第11話 どこにでも灯はあるから

 「ねえ」 私はカッパを着た二人に話しかけた


ここには家具がない


薄暗くてわからないが生活できる場ではない


 「あなたたちはここで暮らしているの?」 


二人は首を振った


 「いつからここにいるの?」


一人が考えこみながら言った 「まだ たいしてしてたってない ここは居心地がいいから」


耳障りな笑い声とともに「ずっといられればいいのに・・・・・」


 控えめな言い方だった 


「居心地がいい? あなたたちいくつ?」思わず言った


 「14歳」


 「コロサレテシズメラレタ」二人は言って悲しそうに下を向いた


  「もう わかったろう」急に隣で声がしたが驚かなかった


 祖母が座っていた 生前よりもっと若返っている 27、8歳にしか見えない 


 昔は決して来たことのない赤い着物でを着てふっさりと髪を束ね紅をさしている 


その姿の良いことと言ったら暗闇にぱっと火花を散らしたようだった


 「ここに来る前はどこにいた?」祖母がはっきりした声で言った


生前はこういう物言いはしなかった


細心の注意を払っていたのは格好だけではなかった 


 「池の中 暗くて寒くて」二人が答えた


 言葉が不明瞭なのは藻が詰まっているのか凍えているのだろう


「ここまで来るとは思わなかったがお前のせいではないね


私が間違っていた 地味にしろとばかり言ったけど普通の人間でもあれだけ自己中心的だとよばれてしま


うんだね」


祖母が赤く染まった肌の中の琥珀のような目を伏せて言った


「隆さんのこと」私は聞いた


祖母がうなづいた


 「欲張りすぎたんだね 何もかも欲しがって形を整えることばかり考えすぎた 


私はあの人ばかり見ていたから 生身でここまでくる人間がいるなんて思わなかっ


た」


彼の奥さんには保険がかかっていたはずだ


 「市ヶ谷の暗闇坂を上った店であの人と待ち合わせをしているんで時間がない」


祖父のことを言っているのだろう 


 「お前のせいじゃないから今回は心配ないけれど どうすればいいのかわかるかい」


 「わかるわ だから行ってあげて待たせてはだめよ」


「本当にごめんね」祖母は言って自分の手を握った


 手は暖かった


この人は本当に私を愛し心配してくれた


 そして今でも祖父を愛し一緒にいるのだ 二人が外食するのなんて見たこともないけれど


きっと生きていた時より楽しく幸せに暮らしているのだろう


「今幸せ?」というとはにかんでまるで少女のような顔で笑った


 「どこにでも灯があるから」言って祖母は消えた



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