第5話 レコン・クローラ

 問題:世界で最も嫌われている装置は何か?

 答え:目覚まし時計


 静かで薄暗い寝室の中において、デジタル式アラーム時計の赤い電光表示だけが妙に浮いた存在だった。だが、時刻表示が『AM6:00』に変わると同時に規則的なリズムの電子音が鳴り響き、その平穏と静寂は破られる。耳障りなアラーム音が鳴り始めた約2秒後、ベッドの中から伸びて来た右手が停止ボタンを押し込む。掛布団を跳ね上げ、初老の男性が上半身を起こして大きく伸びをする。彼はアラーム時計の傍に置いてある銀縁眼鏡を手に取り、いつもの定位置である顔面にセットした。 


 ここまでの動作を毎朝繰り返して15年以上になるため――本人の性格的な物もあるのだが、『腕を伸ばす角度』や『体を起こす速度』は何かの機械装置の様に寸分違わぬリピート精度となっている。隣のベッドには物音で意識を取り戻しつつある『ふくよかな妻』が、まどろみながら起床を渋っている。

 「……おはよう。あなた」

 「ああ、おはよう。ウィニー」

 寝ぼけ眼の妻ウィニーから朝の挨拶をする事もまた、クローラ夫妻の毎日の日課であった。もちろん、挨拶の言葉も毎日同じである。


 ――1時間後、AM7:00

 旧式のトースターから、狐色に焼けた食パンがポンッという音と共に飛び出した。ラテン系の血を引くウィニーは曲目不明の鼻歌を歌いながらコップにミルクを注ぎ、ダイニングのテーブルの上に置いた。クローラ課長はに右手に取って口に運ぶ。ここまでくると、息の合った夫婦と言うより何かの製造工場を見ているようで一種の機能美すら感じられる。


 クローラ課長は、テレビに映っていた独立系放送局LSBのニュース番組をぼんやりと見つめている。ヘッドラインのトップは、『ハンマーヘッド爆発事故』の関連情報であった。……と言っても、さして大した内容では無く、残骸を回収した採掘船が月面への帰還を始めたとの事だった。

 画面には採掘船の送信してきた映像が映しだされ、残骸の中にはエンジンの一部らしきパーツもあった。引き裂かれた部品の様子から爆発の凄まじさが想像出来るが、この程度の情報なら公安課でも既に把握している。クローラ課長が聞き流そうとした瞬間、やや濃いめの化粧をした女性キャスターが気になる言葉を発した。


 「回収された残骸の中には、が見付かったとの情報もあります。我がLSBでは、引き続きこの件に関して追跡取材を継続して参ります。では、次の話題です……」


 クローラ課長は口に含んだミルクを吹き出しそうになるのを堪え、リモコンでテレビのチャンネルを次々と変えていく。どの局のニュースも『採掘船帰還』の話題を取り上げてはいるが、『重要な部品』について語ってはいない。夫の態度が急変した事をいち早く察したウィニーが、クローラ課長の顔に密着して問いかける。

 「あなた、どうかしたの?」

 「採掘船のニュースが、ちょっと気になってな……」

 そんな夫婦の会話を遮る様に、1人の少女がテレビ画面の前を通り過ぎる。彼女の服装は通学用の制服でありながら、スカートの丈が極端に短く、太腿のかなり際どいラインまで見えそうである。クローラ課長は、少女に朝の挨拶をした。

 「おはよう、エルザ」

 「……」

 わざと無視した少女――エルザをウィニーがたしなめる。エルザは自分が不機嫌である事を誇示するかのように、ツンとした表情でウェーブのかかった長い黒髪を掻き上げた。

 「エルザ、パパにきちんと挨拶なさい!」

 「……パパ、おはよー」

 心の籠っていない棒読みの挨拶ではあったが……一応納得したウィニーは、卵料理の乗った皿3人分をテーブルに並べた。クローラ課長の愛娘――エルザは、皿がテーブルに置かれた直後、手近にあったスプーンで1口だけ流し込み、さっさと洗顔を済ませて玄関に向かっていった。制服姿のエルザの後を追うウィニー。

