第七話 『神代魔法』
時間は少し遡り、丁度オレイラが一人目の拷問をし終えた時刻。
オレイラと別れた凶夜とエイラの二人は通算八つ目の屋敷へと乗り込み囚われていた吸血鬼を解放したところだった。
「────じゃあ手筈通りに頼んだ」
「お任せ下さい。―――ご武運を」
手短に今後の予定を伝え、解放された男性の吸血鬼は短く言い残すと合流場所へ。
それを見届けると、凶夜は気絶している貴族の下へ行き小さく呟く。
それに対し貴族は震える唇で何かを言う、その瞬間凶夜に首裏を叩かれ気絶した。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「ま、またなの? もう! 早くしてよね」
「分かったよ」
凶夜が林へ入って行く。
通算七回目、オレイラの場所を除き訪れる先々で貴族にするその行動と直後のトイレ、これまた七回目の疑問をエイラは覚える。
だが質問はしない。その行動自体はしたくないし、何より聞いても無駄だと思うのだ。
明らかに、凶夜は何かを隠しているのだから。
「よし。次行くぞ!」
「ええ」
頭の中で地図を展開し次なる目的地を確認すると凶夜は全力で走り出す。
それにエイラもついていく。
人種の平均値を大きく逸脱したエイラですら全力で見失わぬようにするのが精一杯な速度。
そんな状況では、暢気に質問など出来るはずもなかった。
すぐに二人の姿は闇に溶け込み、紛れ、まるで幻のように消えてしまう。次なる仲間を求めて―――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
場所は変わり、ケイレスの北端。
そこに建てられている監獄の中は、慌ただしい気配で埋め尽くされていた。
「貴族どもを監視していた職員と連絡が途切れた!? 一斉にだと!? くそっ! 再度通信を試みろ!」
「無理です! 通信機そのものが壊れています!!」
「何だと!? 一体何が起こって───」
ばたばたと焦り、走り回る監獄職員達の下へ優雅な足取りで初老の男性が近付いていく。
白く染まった髪の毛に、優しげな好好爺然とした表情。
動揺や焦燥に駆られる職員とは対照的な不気味な程の落ち着きが印象的の、まるで執事のような外見の人物だ。
「一体、何事ですか?」
「!! カルネー殿! 敬礼っ!」
慌ただしく走り回っていたのが嘘のように止まり、変わりに職員達は初老の老人に向かい敬礼した。
カルネーはそれを見て優しげな表情を深めると―――
「解きなさい。今はこのような老いぼれに構っている暇ではないでしょう?」
優しく、緊張を取り去る声音で職員に現在の状況を問いただした。
「現在の状況はどうなっているのですか?」
「はっ! 現在何者かの襲撃を受けており、吸血鬼を保管する貴族達の家を監視していた職員達凡そ八名との連絡が取れなくなっております!」
「ほう、襲撃者と。この短時間で八ヶ所、かなりの手練のようだ。……連絡が取れなくなった場所を中心に包囲網の構築を。万が一に備え姫君の封印も解きましょうか」
「っ! お、お言葉ですがアレの支配は不完全でして」
「それでも解くのです。襲撃者がここに辿り着くのも時間の問題、ならば下手に移動せず返り討ちの準備をしておく方が賢明というもの。分かりますか?」
老人の薄く開いた瞳から発せられる強烈な圧力。
まるで心臓を握られたと錯覚する程のプレッシャーに、監獄職員を統括する立場の男は冷や汗をブワッと吹き出しながら敬礼、了解の意を示した。
「っ! はっ! かしこまりました!」
普段から統率されているであろうことが窺える熟練された行動を、チームワークを、新たに明確な目的を与えられた為彼らは取り戻した。
慌ただしく事態が動き始める中、引き起こした張本人の老人は、
「さて、どう転びますかね」
変わらず温和な表情。だが薄く開かれた瞳はゾッとする程冷たい光を宿していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
老人カルネーの指揮により返り討ちとやらの準備が整いつつある頃、凶夜達の姿は暗闇ではなく月光の中にあった。
「よっ! はっ!」
「く………っ!」
エイラがギリギリついて行ける速度を維持しながら街の上空を疾走しているのだ。
