第十二話 『パラサイト』
「なん……じゃと……? お主、それはどういう意味か分かって言っておるのじゃろうな?」
先程までの和やかな雰囲気は一変し、執務室という小さな部屋は殺意と紛う程の激しいプレッシャーに飽和された。
無論、その中心にはシャルロッテの姿が―――瞳を深紅に染め、口から牙を覗かせ鮮血都市の誰しもが畏れを抱く、戦々恐々たる吸血鬼の姿があった。
「分かっているさ。俺は俺の口にしたことがどういう意味を持つのかを、分かり過ぎる程に知っている。そしてそれを踏まえた上で口にしている」
相対する凶夜は常人なら気を失う程のプレッシャーに包まれながらも冷静そのもの。
その瞳は、目の前の朱い瞳を真剣な眼差しで臆することなく見つめている。
「吸血鬼たるシャルは血を吸うことで他人を吸血鬼に出来る。それ自体は吸血鬼としてスタンダードな能力だが、真祖―――原初の吸血鬼が行えば話は別だ。低位な吸血鬼とは比べ物にならないくらいの力が得られる。だがそれでも、デメリットは免れない」
凶夜の言葉に、シャルロッテは肯く。
「そうじゃ。通常、高位の吸血鬼に致命傷を与えうるものは銀、聖なるモノ、太陽の三つじゃ。もっとも、今を生きる吸血鬼の大半は血が薄くなり、常時不死身だった身体も月光下以外では少し身体能力が優れた程度のものとなった。代わりに弱点も無くなり普通に生活出来るようになったがの。そして純粋な吸血鬼たる我から血を分け吸血鬼になるということは―――」
「常時不死身の、本物の吸血鬼になる。それと同時に弱点も現れるが。シャルが弱点を克服出来ているのは真祖だからこそ、幾ら真祖の血を分け吸血鬼になったとしても中途半端じゃ克服出来ないだろうな」
太陽とは神に近い存在である。
その光は大地に恵みをもたらし、生命すら創造する。その一方で干ばつによる死も撒き散らす。
同じく真祖の吸血鬼も神ほどではないが、それに限りなく近い存在。
太陽を陽の側とすれば、真祖は陰の側。その力を中和出来るのはお互いが近い存在だからこそ。
中途半端に真祖の血を分けたとしても、等々の存在足り得ず、故に銀や大蒜、聖なるモノを克服したとしても太陽を克服することは出来ないのだ。
半端者が太陽の威光をその身に受ければ忽ちに燃え、肉体は灰燼と化す。
凶夜は過去、それを間近で見たことで言葉だけでなく経験で、文字通り―――分かり過ぎる程に知っていた。
太陽に灼かれ生きながらに灰へと変わる吸血鬼の姿と痛酷な絶叫、そして灼ける肉体の臭いを。
「お主は太陽の下を歩けなくとも良いと言うのか。―――ならぬ。決して許せぬ。魔王亡き後、魔族と人種の講和を誰が纏め上げるのか………我はお主しかいないと思っておる。だがそれも人間、今は元でも人間だったお主だから成し得ることなのじゃ。だが太陽に忌み嫌われるという人間らしからぬ身体を持つ者に、魔族はともかく人種はついて行かぬじゃろう。……話し合いすら、出来ぬじゃろう」
話し合い。
そうシャルロッテが口にした途端に、部屋の中に別のプレッシャーが出現する。
先程までの冷静な雰囲気とは一変し、暴力な雰囲気を纏った凶夜だ。
「話し合い、だと? ふざけるなよシャル。既に賽は投げられたんだぞ。まだ沢山の人種に捕まっている仲間が居る。もしかしたら殺されているかも知れない。………生物としての尊厳を踏み躙られているかも知れない。そんな相手に話し合いなんて、無理に決まっているだろうが!」
「ならばと力を振るうのか!! 力で蹂躙し、支配しようとお主は言うのか!? それでは………それでは結局我らを貶めた人種と同じではないか。確かにお主の言う通り囚われの仲間が殺されているかも知れぬ、こうして話している間にも命の灯火が消えようとしているのかも知れぬっ! だが! だからこそッ!! 今は亡き魔王の遺志を、平和を望んだ彼の遺志を受け継がねばいかぬのでは無いのか!?」
