第61話






 荘子は家に帰らず、剛に教えられた通りに奈護屋空港に併設されているエアポートホテルへタクシーで向かった。


 ホテルのロビーで、真山が待っていてくれた。



「真山さん、お疲れ様です」


「荘子ちゃん、お疲れ様。状況は聞いてる?」


「大筋は父から聞きました。しかし、一体……」


「突然なんだよ、タダカという大学生をスカムズ対策室が保護しろという指示が警視総監から出された」



 そうなると、易弥の事件をもみ消したのは警視総監か。


 ますます厄介だ。



「それでは、払田易弥はやはり他殺で、その被疑者はタダカという青年であると?」


「いや、被疑者や、事件性については触れられていない。警視総監の指示は、タダカというが狙われる危険性があるから緊急に保護しろ、という事だけだ」


「捜査を放棄して、その可能性があるだけの一般市民を保護する為にスカムズ対策室総出で警護しろと?」



 真山は手のひらを上にして両手を上げて見せた。



「流石の刑事部長もブチギレ寸前だよ」



 そう言う真山自身もブチギレ寸前に違いなかった。しかし、この中で1番キレてしまいそうな者は、全てを知っている荘子だった。



「タダカは、このホテルにいるんですね」


「あぁ、スイートルームで手厚く保護されてるよ。明日の朝一で、オーストラリアに留学だ」


「留学……」


「スカムズの一件が落ち着くまで、海外にいるつもりらしい」



 救いようのないゴミだ。そう思った。



「とりあえず、タダカのいる部屋に行こう。そこに刑事部長と斑目管理官もいる」



 荘子は真山に案内され、最上階のスイートルームに向かった。


 最上階のエレベーターを降りたところから制服警官が2名ずつ立っており、通路を巡回警備する者、そしてスイートルームの前にも2名の警官が立っていた。


 真山がスイートルームの前に立つと、警官は敬礼をし、扉をノックする。



「真山巡査部長と白川警部補がお見えです」



 警官がそう呼びかけると、沙亜紗が扉を開けて現れた。



「入って」



 そう言った沙亜紗の表情は、魂の篭っていない能面のようだった。



「あの顔をした斑目はヤバい」



 真山がボソッと言った。



「なんとなく分かるような気がします」



 スイートルームは大きな窓一面の夜景——、かと思いきや、窓側には全て射撃を防ぐ為の防護壁が立てつけられていた。


 まったく隙のない、万全の警備だ。



「へぇ、可愛い子いるじゃん」



 荘子を見てそう言ったのは、上下黒のスウェット姿でリラックスした様子のタダカだった。


 ソファに深く座り、片手にはコロナビールを手に持っている。


 クラブの前ですれ違った、3人組の1人だ。


 そのタダカの後ろ、窓際の防護壁の前に剛は立っていた。



「明日の朝、タダカ君を乗せた飛行機が飛び立つまで、我々が彼をスカムズの手から保護する」


「それはつまり——」



 荘子が一歩前に出た。



「タダカさんが払田易弥さんを殺害した被疑者という認識でよろしいでしょうか?」


「それは……」


「おいおい」



 タダカが剛の言葉を遮った。



「部下への教育がなってないんじゃないの? 俺は何もしていない。あのクラブに出入りしている者として狙われる可能性があるから、保護してもらってるだけ。善良な一般市民を守るのは警察の義務だろ? そのナントカって奴が死んだのだって事故なんでしょ? スカムズって連中が勘違いしてるだけ。勘違いで殺されたらたまったもんじゃないよね」


