六.一九三八

 



 バスに揺られ、ルボルへ向かう。前の席の小さな女の子が、シートの背凭れからこちらをちらちらと見てくる。見れば隣に座った母親の後ろ頭はうとうとと揺れていた。五歳にもならないだろう子供だ、退屈しているのだろうと、暫しの遊びに付き合う事にした。シートに隠れては顔を出す彼女に合わせて、目を見開き、口を尖らせ、百面相をしてみる。

 「……パパ変な人みたいだよ」

 隣のビターゼが呆れた声を出した。

 「お互いの暇潰しだ」

 「恥ずかしいから止めてって」

 「誰も見てないさ」

 「もう」

 暫くそうしていたが、やがて向こうも飽きたのか(生憎コメディアンではないので表情のバリエーションにも限界がある)、バスが東地区に入る頃には終わった。短い逢瀬だった。

 「パパって子供好きだよね」

 「別にそうでもない」

 「ふーん」

 バスを降り、ダラス通りへ向かう。白煉瓦の道が、春の日を受けきらきらと光っている。もう直ぐ四月、午前の空は澄んだ水色、雲は薄く帯と走る。

 バス停横のスタンドに並ぶ朝刊は、各紙とも一面に昨日のふたつの会見を掲載していた。

 アドイノラ全土を震撼させた駅舎爆破事件から昨日で十日。その昼、警察庁報道官は記者会見で、捜査当局は、オデロン中央駅舎爆発事件は、アドイノラ再解放戦線(要するに残党、マルタだ)が起こした自爆テロであると公式に発表した。死者はこれまでに十七名、怪我人は重軽傷合わせ百を超えた。犯人の遺体は粉々に吹き飛び回収出来なかったが、目撃者の談から二十代の女だと推測される(これにはビターゼも頷いていた)。

 コンコース入り口直ぐの場所で起爆、六ある内の手前側二つのプラットホームと三の線路が使用不能、残りの線路はほぼ損傷がなかった為、中央駅を飛ばす形で列車の運行は三日後に再開された。しかし、エルタイ建国時代に作られた古い駅舎だ、数十のダイナマイトの火力は、コンコース中央床部に大穴を空け、数本の柱をへし折り、入り口付近の低い天井部を吹き飛ばした。修繕するのか再建するのかは知らないが、どちらにしろ相当の金と時間が掛かりそうだ。果たして今のアドイノラにそれが出来るのだろうか。

 警察庁の会見を受け、夜には首相の会見も開かれた。アドイノラ第三代首相であるミハイル・コヂュランは、マルタを名乗る犯行声明が官邸に届いている事を明らかにした。中道左派、親エルタイ、そして少々短気な性格で知られるコヂュランは、「アドイノラは暴力的なテロリストの要求に屈しない」と息巻いていたが、声明の内容は非公開(恐らく件の脅迫状に関係してくるのだろうが)、具体的な政府のテロ対策についても不明のままだ。市内を廻る警察官が増えたくらいか。

 それでも、市民生活は徐々に落ち着きを取り戻している。特にここいら東区は中央から少し離れているのもあるだろう。平日の午前中、皆仕事に学校に忙しい。道行く人影は疎らだ。中区ではあれだけ喧しく走っている瓦礫を積んだ大型車輌もここでは殆ど見掛けない。

 こちらからすれば目下の問題は来月の締め切りだ。事件以来、マルタの情報は手繰っていた糸をぶつり切られたかの様に入ってこなくなった。これまで、仕事で得た人脈を繋いで繋いで(その為にどれだけ人に酒を奢ったか、考えるだけでゾッとする。エルンズド出版の経費で落とせないものか)、何とか得た警察や軍関係者からの情報を元に記事を書いて来たが、その連中とも今は連絡が付かない。思うに現場には上から相当の圧が掛けられているのだろう。