深紅の瞳で凶夜を貫きながら、シャルロッテは前魔王の遺志を糾号する。
そこに圧倒的な熱が篭っていることは、相対する者ならば誰でも感じるだろう。
そう、凶夜が人種との講和を一旦諦め粛清しようとしているのに対しシャルロッテは未だにその道を諦めていないのだ。
裏切られ、家族同然の配下達を無惨にされ―――ともすれば凶夜よりも厳しい現実を経験した彼女は、だがそれでも諦めてはいなかったのだ。
「―――っ……!!」
凶夜はそれに戦慄し、思わず息を呑む。
勿論凶夜も講和を完全に諦めている訳ではない。腐った部分を取り除こうとしているだけなのだ。
けれどそれはシャルロッテの言う通り―――結局のところ力なのだ。
話し合いではなく、力による血の粛清。
確かにそれが魔族と人種の協定を結ぶ現状一番の近道なのだろう。
けれどシャルロッテはそれすらしない。
力によって捻じ伏せられたからといって、力で以って粛清しようとは思わないのだ。
圧倒的、本気を出せば現状の凶夜では到底叶わないような力―――容易に一国を滅ぼせ支配出来る力を持っていながらそれを使おうとしない。
否―――それは持っているから、それ故なのか。
余りにも現実とはかけ離れていて、余りにも夢物語な―――千年生きる吸血鬼が見るには幼稚すぎる夢物語に、凶夜は怒りと表すのも生温い激情を覚え―――吠える。
「お前が幾ら死んでいった奴らの遺志を受け継ごうとしようがなぁ! 話相手の頭が腐ってたら駄目だろうがっ!! ……いいかよく聞け。お前が言っていることは一切の武力を使わず、話し合いだけで両種族に講和の道を示すということだ。たった十八年しか生きてない小僧の俺にも夢物語だってことぐらい分かる。そんな無謀な継ぎ方、今までの苦労が無に帰すような継ぎ方、亡くなって逝った奴らの死を冒涜するようなものだろう。それに―――」
それだけではない。
シャルロッテは今囚われている仲間達がどうなっていても、凶夜達に手を出すなと、我慢しろと言っているのだ。
確かにシャルロッテの言っていることを理想論で、実現すればこの上ない程に最良の結果をもたらすのだろう。
誰も死なず、誰も争わず、故に誰も悲しまず………。
だがそれに凶夜が賛同することは無い。
たとえそれを実現しうる可能性を、方法をシャルロッテが持っていたとしても―――
「―――それに俺は、家族の亡骸の上に理想を築きたくは無い」
「―――ッ!!」
目の前で苦しんでいるかも知れない誰かを、決して見捨てることが出来ないのが死んだところで治らない―――禍津凶夜の人間性なのだから。
「国があるから民があるんじゃない。民が居るから国が出来るんだ。救うべき民を蔑ろにしての平和程、空々しいものも無いだろうよ」
「……………」
シャルロッテは凶夜の言葉を聞くと、黙ってしまう。
いや、黙ったのでは無い。口に出すべき言葉が見つからないのだろう。
己の間違いを、見つけてしまったから。
根底から覆されるような欠陥を、目の前に見せつけられてしまったから。
国があるから民が居るのでは無い。民の上に国が成り立つのだと、その言葉はシャルロッテの心の深くに突き刺さった。
そして浮かび上がるのは疑問だ。
自分を言い負かす確固たる持論を持つ彼に対する、切実な疑問、疑念。
「………凶夜は、何故吸血鬼になりたいんじゃ?」
「俺は、人種の指導者を粛清しようと思っている。さっきも言ったように話相手の頭が腐ってたら元も子もないからな」
「………その為に、力が要ると? じゃがそれは、体の良い復讐の理由なのではないか?」
凶夜の身に起こった裏切りの数々。それを知っているシャルロッテだからこそ、それは裏切った者たちに対する復讐の正当化ではないのかと疑ってしまう。
だが、そんな疑念を向けられた凶夜はと言えば嫌な顔一つせず、むしろ堂々と―――
「ああそうだよ。復讐だ。これはそれを正当化する為の蓑だ。どちらにせよ殺さなければ行けない相手、それにどんな感情を向けようと関係無いだろう。大切なのは過程ではなく、改革という形ある結果だ。むしろ私怨も晴らせてお得だろ」
「じゃが、復讐など………」
「復讐など、新たな憎しみしか産まないってか? クハハッ! それこそ間違いだ。復讐に限らずともありとあらゆる物事には憎しみが付き纏うもんだ。あるのはそれが表面化するかしないかの違いだけ。……例を上げればな」
凶夜は近くにあるティーセットへ向かい、備え付きのカップに水を注ぐ。
「例えばこれ。単なる水だ。だがその単なる水如きでさえも、欲しい者は幾らでも居る。砂漠で水を使い果たした者、干ばつで苦しむ者、数え挙げればキリがない。そんな者達から見れば、簡単に水を用意出来る俺達を妬むだろう。もしかしたら恨むかも知れないな」
「そんなの、筋違いも甚だしい話じゃ。第一、例えが極端過ぎる。有り得ないじゃろ」
極端かつ冗談のような例えに、シャルロッテは有り得ないと断ずる。
そんな他人の良心を信じるかのような眩いシャルロッテの答えは、だか凶夜は首を振り否定する。
「心というモノはお前が思っているより余程濁っている。だから、有り得ない例えじゃあないんだよ。そして筋違いだろうとそれは憎しみ、悪の感情に他ならない。
「………」
「ま、千年という永い生涯のほとんどを鮮血都市で過ごしたシャルには分からないことだろうよ。殻に閉じ籠って進もうとしない、怠惰な吸血鬼様にはな」
完全な挑発。普段なら噛みつくシャルロッテは、しかし反論が出来なかった。
鮮血都市を誇ってはいても、基礎を作ったのは自分では無く、彼女が今は亡き真祖達の庇護という名のレールを千年もの間歩いてきたのは間違いなかったから。
そして人種を理解する程の経験も知識も、決して有してはいなかったから。
「我は……間違っているのじゃろうか? 平和を、より多くの民の平和を。願うことが成すことが、間違っていたのじゃろうか」
代わりに浮かぶのは後悔に近い何か。
自身の根本的な考えを覆される、もしかしたら今だけてばなく今までも間違ってきたのではないのかという―――迷い。
そんなシャルロッテの弱気な姿に、はあ、と凶夜は溜め息をついた。
「だからさ、そこが違うんだっての。間違う間違わないの問題じゃあない。どんなことを成そうとしようが一番大切なこと、それは―――『後悔しないこと』。それが大事なんだよ」
「後悔……しないこと……」
仮にシャルロッテが話し合いで講和に乗り出したとしよう。
話し合いに漕ぎ着けるまでの時間で囚われている仲間たちは死に、その話し合いでは裏切られ同じようにシャルロッテその他諸々捕らえられ、隷属させられたシャルロッテにより鮮血都市へのゲートが開かれ護る筈の民が殺される。
結果、シャルロッテは自らの選択を間違いなく後悔する。
同じように人種に裏切られていたからこそ、目に見えて確実なバットエンドが予想出来たからシャルロッテが―――信頼すべき仲間が決めていたことでも凶夜は止めたのだ。
自信の言葉を反芻するシャルロッテに、「それだけじゃないぞ」と凶夜は言い彼女の顔を上げる。
「そして責任を持つことだ。民を護ると決めたなら大を護る為に小を切り捨てるなんて真似せず、全部護るつもりで臨め。それがお前についてきてくれた民に対する義務であり、責務だ」
「…………」
「
為政者が何たるかをシャルロッテに語る凶夜。
それは現在進行形で為政者たるシャルロッテからすれば戯言のような論理。だが戯言なりに、それは正論だった。
為政者などしたことが無いが故に語れる理想論。その透き通った正論は、シャルロッテの中へ不思議なほどすんなりと染み込んでいった。
言葉では簡単に言えても実際には途方もない苦労が必要な凡そ現実的ではない理想論。
だが、それでも。大切な仲間を失っての平和を享受するより仲間を救い平和にもするという理想を、夢を実現したいと。
シャルロッテは想わずには居られなかった。
「……我にも、そんな夢物語を紡げるのじゃろうか?」
「その為に俺やエイラ、自慢の親衛隊達が居るんだろ? 仲間を頼れ。偉いからって何でもかんでも一人で背負い込もうとすんなよ。シャルのちっさい身体で持てる物なんてたかが知れてるんだからさ」
「ちっさい言うなっ! ……でも今だけは、そう言われても悪い気分じゃないの」
シャルロッテから放たれていたプレッシャーはいつの間にか霧消し、凶夜を押して地面座らせると足の間にちょこんと自らも座り、体重を背後の凶夜に預けた。
「仲間、か。……そんなもの、我にもまだあったんじゃな」
「何だよ。俺達のことを仲間だと思ってなかったってことか? だとしたら水臭いぞ」
「いやいや、そういう訳ではないのじゃよ。ただ、これほどまでに我と親密な仲間というもの、千年以上前に鮮血都市の基礎を共に創った真祖達以来じゃと思ってな……少し感慨深いものがあったのじゃよ」
シャルロッテの突然の告白に凶夜は驚愕した。広大な鮮血都市の基礎を創ったとか、そういうことよりもだ。
「千年ぼっちとか………コミュ障も神の領域か」
千年もの間ぼっち、心を許せるような仲が凶夜しか居なかったという事実。それに凶夜は一番驚き―――若干引いた。
対するシャルロッテもコミュ障と呼ばれたことに猛反発をする。
「誰かコミュ障じゃ! 我にも人並みのコミュニケーション能力ぐらい備わっておるわ! 鮮血都市から出なく接するのが下位の吸血鬼ばかりじゃったから余所余所しい関係になってしまっておっただけじゃもん!」
「じゃ引きこもりか。千年引きこもってたのか。………引くぞ」
どちらにしても凶夜が引くのは変わらないよう。
「勝手に引くでないわ! 我だって政務やら何やらで外に出れなかっただけで出たくない訳では断じて無いのじゃ!」
「出ようとすれば出れただろ? 仲間に嘘ついちゃ行かんな〜」
「う………すまんのじゃ」
凶夜の中でシャルロッテが引きこもりに格落ちした瞬間だった。
「ま、お巫山戯はともかく。ぶっちゃけるとシャルから血を吸われて吸血鬼の力を得たって俺自身吸血鬼になる訳じゃないぞ。気付いてないみたいだが」
「………え? そそそ、それってどういう」
「俺の特殊能力欄に《統合者》ってあるだろ? それの効果をよく見てみろよ」
「わ、分かったのじゃ―――はあああああ!?」
改めて凶夜のステータスを見て言われた特殊能力、その詳細情報を見たシャルロッテが顎が外れんばかりに驚いた。
―――――――――――――――――――
《統合者》
種を統べ、束ねる覇王たる証
自身以外の種から特殊能力を受け継ぐ時に、自動最適化が行われる
―――――――――――――――――――
「勇者時代に見つけた古代遺跡にあった文献で同じ名前の能力を見つけたことがあってな。効果もおんなじだとすると吸血鬼化しないで済むんじゃないかと思うんだが………シャル?」
叫んだかと思ったら急に静かになったシャルロッテ。
それを不審に思った凶夜が横から顔を覗くと、シャルロッテは両手を顔に当ててぷるぷるしていた。
「もう、嫌……あんなに熱くなってたのが全部空回ってたなんて………」
