第九話 『自己保身という名の自滅』
「――――っ!! ぷはぁ! はぁ……」
唇を離されたエイラは地面にへたり込んでしまった。
その顔は虚ろで、死んだ魚のような目をしながらブツブツと何かを呟いていた。もっとも、凶夜の耳は治っていないので聞こえないが。
しかし傍目にも分かる程に消沈したエイラの様子は、凶夜にして気の毒だと思わせる酷いものだった。
そしてそれを引き起こしたシャルロッテといえば、素知らぬ、さして気にも止めていない様子で凶夜に手招きをしていた。
それに従い凶夜がシャルロッテに近づくと同じように顔を近づけられ―――首をぐりんされ口移しで耳に血液を入れられた。
耳に異物が入り込む嫌な感じに凶夜は顔を顰める。だが、血液が耳に入ったこと自体は嫌がっては無かった。
そして、その理由はすぐに明らかになる。
「あ、あー、よし聞こえる。ありがとなシャル」
「それはこちらのセリフじゃ。二人が来なかったらどうなってたか分からなかった。礼を言うぞ」
「っていいながら少しは意識あったろ? 最後の一撃ん時ニヤけてたもんな」
「くくっ、バレておったか。まあ戦闘になって我の意識が活性化したから戻った。いわば一時的なものだったがの。それでも久々の殺し合いは実に胸が踊るものじゃった」
「ハハハッ! 踊れる程の胸もねぇ癖に何言ってんだよシャル。寝言は寝て言わないと」
「クククッ! お前さんの口も相変わらずじゃのう? ―――潰してやろうか?
「それはこっちのセリフだ。―――クソババア」
「ハハハハハ……」
「ククククク……」
凶夜は片手に『蒼炎』を。
シャルロットは背後に何重もの魔法陣を展開し。
混じり合う視線にお互い殺気を込めながら、今にも戦闘が始まりそうなピリピリとした雰囲気。
「初めてが、初めてのキスが濃厚な血の味だなんて……はは、あはは……」
「「…………」」
だがそれも、すぐ横から聞こえてきた悲痛過ぎる声に雲散霧消した。
燃え上がる前の戦意など容易く掻き消す程にそれは哀愁漂う声音だった。
「あは、あはは……」
「「………」」
先程まで殺す勢いでお互い睨んでいたのにも関わらず、今は視線で『これ、どうしようか?』などと伝え合う始末。
視線だけでの幾度かのやり取りの結果、最終的には付き合いの長い凶夜が折れエイラに話し掛けた。
「お、おい。大丈夫か?」
背を向け
エイラは特に抵抗などなく。すんなりと顔を凶夜に向けた。
だが、
「っ」
「ひぅ!」
凶夜は辛うじて悲鳴を抑えたが、後ろで見たシャルロッテはか細い悲鳴を上げた。
先程まで凶夜と殺し合いを始めようとしていた威勢の良さは消え失せ、そこに居たのは外見相応の、怯えた表情をする子供だった。
二人をそれ程までに恐怖させたエイラの顔は、一言で表せば死んでいた。
もう本当に、血の気など消え去って、絶望に彩られた表情だ。
『ムンクの叫び』なんて目じゃない程に、絶望一色。
普段の様子を知る凶夜と、戦闘中に辛うじて意識を取り戻しており通常のエイラを知っていた二人だからこそその顔に恐怖し、戦慄した。
「もう、どうでもいいわ……」
否、顔だけではない。
シャルロッテが呼び出したアンデットなど、人懐っこいハムスターに思える程のオーラをエイラは醸し出していた。
凶夜は勿論、不死身の力を持つシャルロッテすら自らの首元に死神が鎌を突きつけているのではないかと幻視するほどの死の気配。
冷や汗を流しながら凶夜とシャルロッテは視線を交わし打開策を考える。
『お、おい! 何かエイラを元気づけられないのか!? 死ぬぞ! このままじゃ俺達殺されるぞっ!!』
『そんなこと分かっておるわっ! ………駄目じゃ、何も思いつかん。凶夜こそ我より付き合い長いんじゃから何か良い案は無いのか!』
『有ったらお前に聞いたりしねぇよ! ちっ! じゃあエイラは何故こんなに不吉なオーラを放つようになってんだ? それから始めよう』
『何故って。それは我がエイラに接吻をしたからじゃ、な………ま、まて。お主、我を贄にしようなどと考えてはおるまいな?』
『俺痛いのヤダ。死ぬ。お前痛いの好き。生き返る。なんだ、簡単なことじゃねぇか』
『いやいやいやっ! 我だって痛いの嫌じゃからな!? それに生き返るのだってそれ相応のリスクが……っておい! お主っ! 聞いておるのかっ!』
ここまで僅か一秒。
凝縮された殺気を当てられ死神の鎌を幻視する程に死を認識した生物というのは、ここまで知覚を延ばせるものなのか、と感嘆に値する現象である。
ともかく、考えが纏まった凶夜は目線だけで器用に騒いでいるシャルロッテを無視して恐ろしいオーラを絶えず放つエイラに向き直り説得というなの自己保身を始めた。
「げ、元気出せよ? キスぐらいどうってことないだろ? そもそもキスをしたのはシャルだ。報復なら奴だけに、な?」
「どうってこと、無い?―――」
「凶夜っ! な、何我を売って安全を確保しておるのじゃ! 卑怯にも程があるじゃろう―――!?」
嫌な予想が的中し、凶夜を責めるシャルロッテ。
だが、その非難もすぐに凍りつくことになった。
ドパンッ!!
