第一話 『魔王転生』
「死ね死ね、全て死ね潔く死ね早く死ね悉く一切合切死ね塵も残さず死ね痕跡すら残さず死ね苦しみ抜いて死ね死ね死ね死────」
荒廃した荒れ地のど真ん中、地に倒れぶつぶつと呟くように恨み、無念そして形容出来ない程の憤怒を込めた呪詛を放つ者が居た。
その者の身体は瀕死の重傷で血塗れとなったボロい布と下着が有るのみ。
呪詛を口にしながらも立ち上がろうとするが、半身立ち上がった瞬間崩れ落ちる。
右半身には毒々しい紫色の焼け爛れたような傷が広がっていた。
「殺す殺す殺してやる一片の肉片、魂すら残さず引き千切り細切れにしぐちゃぐちゃに踏み潰し生きることを後悔させ焼き潰し蒸発させ捻り千切り────必ず喰らってやる」
その言葉が彼、元勇者『
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『暗い寒い、此処は……何処だ』
何も見えず、何も感じず、何も聞こえず、故に何者も居ない。
そんな孤独の空間でただ一人、禍津凶夜の意識だけが形を持っていた。
何も見えず、何も感じず、何も聞こえず、自己の定義すら曖昧な空間。
凡そ常人ならば狂う筈の世界の中で、凶夜は冷静そのものだった。
それは酷く単純な話、既に狂っていては、もう狂えまい。
『俺は死んだ。千の裏切りに万の傷を受けて俺を苦しみ悶えさせ絶望へと叩き落とした”人間共”に呪詛を吐きながら死んだ筈だ。では此処は何処だ。地獄だとでもいうのだろうか?』
親より先に死んだ者は例外無く三途の川で石を積み上げるらしい、そんなお遊び俺が生き、裏切りられ絶望し受けた痛みに比べればなんと幸福なことなのだろう、と凶夜は何も見えない暗闇を知覚しながら考えていた。
やがて彼の目の前に薄く漂う蒼い炎が現れた。
『……これに触れってことか?』
その炎は凶夜の疑問を肯定するかのように激しく燃えあがり揺れ動く。
凶夜は何も感じず、故に生きていた時よりも自由だ。
離れたいと思えば、動きたいと思えば、そして触りたいと思えば想像通りに動く。
そうして、凶夜は蒼い炎に触れた。炎は凶夜の触れた部分から覆うように広がっていき、それが元の凶夜の輪郭、人の形を成した瞬間───業炎となり凶夜を、世界を覆った。
暗闇は焼かれ、代わりに光が満ち溢れる。
暖かな、愛を知らない凶夜にすら慈しみを感じさせる神々しき光。
凶夜はその光に抱かれながら、再び意識を無くしていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「………夫?」
何かに揺すぶられ、呼び掛けられる声に凶夜の意識が覚醒してゆく。
「……てる?」
再びの呼び声、未だ眠りを欲する意識を押さえつけ残り半分というところ。
「大丈夫? 生きてる?」
「…………ん?」
見事睡眠欲という強大な敵に打ち勝ち今度こそ完全覚醒を果たした凶夜。
久しく聞かない誰かを心配する言葉、度重なる裏切りの中で身につけた技能で嘘は無いと判断し彼は薄く目を開いた。
「良かった! 無事だったのね!」
「無事だが、あんたは?」
「あ、ごめん。私はエイラ。貴方は?」
「俺は禍津凶夜。で、こんな荒れ地で何してたんだ。聖女様?」
「あ………やっぱり分かる?」
「そんな格好してれば当然だ」
エイラの髪の色は銀髪。聖アレスチナ教会に属する有名な聖女輩出国であるラプラタ王国限定の、しかも限られた血統にしか現れないという銀色の髪。
加えて凶夜ほどではないにせよボロボロ、だが白を基調とし金糸の刺繍が施された如何にもな服装をしている。
これだけの要素があれば凶夜に限らず誰でも気付けることだろう。聖女というが、この世界ではそれ程珍しいものではないのだから。
「この荒れ地は聖アレスチナ教会を含む三大聖教が立ち入りを禁じている土地だぞ?」
「まあ、だからこそというか。私は貴方の言う通り聖女。元、が付くけどね。ある事件を発端に三大聖教から異端の烙印を押され辛くも此処まで逃げ伸びたという訳」
「……本当に逃げ延びたのか? 正直あんたの服装に付着している血の量を見る限りとてもそうは思えないんだが」
エイラの服装は白の下地が辛うじて見受けられる程度、それ以外は血によって赤黒く変色していた。
その量は凡そ常人が流して生きていられるようなものでは到底なかった。