建物から建物へ、目にも止まらぬ速度で飛び渡るその姿はまさに隼のようだった。
いや、夜なのだからさしずめ
先程十九人目、つまりは捕まっている親衛隊の吸血鬼を全員助け出し、そのまま二人はケイレスの北端に位置する監獄、吸血鬼族の長が捕らえられている場所へと向かっているところなのだった。
「速度落とすか?」
「くっ! まだまだっ!」
飛び渡りながら後続のエイラへと凶夜は気遣いの言葉を掛ける。
だがエイラはそれを断った。相当キツイだろうに足手まといにならないように必死なのだ。
それが分かった凶夜はエイラのその姿勢を嬉しく思いニヤッと微笑えむ。それは凶夜が何か嫌なことを考えている時の顔であり、その対象であるエイラはやはり早々に大変な目に遭うことになるのだった。つまり、
「じゃあもっと飛ばすぞっ!」
「え、えぇ!? ちょ、まっ」
更に速度を上げたのだ。凶夜の鬼畜な所業に先程まで必死だったエイラは涙目になった。
その結果エイラは限界を超えるように体を酷使する羽目になり、半泣きしながら死に物狂いで自らに食いついてくるエイラをまるで嘲るように距離が縮まれば速度を上げ広がれば更に上げる鬼畜の所業を喜々として行う凶夜の図が街の夜空に展開された。
凶夜は真性のドSであった。
しかしその結果、監獄へと辿り着く時間が大幅に縮まったのは確かなことだった。
「よし、無事に着いたな。ってエイラ……大丈夫か?」
「うっ……吐きそう……」
「そうか、草むらはあっちにあるぞ。一応は乙女なんだから粗相は人に見せないようにしないとな」
「一応って何よ一応って!! うっ……ごめん。やっぱりちょっと行ってくるわ。……耳、塞いでなさいよね」
失礼な凶夜の発言にもあまり噛みついた途端、エイラは青い顔をして草むらの方へ歩いていった。
草むらの中から時折聞こえた「おえっ」、とか「うえぇ!」とかの声は獣の鳴き声だと思い込むことにしようと凶夜は決めた。
相当キツかったのだろう何時もの覇気が鳴りを潜めるエイラの様子には多少なりとも凶夜でも思うところがあったのだ。
そもそもこの戦いにはエイラは関係ない。それなのにも関わらず協力してくれている彼女に対するささやかな凶夜なりのお礼であった。
……本当にささやかなのが凶夜クオリティー。
「お待たせ」
「おお、まだ若干顔色は悪いが……」
「大丈夫。心配は要らないわ」
「そうか。―――ところで、草むらから何かを吐き出すような奇妙な“獣”鳴き声が聞こえたんだが大丈夫だったか?」
一瞬の気遣いの後、あくまで聞いたのは獣の鳴き声だから、とでも言いたそうにニヤニヤしながらそうエイラに凶夜は問い掛けた。
それを聞いたエイラは勿論、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「耳塞いでろって言ったじゃないのーーーっ!!」
獣でも何でも聞かれたのならば
その後の展開は言わずもがな。
今度は木にめり込んだとだけ書いておこう。
弄る為なら命すら賭ける。禍津凶夜とはそんな男なのだ。
「いい感じに緊張も解れたところで、突入するか」
「いい感じに解れて来たのはアンタの頭じゃないの?」
多重に回復魔法を掛けた(エイラが)のにも関わらず未だに赤みと痛みが引かない鼻をヒクヒクさせながら話す凶夜に、エイラの厳しい返しが送られる。
その余りに鋭い雰囲気に流石の凶夜も苦笑いを浮かべるしかない。
まあ、自業自得なのだからしょうがないといえばしょうがないのだが。
「悪かったって。そうカリカリすんなよ」
「そもそも耳を塞がなかったアンタが悪いんでしょ!」
「あ〜。もう忘れた。「おろろろ」とか「うぇええ」とか忘れたから」
「〜〜〜っ!! もう嫌! この話題もう一切禁止っ! 分かった!?」
「はいはい、っと」
凶夜はエイラとのコメディパートに一区切りつけると、目の前の建物へと向き直った。
夜闇を纏う不気味な監獄。その物々しい雰囲気とは正反対に喧しく騒ぎ立てながら二人は監獄の壁を登ろうと手を掛ける。
登るとはいうが、監獄の壁がただの何の変哲も無い壁であるはずがない。そもそも国を囲む壁でさえも徹底的に研磨され登ることは容易ではなかったのだ。