 ならばマルタ側の協力者を、と思わなくもなかったが、積極的に連中と接触するのは御免被りたい。抑こっちはただの音楽ライター、新聞社帰属の政治記者でもなければ、誇り高き戦場ジャーナリストでもなく、身の危険を犯してまで時勢記事を書こうなんて思わない。仕事はあくまで飯の為、だ。

 「パパ、聞いてる?」

 「ん?聞いてたぞ」

 「……まあいいよ、じゃあ帰りお昼食べて帰ろうね」

 「昨日の夕飯のシチューがまだ残ってるだろ」

 「だからそれを今日の夕飯にしようって話してたの!ほら聞いてない」

 ぷりぷりと怒るビターゼの顔を見て、ああ、いつも通りだなとほっとする気持ちがした。爆発の後の数日は、どことなく様子がおかしかった。余り眠れてもいなかった様だし、食もかなり細かった。怖かっただろうし、色々思い出してしまったかもしれない。本人が何も言って来なかったのでそっとしておいたが、本格的に体調を崩しそうならしばらく休ませて療養させるつもりでいる、オデロンを離れ少し旅行に出ても良い。本当なら今日も家に置いて来たかったのだが、僕の事だから、と聞かず、付いて来たのだ。

 「分かったよ、昼はお前の好きな物で良いからな」

 機嫌を取るつもりでそう言ったが、ビターゼの顔はますます不貞腐れて行く。

 「……パパに修理代出して貰うから、お昼はパパの食べたいもの僕が払うよって言ってたんだけど」

 「……悪かった」

 「良いよもう、何が良いか考えといて」

 ビターゼがふふっと笑った。

 「パパの子供ってほんと大変」

 「奇遇だな、お前の親も大変だよ」

 軽口を叩き合いながら、大通りを進む。ダラス通りまではもう少し。




 「綺麗に直ってる!」

 「流石だな」

 「割れ方が良かった。ある意味ラッキーでしたね」

 ビターゼの相棒D18は、あの日の落下の衝撃でネックの裏にヒビが入ってしまった。これでは使いものにならない、と慌て、その翌日シモンの工房へ修理に出した。そして今日がその引き取り日。どこに割れがあったのか、言われて見ても分からない程完璧な仕上がりに、思わずふたりで「おお!」と声を上げた。

 「ありがとうございました、パパの言う通り凄いクラフターさんだ」

 「いいえ、そんな大きな損傷じゃなかったですし、それに他ならぬリューベンさんのお願いとあればね」

 頑張りますよ、とシモンが笑う。シモンとは、あの取材以来付き合いが続いていた。十代でギタークラフターの道に入っただけあってギターに関する知識量は凄まじく、こっちは色々と勉強させて貰っている。酒もほどほどに強く、頭が回り話も面白い。互いの年は十も離れているが、今では良い友人だ。

 お帰り、と相棒をひと撫でして、ビターゼは徐に弦を弾き始めた。ぽろぽろと短音で一弦一弦音を確認して、軽くコードをふたつ、みっつカットする。簡単にチューニング、Cから始まる曲は、グッドナイト・ベイビー。


 ベイビー、目を閉じて

 ベイビー、明日には全てが変わって

 だから大丈夫、子守唄を歌ってあげるわ。


 去年のラジオヒット、歌っているのは三人組の女声コーラスグループだ。ゴスペル調の曲だが、ビターゼは甚くこれを気に入って、ギター用に編曲してまで歌っている。

 

 ベイビー、愛しているわ

 ベイビー、私達いつまでもこのまま

 ねえお願いよ、ずっと一緒にいたいの。


 甘ったるい歌詞だが、若い少女達が歌うならそれも可愛らしい。成人し、流石に高音域は少し出なくなったが、それでも一音下げれば大抵の女性曲が歌えるのはビターゼの大きな強みだった。レパートリーには事欠かない。熟ラッキーな奴だ。