 「エルザ、お行儀が悪いわよ!」

 「……行ってきまーす」

 玄関のドアを開けると、切り取られた朝の灯差しの一部が差し込んで来た。やや浅黒いエルザの肌は、間違いなく母のラテン系遺伝子を受け継いだ物であろう。

 「今日、選別試験なんでしょ! お腹空いちゃうわよ!!」

 エルザが出て行った後、閉まるドアが大きな音を立てた。ウィニーは、両手を腰に当て、『――しょうがない子ね!』と溜息をつく。……が、夫を送り出す時刻が迫っている事を思い出し、ダイニングに戻っていった。

 

 玄関で革靴に足を通したクローラ課長。彼の頬にウィニーが、軽くキスをする。

 「行ってらっしゃい。あなた」

 「ああ、行ってくる」

 クローラ課長は顔にこそ出していないが、何か特別なエネルギーが充填された様な力強い足取りと共に出掛けていった。その後ろ姿を毎日見送る事が、ウィニーの細やかな誇りであった。

 

 ――AM8:00

 いつもよりキビキビとした足取りで、クローラ課長が公安課の事務所に出勤してきた。まだ始業前であるため、全ての課員が事務所に揃っている訳では無かったが、課長の表情から何か緊急事態を感じた課員達がゾロゾロと彼の元に集まって来る。その中には、オルダー・バナードの姿もあった。課長は余計な話を入れず、要点だけを彼らに伝えた。

 「今朝、独立系放送局LSBのニュースで、『ハンマーヘッド爆発事故』の続報が流された。内容は、残骸を回収した採掘船が月面に帰還するというものだ」

 そこで一旦話を区切ると、課員の1人が口を開いた。

 「その情報なら、我々も掴んでますが。それが何か……?」

 クローラ課長は、『まだ続きがある』といった手振りの後に続ける。

 「女性キャスターの弁によると、何か『重要な部品』が見付かったらしい」

 課長の言葉を聞いた課員達の顔に一瞬緊張が走り、オルダーが食いつく。

 「重要な部品って……まさか、ブラック・ボックスですか?」


 クローラ課長は軽く腕組みし、首を捻って答えた。

 「いや、それはまだ分からん。だが、万一という事もある。このニュース番組を制作した人間を探し出し、この情報が報道された経緯を調べろ。以上だ」

 この話は始業ギリギリに滑り込んできた課員らにも伝わり、全員体制の情報収集が始まった。


 ――AM8:30 アストロナイズ技能訓練校 テンダー・キャンパス

 昨日行われた入学式に出席し、晴れて同校の生徒となった新入生達。彼らは正門ゲートをくぐるや否や高圧的な態度の教員らに誘導され、次々と教室へ詰め込まれて行った。 教室が満席になった事を確認すると、教員達は『語学』と書かれた『テスト問題冊子』と『回答用マークシート』を配り始める。

 ――AM9:00  

 壁に掛けられた時計の針が9時を指すと『始め!』の号令が掛けられ、生徒達は一斉に問題冊子の表紙を捲った。


 ――アストロナイズ技能訓練校

 それはアストロナイズ市内の居住区階層――面積にして約4000㎢の敷地内50か所に設置された高等教育機関である。中学を卒業した生徒達は全員この技能訓練校に入学し、将来のアストロナイズ・グループを背負う人材となるべく、5年の歳月を掛けて専門教育を受ける。教育システムが改革されてから数十年が経過する現在、アストロナイズ市内の学生にとって技能訓練校に通う事が当り前の進路であった。


 必死に問題と格闘する生徒達。そして、彼らに目を光らせる監視役の教師達。マークシートを塗り潰す筆記用具の音だけが、カリカリと室内に響く。


 アストロナイズ技能訓練校では、入学式の翌日にコース選別試験を実施するのが毎年の恒例となっていた。これは、新入生達が義務教育課程で修了した基礎学力のレベルをチェックし、入学後に進む専門教育コースを振り分けるシステムである。アストロナイズ市においては、事実上この試験の出来不出来によってその後の人生がある程度決定される。そのため、そろそろ準備期間に入る中学生達とその親達から『15歳の選別』と呼ばれ、彼らの心配のタネとなっている。