「それをいうなら貴方もよ! 何そのボロっちい服装に血の量! 私よりよっぽど重傷じゃない!」
エイラの言う通り、先程の事は凶夜にも当てはまることだが。
ふと、エイラの重傷という言葉に思いだし凶夜は自身の腹を見た。
「………無くなってる」
「突然どうしたの?」
「いや、あんたに起こされる前に俺は腹に穴が空いていたんだ。だが、今はそれが無くなっている」
跡形も無く、という訳ではない。穴が穿たれていた右腹部には円形の傷痕が残されているので傷を受けたのは間違いない。
だからこそ、不思議なのだ。
夢でも無いが、現実味も無い。
「あんた、あんたも傷は大丈夫なのか? 血の量的に相当な重傷だろ?」
「う~ん。それがね。私も昨日貴方と同じような体験をしたばかりなのよね。どうにか逃げ延びて、この荒れ地で力尽き死を覚悟した。けれど不思議な夢を見て起きてみると傷は塞がっていて、
「その様子だと少なくとも昨日から食事を取っていないようだが?」
「そういえば、あんまりお腹は減らない。変ね?」
これは、アレを見た方が早いな。
そう判断した凶夜は著しく魔法適正が低い為日に一回しか使えない魔法を唱えた。
「
出来ればこんな基礎魔法に使いたく無かったんだがな、と心中で嘆息しながら凶夜は目前に出現した自己を情報化して纏められた表示を見ていく。
そしてすぐに止まった。
本来止まらない、何時もなら確認すらしないであろう箇所で目が止まった。
「何か問題でもあった?」
「どうやら……いや、実際に見てもらった方が早いな。種族欄を見てくれ」
空中に浮かぶ表示をエイラに見えるようにセキュリティを解き放つ。
そして、その表示を見たエイラの顔が驚愕に彩られた。
それもそうだろう。
種族:魔王(元人種)
元教会所属の聖女エイラが助けた人物は、彼女らにとっての不倶戴天の敵。
全ての魔族を統べる存在、魔王だったのだから。
「え、えぇ!? あなた魔王だったの!!?」
「莫迦を言うな。俺はれっきとして人間だ。いや、だった、というべきなのか」
「ででででもステータスに書いてあるじゃないの!」
「よく見ろ。横に元人種って書いてあるだろうが。……これは憶測だが、俺は一度死んだ。その際理由は分からないが別の種族として生き返ったんじゃないか? だとしたら………あんたも一度ステータス確認してみた方がいいぞ」
「え、ええ!
エイラが先程凶夜が魔王と化しているのを見た以上の悲鳴を上げた。
その様子からどうやら憶測が確実性を帯びてきたな、と凶夜は認識した。
「で、あんたは”何者”だった?」
「………んし」
「ん? なんて?」
エイラは小さく呟く。
確かに言ってはいるのだろうが小さくて聞き取れなかった凶夜はもう一度聞いた。
繰り返された返答は、ヤケにでもなったのか叫ぶようなものだった。
「墮天使よ! 何故!? 何故よりにもよって私が墮天使なのっ!?」
「あ~、まあ魔王よりはマシだとでも思っとけよ」
「うぅ~。……慰め、ありがとうね」
エイラの種族を聞いて凶夜の顔は引き攣った。
教会の看板娘的立ち位置の聖女から一転、墮天使とは。
ちなみに墮天使とは三大聖教会から特別危険指定されている魔族の中の種族の一つである。
これで名実共に教会から追われる身にエイラはなったという訳だが、本人は自分が墮天使になるということに納得がいっていないようであった。
『まあ、聖女に就けるのは敬虔な信徒だけだしな』
魔王になった俺の方はと言えば、元から教会の事情など凶夜には余り関係無い、というか気にしないのであろう。ケロッとしていた。
グルルウゥゥゥ!!
「……今、何か聞こえなかったか?」
「……ええ、とてつもなく嫌な予感がするわ」
風に乗って聞こえてきた獣の唸り声。
ひしひしと、逃亡生活で培った危機予知が嫌な感じを伝えてくる。
危ない、今すぐこの場を離れないと脅威が姿を現す、と。
「とにかくここを離れよう」
「ええ、そうしましょう」
元勇者といえど現在は剣すらない、付け加えるならば凶夜は勇者時代に掛けられた呪いから戦闘力を大幅に制限されており、はっきり言って今の彼は無力である。そしてそれはエイラも同じであろう。
獣の声が聞こえた方向とは真逆を向き逃走を試みるエイラと凶夜。
アウオォォォォン!!