いつもの年寄りっぽい口調も崩れ耳まで真っ赤な顔をいやいやしている。どうやらさっきまでの熱弁へと至った原因そのものが間違っていたので今更ながら恥ずかしくなったようだ。
「シャル、それは違うぞ」
「え?」
「吸血鬼の能力、それも勿論だが、俺が本当に欲しかったのはシャル。お前の理解だ。何となくだがお前が俺の粛清という道に賛同しないことは分かっていた。だからこそ、シャルの目指す道を聞いてみたかったんだよ。俺も粛清やら復讐やら、面倒ごとは出来れば少なくしたかったからな」
もっとも、たとえ粛清以外の道があったとしても凶夜は裏切った人種の頭達を無罪放免にするつもりなど毛頭無いが。
「ま、いざ聞いてみて心底呆れるほど莫迦な考えだったのは予想外だったがな」
「う………確かに凶夜に指摘されて冷静に考えてみれば莫迦な考えだとは思うが、それ以上は言わないでほしいの」
半ば諦観にも似た道を進もうとしようとしていたのを、本人も気がついたのだ。そのような考えを持っていたことが恥ずべきことなのだと、振り返ってみて思うのだろう。
「という訳で。決して今までの問答が意味の無いものだった、なんてことは絶対に無いから安心しろ」
「と言われてものぉ。一度火照った感情は中々収まりの付かないものなのじゃよ」
「あー、暑い」と言いながらシャルロッテは凶夜の膝の中で小さな微風を発生させている。部屋の散らかった書類はその無詠唱で発生させた風で全く動かないのだから大したものだ。
「それじゃ、早速吸って貰おうか」
凶夜のシャルロッテに血を吸って貰う為に、首元を緩めた。
それを見ながら、シャルロッテはバツの悪そうな顔をして、
「あ〜、そのことじゃがの。吸血鬼化にはまだ問題があるのじゃ」
「ん? それって《統合者》で解決出来ない問題なのか?」
「そうじゃ。確かに《統合者》の効果で吸血鬼化は免れるもは思うが、問題はその過程にあるのじゃよ。我の、つまりは真祖の血が体内に流れ込むということ自体がじゃ」
「………?」
とういうことだろうか、と凶夜は思案する。
元の世界にもあった違う血液が混ざり起きる血液凝固などの反応が起きたりするのだろうか?
そんなことを思い出したりするが、それなら真祖が居ないこの世界で吸血鬼化なんて誰も出来ないよな、とすぐに間違っていることに気付く。
結局は医療の知識など皆無に等しい、ましてや異世界の輸血に関する障害など関わったことすらない凶夜にわかるはずが無かった。
「真祖の吸血鬼という存在は、一種の神のようなものじゃ。当然、神格も有しておる。つまりは我の身体の一片に至るまで強力な個を持っているのじゃ」
「どういうことだ? 個って、血液に人格がある訳じゃあるまいし」
「それがな、有るのじゃよ。我の細胞一つに至るまでにの」
「―――なに?」
「人格なぞと呼べるような知能は持ってはいない筈じゃがの。じゃが、それ故に質が悪い。我より神格が劣る者の体内へと入ればそれを侵食し始めるのじゃ。強烈な自己主張を伴ってな。故に、名を『血の守護者』」
まるで
内部から自分では無い何かに塗り替えられる『血の守護者』のおぞましい特性を聞きながら、凶夜はそう考えた。
シャルロッテに悪いので口に出したりはしないが。
「それを防ぐ方法は?」
「完全に防ぐ方法というものは存在しない。何せその力は神格特有の神の力、その一端とも言える副作用じゃからな」
「完全には? じゃあ不完全だが一応は対策めいたものはあるんだな」
「その通りじゃ。なに、そんな難しいことでは無いぞ。我の血液はお主を取り込もうもしてくる。それに抗えばいいのじゃ、意志の力を持っての」
ここまで説明された後に凶夜が抱いた考えは、
「ようは気合いってことだろ? クハハッ! それなら心配無いな。気合いと根性だけは誰にも負けねぇ」
まさにNO・U・KI・NN!