 アルペジオが駆け上がり、ギターが止んだ。稍あって聞こえて来た大袈裟な拍手。

 「ありがとうございます、試し弾きのつもりだったんですけど……すいませんうるさくして」

 「とんでもない!あの、本当に、本当に凄い。驚いたな…」

 凄い、凄いと繰り返すシモンの目はいつになく大きく開かれている。こんな様子は見た事がない、いや、一度だけ、一八八〇年代のマーチンのレア物修理が来た、と張り切っていた時以来だ。

 「イウェーシュにスカウトされたってのはリューベンさんから伺ってましたけど、まさかこれ程とは」

 「……えへへ、嬉しいなあ」

 ビターゼが照れ臭そうにこちらを見て来る。助け船のつもりで、まだまだ技巧は足りてねえよ、と肩を竦めて見せた。実際まだ伸び白はある、ギターも歌もだ。

 「いやいや、ギターはもうプロのレベルですよ。それに、歌が。歌が上手い、声が良い。ギターは練習で磨けますけど、歌は天性ですから」

 歌は天性、良い事を言う。

 確かに、演奏の良さは巧拙が基準になるが、歌は上手いだけではいけない。声の質、個性、何なら歌う姿も大切だ。幾ら歌が上手くとも、不格好な歌い手には客は付かない。声、容姿、愛敬、全てそいつが生まれ持ったもので、努力では賄い切れないものばかりだ。そう言う意味で、歌は天性、全くその通りだ。

 「……しかし、シモンがそうまで褒めてくれるんなら、本当に才能あるのかもしれんな、お前」

 「何他人事みたいに言ってるんですか、これだけやれるなら……」

 そうだ!とシモンがぱあん、と派手に手を叩いた。

 「ビターゼ君、自分の歌を作ってみたらどうかな?」

 「自分の歌?」

 「そう、自分で歌を書いて、自分で演奏して歌う。最近大陸の方で流行り始めてるから、数年の後にこっちにも入って来る筈だよ」

 「そうなの、パパ?」

 「ああ、向こうじゃ増えて来てるな」

 所謂大衆音楽の世界では、曲は作家、演奏は演奏家、歌は歌い手、と言う分業スタイルが主だったが、二〇年ほど前から演奏を兼ねる歌い手(これはビターゼや俺もそうだった)が現れ始め、そして数年前から、大陸では全てを自分で熟す若い音楽家がちらほらと出て来ている。個人的には正直作家の書いた曲の方が出来が良いと思うが、それでも幾つかは良いものや、ヒットしているものもある。

 「オデロンで今そんな事やってる人いないですから、面白いかもしれませんよ」

 「曲はまだしも、僕歌なんて書けないと思うけどなあ、国語の成績酷かったし」

 確かにそうだった、ビターゼは数学の方が得意だ。

 「大丈夫じゃないかな、だって君のお父さんは文章家だよ。きっと君にも文才があるよ、ねえリューベンさん」

 「……まあな」

 何とも答え辛い事を言ってくれる。シモンはこっちの事情を知らないのだから仕方がないが。




 ダラス通りにある『焼き立てデニッシュ』が看板のカフェで昼飯を済ませ、家に戻った。結局ビターゼの好きなものを選んでしまったので、ビターゼは少々不満そうだったが。

 「ねえパパ」

 「何だ?」

 貰い物のダージリンは驚く程香りが濃い。どこ産だ?ビターゼがイウェーシュで紅茶が好きだと話したらしく、ここ最近はファンから茶葉を差し入れて貰える事が多くなった。助かる。

 「僕に出来るかな」

 「作曲か?出来るかはやってみないと分からんが、やらない事には出来ないだろうな」

 「それはそうだけど」

 ラジオから流れるのは『ホリディ』。最近の大ヒットだ。エルタイの歌手で、名前は忘れたが、ビターゼと同じ位の年の青年だった筈。しかしこの程度の歌でレコードが出せるならビターゼが歌った方が売れそうだ。