ならば、それ以上の細工が施されているのが当然というもの。案の定監獄の壁はこれでもかというくらいに磨き上げられており、光が僅かな闇夜でさえも凶夜達の顔をくっきりと映し返していた。
更に上に行くと剣山のように幾重にも鋭い突起が壁からせり出している。その一つ一つが恐ろしいほどの切断力を有していることは鏡のように月の光を反射していることから容易に伺える。
「さて、いざ登ろうにもどうすっかな?」
「登れないなら前みたいに飛び越えればいいじゃない。どうしたのよ?」
壁を目の前に躊躇する凶夜へエイラの困惑したような疑問が飛ぶ。
凶夜は危険と分かっている場所へ飛び込むことを臆するような性格はしていない。躊躇しているのはそれ相応の理由があるからだった。
「考えてもみろ。空なんて格好の侵入経路、対策していないはずがないだろう。地面も当然、監獄なんだから何らかの仕掛けは施してあるだろう。幾ら身体能力が高いといってもあれだけ鋭利な棘に当たったら痛いだろうからな」
「痛いって……どうせ死なないんだから行きなさいよ」
「痛いのやだ。無理。そこまで言うならお前行けよ」
「嫌よ! 何で痛いと分かってるのに飛んでかなきゃいけないのよ! それに、私、女の子!! それが空飛んで棘に刺さりに行くっておかしいでしょ!」
「「………」」
両者無言で睨み合い。その視線からはお互いに刺さりにいけという意思がありありと感じられた。
そんなことが続けられた後、意外にも凶夜が先に折れた。
「はあぁぁ〜」
「どうしたの、やっと行く気になった?」
「違ぇよ。無意味なやり取りに辟易して気が進まない別の方法を取ろうと思っただけだ」
「別の方法? そんなものがあるなら早くすればよかったのに」
「気が進まないって言ったろ。まあ、しょうがないから使うが。エイラ、少し離れてろ」
「? 分かったわ」
エイラが離れると、本当に嫌そうな顔で凶夜は壁に向き直った。
離れたエイラといえば、別の方法が気になるのか静かにジッと見ている。
だが、実際に行われた方法はそんなにエイラが気になるようなものでは無かった。
至極単純で原始的なもの。即ち、
「セイヤアァァァァ!!」
掛け声の直後、辺り一帯の地面を揺るがす程の爆音が轟いた。
発生地点は凶夜のすぐ側、その近くは土煙で覆われて中の様子は見えない。
「げほっ! ごほっ! 一体何なのよ。凶夜〜! 大丈夫〜!」
「ああ、大丈夫だ」
土煙の中から返答が返ってきたことにエイラは安堵した。そしてだんだんと土煙が落ち着いて行き、現れた光景に今度は驚きの声を上げた。
「………は? な、何よコレ!?」
エイラが目にしたモノは穴。
先程まで自分達の行く手を遮っていた監獄の防壁に開けられた巨大な穴だ。
その大きさは優に凶夜の体格を超えており、開けられた穴を中心に周囲へと走る亀裂がどれ程の力が加えられたのかを物語っているようだ。
その光景を作り出した張本人、凶夜はといえば、
「何って、穴開けただけだろ。飛び越えられないなら壊せばいいだけ、常識だ。……しっかしこんなに煙くなるとは思わなかったな。あ〜口ん中がじゃりじゃりする。エイラ、水」
「あ、はい」
差して自らが引き起こした事態が気にも止まらないようで服に着いた埃を払ったり、エイラに魔法で作り出してもらった水でうがいしていたりしていた。
「っていうか!! こんなことして大丈夫なの!? すぐにでも場所を移されちゃんうんじゃ」
「ああ。だから正直時間はほっとんど無い。口もさっぱりしたし、早く行くぞ!」
「あ、待ってってば!」
スタスタと穴の中へ入っていく凶夜をエイラは急いで追いかけた。
確かにこんな手段に出たのならば相手にも確実に居場所がバレた。移送が始まるのも時間の問題だろう。だったら無駄に凶夜へ質問するのではなく黙ってついて行った方がいい。
そうエイラは考え、他の疑問を飲み込みながら監獄へ侵入を果たした。
「静かだな」
「不気味なくらいね」
壁の穴から侵入し、そのまま屋内へと入った二人は同時にそんな感想を覚えた。
耳が痛い程の静寂。
それが監獄の外のみならず中をも支配していたからだ。
辺りを見れば毎日丁寧に掃除されているのであろう汚れ一つ無い部屋、灯された蝋燭など生活感が垣間見えるだけに気味が悪い。
場所と状況を考えれば敵性存在の一つや二つ現れても良さそうな場面、いや現れなくてはむしろ不自然な場面だ。