哀しきかな異世界にて戦闘ばっかりしていた元勇者にして現魔王には、神格などの超絶理論を言われても今一つピンと来ないのだ。
「ま、ようはそういうことじゃ」
そしてそのNOUKINN理論を肯定してしまう真祖………とても残念である。
「それでもなお、凶夜。お主は吸血鬼の力を得ることを望むのかの?」
「勿論だ、俺には力がいる。誰にも踏み躙られない、目の前のモノだけでも護れる力が」
それはそれとして、シャルロッテが最後の確認を凶夜に聞く。死ぬかも知れない、その可能性を示唆してからの最終確認だ。
そして、それでもなお曲がらない覚悟を凶夜は示した。
「………分かったのじゃ。正直やりたくないんじゃが、これほどまでの覚悟を示されては断る訳にもいかぬじゃろう」
「悪いな」
堅固なその覚悟にシャルロッテは遂に折れる。
今からするのは自分の身を想ってくれるシャルロッテの思いを無下にしてしまう行為、凶夜はシャルロッテに短く謝罪した。
「別によいわ。お主が我の言葉程度で止まったことは無いのじゃからの。………じゃが、悪いと思っているのならば、一つ、約束でもせんか……?」
「約束か? 俺に出来ることなら構わないが」
「そうか! で、では外の世界を我と一緒にまわって欲しいのじゃ」
「なんだ、そんなことでいいのか?」
「案外簡単そうなことで拍子抜けしておるのか。ククっ、連れ添う相手は我じゃよ? 鮮血都市で抑えられていた分思いっきり我儘言うぞ?」
「……クハハッ! そりゃあ大変だ。―――ああ。約束するよ。そんな大仕事、俺以外にはこなせないだろうからな」
「ああ、約束じゃ。―――では」
「ああ。頼む」
膝の中でシャルロッテは器用に身体を反転させ、凶夜と至近距離で向かい合うような体勢になる。
既に首元を緩め、露わになった凶夜の首元へと、顔を近づけていく。
「………(ごくん)」
首元に近づくにつれ、シャルロッテの口から鋭く尖った牙が見え隠れする。明らかに先程話していた時よりも長く、鋭利。
いよいよ始まるのだ。
顔に吹きかかるシャルロッテの暖かく、良い匂いのする吐息、そしてばくばくと、踊り狂うかのようになる自らの心臓。
異世界という非日常の中でさえ浮いたその現状に、凶夜は思わず唾を飲み込む。
「………かぷっ」
「っ!」
そして遂に、凶夜の首元へシャルロッテの牙が突き立てられた。
長く鋭利な牙が首の血管に侵入する痛みにより、凶夜は苦悶の声を上げる。
だがしかし、それだけだったならばどれ程良かっただろうか。
往々にして変化とは突発的に、瞬間的に起こるもの、そしてその変化は必然ともいえるものだった。
「ッ!? があああああああああっっ!!!」
執務室に強烈な痛哭が木霊する。
溢れきった、耐えきれない痛みが形となったソレを発するのは凶夜だ。
今、凶夜は全身が燃え上がるような熱に幾億もの針に貫かれるような痛みを受けていた。
現状でも気が狂いそうな程の凄絶な痛苦、しかしそれは今この瞬間でさえも際限なく増していた。
無論その痛みの源は、首元に突き刺さる牙、そこから身体へと侵入する真祖シャルロッテの血液だ。
「があああっ!! ああァあああァァああっっ!!」
堪らず凶夜はシャルロッテを引き剥がそうとする。理性など介入しない、自己防衛による本能の行動だった。
たがしかし、凶夜の身体はシャルロッテを引き剥がすどころか万力で抑えられたかのように全く動かない。
否、動くことを許されないのだ。
凶夜の身体にはいつの間にか行く筋もの影が纏わりついており、それは目の前のシャルロッテから出現していた。
シャルロッテの影縛だ。
通常時ならば凶夜の動きを止めることなど出来はしない、だが魔王という上位種相手の吸血により本来の力を一時的に取り戻しつつあったシャルロッテの影なのだ。神にも近い真祖の従える影なのだ。
文字通り、その影は魔王としては赤子同然の凶夜に指先一つ動かすことすら許さなかった。
「っ!! っ!!! …………」
際限なく増していく痛み。
全身を焼く熱は煉獄の焔よりも熱く、全身を貫く痛みは幾億もの針から幾兆もの釘で穿たれる痛みへ。
狂気へ至るのにすら生温く、精神を壊しかねないその痛苦により、遂に凶夜は意識を失った。
「………ぷは」
それからしばらくして、首元から牙が引き抜かれる。シャルロッテが吸血、もとい給血を止めたのだ。
同時に凶夜の身体を固定していた影も引き、ぐったりと凶夜の身体は地面に横たわった。
その表情は苦悶に歪みきり、身体からは滝のように汗を流していた。
「凶夜………約束、信じておるからの」
シャルロッテは凶夜の顔のすぐ側に座り、その頭を優しく持ち上げ自らの膝の上へと置いた。
汗で濡れた髪をかき、魔法で水を生み出し介抱する。
少しでも、凶夜が無事に戻ってこれるよう、祈りにも似た想いをその小さな胸に抱きながら。
「だから、だから決して―――変わるでないぞ」
そして希望を、まだ見ぬ世界を魅せてくれる
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