父と母は嫌な顔をするので美緒ちゃんが私の相談相手だった
夏休みにはおばあちゃんの家に行った
祖母の家はびっくりするほど物がなくて静かでいつ行っても変わりがなかった
祖父も見かけは平凡で寡黙でいつも新聞を読んでいた食事も変わらず玄米を混ぜたご飯と魚と香の物それだけだった
どう見ても夫婦には見えず
けれど不思議に祖母は幸せそうで食事する祖父を眺めていた
大学教授だった祖父は時々出かけた
そうするとおばあちゃんは悲し気な顔でうろうろうちの中を歩き回った
夜になると父や母や叔父は連れ立って駅前に行ってしまって酔って帰ってくる
美緒ちゃんと私とおばあちゃんが残されて秘密の話をする
夏休みの思い出といえばそのこと もちろんそれ以外にもいろいろあったがそのこ
とが強く思い出される
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