だが、目の前に現れた魔物の集団にそれは中断を余儀なくされる。
ロックウルフ。
この荒れ地、『
名前の通り岩石と見粉うような堅牢さを誇る体皮が特徴的な狼だ。
一匹一匹がその素早さと堅牢さからBランク、俗に『仕留めるのに熟練した冒険者が六人必要』という難易度に指定されている魔物であり、元々持っていた剣を奪われ急場を凌いでいた凶夜の鉄剣を圧し折った犯人である。
それが現在、エイラと凶夜の二人の前には群れで現れている。
その数、ざっと三十。
得物などなく、防具といえる代物も皆無。
まさに狼にとって、彼らは動く肉塊でしかなかった。
狩るべき獲物ですら、なかった。
それは二人も重々承知している。それなのに、両者の顔には先程まであった焦燥の微塵も無く、あるのはただただ高揚感から来る不敵な笑みであった。
疼くのだ。
敵意を持つ者を叩き潰せと。
叫ぶのだ。
彼らを殺せと、蹂躙せよと、全身の細胞が。
明確な敵を目の前にし、魔王と堕天使の血が目を覚ます。
何をどうすれば、奴等を殺す力が手に入るのか、それが頭へと直接叩き込まれる。
ニヤッと、悪辣な笑みを浮かべ凶夜は舌舐めずりをした。
エイラも流石にそんな下品な真似はしないが、その爛々と輝く瞳と微かに上がった口角が全てを物語っていた。
「あんた………いや、共闘する仲間だからエイラと名前で呼ばせてもらう。いいか?」
「別に構わないけど、用件は呼び方だけじゃないでしょ?」
「ああ。七:三でどうだ? 俺が七でお前が三だ。明らかに戦闘慣れしていないエイラには妥当な数字だろ?」
「却下、せめて八:二」
「八:二!? それの何処がせめてなんだ!」
「助けた恩を忘れた?」
「あれは助けたんじゃない起こしたんだ! ったく、しょうがない。五:五だ。それ以上は妥協できないな」
「……まあ、それが妥当な数字かな。彼方さんもそろそろ我慢の限界のようだし」
二人が言い争っている間にロックウルフによる包囲網は完全に完了していた。
後続組も合流し、ざっと五十体もの狼が獲物を逃がすまいと戦闘体制に入っていた。
その中でも凶夜達と一番初めに接触したロックウルフ達が一斉に飛び掛かる。
先走りだ。
血が目覚めたといっても咬まれれば防具無しの凶夜達にとって容易く致命傷になりうる口撃。
凶夜は空中から迫る顎を見据えながら、まるで鞘があるかのように腰に手を添え───唱えた。
「顕現、『蒼炎』! ハァッ!!」
凶夜の手に顕現した刀で横に剣撃を放つ。
迫っていた三匹のロックウルフは全長一メートルはあろうかという巨体の半分を裂きながら蒼く燃えあがった。
その炎はまさに地獄の蒼い火、のたうちまわる哀れな狼の動きが止まるまで燃え尽きることを知らなかった。
「ヒュー! すっげぇ! 岩石の皮も豆腐のようによく切れる。しかも料理まで出来るなんてな」
ちと焼きすぎだがな、とたいして残念そうも無さそうに凶夜は付け加えた。
周りの岩狼共は凶夜の炎に怯んだのか寄って来ようとしない。
どうやら凶夜のターンは終了のようだ。
「次はエイラ、あんたの番だ。腕前見せて貰うぜ」
「ええ。顕現、『冥氷』
エイラの両手に顕現した黒を基調に金の線と青い悪魔が装飾された二丁の拳銃。
血塗られた聖服と妙に一体感を持つ銃器、その片方を持ち上げクイッと前後に揺らしながら彼女は言った。
「さあ、駆逐してあげるから掛かってきさい───駄犬」
「グルルゥ!! ガルアァァァ!!」
言葉は分からずとも、それが自分達を挑発する行為だとは理解が出来る。
獣、魔物などそんなものだ。
だからこそ、凶夜を狙っている半数のロックウルフ以外が一斉にエイラへと襲い掛かった。
それはまさに岩の濁流───流されれば四肢は千切れ、肉体はすり潰され、ただの赤い水溜まりへとなるだろう。
対するエイラ、相対するソレを形容するならば───死神。
踊るように、舞うように。
狼共の眉間に弾丸を打ち込み生を刈り取る所業は古に伝承される死神そのもの。
神に物理法則など、人間にとっての蚊にすら劣る。
故に、死神にとって狼共の濁流は小さすぎた。呆気が無さすぎた。
僅か二秒。
それが二五匹のロックウルフが蹂躙され尽くすまでの、刹那ともいえる時間。
エイラの眼前には正確に眉間を撃ち抜かれた二十五の肉塊。
そのどれもが死神の冷たい殺意にあてられたかのように───凍っていた。
「ふぅ。物足りないわね、こんなものじゃ」
手にする二丁拳銃を消し、近くにあった凍った死体に腰掛けた。
「私の分はどうやら終わったようだから残りは貴方の戦いでも見ることにするわ。さっきは良く見れてなかったし。頑張って~」
そんな声援を受けて凶夜は負けてられないと力む。
確実に舐められている。ならば実力を示すまで。
凶夜はおもむろに刀を鞘に戻すと腰を屈め、一気に走り出した。
そして一瞬で狼共の中心に割り込むと、一気に鞘から刀を抜刀した。
「ギャウゥアァァァ!!」
俗に居合いと呼ばれる剣撃は周囲のロックウルフを真っ二つに寸断し、辺りを蒼い炎で焼き払った。
圧倒的な熱量。骨すら喰らう地獄の如き業火は一瞬でロックウルフの群れを消滅させた。
「………すごっ」
それだけでは飽き足らず、業火は蒼い竜巻となり空の雲すら焼き払った様子は死神の如く蹂躙劇を繰り広げたエイラにすら感嘆の声をあげさせるものであった。
「どうよ?」
「見直した。……正直、最初の一撃で侮ってたわ」
「だろうな。そんな感じがひしひしと感じられた」
「本当に、ごめんなさい。どうやら私戦闘になると、高揚感からか性格が変っちゃうみたい………恥ずかしい限りだわ」
生き返ってからというもの、何故だが戦闘となると異常な高揚感が身体を支配する。
見知らぬ武器に、使ったことも無い技。
それが脳裏に浮かび、手に取るように行使出来る。
勇者として戦闘行為に従事してきた凶夜と違い、聖女という教会のシンボルマークとして大切にされていたエイラにとって、それは些か刺激が強過ぎた。
「それはしょうがないだろう。俺は元々こんな性格だから余り変化は無いが、聖女さんは違うらしいからな。そこで、提案なんだが、これから一緒に行動しないか? 幸い俺には当てがある。俺はエイラの力が欲しい。そう悪い取引じゃないだろ?」
「その提案、こちらこそ願ったり叶ったりだわ! 私も教会という巨大組織に追われている身、頼れるものは限られているから正直助けて欲しかったのよ」
お互いに差し出した手で握手を交わす。
ギアスロールも何も無いこの場では、それが契約の証だった。
「じゃ決まりだな。正式に仲間になったんだから俺のことは凶夜でも何でも、好きに呼んでくれ。ところで戦闘中は気付かなかったんだが………」
『『ぐぎゅるるうぅぅ!』』
盛大に鳴る、二人のお腹。
その音は凶夜が言わなかった先の言葉を如実に現していた。
「ええ。お腹、空いてきたわね。けど……」
襲ってきた空腹感に倒れそうな中、視線の先にあったのはロックウルフの氷像。
そして、焼きすぎとはいえまだまだ暖かそうに湯気をあげる三匹の肉。
戦闘の高揚感を失った途端に襲った意識を失いそうな程の空腹を抱える二人ならば、一人でも狼三匹などぺろりと平らげてしまうだろう。
ロックウルフ、その殆どが岩石の皮膚であり食べられる所は少ないのだ。
だからこそ、片方は冷たい氷肉になる。
「「……………」」
涎を垂らしながら二人はお互いに視線を交差させる。
二人の瞳には爛々と、先程の戦闘中が可愛く見えるような光が宿っていた。
すわ戦闘かっ!?
そう思われた場面、だがそうはならなかった。
「エイラはあっち食べろよ。俺は氷で我慢するさ」
「え? でも」
「こんな状況になったのは俺が見栄張って狼共を消滅させちまったのが原因だしな。責任は取るさ」
「いや、あれは私がそもそもの原因だし──―」
どちらがどちらとも、自分ではなく仲間を優先する譲り合い。
一見ただただ無意味な言い合い、だけれど久し振りの自分ではない人から向けられる良心というものは、酷く温かくて。
「なら、ほら、あれだ、恩返しだ。起こしてもらった礼のな。(ガリジャリ!)」
気付けば凶夜は強引凍ってる方を食べ、旨そうに湯気を上げる方をエイラに押し付けていた。
「………ありがとう」
そして、久方ぶりに聞く己に向けられた感謝の言葉は一瞬だけ信じてみようと思えるくらいには────心地の良いものだった。
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