「乙女の純情。軽く見すぎよ」
白煙立ち上る拳銃片手に、エイラはゴミを見るような目で言い放った。
その視線が捉えているのは、正確に眉間を撃ち抜かれ衝撃で吹き飛んだ凶夜。
「き、凶夜!? 大丈夫か!!」
シャルロッテは急いで脳髄を撒き散らす死にかけの凶夜の元へ走り寄り、口の中を噛み切ると溢れ出る血液を傷口へと垂らした。
真祖の吸血鬼の体内を流れる血液、それは彼女の不死身性を構成している一つであり、それがもたらす治癒効果が劇的であることが凶夜の傷によって改めて示された。
「ん、んん?」
「よかった! 息を吹き返せたのじゃ!」
数秒後、何事も無かったかのように凶夜は目を覚ます。それを確認してシャルロッテも安堵した。
保身の為に売られそうになったとはいえ彼女にとって凶夜は紛れもない仲間であることに変わりは無かった。
そして目を覚ました凶夜は周りを見て状況を把握し、顔にベッタリと付着している血液を確認するとエイラを方を向いた。
「おいエイラ。確かに俺がデリカシーに欠けた発言をしたのは悪かったが、やり過ぎじゃないか? シャルが居なけりゃ完全に死んでたぞ」
「じゃあ、何度死にたい?」
カチャ
「………ごめんなさい(なのじゃ)」
自分か死にかけたことに対してエイラに怒りを表す凶夜だったが、シャルロッテが居なかったら死んでいたという凶夜の言い分を飛躍してエイラは『シャルロッテが居るなら何度でも死ねるね論』を今度は二丁の拳銃を凶夜に向け濁った目で展開した。
その狂気すら感じる行動に凶夜の抱いていた怒りは静まり、代わりに凶夜とついでに隣にいたシャルロッテは反射的に謝っていた。
「遺言は、それで?」
だが非情にもエイラは二人へ死亡宣告を言い放った。
このままでは今度こそ容赦なく殺されると感じた二人は冷や汗をダラダラと流しながら救命策を講じた。
「き、凶夜! 例えば、例えばじゃよ? もし我が溺れて心臓と肺が止まったらお主はどうする?」
「ほっとく」
「生き返れるからってそれは無いじゃろ!? ……ごほん。では溺れた我が普通の生物だったとしたらどうするんじゃ?」
「そりゃ心臓をマッサージして必要なら人口呼吸を施すさ。けどそれがどうしたよ? 今は呑気に雑談してる場合じゃ―――」
凶夜の当たり前な結論を聞き、シャルロッテはニヤッと口角を上げる。
「―――それで相手のファーストキスを奪ってしまったとしても、かの?」
「っ! そうか、そういうことか。―――ふっ、そりゃファーストキスに成らないだろ。あくまで治療行為なんだし?」
「で、あれば?」
これまでの短いやり取りでシャルロッテの意図を理解した凶夜も、自然と笑みが浮かぶ。
「ああ。シャルがエイラにキスをしたのだってれっきとした医療行為だ。だからキスにはカウントされない。何故ならば人・命・救・助だからっ!!」
二人は揃って完璧な理論武装の出来に思わず不敵な笑みを浮かべハイタッチ代わりにお互いを見て賞賛し合った。
そしてエイラの顔色を伺うと、
「そ、それ本当?」
多少表情は黒いままだが、それでも先程と比べると格段にマシな顔色をエイラはしていた。
それを見て二人は笑みを深め、視線で打ち合わせながら追撃を行う。
「ああ。本当だとも! なあシャル?」
「そうじゃとも! 乙女の初めては医療行為なんぞより余程大切なものじゃ。つまりは上書き可能っ! なのじゃ!」
「じゃあ私の初めて、は?」
「誰にも奪われてもいないし、渡してもいない。まだお前だけのものだ」
「そ、その通りなのじゃ!」
「っ! よ、良かったぁぁぁ〜」
凶夜とシャルロッテによる理論にほだされたエイラは自分の唇が無事だったことに安堵して地面にへたり込んだ。
それと同時に二人も緊張の糸が切れたように脱力した。
「ふぅ。シャルとの戦闘の何倍も疲れた気がするぞ……」
