第5話 変人の、変人による、変人の為の異世界チート垂教

「千歳、ねえ。そろそろ教えてもらっても──────良いかしらぁ⁉」


目の前に、般若初瀬が立っていた。

俺に取り憑いて殺す気だろうか?

怒りをおさめる為にも、初瀬に返事をしなければ…。


「はいはい。わかったよ。教えますから許してくださいな。でも、その前にスキルの熟練度を教えてくれないかな?」

「何故かしら?」

それは、勿論初歩魔術の変形による上位の魔術行使、果ては無詠唱の習得はどれくらい熟練度に影響を及ぼすのだろうか?という疑問である。俺のは比較する前に見てないから、比較出来ない事に今さっき気が付いた。残念。

その事をそのまんま初瀬に伝えると、

「良いわよ。」

快諾してくれた。

次のがそれだ。

────────────────────

スキル


「ラティニウム流剣術」 熟練度3

古代より継承されている、主神ユーピテルが伝えし剣術。先手必勝を是とする


「水属性魔術」 熟練度4

属性が水である魔術。火属性と対を為し、相性が悪い。


「火属性魔術」 熟練度4

属性が火である魔術。水属性と対を為し、相性が悪い。


────────────────────

「1日の2,3時間でひたすら詠唱をして練習を続けると、こんな感じなのな。」

「そうね。じゃあ、変形させたらどれくらい上がるのかしらね?」

いまだに怒りマークをおでこに付けたまま、初瀬がこちらを向いてきた。

本人にとっては催促しているらしい。

「はいはい。すぐ変形のコツとか教えるから、その表情やめて。怖いから。」

「仕方ないわね。」

大半が演技だったらしい。ちょっと安心した俺がいる。

でも本当に怒られたら嫌なので、

要領よく初瀬に説明した。

「成る程ね。こうかしら?」

あっさり水の玉を出しやがった。どんだけ想像力が逞しいのか。

初瀬はそのまま色々な物に水の玉を変化させている。

「結構あっさり出来るわね。でも、何でこんなのが今までわかってなかったのかしら?」

俺とかみたいな才能がない多くの人を敵にまわす様な発言をしおった。

「あんたが言える立場じゃないでしょ、それ。それより、私の疑問に答えてほしいわ。」

次から次へと俺の周りに地雷を仕掛けてくれるね、この初瀬は。まぁ良いや。

「知らない。でも、固定観念とかじゃないの?」

結構恐ろしいからなぁ。

色んな事を見落としがちだし。

「それもそうね。あ、そうだ。私もこうして無詠唱と変形を使える様になった事だし、このまま練習しないかしら?」

面白そうだ。けど─────

「この部屋は汚したり、壊したりしたら大変だから、練習場所をどうすんの?」

「それに関しては、良い所があるわ。ちょっとついて来なさい。」

「───うわっ、ちょっと止めてよ!ねぇ‼待って待って。自分で歩けるからさぁ‼」

いきなり視界を何かで覆われた俺は、何も見えないまま立ち上がらされ、歩かされた。


「目隠しを外して良いわよ。って言っても私しかほどけないから、外すわね。」

視界が回復した時、目の前は



剣術を練習した道場だった。

道理で5分以上も歩かされた訳だよ。

「ここなら、そう簡単には壊れたり汚れたりしないから大丈夫よね。」

「え、でも許可採ってるの?」

「えぇ、昼間のうちに貰ってるわ。」

なんという用意周到さだよ全く。

「じゃあ、始めるわよ。」

言うより前に水の玉をこちらに飛んできた。

「うおっと、あぶねぇなぁ‼」

「あら?戦争において。機先を制するのは基本だって口煩く連呼していたのは誰だっけ?」

ニヤリ、と声に出して言わんばかりに口元を歪ませる初瀬。

「いやそれ完全に悪役のする事だって‼後、何か忘れてるけど、相撲には後の先ってののがあるぞ!」

「苦し紛れね。」

すぐさま水の玉を鞭に変形させて、こちらへと振り抜いて来る。

「ホントお前ってドSお嬢様な表現が似合うよなっ‼」

俺は咄嗟に水剣を生み出し、これを防ごうした。


だが、これが誤りだった。


Question:振り抜かれた紐状の物が描いている扇形の図形の進行方向に障害物を置くと、どうなりますか?


こんなん、冷静に考えれば火を見るよりも明らかだ。

──支点が障害物に移動して、そのまま運動を続ける、だ。

「グハッ‼」

そのまま鞭に撃ち抜かれた。思わず水剣を手放し、蹲ってしまった。無意識のうちに撃ち抜かれた右腕をさすったが、血の感覚はしなかった。それが初瀬のせめてもの情けと言うべきか。

「あら、こういう事も出来るのね。」

そのまま水剣が取り込まれた。

普通霧散しない?


初瀬はますます大きくなった鞭をしならせ、第2撃を俺に見舞おうとする。


それに対して、俺は炎剣を発現させる。


「何をしてるのかしら?意味がないのはわかりきってるでしょ?」

「うるせぇ!」

そう、今度は左からやって来る水の鞭に対して実体のない炎は無意味だ。障害物としての役割は果たせない。

魔力から出来た炎であるから、仮に初瀬の水の鞭とぶつかったとしても相殺されてしまうので、割に合わないだろう。

いや、相殺ならまだ良い。俺の水剣を取り込んだ分、もしかしたら、威力だけは倍のものになっているかもしれない。


どちらにせよ、水属性を使っていたら分が悪いままに違いない。


だから、



鞭が当たる直前に炎剣を巨大な羽扇へと変形させた。


丁度鞭の方からは俺が一切見れない程大きく。


そして、水の鞭は─────

「なっ‼」

──────────炎剣に触れるであろう位置から先が消失していた。


いきなり諸葛孔明が使った羽扇を何倍も巨大に変形して、さらにそこへ触れた時点で水が消えたらそりゃ誰だって驚くだろう。俺もそうだ。


だけど俺は隠していた切り札とかを使った訳ではない。

液体を熱して蒸発させただけだ。きちんと物理法則に基づいている。

ただ、問題は熱エネルギーを短い間で沢山与えなければならない事だ。本当なら、エネルギーを増すのには更に魔力が要ったりするだろうが、イメージでそれを代替出来たみたいだ。良かった。

最も近くに炎を広げたから滅茶苦茶熱いけど。


とまあ余計な事を考えている間にも初瀬は次の手を打っている訳でして。


直径20㎝位の水の玉から何本もの鞭を伸ばしてこちらを攻撃しようとしてきた。


正直に言って青色のメドゥーサ頭部みたいだ。ちょっと気色悪い。


あいつのドS根性は簡単には抜けないらしい。

上と左右から鞭を乱発してくる。

対して俺は炎の鎌倉に籠った状態だ。


「もう何で穴熊みたいに引き込もってんのよ‼」

「誰でも鞭なんかに打たれたくねぇよ!」

俺がヒッキーを続けてるから苛立っているようだ。こっちの知った事ではないが。

でも、このまま鞭でダメージを与える気みたいだ。さっきよりも攻勢を強めてきた。

それを俺は炎で防ぐ。


こんな攻防を続けて暫く経ってから、



俺は周囲が水の鞭で全く見えない事に気付いた。

あいつは上と左右からしか攻撃してこないので、前方に炎は張ってない。


ん?

……?


その時にはもう遅かった。

「しまった‼」

突然鞭が一部場所を開けたと思うと、そこから───


────ウォータージェットが飛んできた。


あまりにも突然かつ近くからだったから、慌てて炎の羽扇を拡げる余裕もなかった。


やけにゆっくりとウォータージェットが近付いて来ている感じがするが、体は言う事を聞かないし、脳だけが活発に働いているのだろう。


にしても、水の鞭を視界を妨げる為と見抜けなかったのは不覚だ。


この瞬間にもウォータージェットは近付いて来ている。


───あぁ、次の瞬間、俺は吹っ飛ばされてしまうのだろうな───

と刹那的な思考を巡らせた時、

ウォータージェットが俺に突っ込んでぶつかった。


「うはぁっ‼」

想像を絶する衝撃が襲いかかり、俺は宙をまって─────────ない⁉


「え?」

初瀬の困惑する声がする。

それは俺とて一緒だ。

何でだ?


よし、思い返すんだ俺!


確かにウォータージェットは神父さんが放ったものと同じ速さで向かって来た。 それは間違いない。


だが、実際に受けた衝撃はどうか?


……………うーん。

バケツで水をかけられたって感じだったな。


って威力全然無いな⁉


でも、今回だけかもしれないし、もう一度は試さなきゃ。丁度良い所に、初瀬初瀬が同じように放とうとしてるし。このまま待っとこ。


再び放たれるウォータージェット。

結果は変わらなかった。


「えぇ⁉」

再び驚く初瀬。

うん。これなら一切怖くないや。


俺は再び炎剣を2本作り出し、双剣とする。

今後は本気で決着を着けにいく為に本気で走る。


この間も初瀬は水の鞭なりウォータージェットなりを焦って連発するが、全て俺に弾かれ、飛び散った。


後、8m、6m、4mと走り近づいた。



──────迄は良かったのだが。



ちょっと前3文前を振り返って欲しい。

俺が弾いた水の鞭やウォータージェットがどうなったかを。


[]とあるのだから、当然足下が危険な状態だ。


小学校とかだと、【雨の日はいつもより更に走っちゃダメ!】と言われるだろう。


つまり、


「うぉっとっと!」

俺は足を滑らせ、態勢が狂ったまま初瀬へと飛び込んだ。


「きゃっ!」

初瀬が案外可愛らしい悲鳴を上げる。

だが、足を滑らせた事で頭が一杯だった俺は、左右に持っていた物が何かを忘れていた。しかも、どこにそれらを向けていたのかをも把握していなかった。


この時、俺は左右揃って前へ向けていた。

その前には………初瀬の持つ、直径20㎝位の水の玉があった。そこへ揃って炎剣を突き刺してしまったようだ。


しかもこの炎剣。ちょっと気合いが入っていた為に、さっき迄より倍近く熱く設定していた。


Question2:水にいきなり高温の物を押し付けたら、どうなりますか?



言うまでもない。


水蒸気爆発だ。


水は液体から気体になるとき、その体積は約1700倍にもなる。これが瞬間的に起こった場合、爆発となる。


それを間近でくらった俺と初瀬は

吹き飛ばされ、そのまま気絶した。


























ここは、道場を一望できる王族専用の部屋。

普段滅多に扉が開かれる事はないが、その時は2人の男が入っていた。

「ここなら道場全体が容易く見下ろせて良いのぅ。」

「ははっ、陛下のお気に召されたご様子で、何よりでございます。」

「それより、テミストレオよ。あそこで戦っておるのは千歳と初瀬か?」

その時、国王が見たのは、初瀬が放ったウォータージェットを受けてもびくともしない千歳の姿だった。

「ははっ、その通りでございます。昼間に初瀬殿に夜間の使用許可を求められました故、許可致しました。お気に召されなかったでしょうか?すぐに許可を取り消しますが。」

「良い良い。中々見物じゃ。ほっといてこのまま見ようぞ。」

「それでは、他の場所への視察は如何なされますか?」

「少し時間がずれる程度じゃ。問題は無かろう。それに、…………ほれ見よ。そろそろ決着が着きそうじゃぞ。」

心から楽しそうに笑う国王の視線の先には、真っ直ぐ初瀬へと向かう千歳の姿だった。


「この2人を見てるとな、我が子同士が喧嘩している様でな、微笑ましいのじゃ。あの娘もあれ位活発であればのぅ……。」

「それならこのようなのはどうでございましょう。───────。」

「おぉ、それは名案じゃ。それでこそ我が国も安泰というもの‼…………何じゃ?今のは?」

国王は、千歳と初瀬が水蒸気爆発でどちらも吹き飛ばされた様子を目撃したが、水蒸気爆発なるものの存在を知らない為に、千歳の自爆にしか見えなかった。

「テミストレオよ。すぐにあの2名を治療院へと運べ。」

「ははっ。すぐに運ばせます。」

そうやって、すぐに立ち去ろうとする騎士団長の背中に、国王はもう一度声をかけた。

「それとな、テミストレオよ。あの2人には、あまり無茶をするな、と伝えておいてくれんかのぅ。」

国王はやはり心から優しげな笑顔をうかべていた。

























そこは、無の空間だった。

そこには漆黒の夜空のみがたたえられていた。

その中に、ただ3人、人が佇んでいた。

そのうちの1人が漆黒の夜空を眺め、残りはその人に向かって膝をついていた。


その膝をついていたうちの1人が口を開いた。

「そろそろあの計画を実行に移して宜しいでしょうか?」

と。

もう1人も便乗して口を開く。

「根回しの交渉の結果も、後少しで届くはずです。準備に入られても宜しいかと。」



そこを、暫くの間、完全なる静寂が支配する。



その膝をついている2人は微動だにしない。

その2人を従えていると思われる人もまた、動きはない。


そして、その漆黒を見つめる人は漸く言葉を口にした。


「よかろう。準備に入りたまえ。しっかりと入念にする為に、3ヶ月を準備期間とする。開始は、半年後だ。それまでに細部をもう一度詰め直せ。良いな?」



「ははっ。」


そう聞くなり、膝をついていた2人は気配を消した。


そこへ残された人はただ1人。


一般人が見れば、薄気味悪い、と思うであろう表情をしながら、



───その人は漆黒の夜空を眺め続けた。


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