それなのにも関わらず敵性存在どころか人影一つ見当たらない。そのことが二人の心を乱していた。
「もしかして、もう別の場所に移されちゃったとか?」
「いや、幾ら何でも速すぎる。この国に来て間もない、加えて入国審査すらもしていない俺達の行動を予測するなど不可能だ。それにもしそうだとしても今まで解放した十九人が何故移送されていない? 違和感がある」
「確かに、事前に私達が来ることを察知出来たんなら十九人の吸血鬼達も別の場所に移されて当然だものね」
「ああ。………取り敢えずは奥へ行こう。何かしらの痕跡はあるはずだ」
「ここで考えても憶測の域は出ないでしょうしね」
荒れた所もなく人の気配も無い。ただ監獄特有の冷たい雰囲気だけが支配する通路を二人は進んで行った。
途中、幾つもの分岐点があったが二人は然程迷わなかった。まるで行くべき場所を示すかのように必ずどれか一つの通路に蝋燭の火が灯っていたからだ。
まるで、いや確実に誰かの思惑で敢えてつけられているであろう通路へと二人は進んで行った。
癪だが手掛かりも時間も無い現状、道を示されたらそこを進むしか無い。
苦虫を噛み潰したような顔で周囲を全力で警戒しながら凶夜はしばらく建物内部を進んで行った。
凶夜が何時になく機嫌の悪いことを察してかエイラは一言も喋らず、ただ黙って凶夜について行った。
凶夜は誰かの手の平で踊らされることが大嫌いなのだ。
両者ただ黙り静寂の中二つの足音だけを響かせる道もやがて終わりを告げる。
通路から拓けた部屋へと出た。
硬質の床から硬い地面へ。
天井のシャンデリアからギラギラと輝くライトへ。
そして壁の絵画は幾千もの観客席へ。
円形をしたその部屋は、まさに闘技場そのものだった。
天井から降り注ぐ行く筋もの強烈な光に目を顰める中、闘技場の中央に人影が一つあることに凶夜は気付く。
次第に目が光に馴れその人物の輪郭が確かになっていき、それに伴い凶夜の機嫌も良くなっていった。
何故なら闘技場に立つ人物は凶夜のよく知る人物だったからだ。
「シャル! 無事だったのか!」
「シャルって……っ! あ、あの人が吸血鬼長のクローフィ=サングェスト・シャルロッテさん!?」
同じく光に目が馴れたエイラが闘技場の中心に佇む人影、救出目標クローフィ=サングェスト・シャルロッテを見て驚きの声を上げた。
その驚きはあっさりと対象が見つかったこともあるが大半は別の原因によるものだった。
その人影は遠目にも判るほど小さいのだ。
まるで、いやまさしく子供のような体格にフリルがこれでもかと盛られた、小さな女の子が好みそうなゴスロリ風のドレス。服副吸血鬼長であるというオレイラ・オルレイアンが黒髪長髪のモデルのような体型の大人だったので
なのでエイラの驚きは勝手に想像したエイラ自身が悪いということになるのだが、誰も吸血鬼長が幼女だなんて想像すら出来ないであろう。彼女を責めるというのも酷な話だ。
「ああ、そうだ。ってまあ確かに驚くよな。俺も初対面の時は驚いたし」
「あれ見て驚くなって言う方が無理よ! というか何かおかしくない?」
ツッコミを入れて理性を取り戻したエイラがシャルロッテを指して違和感を口にした。
「確かに。この距離なら俺の声が聞こえて反応するだろうが、実際は反応どころか見向きもしない。おかしいな」
「一応聞くけど、クローフィさん、あの幼女ってどんな性格なの?」
シャルロッテを知るであろう凶夜に彼女はどんな性格なのかをエイラは問い掛けた。
もしかしたら元々反応の薄い人物なのかも知れないと思ったからだ。
「シャルロッテ、俺はシャルって呼んでるけどアイツの性格は一言で表すなら『我が儘』だ」
「我が儘って、一つの種をまとめる人物がそんな子供みたいな」
「我が儘って別に悪いことじゃないんだぞ?」
「え? だって我が儘って自己中心的な考え方のことでしょ?」
我が儘とは悪いこと。そう感じる一般的な思考を持っているエイラは凶夜に疑問を返した。
凶夜は頭を掻きながらその質問に答える。
「まあ皆そう教わったからな。そう思うのも仕方無いだろう。だがよく考えてみればこの世界に我が儘じゃない奴なんて居ないだろ? 俺が吸血鬼達を救うのも人間側からしたら身勝手な"我が儘"だし、人間達が魔族を捕えるのも俺達からしたら身勝手な"我が儘"だ。