 「無理はしなくて良い、やりたくない事はするな。何ならイウェーシュが再開しても暫く休みを取れ」

 「駄目だよ、他の人に取られちゃう。イウェーシュに出たい奴なんてそれこそ掃いて捨てる程いるんだから」

 「お前の体調が優先だ。最近飯も残すし、あんまり寝れてないだろう、顔色がずっと悪い」

 「……過保護」

 「何とでも言え、俺はお前の親だ。心配して当たり前だ」

 「僕もう子供じゃないよ。十八になった、成人した。パパは心配性が過ぎるんだ、僕だってもう自分の事は自分で面倒看られるよ」

 「……ならそろそろ別々に暮らすか」

 ──しまった、と気付いた時には遅かった。はっとして、眺めていただけの新聞から顔を上げると、ビターゼはダージリンのマグを静かにテーブルに置いた。

 「ビターゼ、違う、今のは俺が悪い」

 少し苛いていたとは言え、言って良い事と悪い事がある。迂闊だった。

 「済まない、撤回する」

 「……ううん、パパの言う通りかもしれない」

 「そんな訳ないだろう」

 「でも、僕はもう成人だ、保護者がいないと生きて行けない訳じゃない、もうこれ以上パパに迷惑を掛けなくても、僕は」

 「いつ俺が迷惑したと言った」

 ワークチェアから立ち上がり、ソファで背中を丸め俯くビターゼの隣に座り直す。肩を抱き寄せ、米神にキスをする。細い絹の様なブルネットの髪は緩いウェーブを描き、色をなくした頬へ流れる。

 「済まなかった、お前がいないと俺が寂しい、ここにいてくれ、ビターゼ」

 「……ごめんなさい」

 「ビターゼ、謝るな」

 「パパが拾ってくれなきゃ、僕には行く所なんてなかったのに」

 「拾ったなんて思ってない、お前は俺の家族なんだ、たったひとりの」

 ビターゼの頭を撫でながら、何度も繰り返した、お前は俺の子供だ、俺達は世界にふたりだけの家族だ、と。

 父も母も疾うに死に、兄弟もなく、故郷を離れてからは親類達とも疎遠になった。天涯孤独はお互い様だ。

 ギターを鳴らして夜を明かしていた頃、音楽と少しのアルコールがあればそれで生きられると本気で思っていた。しかし腕をなくし、職を失い、それまでの日常は何もかもが変わってしまった。瓦礫の街を歩き、己の愚かしさに気付かされ、情けなさと無力感に塗れた日々の中、それでも生きねばと思えたのは、ビターゼが居たからだ。自分と同じく、全てをなくした子供。泣く事も、駄々を捏ねる事もしない、幼さを殺したその表情は余りにも大人びていて、諦めを知った青い目は悲しい程に穏やかだった。