 一見、厳しい措置のようだが、限られた人的資源を最大限有効活用し、同市を維持するためには仕方の無い現実なのである。


 ――AM10:00 公共安全部・公安課 事務所

 クローラ課長が視聴した『LSB朝のニュース』。公安課員は、この番組の録画映像を数日分見直す所から調査を始めていた。3日分……4日分と早送りで鑑賞している途中、オルダーがある点に気付いた。

 「この女性キャスター、気のせいか……随分と化粧が濃いな」

 オルダーの指摘に従い他の課員が画面を注視する。確かに、アイシャドウの辺りが若干濃い目にも見える。ちなみに別の日の放送では、薄めのナチュラルメイクであった。少しの間、女性課員も交えて熱い化粧談義が行われた。男性課員達は、女性特有の奥深い世界というか業の様な物を垣間見た気がした。


 「で……議論の結果に出た仮説が、不倫のサインって訳か」

 「はい!その通りです」

 眉間に皺を寄せるクローラ課長を前に、オルダーが胸を張って仮説を披露する。

 「オルダー、一応聞いておくが……根拠は何だ?」

 「はい! 根拠は、女性課員達の意見……つまり、女の勘って奴です」

 オルダーの背後で、数名の女性課員達がガッツポーズを取っているのが見える。

 「……分かった分かった。お前の好きなように調査してみろ」

 課長が虫でも追い払うように右手を振ると、オルダーを含めた男性課員達が事務所の外へ出掛けて行った。クローラ課長は目を閉じ、頭を抱えていた。


 ――AM11:00 アストロナイズ技能訓練校 テンダー・キャンパス

 1科目50分の選別テストは、10分の休憩を挟みながら3科目目の『科学』に突入していた。テストを受ける生徒達の中に、ウェーブ掛かった長い髪の少女――エルザの姿もあった。しかし、朝食を殆ど食べていない彼女の脳細胞は、昼食時間を前にしてエネルギー切れの状態となっていた。普段間違えないような基礎問題で、つまらない計算ミスを連発し、時間をロスしていく。


 ――集中しなくちゃ! あたしは、パパみたいにならない!


 エルザが父親を避けるようになったのは、彼女が中学1年生の頃からだった。

 ある日、教室でクラスメイト達が談笑していた際、父親の職業が話題となった。


 「うちのパパは、アストロナイズ・スペースクラフトで宇宙船を造ってる」

 「私のお父さんは、ケミカル社の営業課長だってさ。何か、エライらしいよ」

 純真無垢と言えば聞こえが良いが、社会を知らない娘達が実の父親をまるでアクセサリーのように自慢している様は何とも奇妙で滑稽であった。が、やがて聞き役に回っていたエルザに話が振られた。

 「うちのパパは、アストロナイズ・セキュリティで働いてるけど……」

 エルザの言葉を聞いた後、女子生徒達が大爆笑した。


 「セキュリティってあれでしょ。ビルとかマンションの警備の会社。そりゃ、 仕事が警備員じゃ、親も正直に話しにくいよね~♪」


 授業が終わり次第、速足で帰宅するエルザ。彼女は真っ赤な顔で母親に聞いた。

 「うちのパパって、会社でどんな仕事してるの? ママ、知ってるんでしょ?」

 「パパは毎日、アストロナイズ・セキュリティで……」

 エルザはウィニーの言葉を遮り、改めて聞き直した。

 「それは行ってる会社でしょ! そこで、何の仕事してるの?」


 半ば半狂乱になったエルザはついに限界に達し、その場に腰を落として大泣きした。ウィニーがそれとなく問い質してみると、友人から父の仕事をネタに笑われた事を知った。涙が止まらないエルザを、ウィニーは優しく諭す。


 「パパの仕事がビルの警備員だと……何が恥ずかしいのかしら?」

 「だって……他の子のパパは『宇宙船を造る仕事』とか『エライ課長さん』とか……みんな凄いのよ! 警備員なんて友達に自慢できないよ」

 エルザの言葉を最後まで聞き終え、ウィニーは少し悲しそうな目をした。

 「エルザ、パパは誰のために毎日頑張ってお仕事してるか……分かる?」

 エルザは答えが分からなかった。

 「それはね、エルザ。……あなたのためよ」


 普段温厚な母の声は徐々に涙混じりになり、頬を伝った滴が幾つも床に落ちた。

 「世の中には、理不尽に大切な物を奪われる人が大勢いるわ。パパはね、そういう人達を助ける……とっても立派な仕事をしてるのよ」


 ウィニーは夫の仕事を良く知っていた。……が、その詳細を娘に伝える事は出来なかった。公共安全部・公安課は、表向き存在しない部署なのだから。ウィニーの言葉は公安課の任務をある意味正しく説明していたが、エルザには違った意味で伝わっていた。


 「それって、泥棒に入られた人が、次は入られないように守ってもらう……なんだ、やっぱりビルの警備員なんじゃない」


 その日から、エルザは父親を避け、軽蔑の眼差しすら向けるようになった。あの日の記憶がエルザの脳内にチラつく。


 ――PM0:00 アストロナイズ市内 商工業区

  独立系放送局LSBのあまり大きくない社屋。その脇から、赤色の派手なスポーツカーが飛び出してきた。近くの路地から急発進した黒塗りのワンボックスが、その後を追う。ワンボックスカーの後部スペースは座席が全て取り払われ、目出し帽で顔を隠した完全武装の男達が詰め込まれている。彼らの手には、小型高性能のサブマシンガンが握られていた。

 ワンボックスの運転手はスポーツカーに気付かれないよう、適度な距離を保ちながら尾行する。やがて、スポーツカーは、一件のモーテルに滑り込んだ。


 ワンボックスの助手席に座るオルダーが双眼鏡で確認すると、駐車場に停車したスポーツカーの中から親しげな1組の男女が出て来るのが見えた。女性はサングラスで目を隠してはいるが、濃いめの化粧に見覚えがある。例の女性キャスターに間違いない。さらに、スポーツカーを車輛照会した結果、持ち主は件のニュース番組の担当ディレクターである事が分かった。

 「ターゲットを確認した。各員突撃準備!」

 オルダーの指示に対し、突撃隊員の1人が下世話な冗談を笑いながら返した。

 「まったく……、まだ灯も明るいってのに、お盛んだねぇ」

 

 車内で30分程様子を見たオルダー達はモーテルの部屋を急襲、ターゲットである男女――『ディレクター』と『女性キャスター』を取り押さえた。もっとも、彼らはまさにの最中で身動きが取れなかったのだが。


 突然の侵入者に驚いた『ディレクター』は訳も分からず命乞いし、『女性キャスター』を差し出す提案までする始末。一方、女性の方は男の態度に激怒し、突撃隊員の1人に全裸で八つ当たりする。それを別の隊員が抑えようとして、狭い室内は大混乱の様相を呈した。


 ――PM3:00 アストロナイズ技能訓練校 テンダー・キャンパス

 『語学』、『数学』、『科学』、『社会学』、『一般常識』……全5教科の試験が全て終了し、コース選別試験から解放された大勢の新入生達が正門ゲートから吐き出されて来る。その中には、まるで死んだような表情のエルザも含まれていた。

 3科目目の『科学』ですっかりペースを崩した彼女は、午後の2科目――社会学と一般常識も散々な結果であった。

 「思ってたよりも、ずっと簡単だったね!」

 「そうそう、科学の問3とか、簡単すぎて笑いそうになっちゃったもん」


 ……そう言って通り過ぎて行く他の新入生達に追い越されながら、大きく息を吐いた。このままでは、警備員の父親を笑っている所の話ではない。……一体、自分の人生は、この先どうなってしまうのだろうか。肩を落として歩くエルザの影は、膨張する不安を表すように長く伸びて見えた。


 ――PM5:00 公共安全部・公安課 事務所

 「……つまり、結論から言うとブラックボックスが発見された訳では無かった。

そういう事なんだな?」

 「まぁ……そういう事になりますね」

 無事任務を遂行してモーテルから引き上げてきたオルダーら突撃隊員が、クローラ課長に結果報告を行っていた。


 拘束した関係者(不倫中の男女)から事情聴取した結果、朝5時にLSB局内で行われた番組打合わせ中、日頃から宇宙船に詳しいと豪語するアシスタント・ディレクターが自慢げに話した言葉……それが事の発端だったと判明した。

 「ここに映ってるのは、熱核ロケットエンジンの部品で、船にとってなんですよ」

 彼の言葉を聞いたディレクターは、これまた常日頃から広告料を取れる番組を作るよう、上司から小言を言われ続けていた。

 「これは、使えるかもしれない」

 そう考えたディレクターは、専門家への確認もそこそこに原稿にしてしまった。


 念のため、オルダー達が何度も『ブラックボックス』について尋ねたが、2人とも知らないどころか、逆にそれが何なのか聞き返すほどであった。ちなみに、女性キャスターの化粧についても本人に直接確認してみたが、こちらはなかなか興味深い回答が得られている。

 「彼とナニする合図でもあるんだけど、番組を見てるかもしれない彼の奥さんにアピールしたかったの。この放送が終わったら、あんたの旦那とヤリまくってやるんだ。悔しいでしょう……って。放送中に、ゾクゾクしてきちゃうのよ~」


 そこまで聞き終えたクローラ課長は、コメカミを痙攣させつつ突撃隊員達をまるで害虫か何かのように追い払った。あまりにも馬鹿馬鹿しい結末に頭を抱えていると、クローラ課長宛てに電話が入った。電話の相手は名を名乗らなかったが、口調からブロッカ・ニトラスである事はすぐに分かった。


 「商工業区のモーテルにガサ入れしたの……あんたの所だろ」

 「さぁて、何の事ですか……さっぱり」

 怒りを込めたブロッカの言葉に対し、課長はシラを切る。

 「あの店には、私も出資しててね。こういう事があると、客足に響くんだよ」

 「それは、それはご愁傷様。でも今回、うちは無関係ですから」

 あくまで無関係を主張する課長の言い分を聞き入れ、ブロッカが引き下がる。

 「……まぁ、あんたは良い友人だから1回言えば分かってくれるだろ。だが、2回目は無いからな! 本当だぞ!」

 「はいはい。他に用事が無ければ、切りますよ。はい、どうも……」


 思わぬ方面からのクレームを受け、クローラ課長は大きく息を吐き出した。

 

 ――PM10:00 クローラ家

 「エルザは、もう寝たのか?」

 帰宅後、夕食を済ませたクローラ課長がウィニーに聞くと、彼女は言うか言うまいか迷いつつも……帰宅後のエルザの様子を話した。

 「選別試験の出来がかなり悪かったみたいで、部屋に閉じこもっちゃって。あの子、夕食も殆ど食べてないのよ。大丈夫かしら……」

 「まぁ、生きてれば、いつも良い事ばかりじゃないさ。腹が減ったら、何か食べに来るだろう。簡単な物で良いから、用意しておいてあげなさい」

 

 ウィニーは台所に立ち、手早くタマゴサンドを作る。ところが、娘への夜食を作り終えたタイミングで、クローラ課長が彼女を背中から抱きしめた。急な出来事に驚いたウィニーだが、すぐに笑顔に変わった。

 「あら、急にどうしたの?」

 「今日は、そういう気分なんだ。良いだろ、たまには……」

 「もう、いつも突然なんだから……」


 2人は、どちらからともなく唇を求め合う。生暖かい吐息と共に、夜はますます更けて行く。

  

 ――その後、独立系放送局LSBの朝のニュースで、例の女性キャスターが濃いめの化粧で画面に登場する事は無かった。今回、公安課の行った調査活動が与えた社会的影響は、とある男女の不倫関係を解消させた程度のものであった――。

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