「我もじゃ。未だに動悸が収まらん……」
少しだけ、二人は敵の陣地のど真ん中ということを忘れ精神を休めた。
……そんな中、エイラだけはファーストキスが守れていることに歓喜し、小躍りをしていた。
「さて、そろそろ出るぞ。他の吸血鬼達も今頃待ってるだろうしな」
凶夜が立ち上がりながら、休む二人に向かい休憩時間の終わりを告げた。
それを聞いたシャルロッテは飛び上がり凶夜に詰め寄った。
「な、何!? それでは皆は無事なのか!? オレイラは!? ラルルは!?」
「待て待て。少し落ち着けってシャル」
「あ……すまぬ」
けれど、仕方が無いことなのであろう。
ただでは済まないと、もしかしたらもう会えないかもしれなかった仲間の無事が知らせられたのだから。
仲間想いのシャルロッテに少し微笑みながら、凶夜は言った。
「心配すんな。皆無事だ。他の奴らには別の場所に集まってもらってるからな。今頃俺達を待ってるだろうよ」
同族の無事を聞いたシャルロッテは静かに目を閉じ、震えた。
喜びを、嬉しさを、噛みしめるように。
「よかった。本当に、よかったのじゃ」
シャルロッテはほんの少し、何かを堪えるようにした後、今度は勢い良く目を開いた。
「よしっ! そうと決まればこんな場所などはよ去ろうではないか! 我の帰りを待つ者たちが待っておるからの! さぁ二人とも行くのじゃ!」
「そうだな。早く帰ってアイツらを安心させてやらなくちゃな」
「ええ。自分に付いてくる者を安心させるのは為政者としての義務だもの」
今までに無いほど、二人により解放された時でさえ見せなかった最高の笑顔をシャルロッテは浮かべていた。
スキップをしながら鼻歌でも歌いだしそうな程に上機嫌な彼女の姿に、二人は頬を
「? なに笑っておるんじゃ。早く来ないと先に行くぞ!」
「待てって、シャル!」
「置いてかないでよシャルロッテさん!」
優しげ笑みを浮かべる二人に疑問を覚えながらも、早足で出口へ向かいながら外へ出ることを促すシャルロッテ。
小さな身体、そこから溢れ出す喜び。
それは本人ですら気付かない。
だが、内側から出るモノは本人よりも周りの方が気付きやすいのはお決まりだ。
凶夜とエイラ、二人は民の無事をまるで新たな玩具を買ってもらった子供のような、無邪気な笑顔で喜ぶシャルロッテに苦笑しながら彼女の元へと走り寄るのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
場面は変わり、何処かにある建物の、何処かの一室。
窓が無く、通気用の換気扇のみが老朽化による悲鳴めいた音を開けながら回っていた。
埃っぽく、薄暗い照明の下に七人の男女が一つのテーブルを囲むように座っている。
七人の内六人は中央に置かれた水晶を見つめる初老の男性に、一人、初老の男性は水晶に。
それぞれの視線が注がれていた。
誰もが黙り重苦しさすら感じる空気が部屋を支配する中、水晶を見る老人が口を開いた。
「ふむ。不味いですね」
「ま、不味いとは何かですか?」
老人の言葉に不安を抱いた六人の一人、男が口を疑問を投げかけた。
不安は質問した男に限らず六人全員が抱いていたもののようで、六人の視線はいっそう強く老人へ刺さった。
常人なら緊張するであろう場面、だが老人は彼らの視線など感じていないかのように言葉を紡ぐ。
「姫君が負け、敵に奪われました」
「なんとっ!」「あり得ん!」「我々はこれからどうすれば良いのだっ!」
等と、老人の言葉を聞いた六人はそれぞれに騒ぎ始めた。
余程彼らにとってそれは想定外の出来事だったのだろう。
しかし、
「お静かに」
「っ!」
老人から放たれた声。
騒がしい部屋の中で奇妙な程に響いた一声。
それによって彼らは一斉に口を閉じた。
その様はまさに鶴の一声。
「し、しかしカルネー殿。我々の切り札であったクローフィ=サングェスト・シャルロッテが敵の手中に落ちてしまってはもうどうすることも出来ないのでは? 貴方には何か考えでも?」
しんと静まり返る室内で、男が老人、カルネーに苦言を呈した。
誰もが皆席の上座、つまりは一番地位のある立場であることを示す座席に座るカルネーへと眼差しを向けた。
その視線には希望や信頼など、カルネーと呼ばれた老人なら何とかしてくれるに違いないという期待が込められていた。
その視線の意味を正しく理解し、尚且つ身じろぎすらせず受け止める老人はその期待に対して答えた。
ただ一言。
「有りませんよ。そんなもの」
「……は?」
彼らの期待を、縋る願いを木っ端微塵に砕く解を。
「はぁ。想定はしていましたが、まさか一番低い確率を引き当てるなんてね。お陰で此方は大損ですよ」
「カ、カルネー殿? 一体何を」
ブチブチブチッ!!
「ええ、まあ。これはこれで後始末が楽で良いですがね」
「……うん? 急に視界が―――」
グチャァッ!
勢い良く首を捩じ切られ困惑した様子だった男の頭部は、直後押し潰されて四散した。
聞いたこともないような生々しい音が部屋に木霊し、潰された男の血と肉が周囲の者に降り注いだ。
―――残り五人。
「ひ、ひぃ! た、助け―――」
「何処へ行くのです?」
顔面に真っ赤に染めた小太りの男が悲鳴をあげ逃げようと椅子から立ち上がろうとする。
しかし、それは叶わなかった。
バキッ! グチュグチュグチュ
「いやぁ、やはり良いですね。このプチュプチュとした感触、実に気持ちが良い」
「い、いやゃあぁぁあぁぁ!!」
何かを掻き混ぜるような音と共に、かつてカルネーと呼ばれていた者が唇に弧を描く。
悲鳴は誰のモノだったか。
椅子から立ち上がろうと試みた男の頭部に腕を突き入れ、中身を乱雑に掻き回すという醜悪極まりないその所業に残りの者の表情は絶望に彩られた。
―――残り四人。
グチュリ
赤く粘っこい血を垂らしながら、男の頭部から腕が引き抜かれた。
そしてそのまま、血塗られた手を口元まで持って行きカルネーは指から滴り落ちる鮮血を舐めた。
「やはり血は新鮮な物に限る。おや?」
「ひ、ひいぃぃ!!」
腰が抜けているのか、あたまた隠れて逃げようとしていたのか。
ヌチャ、ヌチャ
そんな生々しい足音を立てながら、カルネーはその女性の元へと歩いてゆく。
「い、いやあぁぁっ!! 来ないでよおぉぉおぉぉ!!」
「おやおや。手癖が悪い女性は殿方に気に入られませんぞ?」
せめてもの抵抗として手近な物をカルネーに投げつける女性。だが、その抵抗すらもカルネーは愉しませる以外の効果は持たず。
「ひ、ひぃ!」
遂にカルネーは女性の眼前に辿り着く。
恐怖のあまり声も出せず、失禁している彼女の顔へカルネーは
グチュリグチュグチュ プチッ
「ぎゃあ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ァ"ァ"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"」
二つの眼窩へ指を突っ込みひとしきり掻き回した後、眼球を一つは潰し、一つは引き抜いた。
「あ"、あ"ァ、ア"ァ"……」
堪え難き苦痛の極みを受け、言葉にならない呻きを上げて女性は倒れる。その眼窩からは夥しい程の血が流れており、その命は長くは無かった。
―――残り三人。
そんな女性の姿を見ながら、カルネーは引き抜いた眼球を口に放り込みこれみよがしに音を立てながら咀嚼する。
「んん〜。やはり眼球というのは柔らかくて肉厚だ。実に、実に美味だ。―――おや?」
常人には共感出来ないであろう言葉を言い、残り三人を見た彼から疑問の声が漏れた。