 この子を子供にしてやりたい、心からそう思った。

 「……何してるんだ」

 矢庭に、ビターゼがこの膝の上に座った。丁度椅子の様な状態だ。結構重いぞ。

 「初めて僕を膝に乗っけてくれた時、覚えてる?」

 これまた唐突な質問だった。見えるのが後ろ頭では真意が読めない。覚えてない、と正直に返すと、だと思った、とクスクスと笑う声が聞こえた。

 「ラシャ・ミュージックで初めてシングルオーを弾かせて貰った時だよ」

 ああ、そう言えばそんな記憶がある。確かビターゼがギターを弾いてみたいと言い出して……、今思えばビターゼが珍しく我が儘を言った時だった。

 「お客さんとパパが楽しそうにギターの話してるのが羨ましくてさ、僕もギターが分かれば、仲間に入れて貰えるのかなって思ったんだ」

 「寂しかったのか」

 「パパ、ギターの話になると僕の事放ったらかしだったからね」

 「それは……悪かった」

 確かにそうだったかもしれない、特にラシャ・ミュージックの客は音楽マニアが多く、つい話し込んでしまう事も多かったのだ。

 「パパが膝をね、こうやって、ここに、って言ったんだ。でも僕にはパパのする意味が分からなかった」

 とんとん、と軽く膝頭を叩かれた。そんな事をした様な気もするが、正直はっきりとは覚えていない。きっと自分にとっては特別な事ではなかったのだろう。

 「そしたらパパがギターごと僕を抱っこして、膝に乗せてくれた。びっくりしたけど、嬉しかった」

 「お望みならばいつでもやってやるぞ」

 「何言ってるのさ、もう頼まないよ、僕大人なんだから」

 そう言って立ち上がり、ぐるりと肩を回した。薄いシャツ越しにごりっと動く肩甲骨は、人が空を飛べた頃の名残だと、昔、母親が言っていたのを思い出した。リアリストで性根から強い母だったが、時折そんな空想染みた事を言う事もあった。

 「パパさ、ダッツェさんの事好きだった?」

 「何でダッツェが出てくるんだ」

 「別に。何となく気になってたんだ」

 「好きも嫌いも雇い主様だったからな、ダッツェは」

 答えになってないよ、と少し笑って、ビターゼはのカップを片付け始めた。

 「僕のせい?」

 「何が」

 「ダッツェさんと結婚しなかったの」

 「あのなあ」

 説明すべきかどうなのか、いや、そもそも本人から直接事情を聞いた訳でもなく、勝手な憶測で物を言うのは考えものだ。

 ダッツェは、レコードの仕入れはこまめにしたが、何故かギターはそうしなかった。壁のギターは少しずつ買われて行き、そして、最後の一本だったダブルオーが売れたその日、ダッツェは、あんたには済まないね、と、店を閉める意思を伝えて来た。驚きはなかった、そうするのだろうと思っていた。

 これからどうするんだ、と問えば、田舎に戻ると言った。

 「事故か何かか?」

 「……戦争だよ、軍人だったからね」

 大事にしてたからね、捨てられなくてさ、とダッツェは何もなくなった白い壁を見上げて言った。

 「シングルオーは大事に使わせる」

 「そうしてくれると嬉しいよ、あれは一番の愛用品だったんだ。良く弾いて回ってたよ」

 「ひとつ位残さないのか」

 「いらないよ、あたしは弾けやしないんだから」

 そうしてダッツェは店を畳み、オデロンから遠く離れた田舎へ帰って行った。しばらくは便りのやり取りもしていたが、やがてそれも途絶えた。

 サリーは目覚めただろうか。それとも、まだ昔の夢を見ながら眠っているのだろうか。




 夕食の片付けが終わると、ビターゼは頑張ってみるよ、と部屋に篭った。早速曲を作ってみるつもりなのだろう。夜更かしはするなよ、と釘を刺し、静かになったリビングで原稿を書く。取り合えずマルタ関連は後に回して、別の月刊誌で受け持っているコラムをやっつける事にした。題材は、オペラが大陸に渡って変化したミュージカル、と言う歌劇について。来月から、アドイノラで初のミュージカル公演が中央公会堂で行われる予定なのだが、どうもチケットの売れ行きが芳しくないようだ。確かに、オペラやオペレッタとは違う歌劇、と言われても、自分も含め見た事のない人間には想像が付かないし、あんな事件の後では、観劇の為に地方からオデロンにやって来る人間も少ないだろう。興業主も不運なものだ。取り合えず、その哀れな興業主から、大陸での公演を録音したレコードを借りているので、蓄音機でそれを流しながら内容を考える事にした。レコードのジャケットには、前時代的な衣装を着た数名の男女が写っている。タイトルは『シアター』。どうやら芝居小屋の話らしい。

 明るくない題材に悩みながらもひと通りタイプし終わると、壁の時計は十時を少し回っていた。リビングを出て、ビターゼの部屋をノックする。返事がない。ギターの音も聞こえなかった。寝るには早い気がする。早速行き詰まったか、と思い、入るぞ、とドアを開けた。

 しかし、そこにビターゼの姿はなかった。

 電灯は灯いたまま、ガタガタと風に音立てる、開きっぱなしの窓。

 壁際にはD18、シングルオーがない。

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