 表情が硬くなった捜査員達をなだめるように、剛が前に出て言った。



「今夜は私と真山がこのスイートルームで警護する。斑目管理官と白川警部補は隣室で控えていてくれ。


「ちょっと」



 タダカはガラスのテーブルの上に足を置いた。



「一晩中おっさん達といるなんて厳しいでしょ。キミ達2人で警護してよ」



 そう言って、タダカは荘子と沙亜紗の方を指差した。



「なっ……」


「ちょっと待ちたまえ、警護は私たちで——」


「あ、口答えすんの? 尾乃陀さんに言っちゃうよ〜。そいつらクビにするなんてカンタンなんでしょ? ぎゃはは」


「君、いい加減に——」


「分かりました」



 剛がタダカの胸ぐらを掴まんとしたところで、沙亜紗が制した。



「白川警部補と私で警護します。それで満足ですか?」


「ついでに夜のサービスをしてくれるといいけどね」



 沙亜紗はタダカの発言を無視した。



「その代わり、少し休憩を下さい。白川警部補、真山、休憩行くわよ」


「え、でも俺は休憩なんて——」


「行くの!」



 いたいけな中学生にたかるヤンキーのような眼差しで、沙亜紗は真山を睨んだ。



「はい」



 真山は従うしか術を持たなかった。荘子、沙亜紗、真山の3人はスイートルームを出て行った。


 剛は重力が2倍くらいかかったような重いため息をついた。





 暫くすると、荘子と沙亜紗がタダカのいるスイートルームに戻ってきて、剛は隣室に移動した。


 タダカはだいぶ酒を飲んでいるようで、良い気分になっている。


 時刻は、深夜1時を回っていた。



「白川警部補、コーヒー飲む?」


「ありがとうございます、いただきます」



 沙亜紗は、コーヒーメーカーでコーヒーを入れた。



「タダカさんはいりますか?」



 その声に、一切の抑揚はなかった。



「俺はいいよ、それより酒をくれ」


「分かりました」



 沙亜紗は棚からウィスキーを取り出した。


 一切の感情を表さずに、一つ一つの作業をプログラムされた機械のようにこなした。



「ねぇ、俺そろそろベッドルーム行くからさ、どっちかついてきてよ。2人でもいいけど。ははは」


「プロの方をお呼びしましょうか?」


「いらねぇよ、つまんねぇな」



 タダカがそう吐き捨てた時だった。部屋が暗闇に包まれた。



「な、なんだ!? 」



 視界はゼロになった。


 窓は防護壁で覆われている為、月の光も入って来ない。



「お、おい! 警察は何してんだよ!?」



 その時、タダカの身体に衝撃が走った。


 衝撃と共に身体のバランスが崩れ、後ろに倒れこむ。


 そして、大きく開いた口の中に冷たく硬いものが挿入された。


 次の瞬間、明かりが戻り、部屋の様子が明らかになる。


 仰向けでソファに倒れ込むタダカの上には、黒装束に身を包み顔を仮面で覆った者が馬乗りになっていた。そして、タダカは自身の口に挿入されたものが何であるのか理解した。



 拳銃だ。




「あ、あああああ!」


「お前が払田易弥を殺したのか?」


「ち、ちが、ちが……」


「本当の事を言ったら、命だけは助けてやる。言え!」


「ふぁい、俺がやりました、リンチして突き落としました! 許ひて!」


「許すわけねぇだろ」


「あ……ああああああああ!」


「バン!」



 発泡は、されなかった。


 ただの、人の声が発した擬音だ。



 黒装束は、ひょっとこのお面を取る。


 そこに現れたのは、真山の顔だった。


 タダカは顔面蒼白になり、四肢をガクガクと震えさせていた。そこへ、荘子と沙亜紗が上から見下ろした。



「どう? 少しは自分の行いを悔いたかしら?」


「……ったく! つまんねぇことしてんじゃねぇよ! どけ!」



 タダカは真山を押しのけ、ソファに起き上がり、髪をかきあげた。



「もしこれが本当のスカムズの仕業だったら、アンタ殺されてたわよ」


「お前らのくだらねぇ冗談だろ! 殺されたりしねぇよ」


「冗談ではないわ。スカムズはとても恐ろしい連中なの。海外に逃げても無駄よ。影のようにどこまでもあなたを追いかけて、その命を取りにくるわ。今からでも遅くない。罪を認めるの。そして警視庁に行きましょう。そうすれば、私達が全力であなたを保護するから」


「けっ!」



 タダカは瓶の底に少しだけ残っているビールを飲んだ。



「スカムズは日本、それも奈護屋の奴でしょ? 海外には現れねぇよ。それに、スカムズはターゲット以外殺さないから、飛行機には手出し出来ない。機内ではお前らよりも優秀なボディーガードがいるしな。飛行機に乗れば、俺の勝ちだ」



 そう言って、タダカは品のない笑い声を上げた。



「お前ら覚えとけよ。善良な大学生に拳銃を向けたんだ。クビだけじゃ済まないからな。そうだな、女2人はやらせてくれたら許してやってもいいけど?」


「お前いい加減に——」



 タダカに飛びかかろうとした真山を、沙亜紗が制した。



「やめなさい」


「でも……」



 沙亜紗は、真山の腕を力強く掴んで引き寄せた。



「我々の仕事は、彼を警護すること。さぁ、持ち場に戻って」


「ははは、その女は物分かりがいいな。さっきのは暴行と自白強要だからな。俺は何もやってない。分かったらさっさと出てけよ、おっさん」


「くっ……」



 真山は、タダカを睨み、部屋を出て行った。荘子は、タダカの顔すら見なかった。


 馬鹿は相手にするだけ無駄だ。




 いくら優秀な沙亜紗や真山であっても、権力の前ではどうすることも出来ない。


 ただひれ伏すだけ。


 逆らえば潰される。


 それが今の警察組織ではあり、日本だ。


 この悪しき構造も、やがては変えなくてはならない。


 わたしには、為すべき事が沢山ある。





「そろそろお休みになられてはどうですか?」



 荘子が言った。



「あぁ、そうだな。お前らのせいでシラケちゃったし、もう寝るよ」



 タダカはソファから立ち上がり、ベッドルームに向かった。その後に、荘子と沙亜紗も続く。



「なんだ、やる気になったのか?」


「安全上、あなたから目を離す訳にはいきません。照明も、完全には消せませんがよろしいですか?」


「お好きなように」



 そう言うと、タダカはキングサイズのダブルベッドに潜り込んだ。荘子と沙亜紗は部屋の隅に立ち、周りを警戒した。



 目の前には、目標のクリミがいる。


 無防備に、寝息を立てている。


 今の殺そうと思えば、殺せる。


 しかし、そのような事は出来ない。沙亜紗に目撃されてしまう。こんなゴミ屑の為に、これまでの全てを無駄にする訳にはいかない。


 ここは耐えるべきだ。


 しかし必ず、殺す。


 沙亜紗の言う通り、海外でも地獄の果てでも追い詰めてわたしはお前を殺すだろう。


 覚悟しておくがいい。




 荘子と沙亜紗は、一睡もする事なく、朝を迎えた。


 早朝5時、荘子は心地好さそうに眠るタダカを起こした。


 タダカはシャワーを浴び、髪の毛を整え、スーツを着てキッチリと身なりを整えた。



「腹減ったな」


「機内で食べられますから、我慢して下さい」



 タダカは不服そうに、部屋を出た。


 部屋の前には、剛と真山、そして4人の警官がいた。警官は防弾の盾まで装備していた。



「我々が搭乗口まで警護します」


「ご苦労さん」



 SPに囲まれる政治家のように、タダカはホテルの通路を抜け、空港へ入る。


 その間も、完璧な警護がなされていた。


 剛は志庵のアサルターの特徴をよく理解していた。ピンポイント射撃の威力では防護壁を貫けないし、威力を増した砲撃では防護壁を貫けるが周りにいる警護にも被害が及ぶ。スカムズは、絶対に罪のない者を手にかけない。その弱点を上手く利用した作戦だった。念のため、空港に隣接するビルには捜査員を配置した。完全に、狙撃の可能性を封じていた。食料や酒も警察が用意したものだったし、常にタダカの側には捜査員が付いていた。



 搭乗ゲートを抜け、ボーディングブリッジを渡る。


 飛行機の乗降口の前で、剛たちは歩みを止めた。乗降口の向こう、旅客機の中にはスーツを着た屈強な男性が2人待ち構えている。タダカが個人で雇ったボディーガードだ。



「では、飛行機に乗ってください」


「はーい」



 タダカはポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと乗降口へ歩いて行った。荘子は後を追うように、一歩前に進んだ。