我が儘が悪いんじゃなく、"悪い我が儘"と"良い我が儘"があるだけなんだよ。そしてそれは必ず誰かから見たら悪い我が儘だろうし、誰かから見れば良い我が儘になる」
未だに煮えきらない様子のエイラに、「例えば、」と凶夜は例を上げて説明する。
「ある国で一人を貶めれば莫大な利益が手に入り、結果その国の国民は裕福になるとする。最終的に一人を犠牲に多くの民が救われた。だけどそんな救われた結果でもその"一人"から見れば身勝手な我が儘なんだよ」
「極端な例ね」
「そうだな。極端だ。けれど実際に無いわけじゃあない。何せ、その"一人"が俺なんだからな。だからこそ俺が成していることも人間側から見れば身勝手な我が儘だってことが理解出来るんだよ。良い我が儘も悪い我が儘も、存在しないんだってことが理解出来るんだよ」
「我が儘なんて、所詮エゴのゴリ押しだものね。人それぞれの主張が違うだけ。それで、あの幼女はどんな主張なのよ」
「『大切なものを守る』、ただそれだけだ。それ以外に何も無いから我が儘になる。極端だからゴリ押しになるんだよ。まあ吸血鬼達からしたらこれ以上ない最高の指導者だな」
「幼女なのに?」
「幼女なのに、だ。あとは寂しがり屋だな」
「どうして? 最高の指導者ってことは慕われてるんじゃないの?」
エイラのその指摘に凶夜は首を横に振る。
「尊敬されるのと親しくされるのは違う。前者は壁があって後者は無い関係だからな。重いんだよ、憧憬が。命ずればすぐにでも首を掻っ切るその忠誠心が。だからこそ腹を割って話す相手に飢えている、それがシャルっていう孤独な為政者だよ」
「だとしたら、やっぱりおかしいわよね」
「ああ。
二人はしばし考えて拉致が開かないと悟ると、
「取り敢えず近付くか」
「そうね」
囚われの仲間を救うべく、何か罠があること間違い無しの如何にもな闘技場へと足を踏み入れた。
じゃりっ じゃりっ
足音が硬質な床から地面へと変わったことを伝えてくる。
そのまま数十歩進み、元からあったシャルロッテとの距離が半分を切ろうとした時それは起こった。
「っ! 顕現! 下がれエイラっ!」
「っ!」
今までに無い程切羽詰まった凶夜の叫び、そして本能を強烈に刺激する殺気のようなモノにエイラは反射的とも形容出来る速度で後ろに飛んだ。
人外の力を全力解放し後ろに飛んだ為制御しきれず、砲弾のような速度でエイラが壁にぶち当たった。
そのすぐ後、濃厚で重圧な殺気を放つ眼前の幼女。
クローフィ=サングェスト・シャルロッテが行動を、戦闘を開始した。
「特例結界構築術式『
小さく紡がれたその
その言葉の効力により、シャルロッテを中心に禍々しさすら感じる紫色の極光が放射状に放たれた。
闘技場を遍く照らすと思われたその光は、しかしそれは叶わなかった。
一定の地点を境に光はドロドロのヘドロへと姿を変え、まるで粘土のようにドームを形成し始めたからだ。
「ハアァッ!」
凶夜は脱出する為、自らの後ろにあるかと思われる不可視の結界に斬撃を放つ。
鋼をも容易く切り裂き、その気になれば焼き切ることも可能だろう刀『蒼炎』。
如何に結界だろうがそれが『檻』である以上遮る"何か"は確かに存在するはず。
ならばそれを切り裂き外へ出ることも、また可能なはず。
そう凶夜が考える理論は確かに事実。不可視でも壁はある。それを破壊出来れば出れるのは必然。
だがことこの場合、それは叶わなかった。何せ凶夜の繰り出した斬撃は不可視の壁をすり抜けたのだから。
「なっ!?」
今まで幾度も結界に封じられ、その度にこじ開けてきた経験を持っていた凶夜は、だからこそ驚きの声をあげた。
剣を弾くならまだしも、そもそも触ることすら叶わないという体験は初めてだったからだ。
不可視性だけでなく攻撃を通り抜け拘束対象のみを中へと封ずる、それはまだ魔法というものが体系化される前の遙か昔、神代の時代の魔法。
太陽を創り、海を割る。
まさしく神々の領域である神代魔法は、凶夜であっても初見では到底破ることは叶わず―――
「う、うぅ……っ! 凶夜っ!!」
エイラが起き上がり見たのは焦燥の浮かぶ凶夜の顔、そして直後閉じられた紫黒のドームだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます