第67話




 使われなくなり、朽ちていた廃道だったが、マキナ達の戦闘でさらに荒廃していた。


 天井にぶら下がっていた電灯は全て落ち、ケーブルが垂れ下がり、壁には銃弾の穴が無数に開いていた。



 マキナ達の体力は消耗していた。本気で打ち込んでも、八宝菜のガードを崩せなかった。


 八宝菜は、一瞬の隙を狙っていた。


 1人でも眠らせられれば、ここを切り抜けられる。


 そしてついに、その隙が見えた。


 その究極の隙間を狙おうとしたところで、八宝菜の胸に痛みが走った。


 その痛みは神経を伝い、腕の動きをほんの少し鈍らせた。納屋橋に打たれた傷が傷んだのだ。


 八宝菜は一瞬、揺らいだ。


 マキナは、その一瞬の隙を見逃さなかった。


 マキナのダガーが、八宝菜の腹を割いた。



「ぐっ……」



 八宝菜は、その場で片膝をついた。


 3人は、エボルヴァーを構えて八宝菜を囲んだ。



「終わりだべ」


「へへ……」



 八宝菜の腹から、血が滴り落ちる。



「どうか、見逃してくれねぇか」


「往生際が悪いにゃ、おっちゃん」


「俺には、やらんといかんことがある」


「そこまでして成し遂げたい事とは、一体何なのだ」



 八宝菜は、息を吐いて呼吸を整える。



「ミミックという男が今、この地下街に潜んでいる」


「え……」



 不意に出た名前に、3人の表情が変わった。



「俺は、そいつを殺さなければならない」



 マキナは、八宝菜の胸ぐらを掴んだ。



「おい、八宝菜、ミミックを知っているのか?」


「あぁ。まぁ、知っていると言っても、その存在しか知らない。奴は、様々なものに擬態する。そして何食わぬ顔でそっと近づき、殺す。奴の本当の姿は、誰も知らない」


「何故ミミックを狙っている!?」


「それは、奴があ——」



 次の瞬間、赤く鋭いものが飛んできて、八宝菜の喉を貫いた。それは、真っ赤な傘だった。


 八宝菜は、絶命した。



「ワタシの勝ちね」



 後ろに、封羅が腕を組んで立っていた。



「おい、封羅てめぇ!」


「あらなに? 早く殺さなかったあなた達がいけないのよ? ククク」



 封羅は八宝菜に突き刺さっている傘を引き抜くと、傘を開いて小間についた血液を振り払った。



「じゃあ、今度荘子ちゃんとふたりっきりになれるようにセッティングしといてね。まぁ、見られながらするのもドキドキして興奮するけど」



 マキナ達は、何も言わなかった。


 何も、言う余裕がなかった。


 封羅は真っ赤な唇から少しだけ白い歯を見せ、笑った。そして、去った。





 マキナ達は、その場に立ち尽くした。頭によぎるのは、月の夜、暗闇の中で、血に塗れたミミックのシルエットだけだった。



「みんな、どうしたの?」



 どれくらい、そうしていただろう。気がつくと、廃道の奥にポツンと荘子の姿があった。


 荘子は、ゆっくりと力なくマキナ達の方に近づいて行った。



「荘子……おめぇさんこそ、どうしたんだよ。この世の終わりって顔してんぞ」



 そう言うマキナの言葉には、全く覇気がなかった。



「郡上燻がいた」



 荘子の口から発せられた郡上燻の名前を聞いて、マキナ達は驚き、そしてまた塞ぎ込んだ。




 暫く沈黙した後、マキナの瞳から一筋の涙が溢れた。



「くそぉ……」


「マキナ? みんな、一体どうしたのよ」



 志庵、なづき、マキナの3人は、ゆっくりと荘子のそばに近づき、寄り添って、言った。



「荘子さ、理想の世界を創るっての、みぃ達が全力で協力して絶対叶えるからさ」


「その代わり、荘子の力を、我々に貸して欲しい」



 荘子は3人の顔をそれぞれ見て言った。



「あなた達の願いは、何なのですか?」



 マキナはまっすぐ荘子の瞳を見つめて、言った。



「ミミックを見つけ出して、殺す」



 荘子は、ゆっくりと頷いて、言った。



「わかりました。わたしも、この命を懸けて、その願い、叶えます」



 そして、3人を包み込むように抱きしめた。






 あなた達がどうしても叶えたいという願いがあるのなら、わたしはどんなことをしてでも、それを叶えようとするだろう。


 


 わたしたちはもう、家族みたいなものなのだから。

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