「あーあ、やっと解放されるわ」



 ゆっくりと歩を進め、搭乗口へ向かう。



「ククク、しっかしお前らって無力だよな。それに比べて、俺は恵まれてるよ」



 そして、ボーディングブリッジと飛行機の接続部分で立ち止まり、剛たちの方を振り返った。



「パパにお礼言わなきゃ」



 そう言って、白い歯を見せ、嘲るように笑った。



 荘子の、硬く握った拳の中で、指の先の爪が手の平に深く食い込む。




 次の瞬間、赤い閃光のようなものが、タダカのちょうどこめかみ辺りに吸い込まれるようにして消えた。


 そして、タダカの目、口、鼻、耳から真っ赤な鮮血が吹き出したかと思うと、タダカはその場に仰向けになって倒れた。


 その顔は、流れ出した血で、顔にバツ印のような模様が出来ていた。




 ——やった。




 荘子は倒れているタダカのそばに駆け寄った。



「救急車!」



 即死なのは明らかだった。



「空港封鎖して!」



 沙亜紗が叫んだ。


 剛は、飛行機の搭乗口とボーディングブリッジの接続部にあたる可動式の蛇腹の部分を見た。そこには、3センチほどの穴が開いていた。穴から、陽の光が差し込み、剛の額を丸く照らした。


 沙亜沙は、タダカの側で屈みながら顔を上げ、その蛇腹の穴に注目した。



「まさか、目視せずに狙撃したというの?」







 沙亜紗の瞳から蛇腹に開いた丸い穴を通り抜け、そこから3キロメートル離れた廃ビルの一室——







「最後の詰めが甘いにゃ、腐れボンボンが」



 くすんだ灰色の壁に取り付けられた小さな正方形の窓の向こうに、ブレザーの制服に身を包んだ志庵は、右目にゴーグルを付け、エボルヴァー・アサルターを構えていた。



「ホントに当たったべか?」



 そう言って、マキナは両手でそれぞれ親指と人差し指で輪っかを作り、その中を覗き込んだ。輪っかの先には、目の前にあるビルとビルの間の1メートルほどの隙間から、ボーディングブリッジに接続された旅客機が小さく白いかたまりのように見える。



「ちゃんと指示された座標を狙ったにゃ。3ミリのズレもないはず」



 志庵はゴーグルを取った。


 なづきも同時にイヤホンを外した。



「警察の無線を傍受した。間違いない、クリミを仕留めた」


「さっすが名スナイパー!」


「まぁにゃ♡」


「しっかし、荘子もすげぇこと言うよなぁ——」





 昨晩、荘子は剛からの連絡があった後、その場で作戦を考え、一緒にいた志庵に伝えた。



「——それで、明日の始発の飛行機でオーストラリアに飛ぶようです」


「その警備体制じゃ、全く隙がないにゃあ。狙撃も出来ないにゃい」


「いえ、一瞬だけ、隙ができる場所があります」


「それは?」


「タダカが、飛行機に乗り込む時です。タダカの身柄を、警察からタダカが個人で雇ったボディーガードに受け渡す間、飛行機の搭乗口に入る瞬間、その一瞬だけ、周りの警護が解かれ、タダカの身体はノーマークになります。そこを狙ってください」


「ホントの一瞬だにゃ。でも、どうやって狙うにゃ? 撃つタイミングは分かったけど、目標が目視出来ないと狙いようがにゃいよ。あの距離じゃ透視機能も使えないし」


「タダカのスマホのGPSで位置を特定出来れば良かったのですが、スマホは破棄してしまったので使えません。タダカに別のGPSを取り付けるのは可能ですが、それだと内部の人間、わたしが疑われてしまう危険性があります。なので、わたしのスマホのGPSを目印にしてください。ボーディングブリッジ内で、わたしはタダカとの距離を彼の背後から正確に2メートルを保つようにします。それとタダカの身長、狙撃ポイント等を計算に入れて頭部を撃ち抜いてください」



 ひゅう、と志庵は口笛を吹いた。



「目測で2メートルの距離をきっちり保てるにゃ?」


「出来ます」



 荘子は志庵の茶色い瞳を真っ直ぐに見つめて言った。志庵は頷いた。



「それでいくにゃ」


「ありがとうございます。父や沙亜紗さんもスマホを携帯しているので、その電波状況でタダカの周りの位置関係を把握して下さい。それなら万が一の誤射もなくなる筈です」


「りょーかいにゃ。もし上手くいったら、耳舐めさせてくれる?」



 そう言って、志庵はペロっとピンク色のやわらかそうな舌を出した。



「任務遂行は当然の義務です。ご褒美はありません」


「キビシイ司令官さんだにゃ。まぁ、拒否されても舐めちゃうけどね」



 そう言って、志庵はウインクした。


 その後、荘子の作戦を伝え聞いたなづきが一晩で荘子のGPSを基にした狙撃プログラムを作り上げ、志庵のアサルターにインストールした。



「今回マキナの出番がない!」



 マキナはひとしきりふくれて駄々をこねた後、なづきがプログラミングしている横でぐっすり眠った。






「学校に向かおう」



 なづきはポータブルゲーム機をスクールバッグに仕舞いながら言った。



「りょーかい! 後から荘子にもお疲れ様言ってあげねぇとな。学校終わったらラーメン行くべ」


「いつものトコ? たまにはスガキヤが食べたいにゃあ」


「まぁ、たまにはそれもいいだろう」



 3人は素早く廃ビルを出ると、そのまま学校へ向かった。




 しかし、段々と我々に対する策も厳しくなってきたな。


 今回は、荘子がいなかったら作戦は未遂に終わっていただろう……









 剛が自衛隊に依頼していた弾道追跡システムにより、タダカを狙撃したエネルギー弾は空港に隣接する市街地の中にある廃ビルから放たれたものと判明した。


 廃ビルで鑑識が行われ、付近の監視カメラの確認が行われた。


 沙亜紗と真山は、廃ビルの屋上に立っていた。


 落下を防止する鉄の柵は錆び、何者かに破壊された出入り口の扉は風に揺れ、ギイギイという寂しげな音を響かせている。どこからか、風に乗って時報のチャイムの音が聞こえてきた。


 沙亜紗は柵の前に立ち、廃ビルの手前に立つデパートと、オフィスビルの間からかすかに見える空港の滑走路を見つめていた。



「スカムズは、ここからタダカを狙撃した」



 ボーディングブリッジに接続された旅客機が見える。その大きさは、親指と人差し指で潰してしまえそうなものだった。


 真山は、沙亜紗の隣りで双眼鏡を覗いている。



「この距離で、あのビルの隙間を縫い、姿の見えない人間をピンポイントで撃ち抜ける可能性は?」



 沙亜紗が言った。



「俺が警視総監になれる可能性よりかは高いと思いますよ」



 双眼鏡を覗き込みながら真山が言った。



「内部の様子が見えてたとしか言いようがないわね」


「見えてた?」



 真山は双眼鏡を顔から離して沙亜紗を見た。



「えぇ。スカムズは、あの時のボーディングブリッジ内の様子を間接的に見ていた」


「間接的に……カメラを通じて?」


「あるいは。それも可能性の一つ」


「でも、調べたけどカメラは出て来なかった」


「それなら、他の方法で間接的に見ていたのね」



 あるいは、あの場にいた誰かが何らかの方法で内情を伝えていたか——



「斑目管理官、刑事部長から召集がかかりました」


「わかったわ」



 沙亜紗はもう1度滑走路を振り向き、廃ビルを後にした。









 荘子は誰もいなくなった教室で、試験を受けていた。


 試験の監督をしている宮部先生は、教室の隅で椅子に座り窓にその身体を任せて気持ち良さそうに寝息を立てていた。


 荘子は3回目の見直しをした後、自然と瞼が落ちるとともに、手に握ったシャープペンシルはカタっと音を立てて試験用紙の上に転がった。穏やかな午後の日差しの中で、教室に存在する全てのものが眠りについているようだった。



 その様子を、扉の外から萌と千聖が眺めていた。



「これが、全国模試一位と有名進学校教師の姿……」


「平和でいいじゃん」


「平和ねぇ……」





 萌と千聖は心地よい日向に身体を暖めながら、時報のチャイムが鳴るのを静かに待った。


 



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