「おやおやおや。貴方たち、もう絶望してしまったのですか。全く、これだから貴族は嫌なんですよ。すぐ諦めるから」
はぁ。とカルネーから溜め息が垂れる。
それと同時に手を肩の高さまで挙げる。横一文字に挙げられた腕は、まるで一振りの刀のようだった。
「ま、楽で良いのですがね」
その手を真横に払う。
次の瞬間には三つの噴水が出来上がった。
水を噴き出すのは椅子に座った三つの肉。
人型をしているが、人にとって一番大切な頭部を失くした死体が首の断面から滝のように鮮血を迸らせていた。
―――残り〇人。
その雨を浴び、恍惚の表情を浮かべる者は一言。
「あぁ……。この雨だけで私の苦労が報われるというものです。至福だ」
雨が止むまで、カルネーだった者は恍惚の表情を崩すことなくその場に佇み続けた。
血の雨を、まるで神の天啓のように浴びる彼の姿は正しく異様だった。
雨が止むと、彼は血塗れの姿のままに何処かへと消えていった。
残ったのは、無残に殺された六つの人間の成れの果てのみ―――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「シャルロッテ様!」
シャルロッテが姿を現した瞬間、吸血鬼の集団から一人が飛び出し彼女に抱きついた。
「良かったっ!! 本当に、無事で良かった……!!」
「オレイラ……ただいまなのじゃ」
シャルロッテは自身に抱きつき涙を流してくれるオレイラの頭を優しく撫でる。
私は此処にいると、彼女を安心させるように。
シャルロッテの表情は、まるで子を見詰める母のように優しさに満ち溢れていた。
離れていた吸血鬼達もシャルロッテの周りに集まり、誰もが再開に涙を流していた。
まるで感動のエンディング。だが勿論、ここで終わりなどでは無い。
今が彼女達にとって一つの節目なのは確かではあるのだが、決して最後などではない。
だからこそ、こういう無粋な者も現れうる。
「さて、感動の再開も済んだことだ。とっととずらかるぞ」
「ええっ!? もう少しぐらい感動に浸っていたっていいじゃない」
ムードをぶった斬る凶夜の発言に、エイラから非難が噴出した。
それに対して凶夜は、
「一時の感情より変化する現状を優先しろ。お前達がもう一度捕まりたく無ければな」
「ちょ、そんな言い方―――」
「良いのじゃ。凶夜の言う通り、感動など後で幾らでも出来る。まずは自らの民の安全を確保しないとの」
「………」
更に言い募ろうとしたエイラだが、それはシャルロッテによって止められた。
当の本人に止められては、エイラもそれ以上何も言えなかった。
「それで、何処へ向かうんじゃ?」
「勿論、
「ふふ、承ったのじゃ。 限定術式開放! 影よ、延び
シャルロッテを起点に夜中だというのにハッキリと判るほど濃い黒の影が周囲に広がっていき、完全に俺達を中に捉えた直後闇に包まれた。
影が急速に上へ延び、ドーム状に覆われたのだ。
彼らの視界全てが闇に覆われ、エイラがか細い悲鳴を上げた。
しばらくそのままであったならば、混乱したエイラが暴れだしたかも知れないがその心配は無用だった。
数秒の後に、突如視界に眩いばかりに光が戻った。
「うっ!」
瞬間的な暗転からの強烈な光が襲ったことによる目眩がエイラを襲った。
だがそれも、時間が経つにつれ治っていき次第に視界が鮮明さを取り戻していく。
「わ………」
だんだんと、視界が明瞭になっていくにつれエイラは言葉を失った。
目の前に広がる豪華絢爛を体現したような都市、それに感動して。
「我らの故郷にして吸血鬼達の桃源郷、
シャルロッテは紅と白の美しいコントラストを背に、最高の笑顔でそう言った。
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